メトロジェイルの歌姫

羽月楓

文字の大きさ
28 / 29

【第27話】世界の終わり

しおりを挟む

 地球が軋んでいる。
 
 自転の速度がみるみると減速し、星そのものが、失われた均衡を取り戻そうと呼吸を荒らげているようだった。
 
 最初に裂けたのは、極地方の空だった。
 奈落の空を覆っていた海の膜が、丸く亀裂を描き、崩れ、巨大な海流を巻き上げた。

 続いて赤道上では、えぐられた大地に向かって、幾千もの滝が龍神のごとく舞い上がっていった。
 
「ジャイロが不自然だ。気持ちわりい……。ミナトくん、このままだと大津波が地球全体を呑み込んじゃうよ!」

 ソラがホバーバイクで地獄絵図を翔け抜ける。その先を、琥珀を片手に抱き締めたミナトが片腕のペンデュラムを巧みにあやつり翔けていく。
 
「ああ、見ろよ! 天変地異の再演だ! 最高じゃねえか!」
 
 傾いた逆さ世界が、軽くなった重力で彼を浮遊させ加速させた。振り子を撃ち出して電柱から電柱へ、蜘蛛のように傾いた逆さ世界を縫っていく。

 ミナトが叫ぶその腕の中、琥珀は彼の鼓動を聴いていた。

 眼下は底知れぬ奈落。
 飛行機から飛行機へと飛び移るような、命綱のない空中ブランコ。それと変わらないほどの恐怖があるはずなのに、琥珀は耳から伝わる温かい鼓動にふと微笑んでいた。
 
「さあ、急いでアークへ向かおう。身体が軽くなってきたせいで、かなり動きやすい! このまま押上まで行くぞ!」
  
 崩壊は止まらない。
 ひび割れた大地はさらに悲鳴を上げていた。プレートが軋み、地震が連鎖する。

 逆さの街を裂く断層、ねじれる道路、崩れ散っていく高層ビル。

 地殻深くからは、火柱のようなマグマが奈落へ降り注ぐ。その先端は炎の雨となり、まるで無重力の宇宙空間を思わせるように宙を舞い散っていた。

 遠く、富士が黒煙を噴き上げる。空に滲ませ、瞬く間に昼と夜の区別を奪い去った。

 ソラは火山の爆発音を背に、ミナトを目で必死に追いながらホバーバイクを操る。
 突然、大地が膨らみ、瓦礫が波のようにソラに押し寄せた。
 
「危ない!」
 一瞬の判断を強いられたソラ。その身体だけはミナトの叫びと共に引き戻された。
 琥珀の手がしっかりとソラの腕を掴んでいた。
 
 ソラの手を離れたホバーバイクが虚しくも、激しく火花を散らしながら奈落へと墜ちていった。
 
 ミナト、琥珀、ソラ、と命の鎖が空中で繋がる。
 すぐにミナトのペンデュラムに手繰り寄せられ、三人は市街地の陰に降り立った。
  
「さっき助けてもらった借りはコハクが返したぜ! 利子がつく暇もなかったな」
「ハハッ、サンキュー、ミナトくん。……でも、見ろよ……あれ……」
 
「……きゃっ!」
 琥珀の短い叫びの先、地平線の彼方。
 ――海が巨大な壁となって立ち上がっている。

 都市ごと呑み込む程の荒れ狂う水の城壁。

「これ以上はこのまま進めない。二人とも、こっちだ!」

 二人はミナトの身体にしがみついた。
 彼が繰り出したペンデュラムが金属の唸りを上げる。

 重力がほとんど無くなった中、三人の身体は傾いた市街地を弾丸のように駆け抜けた。
 
 浮遊する瓦礫を蹴り、信号機に掴まり方向を変える。ミナトの演舞は瞬く間にクライマックスを迎え、見事、近くの地下鉄出入り口へと着地した。

「ねえ、ガジュ! 見て! 海が迫ってきてるよ!」
『お嬢様、今は楽しんでいる場合ではありません』

「おいおい、ミナトのワクワクが感染しちゃったみたいだな~」
「ハハッ、まだ終わっちゃいないさ。急ごう!」

 三人は慣れた手付きで駅入り口のシャッターを閉めた。その手は震え、顔は希望に満ちていた。

 
 次々と雷鳴が轟く。
 だがそれは電気ではなかった。摩擦し合う大気と落下する海流が生み出す、見たこともないような紫紺の閃光。

 空は裂けた鏡のように光を乱反射し、この世の終末を再び神に魅せた。

 ひとつの閃光が東京タワーを貫く。
 
 その瞬間、爆音がひとつ、ふたつ。革命派が設置していた残りの爆弾が起爆した。

 タワーのふもとから煙が吹き出し、一度ぶら下がったタワーはゆらりゆらり……水中の熟れすぎた果実のように、やがてぷつりと墜ち、宙を舞った。 

 *
  
 巨大な鉄の門が閉まっていく。人類の最後の要。
 しかし、閉じかけたその時、ひと筋の閃光が最後の隙間を突き抜けてきた。

 ミナト達の乗るバイクだ。
 円花まどかが叫ぶ。
「間にあったぁぁ!」
 
 その瞬間、それまで機敏な動きをしていた劫火の騎士たちの動きが突然止まった。

 重厚な甲冑が次々と膝を折り、鉄の巨体が床に倒れ伏せる。それらは次々と無重力となった地面を流れていった。
 
 ――ガシャン、ガシャン。
 人々は騎士たちを〝AIを埋め込まれた人間〟と噂していた。

 しかし、砕け散った仮面の隙間から覗いたのは生身の肉体ではなく、冷たい歯車と回路で満たされたただの機械だった。
 
 主を失った従者は使命を全うし、赤い機械屑と化した。
 
 黒鉄の門が完全に閉じられる。
 
 今までにない轟音がアークを羽交い締めにする。
 
 抱き合う群衆、点滅する灯り。

 程なくアークは暗闇となる。
 
 重力が戻る気配の中、ミナトは琥珀を抱きしめ、じっと天井を睨んでいた。
 琥珀はその腕の中で静かに目を閉じた。

 遠くで誰かの笑い声がする。潮騒のように波打ちながら、浮かび上がってくる。

 逆さの光。
 東京タワーから眺めた、反転した東京。
 マシュマロの地下街。

 笑う少年に連れまわされた。
 息の合った一円姉妹に笑わされた。  

 ねえ、ヤマサン。
 わたし、こないだの続きがしたいよ。最後、うまく歌えなかったもん。
 
 ねえ、ミナト。
 まだ、終わってないよね。
 わたし、また歌いたいよ。みんなを元気にしたいから。

 わたし、まだ生きたいよ。
 

 ――やがて轟々たる奔流は海溝から吹き出すように全ての方向へと拡がり、世界を洗い流していった。

 二週間ののち、山々は剥がれ、都市は呑まれ、火山の息が止んだ。

 世界が終わり、
 
 そして、
 
 生まれようとしていた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。 自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。 「お前は俺の番だ」 番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。 一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。 執着と守護。すれ違いと絆。 ――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。 甘さ控えめ、でも確かに溺愛。 異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...