異世界転生から500年、隻腕の仙人は忌竜憑きと旅をする

鵩 ジェフロイ

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戻らずのドゥルス山脈

第6話 朝食といったらこれ

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 深い眠りの底から、意識がゆっくりと浮上する。

「んっ……」

 サァーっと細かく降る水の音をきき、まだ雨が降り続いていることを悟る。だからか、閉じたまぶたの向こうに明るさをあまり感じない。
 感覚的にはもう日は昇っているはずだが。

 住処に張っていた結界を少し薄くすれば、岩の屋根の向こうから冷たく冴えた朝の匂いが流れこんでくる。

 胸いっぱいに冷たい空気を吸いこめば、だんだんと意識が覚醒してきた。

「うぅん……ん?」

 そうして目を開くとそこには、銀色の髪とまつ毛をもつイケメンの寝顔があった。


 ……だれ???


「んー? ……あー、そういえば昨日拾ったんだっけか」

 起きてすぐは知らないイケメンに混乱したものの、すぐに昨日のことを思いだした。
 ……救命セックス含めて。

 あらためて目の前の顔の整った男を観察する。
 顔色はずいぶんとよくなったし、傷も一応ふさがっている。まだ激しく動くと開いてしまいそうだが。

 これは男が目覚めるのもそう時間はかからないかもしれないな。


 そうして男を観察していると、背後から山羊の高い鳴き声がきこえてきた。

『珍しく深く眠っていたようだな』

 首だけで振り返れば、少し離れたところで牛並みにデカくモサモサとした生成り色の毛並みの牡山羊、ガラがどっしりと座っていた。

 その背の上ではヒエンが日課の朝摘みしてきた薬草を選別している。

 あのあとオレが眠ってから帰ってきたようだ。

「おはよう、ガラ、ヒエン。……まぁなぁ……慣れないことをしたからかな……あ、昨日は気を使ってくれてありがとな」
『ヒエンに見せるのはまだ早かったからな』
「だよなぁ。助かったよ」
『フン』

 ガラは少し強情な性格だから、あまり礼を素直に受けとってくれないが、昨日みたいに行動で気遣ってくれるいい友だちだ。

「キキッ?」

 自分のことが話題になっていると思ったヒエンが、選別作業から顔をあげてオレたちの顔を交互に見る。かわいい。

「いやぁ、昨日は準備してもらったのに外に出てもらって悪かったなぁって」
「キッ? キキッ」

 オレたちがなにを気にしてるのかわからん、という感じでヒエンは素っ気なく作業にもどった。

「それじゃあ、オレもそろそろ起きますかねっ」

 オレは身体をすぼめて“男の腕のなか”から抜けだした。
 なんでかわからないけど、起きたら男にがっちりホールドされていたからだ。

 しかし、身体のやわらかさには結構自信があるのでこの程度のホールドから抜けだすのくらいは朝飯前だ。まさにな。

「寝技でオレから一本とろうなんざ、100年、いや300年早い……ん?」

 ホールドしていたものがなくなって空いた男の右手がオレの右足首を掴んでいた。……顔を確認するがまだ起きてはいない。

「うーん……」

 この手を振りほどくのは簡単だが……さっきのホールドといい、この手といい……なんとなく振りほどくのをためらってしまう。

 身体が弱ってるから、心も弱気になって人肌が恋しかったりするのかね。……まぁ、元気だったときも体質的に人肌に飢えていたりしていたのかもしれない。

 仕方ない。

 足首だけでいいなら、今のところはそのままにしておいてやろう。

 ということで、まだスッポンポンだったので服を適当に着る。

 なんか久しぶりに寝たら普通の人らしくなんか食いたくなってきたな。

 よし、朝食の準備をしよう。

「ほっ」

 寝転がって少し離れたところにあった、昨日ヒエンが湯を沸かしてくれたとき使った焚き火台を手を伸ばして引き寄せた。

 三脚のあいだの中央に住処内に散った通常より濃度の高いマナを雑に集めてチョチョイと火に変化させる。男のおかげで周囲のマナだけは本当に困らないな。

 巾着から鍋をとりだして焚き火台に吊りさげ、これまた鍋のなかでマナを水に変化させて沸かす。

 そのあいだにまな板と包丁に“絹ごし豆腐”とその辺に生えているのを根ごと採っておいたジレ草をとりだして、豆腐はさいの目に、ジレ草は葉の部分を適当な大きさに切ってぽいぽいと鍋に放りこんだ。

 ジレ草はごつごつとした地下茎があるタイプでこれが結構ショウガに味が似ている。身体をあたためる効能なんかもショウガそっくりだ。
 すりおろすのはおろし金がないのでみじん切りにして鍋に入れる。

 腕一本でも食べるのは自分だけだしひざや足で押さえたりすれば余裕だ。

 そこからしばらくおいて煮立ってきたら、火を消して“味噌”をとかし入れる。
 また火をつけて沸騰する寸前まで火にかけて“なんの変哲もない”味噌汁の完成だ。


 やっぱり朝食っていったらこれだよな。


 小袋から取りだしたお椀に味噌汁を流し入れると、湯気とともにふわっとコクのある味噌とジレ草のスパイシーな香りが舞いあがった。

 この香りを嗅ぐたびにおぼろげな前世が脳裏に淡く浮かぶ。 

 あとは木の皿を取りだしてもう一品、“木綿豆腐”を雑に乗せ、ジレ草の地下茎プラス葉もみじん切りにしたものをまぶして“醤油”をかけた。
 小腹が空いたときやちょっとした酒のつまみとして食べたくなる冷奴ひややっこだ。

 ここまでくるとかつお節が欲しくなるが、さすがにそれは持っていないし、この世界にあるのかも知らない。

「キキッ」
「おお、ヒエンたちの飯な、今だすよ」

 ここでヒエンが俺の袖を引いて朝飯を催促してきた。

 大皿に青々とした“枝豆”をたくさん盛り、深皿と小さなカップに“豆乳”を注いだ。

 盛りつければ、気の利くヒエンがそれらをガラの近くへと運んでくれる。
 ガラはヒエンの頭を口で軽くはみはみして感謝を伝えていた。

 食事が必要なのはヒエンだけだけど、オレが食べるときはガラにも食事をだすようにしている。



 …………なに?
 異世界にあるまじき食品がいろいろとでてこなかったかって?



 まぁ、これがオレの天与能力ギフト、《大豆製品生成》の力だ。


 転生前の謎空間で黒いローブのカミサマに「現代日本の大豆製品を常に食したい」と要望を伝え、それにツボったのか爆笑しながら要望どおりの能力をくれた。


 オレは大豆製品が大好きだったのだ。


 異世界ものの話で大豆製品に似た食物を運良く見つけたり、大豆そのものを見つけて栽培して加工したりというのを見かけた気がするが、そのときのオレは「そんな悠長なこといわずにすぐ醤油や味噌を使いたい! そもそも大豆を見つけたって栽培が現代と同じくらい難しいかもしれないし加工方法だって知らん! あと普通に現代日本技術の結晶たる激うま製品じゃないといやだ!」とカッとなってまくしたてるようにそうリクエストしてしまった。

 とはいえ、転生直後はもっと戦闘面や知識面、はたまたヘルプアナウンス的なガイドを受けられるようなチート能力にすればよかったと激しく後悔したものだったが、こうしてある程度余裕のある日々を送れるようになってからはあの日の選択は間違ってなかったかもなぁとしみじみ思う。

 実際、この能力のおかげで能力を隠していてさえギリギリ飢え死ぬことはなかったし、どんな状況であれヒエンを飢えさせてしまう心配もない。


 なにより、当初の思惑どおりにここでも大好物の大豆製品の味を堪能できている。

 一応、前世世界の日本っぽい文化をもつ国も海の向こうにあるらしいが、異世界転生から500年、未だ大豆製品に準じるものは発見できていない。
 そら見ろ。


 ……いやまぁ、ショウガとかシソっぽい草があったりはするから本気で探せば似たものがある可能性は結構あるんだけどな。


 そんなオレの天与能力のことは置いておいて、冷めないうちに最高の朝食をとることにしよう。


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