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【エピローグ】新世界を歩む者たち
しおりを挟む世界を揺るがした地鳴りと震えは、三週間ほどで鎮まりを見せた。
外界へ再び帰ってきた彼らを待っていたのは、海に洗われ、静謐に澄み渡る新たな大地だった。
光のカーテンが差し、雨粒が煌めく。
その廃墟の群れは、純白と漆黒が融け合うような銀灰の水都のようだ。
しかしそれは、試練の終わりではなく新たな始まり。文明の跡はほとんど失われ、人類はゼロから歩み直すしかない。
再び嘘や争いに呑まれるのか、それとも〝新しい世界〟を築けるのか。
――まだ誰も知らない。
琥珀が人々の先頭に立ち、静かに一歩を踏み出した。
首元でカブがくるくると回り、やがて頭上で大きなあくびをする。
雲間から覗く青空が広がっていく。まるで新生の合図のようだ。
琥珀に続いて次々と人々が姿を現した。
大きく背伸びをして肺いっぱいに空気を吸い込む者。
歓喜の声を上げて走り回る子供たち。
その光景の中に、ミナトの姿もあった。
彼はゆっくりと周囲を見渡す。
幸福が溢れている。
ふと彼の脳裏に、レギーナの顔が過った。
嘘は罪。そんな掟を破りながら暗躍していた日々。兄や友の仇だけを胸に、レギーナのいない平和な世界を望んでいた。
しかし、いま人々を救い、その顔に笑顔をもたらせたのは、憎んでいたレギーナの用意周到な計画のお陰だ。
――ヤマサン、本当にこれで良かったのかな。
今はまだ、分からない。
けれど胸の奥で、〝真実の探求者〟を求める新たな炎も燃えていた。
新世界。ミナトの冒険はまだ、終わらない。
そのとき、誰かが言った。
「神様が、戦争や大気汚染で汚れた世界を洗い流したのかもしれないなあ。アッシらは神の試練に勝ったんだ! ハッハハ」
――けれど、真実は少し異なる。
人々の群れ中から、ふらふらと丸い球体が顔を出した。
シエリに預けていたガジュ丸だ。
どうやら、長いメンテナンスを終えたらしい。
その瞬間――琥珀は思いがけない声を耳にする。
『コハク~っ! ライブの続きしようよ! みんなコハクの歌を待ってるんだ! ほら見てほら、こ~んなにお客さんいるよっ!
天気だって絶好調さ! 特別野外フェス開催だよ!』
琥珀の瞳が一瞬で潤んだ。
いつもはウザったい、お馴染みの惚けた音声。
気怠そうな羊の顔。
ガジュ丸の記憶が戻ってる!
「ガジュ!! 戻ったのね!! ガジュ! ガジュ!!」
堪えきれずに、琥珀はその小さな身体を抱き締めた。
歓声と拍手が人々から溢れだし止まらない。
ガジュ丸がマイクモードに切り替わる。
琥珀は深く息を吸い込み、その声を新世界に響き渡らせた。
『――輪廻の如く 終わらない
久遠が生まれる』
詩が終わる。
人々の拍手の中をシエリが微笑みながら歩み寄ってきた。
彼女にとって、ガジュ丸の記憶の復元過程は、罪への向き合い、心の傷を癒やす旅でもあった。
――だがその過程で、驚くべき事実が発見される。
ガジュ丸の記憶の奥深く、シエリがサルベージした断片の中に恐るべき記録が刻まれていた。
〝地球の自己防衛〟
紀元前9000年、失われた文明アトランティスを隠した謎。
その時代、人為的厄災を経て、地球という巨大な生命体は自らを守るために自転を速め、すべてを海で洗い流した。――という記録だった。
さらに、そこには琥珀の父であり、研究所の所長であった〝博士〟と、共同研究者〝レギーナ〟というコードネームが刻まれていた。
琥珀の歌に反応していた〝目〟。
それはもしかすると、地球そのものが彼女の歌を見に来ていたのかもしれない。
環境汚染、温暖化、核の炎。そして寄生する人類すらも、地球は呼吸の中で抱きとめ、なお守ろうとしていたのだ――。
*
「ねえ、コハクちゃん、ガジュ丸のセルフ洗浄モード、もう少し調べたいの。またしばらく貸してくんない?」
ガジュ丸は慌てて叫んだ。
『やだよ~! もう解体なんてしないで~!』
琥珀は悪戯っぽく笑う。
「私はもう話せるから、通訳はいらないわよ」
『た、助けてよコハク~!』
笑顔のシエリ。その薬指に煌めくエメラルドの指輪が、そっと彼女の過去を抱き締めてくれていた。
*
白い光が差している。
雲の隙間から水の街へ、まるで天へと繋がる天使の梯子のようだ。
伸ばした手の先には、ステンドグラスのような水の膜はもうない。
戦争の傷痕も、嘘も、裏切りも。
今はもう、懐かしい。
〝言葉〟の先には隔たりなき世界があった。
歌があって、自由があって、嘘や罪もそこにある。
そんな新世界を共に歩める、共に逆らえる、仲間がいる。
わたしは今、
この星の欠片として
〝生きている〟。
―fin―
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