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1巻
1-3
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「それではさっそく依頼を進めますか?」
「ああ、よろしく頼む」
「わかりました! 作業用に奥のデスクを確保してあるので、こちらへどうぞ」
カーラにうながされ、受付カウンターの端の入口からカウンターの向こうへ入る。
「ん?」
カウンターのなかに入った瞬間、ギルド内が大きくざわめいた気がした。
もしかして入ってはいけなかったのだろうか。しかし周囲のギルド職員は気にする素振りはなく、カーラもどんどん奥へ進んでいってしまうので、とりあえず気にせずに足を進めることにした。
そうして奥にある紙束が乱雑に積まれていてごちゃっとしたエリアで、彼女の足がとまった。
「ギルさーん! 編纂士のトウノさん、依頼を受けてくれましたよ! 資料作りの流れを教えてあげてください!」
「な、なんだってーーーー!? ……ああ、アークトゥリアよ、感謝します……」
カーラがひときわ紙束が高く積まれた場所に声をかけると、紙束の向こうからガタタタンッという音とともに、よろこぶ男性の声がきこえてきた。……未だ姿は見えない。
「ほら、ギルさん。そこにいたらトウノさんに紹介できないですから。トウノさん、こちらうちの職員のなかで唯一《筆記》を持っていたがために、今回地獄を見ているかわいそうなギルさんです。こう見えて一応、このギルドのサブマスターなんですよ」
「は、はぁ……」
こう見えてもなにも、姿が見えないので判断のしようがないんだが……と紙束の山を見つめていると、その向こうから細長い影がひょっこりと現れた。
「やあ、私はギルという。カーラくんの紹介のとおりこのギルドのサブマスターだが、このとおり馬車馬のように働かされているので気軽にギルと呼んでくれ」
そういってギルは、へらりと笑った。
ギルは全体的に細長い印象の疲れた顔をした中年手前ほどの男性だ。金髪というよりは少し褪せた藁色の髪が長めに伸びていて、年齢からか疲労からかうるおいをなくしていてより藁っぽい。瞳の色は目が細いので見づらいが、髪の色と似た色のようだ。
サブマスターということで、ギルの服装はほかのギルド職員の制服よりも少しだけ装飾が多い気がする。……服のほうもギルと同じくくたびれているが。
ヒラの職員たちとも距離が近いのか、気安い雰囲気だ。
「……どうも。下級編纂士見習いのトウノ、という。よろしく」
「ではトウノくんと呼ばせてもらおう。よろしくね!」
「それではトウノさん、ギルさんに資料作りのやり方を教わってください。あ、あと倒れる前に中断して宿で休んでくださいね!」
「……ぐ、わかった」
さらっと僕に釘を刺してから、カーラは受付カウンターへもどっていった。
「よし、じゃあさっそくやり方を説明しようか。まずおおまかな流れだけど、ここに積まれている紙束がすべてクエスト消化の過程で得られた情報の山になっている。それをトウノくんの場合はつぎつぎ《分析》していって、《分析》した結果をそこの白紙に《記録》すると、情報がまとまった文書ができるよ。どうだい、簡単だろう?」
「……ああ、流れの把握はできたと思う、んだが、僕はまだ一度も技能を使ったことがなくて、ちゃんと使えるか自信がない」
技能使用のチュートリアルをなにも進めていないので、発動の仕方などもわからないのだ。
……むしろこの会話こそが技能使用のチュートリアルなのだろうか?
「おや、そうなのかい? ああ、そういえばトウノくんは異人だったねぇ。大丈夫、最初のうちは私もサポートするよ。それに異人はものすごい早さで成長するようだから問題ないだろう」
「そういうことなら……やってみよう」
きいた感じ、ちゃんと技能さえ使えれば僕にとっては楽な作業だと思う。
というかこの作業、そもそも《分析》がないと詰む気がひしひしとしている。《筆記》しかないギルがやるのは、大分厳しいだろう。
そんな僕の同情の視線に気づかずに、ギルが技能の使い方を説明してくれる。
「それじゃあ技能を使うところからいこうか。まずはこの紙束に向かって《分析》という技能を強く意識すれば発動するはずだ。やってごらん」
「強く意識……。あ、できた、と思う」
ギルにうながされるままに技能を意識してみると、あっさり技能発動の感覚があり、紙束に書かれた情報が光る文字となって目の前に整然とならんだ。紙束のなかには雑なメモ程度のものも多く交じっているようなので、多少読みやすいように整えられたようだ。なんて便利なんだ。
「うんうん、簡単だろう?」
僕が感心している様子を見て、ギルはニコニコする。
「そうしたらつぎは、この白紙に注目して《分析》でだした結果と《記録》という技能を意識してみてくれ」
「結果を《記録》……できた」
《記録》もいわれるままに発動してみると、目の前で光っていた文字がするっと白紙に吸いこまれていく。そこにはもう白紙ではなく、《分析》した情報が記された紙があった。
ふぅむ、今はレトロといわれる技術になっている、パソコンと印刷の関係っぽい。
「上出来だね。とまぁ、全体の流れとしてはこんな感じなんだけど……あとはここの紙束をすべて《分析》にかけて《記録》してもらうだけだよ!」
そういってギルが親指を立てるが……
いくら作業が楽といっても、あらためて大きなデスクいっぱいに積み上がった残りの紙束の山を見ると、顔がひきつるのをとめられなかった。
最後に、必要な消耗品や提出について教わった。
「追加の白紙はそのあたりにいる職員にいえばだしてくれるからね。提出はカーラくんか私に声をかけてくれ。ほかにわからないことはあるかな?」
「……いや、これで大丈夫だと思う」
少し考えて、今のところはとくに疑問点はないのでうなずいた。
「よし。それじゃあ、よろしくね! んあー! トウノくんのおかげでやっと寝れるよー!」
ギルは細長い身体をさらに細長くするように伸びをする。……ナナフシみたいだなと思ったのはここだけの話だ。
彼の発言から、徹夜をしたことがうかがえる。ステータスが見られるなら、《不眠》がついているかもしれない。
先ほどまでギルが座っていた椅子に腰かけ、まずは紙束の山が崩れないように整理する。
「あ、サブマス。仮眠明けたらこっちを手伝ってほしいっす」
「…………うん、わかった……」
……少し離れたところでそんな会話がきこえた。ギルの仮眠明けの予定はすみやかに埋まってしまったようだ。カーラ以外にも鮮やかな手腕の職員がいるらしい。
ギルの哀れな馬車馬感はまぁ……いったん横においておくとして。
そういえば技能を使うのに、なんらかのゲージを消費するのだろうか?
視線操作だけでステータス画面を確認したところ、各技能をさらに注視することでその技能の詳細を見ることができた。
────────────
《分析》 消費AP:2
そのものの事柄、性質、構成要素などをあきらかにする。
《記録》 消費AP:2
あきらかになった事柄、性質、構成要素などを書き記す。
────────────
この詳細を読むかぎり、やはり《記録》は《分析》ででた結果を記す専用の技能のように思える。
APとは『アクションポイント』の略で、これが技能を発動するのに必要なパラメータだ。魔法はAPに加えて、MP『マジックポイント』を必要とする。
視界のすみに四本のゲージがならんでいて、それぞれ僕のLP、スタミナ、MP、APを示している。
そのほかにも折りたたまれてはいるが、満腹度に連続活動時間など、健康管理アプリかと思えるほどあらゆる数値がまとまっていた。
……満腹度と連続活動時間は常に見えるようにしておこう。
少しステータス確認に手間取ってしまったが、バイト……ではなくクエストを始めよう。
僕は紙束の山から適当に一枚、書類を掴んだ。
◆ ◇ ◆
『進行度:13%』これが半日クエストにとり組んだ成果だ。
もっとさくさくと進められるかと思ったのだが、思わぬ落とし穴があった。
圧倒的AP不足、そして現状のAP回復手段が時間経過しかないことだった。
回復手段がとぼしいこともあってかスタミナのつぎくらいに回復速度が速いので、普通ならばそうそう困らないのだろうが、このような連続作業が必要だと話が変わってくる。
このクエストの期限は七日。必ずログアウトしないといけない時間を引くと、実質作業にあてられるのは五日だ。このペースだと達成できるかどうかギリギリのラインと見ている。
技能使用による技能レベルの上昇と、その際に得た成長ポイントをすべてAPの上限アップに注ぎこめばなんとかなるだろうか。
一応、技能レベルはぐんぐんあがっているし、成長ポイントは得た端からAP上限アップに使っていて少しずつ作業効率はあがっている。
「今後のレベルアップに期待すべきか、ほかに効率的な方法がないか模索すべきか……」
今はちょうどAP回復の待ち時間で、ほかに効率的な方法がないかと考えていたところだ。
そこでふと、自分の手が持ちあがって《記録》をし終わった資料へ伸びているのに気づいた。
「……ああ」
少し考えて、この現象の要因に思いあたった。これまで手持ち無沙汰なときはほとんど読書をしていたので、身体が勝手に動いてしまったようだ。
僕は身体の動きに抗わずに、作成した資料に目をとおす。
資料を作成する過程で文章に目を通していたが、なんだかんだ技能を使うことに気をとられてあまり読むという行為はしていなかった。
資料はなんだかんだ不特定多数からあがってきた情報が煩雑に集まっているだけなので、結構かぶっている情報がある。かぶっているものを統合して記載するだけでも、だいぶすっきりと読みやすくなるだろうに……
「……というか、そうしたほうがいいのか?」
《分析》は《記録》しないと残らないため作業は続けないといけないが、かぶっている情報をまとめるくらいは、紙とペンで技能など使わずに手作業でやればいい。
紙は《記録》用の紙があるから、ペンは……ギルドの人に頼んで借りるか? と周囲を確認していたら、自分の持ちもの一覧にあった。なんなら装備していた。
胸元のそれ専用っぽいホルダーに羽根ペンが収まっていたし、腰のベルトにはインク壺と革のカバーがかかった大きめの手帳があった。……ずっとそこにいたのかお前たち……
これらは僕の職業にあわせた初期装備だろう。
ちなみに申し訳程度にナイフも持っている。……戦闘に使うイメージはまったく湧かない。
必要な道具がすべてそろっているなら話は早い。さっそくとりかかろうと手帳を開いた。
なんとなく、手帳を持っているのにギルドの備品を消費するのは抵抗があったので、白紙を使うのは清書をするときだけにした。基本はこの手帳にメモをとっていこう。
情報のとりあつかいに問題があるなら、メモはあとで処分すればいい。
まずは資料に目をとおして、かぶりの多い情報を大雑把に確認していく。
「ふぅむ、町近郊の魔物情報がとにかく多くてかぶり倒しているな。まぁ、RPGの醍醐味といえば魔物とのバトルだろうしな」
魔物情報はかぶりが多いが、まとめていくと町から見た方角によって特色があるのがわかる。資料室にこもっているときに読んだユヌ近郊の分布情報と重なる部分も多いようだ。
魔物情報にくらべると少ないが、町の生産関連やトラブル解決の情報もあって、町で起こった出来事がわかってなかなかおもしろい。
僕がギルド内で本の虫になったり行き倒れそうになったりしていたように、ほかのプレイヤーにもさまざまなことが起きていたようだ。
そんなことを考えながら、ときどき溜まったAPを消費しつつ、RPGをやっているとは思えない地道なまとめ作業に没頭したのだった。
それからさらに半日が経ち、また夜明け前の時間帯になっていた。まだ大丈夫だが、あといくらかすればバッドステータスがついてしまう。
いったん作業を中断して宿にもどることにしよう。
最後に、今どのくらいの進行度になっただろうかとクエストページを開くと……
進行度は『48%』…………んん?
クエスト進行度がいつの間にか四倍弱になっていた。
技能レベルとAPレベル上昇だけでは説明がつかない。むしろまとめ作業を始めたぶん、最初のほうより《分析》と《記録》のペースは落ち気味だったはずだ。
となると、進行度急上昇の原因は、手作業で行っていたまとめ作業のほうだろう。技能を介さない作業は評価に入らないと思いこんでいたが、そんなことはなかったらしい。
クエストの内容的に、より有用なものを生みだせば評価されるということだろうか。
……このアルストというゲーム、システムだからとか技能だけでなんとかするとか先入観にとらわれずに行動したほうが上手くいくようにできるみたいだな?
ちなみに、《筆記》という技能もいつの間にか獲得していた。まとめ作業の行動から獲得できたのだろうか。
────────────
《筆記》 消費AP:なし
書き記すアクションにおける正確さとスピードに補正がかかる。常時発動。
────────────
新しい技能がでてきても、しばらくクエスト進行に使う技能で手いっぱいなんだけどなぁと思いながら技能の詳細を読むと、なんと《筆記》は消費APがなく、しかも常時発動のようだ。
ということは、手作業をしていたあいだに補正が入っていたのかもしれない。
まったく気づかなかった。技能レベルがあがればもっと恩恵を感じられるだろうか?
そんなことを確認していたらバッドステータスの足音がかなり近くまで迫ってきたので、今度こそギルドをでてローザの宿屋へ向かった。
「まぁ、こうなるよな」
……うん、扉が開かない。
ローザの宿屋には辿りついたが、ふたたび扉の前で立ち往生してしまった。
今度はちゃんと押せば開くのがわかっている。だからバッドステータスがついてない状態で全体重をかけて押しているのに開かない。なぜだ。
つぎは勢いをつけて体当たり気味に力をかけてみる。……開かない。扉にぶち当てた肩が痛い。
しかし、少し扉が押しこまれた感触はあった。体当たりをあと二、三回くらい繰り返せば開くだろうと再度身体を引く。
――ところが、突然バゴンッという音を立てて目の前の扉が開いた。
視界の端には、先ほどまではなかったたくましい腕が僕の背後から伸びている。
振り返ると、見覚えのある鉄兜が僕を見おろしていた。この前も扉を開けてくれた鎧の男だ。
暗くてよく見えないが、錆びた鉄の匂いがする。この前会ったときの赤黒い汚れに塗れた姿を思いだした。
「…………」
無言だし表情もわからないのだが、「またかよ」と思っているのがありありと伝わってくる。不思議なことだ。
「……ありがとう。助かった」
なにはともあれ、礼をいって今回はすみやかに宿屋へ入り、食堂へ向かった。
「おや、アンタがお帰りだったかい。いつものデカい音だったから、てっきりムサい野郎どものだれかかと思ったよぉ」
食堂の入口ではローザが出迎えてくれた。
「いや、また扉を開けられなくて困っていたら、偶然この前の人に開けてもらえたからそれで……」
「おやまあ! この男にもそんな気づかいができたんだねぇ。それにしてもごめんねぇ。直しても直してもすぐイカれちまうもんだからさぁ」
ローザがじとっとした目で僕の後ろのほうを見ていう。……もしかしなくても、屈強な傭兵や冒険者が力任せに開けるから、すぐ建てつけが悪くなってしまうのだろうか。
「ふん……」
鎧の男はローザの視線を受け流して僕たちの横をとおり抜けていくと、前回と同じ席に腰をおろした。
「そうだ! 今日はアンタもしっかり食えるんだろう? 精のつくもんをたくさんだしてあげるから、好きなところに座んな!」
そういいのこし、ローザは意気揚々と厨房へ向かった。僕もなんとなく前回と同じ席につく。前回の反省を活かし、鎧の男のほうには視線を向けないようにしながら。
食事を待つ間、手帳を開く。そこにはさっきまで手書きでまとめていた内容があった。
「この世界の文字、だなぁ……」
作業中はまとめることに集中していてあまり意識していなかったが、手帳のメモは現実の自国語ではなく、しっかりとこの世界の言葉になっていた。
もちろん、ごく自然に意味を理解できている。
「……手書きなら自国語も書けるかな」
ちょっとした好奇心が湧いて、胸元のホルダーから羽根ペンをとりだして手帳に走らせた。
結果としては『すごくがんばれば書けなくもない』という感じだった。
少しでも気を抜くとこの世界の文字で書きだしてしまうので、長い文章だといつの間にか文字がごちゃ混ぜになってしまう。
まぁ、この世界で通じる文字を無意識に書きだせるほうが圧倒的にメリットが大きいので、とくにその仕様で問題はないのだが。
「このごちゃ混ぜ文字に《分析》を使ってみたらどうなるのだろうか?」
興味本位でごちゃ混ぜ文字を注視しながら《分析》を発動する。
「……おっ」
すると、この世界の言語はさっきまで散々見ていた光の文字として浮かび、自国語の部分は赤みがかった光をまとって浮かびあがった。
しかし、ここからどうしよう。まぁ、APは満タンだし手帳に《記録》でもしてみるか。
〈これまでの行動から技能《言語知識》を獲得しました〉
「えっ」
一連の手慣れた動作のあと、思わぬ技能入手の通知に思わず声をあげてしまった。
────────────
《言語知識》 消費AP:なし
未習得の言語を理解するスピードに補正がかかる。常時発動。
────────────
思わぬことではあったが、これはうれしい。
これからもし読めない文字に出会っても、がんばれば読めるようになるようだ。
……うれしいが、これを手に入れた行動がたまたま書いてみた自国語を《分析》したからというのがなんとも〝裏ワザ〟感がある。これは成立していい裏ワザなのだろうか。
「ま、まぁ、まずかったら運営がなんとかしてくれるだろう」
たぶん。とりあえず運営に丸投げだ。
そう結論づけたところで、ローザが食事を運んできてくれた。食欲を誘ういい香りだ。
「お待たせ! ボア肉のトマト煮こみだよ」
深い大皿に大きめの具がごろごろと入った、ボリュームのあるメニューだった。
「ありがとう。おいしそうだ」
「さあ、冷めないうちに召しあがれ!」
食前の挨拶をしてから、さっそくごろっとした肉の塊を口に運ぶ。
「……んんっ!」
強いうまみとわずかな臭みが、口のなかいっぱいに広がる。臭みもまずいとかではなく、むしろ煮こみの味つけと合わさるとなんともクセになるような味わいだった。
そしてなにより……今日の食事もあたたかい。自然と頬がゆるむ。
ボリュームはあったものの、無心でスプーンを動かすうちにいつの間にか大皿は空になっていた。
「ふう……ご馳走さまでした」
食事を心ゆくまで堪能し、いい知れぬ満足感に浸る。
「ふふっ、おいしそうに食べてくれるじゃないか。作った甲斐があるってもんだよ」
「やさしい味がしてすごくおいしかった」
嘘偽りのない感想を伝えると、ローザは少し頬を赤くして笑った。
「あっはっは! うれしいことをいってくれるねぇ。ほら、ホットミルクを飲んだら上で休むんだよ」
「ああ、そうする」
だしてくれた食後のホットミルクを飲みながら、まったりと手帳のメモを読んだあと、昨日泊まった部屋へもどる。
そして連続ログイン制限リセットのために少しだけログアウトしようと、部屋のベッドに横たわり、目を閉じた。
◆ ◇ ◆
一時間ほどプライベートルームで読書をして過ごすなどして、ふたたびログイン。
こちらの時間帯はあれから四時間ほど経過した午前中といったところだろうか。
「ん? 運営からのメール?」
ログアウトのあいだの通知やお知らせを確認していると、運営から僕個人へ宛てられたメールが届いていた。メールを開いて内容を確認する。
────────────
トウノ様
平素より『Arca Storia』をプレイしていただき誠にありがとうございます。
『Arca Storia』運営お客様サポート係担当AIです。
トウノ様が先ごろ獲得された技能《言語知識》の獲得方法につきましては、意図通りの挙動ですのでご安心ください。
引き続き当サービスを楽しんでご利用いただけますと幸いです。
『Arca Storia』運営お客様サポート係
────────────
「お、おう……まぁ、問題ないならよかった」
運営から「《言語知識》獲得方法は仕様だから問題なし」というお墨つきをもらえたようだ。
……ちょっと不安を感じただけで別に問い合わせてはいないんだが。なんならあれから現実時間で一時間くらいしか経っていないんだが……
運営にマークでもされているのか? いや、深く考えるのはよそう。
このメールにあるとおり、なにも考えずに楽しもうか。
そう結論づけて気持ちも新たに食堂へおりると、屈強な身体を持った人たちがガツガツとすごい勢いで食事をとっていた。
そういえばあの鎧の男以外の客を見るのは初めてだ。しかし、彼は今この場にはいないようだ。
「……なにか食ってくか?」
にぎわう食堂を、空席を求めて視線を彷徨わせていると、渋く落ち着いた声が僕の耳に届いた。
振り向くと、カウンターの向こうに客に負けず劣らずガタイのいい初老の男性がいる。白髪混じりの硬質そうな髪が四角く切りそろえられている。見た目も渋い。
「ああ。それと、あたたかい飲みものもあるとうれしい」
「……そこ、座って待ってな」
そういってうながされたカウンター席に腰かけて、厨房のほうに目を向ける。どうやらローザはいないようだ。
これまで夜明けごろや夕方ごろに食堂を訪れると、ローザが迎えてくれた。きっと朝の時間帯はこの男性と交代しているのだろう。ローザの旦那さんだろうか?
なんとなくたずねづらくてまごついているうちに、葉物野菜の上にベーコンエッグのようなものが載った皿とパンとスープがだされた。
食前のあいさつをさくっと済ませて、まずはスープに口をつける。具はあまり入っていないが、見た目にくらべて味がしっかりとしていた。さまざまな食材のうまみが凝縮されているのだろう。
シンプルなようでいて複雑な味が絶妙なバランスで調和していて、調理者の腕を感じる。
「ご馳走さまでした」
「……気をつけてな」
僕が差しだした食器を受けとりながら、男性がぼそりとつぶやく。
短いが確かな気づかいに、僕は口角をあげてうなずき宿屋をあとにした。
職業ギルドのわきの路地を抜けて入り口に向かおうとしたところで、建物のわきにある簡素な扉からでてきたカーラと遭遇した。
「あ、トウノさん。おはようございます! これから指名依頼の続きですか?」
「ああ、おはよう。そのつもりだ」
僕がうなずくと、カーラは少し考えこんでから両手をぱんっと合わせた。
「そうだ! 宿からこられるなら、こちらの裏口を使ってもらって大丈夫ですよ」
裏口とは、カーラが今でてきた扉のことだろう。
確かにここから入れるのなら、いちいち正面の入口に向かう手間が省ける。しかし……
「僕はここの職員でもないのにいいのか?」
「はい、トウノさんならギルドから指名依頼していますし、問題ありません。宿屋におもどりになるときもここを使っちゃってください」
「そういうことなら、ありがたく使わせてもらおう」
ということで、思いがけずギルドの裏口の出入り許可をもらうことができた。これで受付カウンターをとおらなくても奥の作業デスクにいけるようになった。
裏口はセキュリティのためか見張りが常駐しているようで、扉の横にいる見張りに目を向けるとにこやかにうなずいてきた。今後はたとえ僕ひとりでもとおしてもらえそうだ。
さて、バイト……ではなく指名クエスト二日目。張り切っていこう。
技能レベルがコンスタントにあがり、流れ作業にもだいぶ慣れてきたので、まずはAPが尽きるまでさくさく紙束を処理していく。
そして、AP回復を待つあいだは手作業でかぶっている情報を統合する。
ふぅむ……ユヌ近郊の地図に情報や分布を書きこんだほうがわかりやすいだろうか。まとめているうちにもう少し凝りたい欲がでてきた。
なんなら異人出現前の植物情報や魔物情報との比較もできたら、さらによさそうだ。
ただ、それらがわかる資料は資料室にあるが持ちだし禁止なので、資料室で写してくるか、この手作業を資料室でしないといけないが……ギルド内なら持ちだしてもかまわないだろうか?
考えても答えがでないのできいてみようと周囲を見まわすと、ちょうど少し離れたデスクにギルがいた。
ギルにたずねてみると、僕の求める資料は依頼管理でよく使うため、資料室にいかずともカウンター内に写しが複数用意されているとのことだった。
教えてもらった棚を確認すると、目当ての情報がまとまった資料はすぐに見つかった。ほかにも近郊の動物や鉱物の情報と各種図鑑、謎の建造物や遺跡情報、職業斡旋情報の資料を見つけ、両腕いっぱいに抱えこむ。
……後半は必要なのかって? なにが必要になるかわからないじゃないか。
そうしてクエストを進めたり、息抜きに職業斡旋情報を読んだりして指名クエスト二日目は終了した。
進行度は『89%』。
まだ手をつけていない紙束が半分ほど残っているし、清書もそれほど進んでないのにこれである。クエストの判定的には、この手作業のメモを渡しても達成と見なすのだろうか。
まぁ、せっかく興がのってきたので、進行度が百パーセントになっても紙束がなくなるか期限が迫るまでは、まとめ作業を続けようと思う。
あとは、《植物知識》《動物知識》《魔物知識》《鉱物知識》というAP消費なしの常時発動技能を得ることができた。それぞれの名前や実物を目にしたときに、より詳細な情報が手に入るらしい。うん、あって困るものではないな。
うっかりするとまた《空腹》状態になりそうなので、今朝許可を得た裏口から宿屋にもどることにしよう。
◆ ◇ ◆
さて、現実でも寝たり起きたりして、指名クエスト四日目だ。
クエスト進行度的には今日で達成できそうだが、紙束の処理は今日のログイン時間いっぱいまでは粘ろう。そうして意気揚々と職業ギルドのいつもの作業デスクにつく。気分はもはや出勤だ……したことないけど。
そうして黙々と作業していると、昼どきにギルド職員の何人かに声をかけられ「差し入れだ」と串焼きやパンをもらった。
なんでもずっと飲まず食わずで作業し続けているのを心配してくれたらしい。
……そういえば、いつも《空腹》になるギリギリまで放置していた。「食べないといけない」という感覚がもうずいぶんと希薄なのでつい忘れてしまう。
代金を払おうとしたら「サブマスに集るからいい」と朗らかに返された。
……いや、それはいい、のか……?
なにはともあれ差し入れをありがたくいただきつつ作業を続ける。
《筆記》のレベルがだいぶあがっていて、手の動きがかなり速くなった。早送りみたいに動かしているのに書かれた文字が存外丁寧なのが不思議だ。
このぶんだと今日中には紙束すべての処理までもっていけるかもしれない。
そうして無心で作業を続け、現在ちょうど日が暮れたあたり。
あんなに山と積まれていた紙束が、匠の手によって机からきれいさっぱり消え、美しい木目艶めくデスクが出現した。やればいつかは終わるものだな。
あとは手作業まとめと清書をすればいいだけだ。ここまでくると目新しい情報はそんなにないので、まとめにはそんなに時間はかからないだろう。
ちなみにクエスト進行度はとっくに百パーセントになっている。
「うーん、時間が半端だから少し寝るか」
このまま作業を続けてしまうと《不眠》になってしまいそうなので、いったん宿屋にもどって〈睡眠〉をとることにした。
ついでに夕飯も食べよう。そうしよう。
――僕はやりとげた。
今度こそ渾身の力で体当たりをして宿屋の扉を一人で開けることができた。三度目の正直だ。……多少、右肩は犠牲になってしまったが。
食堂に入ると夕食どきとあってか、今までで一番にぎわっていた。
ローザがいっていたとおり、客はみんな傭兵や冒険者を生業とする者たちらしい。ガタイがよく、人数も相まってかなりの圧迫感と熱気が食堂を埋め尽くしていた。
厨房ではローザの旦那さんと思われる渋い男性が、食堂ではローザが忙しそうに働いている。この時間帯はふたり態勢で切り盛りしているようだ。
屈強な男たちのあいだを抜けてなんとか食堂の片隅の空いている席で食事をとっていると、傭兵同士の喧嘩がはじまってしまった。まわりはとめるどころか、むしろ面白がって囃し立てている。
ただでさえ圧迫感のあった食堂が、屈強な男たちのもみ合いでさらに危険地帯となる。
冗談じゃなく潰されかねなくなったので、食事は楽しみつつも手早く済ませて部屋へ向かった。……まだまだにぎわっている食堂で絡まれないうちに。
部屋にもどってすぐベッドに横たわり、〈睡眠〉コマンドの最短時間である二時間に設定してゲーム内でだけの眠りにつく。
自動で瞼が閉じて暗転――そしてすぐに自動で瞼が開く。
あまりにあっさりすぎて不安になったが、時間を確認するとしっかり二時間経っていた。《不眠》までの蓄積値もリセットされている。
ということで、しっかり指名クエスト追いこみの準備ができたので、本日二回目のギルドへ向かった。
あとは手帳にまとめた内容を白紙に清書するだけなので、ギルド職員の会話をBGM代わりにしてとりかかる。やはり情報かぶりがとても多かったので、作る資料のほうはたいした量にはならなそうだ。
「ああ、よろしく頼む」
「わかりました! 作業用に奥のデスクを確保してあるので、こちらへどうぞ」
カーラにうながされ、受付カウンターの端の入口からカウンターの向こうへ入る。
「ん?」
カウンターのなかに入った瞬間、ギルド内が大きくざわめいた気がした。
もしかして入ってはいけなかったのだろうか。しかし周囲のギルド職員は気にする素振りはなく、カーラもどんどん奥へ進んでいってしまうので、とりあえず気にせずに足を進めることにした。
そうして奥にある紙束が乱雑に積まれていてごちゃっとしたエリアで、彼女の足がとまった。
「ギルさーん! 編纂士のトウノさん、依頼を受けてくれましたよ! 資料作りの流れを教えてあげてください!」
「な、なんだってーーーー!? ……ああ、アークトゥリアよ、感謝します……」
カーラがひときわ紙束が高く積まれた場所に声をかけると、紙束の向こうからガタタタンッという音とともに、よろこぶ男性の声がきこえてきた。……未だ姿は見えない。
「ほら、ギルさん。そこにいたらトウノさんに紹介できないですから。トウノさん、こちらうちの職員のなかで唯一《筆記》を持っていたがために、今回地獄を見ているかわいそうなギルさんです。こう見えて一応、このギルドのサブマスターなんですよ」
「は、はぁ……」
こう見えてもなにも、姿が見えないので判断のしようがないんだが……と紙束の山を見つめていると、その向こうから細長い影がひょっこりと現れた。
「やあ、私はギルという。カーラくんの紹介のとおりこのギルドのサブマスターだが、このとおり馬車馬のように働かされているので気軽にギルと呼んでくれ」
そういってギルは、へらりと笑った。
ギルは全体的に細長い印象の疲れた顔をした中年手前ほどの男性だ。金髪というよりは少し褪せた藁色の髪が長めに伸びていて、年齢からか疲労からかうるおいをなくしていてより藁っぽい。瞳の色は目が細いので見づらいが、髪の色と似た色のようだ。
サブマスターということで、ギルの服装はほかのギルド職員の制服よりも少しだけ装飾が多い気がする。……服のほうもギルと同じくくたびれているが。
ヒラの職員たちとも距離が近いのか、気安い雰囲気だ。
「……どうも。下級編纂士見習いのトウノ、という。よろしく」
「ではトウノくんと呼ばせてもらおう。よろしくね!」
「それではトウノさん、ギルさんに資料作りのやり方を教わってください。あ、あと倒れる前に中断して宿で休んでくださいね!」
「……ぐ、わかった」
さらっと僕に釘を刺してから、カーラは受付カウンターへもどっていった。
「よし、じゃあさっそくやり方を説明しようか。まずおおまかな流れだけど、ここに積まれている紙束がすべてクエスト消化の過程で得られた情報の山になっている。それをトウノくんの場合はつぎつぎ《分析》していって、《分析》した結果をそこの白紙に《記録》すると、情報がまとまった文書ができるよ。どうだい、簡単だろう?」
「……ああ、流れの把握はできたと思う、んだが、僕はまだ一度も技能を使ったことがなくて、ちゃんと使えるか自信がない」
技能使用のチュートリアルをなにも進めていないので、発動の仕方などもわからないのだ。
……むしろこの会話こそが技能使用のチュートリアルなのだろうか?
「おや、そうなのかい? ああ、そういえばトウノくんは異人だったねぇ。大丈夫、最初のうちは私もサポートするよ。それに異人はものすごい早さで成長するようだから問題ないだろう」
「そういうことなら……やってみよう」
きいた感じ、ちゃんと技能さえ使えれば僕にとっては楽な作業だと思う。
というかこの作業、そもそも《分析》がないと詰む気がひしひしとしている。《筆記》しかないギルがやるのは、大分厳しいだろう。
そんな僕の同情の視線に気づかずに、ギルが技能の使い方を説明してくれる。
「それじゃあ技能を使うところからいこうか。まずはこの紙束に向かって《分析》という技能を強く意識すれば発動するはずだ。やってごらん」
「強く意識……。あ、できた、と思う」
ギルにうながされるままに技能を意識してみると、あっさり技能発動の感覚があり、紙束に書かれた情報が光る文字となって目の前に整然とならんだ。紙束のなかには雑なメモ程度のものも多く交じっているようなので、多少読みやすいように整えられたようだ。なんて便利なんだ。
「うんうん、簡単だろう?」
僕が感心している様子を見て、ギルはニコニコする。
「そうしたらつぎは、この白紙に注目して《分析》でだした結果と《記録》という技能を意識してみてくれ」
「結果を《記録》……できた」
《記録》もいわれるままに発動してみると、目の前で光っていた文字がするっと白紙に吸いこまれていく。そこにはもう白紙ではなく、《分析》した情報が記された紙があった。
ふぅむ、今はレトロといわれる技術になっている、パソコンと印刷の関係っぽい。
「上出来だね。とまぁ、全体の流れとしてはこんな感じなんだけど……あとはここの紙束をすべて《分析》にかけて《記録》してもらうだけだよ!」
そういってギルが親指を立てるが……
いくら作業が楽といっても、あらためて大きなデスクいっぱいに積み上がった残りの紙束の山を見ると、顔がひきつるのをとめられなかった。
最後に、必要な消耗品や提出について教わった。
「追加の白紙はそのあたりにいる職員にいえばだしてくれるからね。提出はカーラくんか私に声をかけてくれ。ほかにわからないことはあるかな?」
「……いや、これで大丈夫だと思う」
少し考えて、今のところはとくに疑問点はないのでうなずいた。
「よし。それじゃあ、よろしくね! んあー! トウノくんのおかげでやっと寝れるよー!」
ギルは細長い身体をさらに細長くするように伸びをする。……ナナフシみたいだなと思ったのはここだけの話だ。
彼の発言から、徹夜をしたことがうかがえる。ステータスが見られるなら、《不眠》がついているかもしれない。
先ほどまでギルが座っていた椅子に腰かけ、まずは紙束の山が崩れないように整理する。
「あ、サブマス。仮眠明けたらこっちを手伝ってほしいっす」
「…………うん、わかった……」
……少し離れたところでそんな会話がきこえた。ギルの仮眠明けの予定はすみやかに埋まってしまったようだ。カーラ以外にも鮮やかな手腕の職員がいるらしい。
ギルの哀れな馬車馬感はまぁ……いったん横においておくとして。
そういえば技能を使うのに、なんらかのゲージを消費するのだろうか?
視線操作だけでステータス画面を確認したところ、各技能をさらに注視することでその技能の詳細を見ることができた。
────────────
《分析》 消費AP:2
そのものの事柄、性質、構成要素などをあきらかにする。
《記録》 消費AP:2
あきらかになった事柄、性質、構成要素などを書き記す。
────────────
この詳細を読むかぎり、やはり《記録》は《分析》ででた結果を記す専用の技能のように思える。
APとは『アクションポイント』の略で、これが技能を発動するのに必要なパラメータだ。魔法はAPに加えて、MP『マジックポイント』を必要とする。
視界のすみに四本のゲージがならんでいて、それぞれ僕のLP、スタミナ、MP、APを示している。
そのほかにも折りたたまれてはいるが、満腹度に連続活動時間など、健康管理アプリかと思えるほどあらゆる数値がまとまっていた。
……満腹度と連続活動時間は常に見えるようにしておこう。
少しステータス確認に手間取ってしまったが、バイト……ではなくクエストを始めよう。
僕は紙束の山から適当に一枚、書類を掴んだ。
◆ ◇ ◆
『進行度:13%』これが半日クエストにとり組んだ成果だ。
もっとさくさくと進められるかと思ったのだが、思わぬ落とし穴があった。
圧倒的AP不足、そして現状のAP回復手段が時間経過しかないことだった。
回復手段がとぼしいこともあってかスタミナのつぎくらいに回復速度が速いので、普通ならばそうそう困らないのだろうが、このような連続作業が必要だと話が変わってくる。
このクエストの期限は七日。必ずログアウトしないといけない時間を引くと、実質作業にあてられるのは五日だ。このペースだと達成できるかどうかギリギリのラインと見ている。
技能使用による技能レベルの上昇と、その際に得た成長ポイントをすべてAPの上限アップに注ぎこめばなんとかなるだろうか。
一応、技能レベルはぐんぐんあがっているし、成長ポイントは得た端からAP上限アップに使っていて少しずつ作業効率はあがっている。
「今後のレベルアップに期待すべきか、ほかに効率的な方法がないか模索すべきか……」
今はちょうどAP回復の待ち時間で、ほかに効率的な方法がないかと考えていたところだ。
そこでふと、自分の手が持ちあがって《記録》をし終わった資料へ伸びているのに気づいた。
「……ああ」
少し考えて、この現象の要因に思いあたった。これまで手持ち無沙汰なときはほとんど読書をしていたので、身体が勝手に動いてしまったようだ。
僕は身体の動きに抗わずに、作成した資料に目をとおす。
資料を作成する過程で文章に目を通していたが、なんだかんだ技能を使うことに気をとられてあまり読むという行為はしていなかった。
資料はなんだかんだ不特定多数からあがってきた情報が煩雑に集まっているだけなので、結構かぶっている情報がある。かぶっているものを統合して記載するだけでも、だいぶすっきりと読みやすくなるだろうに……
「……というか、そうしたほうがいいのか?」
《分析》は《記録》しないと残らないため作業は続けないといけないが、かぶっている情報をまとめるくらいは、紙とペンで技能など使わずに手作業でやればいい。
紙は《記録》用の紙があるから、ペンは……ギルドの人に頼んで借りるか? と周囲を確認していたら、自分の持ちもの一覧にあった。なんなら装備していた。
胸元のそれ専用っぽいホルダーに羽根ペンが収まっていたし、腰のベルトにはインク壺と革のカバーがかかった大きめの手帳があった。……ずっとそこにいたのかお前たち……
これらは僕の職業にあわせた初期装備だろう。
ちなみに申し訳程度にナイフも持っている。……戦闘に使うイメージはまったく湧かない。
必要な道具がすべてそろっているなら話は早い。さっそくとりかかろうと手帳を開いた。
なんとなく、手帳を持っているのにギルドの備品を消費するのは抵抗があったので、白紙を使うのは清書をするときだけにした。基本はこの手帳にメモをとっていこう。
情報のとりあつかいに問題があるなら、メモはあとで処分すればいい。
まずは資料に目をとおして、かぶりの多い情報を大雑把に確認していく。
「ふぅむ、町近郊の魔物情報がとにかく多くてかぶり倒しているな。まぁ、RPGの醍醐味といえば魔物とのバトルだろうしな」
魔物情報はかぶりが多いが、まとめていくと町から見た方角によって特色があるのがわかる。資料室にこもっているときに読んだユヌ近郊の分布情報と重なる部分も多いようだ。
魔物情報にくらべると少ないが、町の生産関連やトラブル解決の情報もあって、町で起こった出来事がわかってなかなかおもしろい。
僕がギルド内で本の虫になったり行き倒れそうになったりしていたように、ほかのプレイヤーにもさまざまなことが起きていたようだ。
そんなことを考えながら、ときどき溜まったAPを消費しつつ、RPGをやっているとは思えない地道なまとめ作業に没頭したのだった。
それからさらに半日が経ち、また夜明け前の時間帯になっていた。まだ大丈夫だが、あといくらかすればバッドステータスがついてしまう。
いったん作業を中断して宿にもどることにしよう。
最後に、今どのくらいの進行度になっただろうかとクエストページを開くと……
進行度は『48%』…………んん?
クエスト進行度がいつの間にか四倍弱になっていた。
技能レベルとAPレベル上昇だけでは説明がつかない。むしろまとめ作業を始めたぶん、最初のほうより《分析》と《記録》のペースは落ち気味だったはずだ。
となると、進行度急上昇の原因は、手作業で行っていたまとめ作業のほうだろう。技能を介さない作業は評価に入らないと思いこんでいたが、そんなことはなかったらしい。
クエストの内容的に、より有用なものを生みだせば評価されるということだろうか。
……このアルストというゲーム、システムだからとか技能だけでなんとかするとか先入観にとらわれずに行動したほうが上手くいくようにできるみたいだな?
ちなみに、《筆記》という技能もいつの間にか獲得していた。まとめ作業の行動から獲得できたのだろうか。
────────────
《筆記》 消費AP:なし
書き記すアクションにおける正確さとスピードに補正がかかる。常時発動。
────────────
新しい技能がでてきても、しばらくクエスト進行に使う技能で手いっぱいなんだけどなぁと思いながら技能の詳細を読むと、なんと《筆記》は消費APがなく、しかも常時発動のようだ。
ということは、手作業をしていたあいだに補正が入っていたのかもしれない。
まったく気づかなかった。技能レベルがあがればもっと恩恵を感じられるだろうか?
そんなことを確認していたらバッドステータスの足音がかなり近くまで迫ってきたので、今度こそギルドをでてローザの宿屋へ向かった。
「まぁ、こうなるよな」
……うん、扉が開かない。
ローザの宿屋には辿りついたが、ふたたび扉の前で立ち往生してしまった。
今度はちゃんと押せば開くのがわかっている。だからバッドステータスがついてない状態で全体重をかけて押しているのに開かない。なぜだ。
つぎは勢いをつけて体当たり気味に力をかけてみる。……開かない。扉にぶち当てた肩が痛い。
しかし、少し扉が押しこまれた感触はあった。体当たりをあと二、三回くらい繰り返せば開くだろうと再度身体を引く。
――ところが、突然バゴンッという音を立てて目の前の扉が開いた。
視界の端には、先ほどまではなかったたくましい腕が僕の背後から伸びている。
振り返ると、見覚えのある鉄兜が僕を見おろしていた。この前も扉を開けてくれた鎧の男だ。
暗くてよく見えないが、錆びた鉄の匂いがする。この前会ったときの赤黒い汚れに塗れた姿を思いだした。
「…………」
無言だし表情もわからないのだが、「またかよ」と思っているのがありありと伝わってくる。不思議なことだ。
「……ありがとう。助かった」
なにはともあれ、礼をいって今回はすみやかに宿屋へ入り、食堂へ向かった。
「おや、アンタがお帰りだったかい。いつものデカい音だったから、てっきりムサい野郎どものだれかかと思ったよぉ」
食堂の入口ではローザが出迎えてくれた。
「いや、また扉を開けられなくて困っていたら、偶然この前の人に開けてもらえたからそれで……」
「おやまあ! この男にもそんな気づかいができたんだねぇ。それにしてもごめんねぇ。直しても直してもすぐイカれちまうもんだからさぁ」
ローザがじとっとした目で僕の後ろのほうを見ていう。……もしかしなくても、屈強な傭兵や冒険者が力任せに開けるから、すぐ建てつけが悪くなってしまうのだろうか。
「ふん……」
鎧の男はローザの視線を受け流して僕たちの横をとおり抜けていくと、前回と同じ席に腰をおろした。
「そうだ! 今日はアンタもしっかり食えるんだろう? 精のつくもんをたくさんだしてあげるから、好きなところに座んな!」
そういいのこし、ローザは意気揚々と厨房へ向かった。僕もなんとなく前回と同じ席につく。前回の反省を活かし、鎧の男のほうには視線を向けないようにしながら。
食事を待つ間、手帳を開く。そこにはさっきまで手書きでまとめていた内容があった。
「この世界の文字、だなぁ……」
作業中はまとめることに集中していてあまり意識していなかったが、手帳のメモは現実の自国語ではなく、しっかりとこの世界の言葉になっていた。
もちろん、ごく自然に意味を理解できている。
「……手書きなら自国語も書けるかな」
ちょっとした好奇心が湧いて、胸元のホルダーから羽根ペンをとりだして手帳に走らせた。
結果としては『すごくがんばれば書けなくもない』という感じだった。
少しでも気を抜くとこの世界の文字で書きだしてしまうので、長い文章だといつの間にか文字がごちゃ混ぜになってしまう。
まぁ、この世界で通じる文字を無意識に書きだせるほうが圧倒的にメリットが大きいので、とくにその仕様で問題はないのだが。
「このごちゃ混ぜ文字に《分析》を使ってみたらどうなるのだろうか?」
興味本位でごちゃ混ぜ文字を注視しながら《分析》を発動する。
「……おっ」
すると、この世界の言語はさっきまで散々見ていた光の文字として浮かび、自国語の部分は赤みがかった光をまとって浮かびあがった。
しかし、ここからどうしよう。まぁ、APは満タンだし手帳に《記録》でもしてみるか。
〈これまでの行動から技能《言語知識》を獲得しました〉
「えっ」
一連の手慣れた動作のあと、思わぬ技能入手の通知に思わず声をあげてしまった。
────────────
《言語知識》 消費AP:なし
未習得の言語を理解するスピードに補正がかかる。常時発動。
────────────
思わぬことではあったが、これはうれしい。
これからもし読めない文字に出会っても、がんばれば読めるようになるようだ。
……うれしいが、これを手に入れた行動がたまたま書いてみた自国語を《分析》したからというのがなんとも〝裏ワザ〟感がある。これは成立していい裏ワザなのだろうか。
「ま、まぁ、まずかったら運営がなんとかしてくれるだろう」
たぶん。とりあえず運営に丸投げだ。
そう結論づけたところで、ローザが食事を運んできてくれた。食欲を誘ういい香りだ。
「お待たせ! ボア肉のトマト煮こみだよ」
深い大皿に大きめの具がごろごろと入った、ボリュームのあるメニューだった。
「ありがとう。おいしそうだ」
「さあ、冷めないうちに召しあがれ!」
食前の挨拶をしてから、さっそくごろっとした肉の塊を口に運ぶ。
「……んんっ!」
強いうまみとわずかな臭みが、口のなかいっぱいに広がる。臭みもまずいとかではなく、むしろ煮こみの味つけと合わさるとなんともクセになるような味わいだった。
そしてなにより……今日の食事もあたたかい。自然と頬がゆるむ。
ボリュームはあったものの、無心でスプーンを動かすうちにいつの間にか大皿は空になっていた。
「ふう……ご馳走さまでした」
食事を心ゆくまで堪能し、いい知れぬ満足感に浸る。
「ふふっ、おいしそうに食べてくれるじゃないか。作った甲斐があるってもんだよ」
「やさしい味がしてすごくおいしかった」
嘘偽りのない感想を伝えると、ローザは少し頬を赤くして笑った。
「あっはっは! うれしいことをいってくれるねぇ。ほら、ホットミルクを飲んだら上で休むんだよ」
「ああ、そうする」
だしてくれた食後のホットミルクを飲みながら、まったりと手帳のメモを読んだあと、昨日泊まった部屋へもどる。
そして連続ログイン制限リセットのために少しだけログアウトしようと、部屋のベッドに横たわり、目を閉じた。
◆ ◇ ◆
一時間ほどプライベートルームで読書をして過ごすなどして、ふたたびログイン。
こちらの時間帯はあれから四時間ほど経過した午前中といったところだろうか。
「ん? 運営からのメール?」
ログアウトのあいだの通知やお知らせを確認していると、運営から僕個人へ宛てられたメールが届いていた。メールを開いて内容を確認する。
────────────
トウノ様
平素より『Arca Storia』をプレイしていただき誠にありがとうございます。
『Arca Storia』運営お客様サポート係担当AIです。
トウノ様が先ごろ獲得された技能《言語知識》の獲得方法につきましては、意図通りの挙動ですのでご安心ください。
引き続き当サービスを楽しんでご利用いただけますと幸いです。
『Arca Storia』運営お客様サポート係
────────────
「お、おう……まぁ、問題ないならよかった」
運営から「《言語知識》獲得方法は仕様だから問題なし」というお墨つきをもらえたようだ。
……ちょっと不安を感じただけで別に問い合わせてはいないんだが。なんならあれから現実時間で一時間くらいしか経っていないんだが……
運営にマークでもされているのか? いや、深く考えるのはよそう。
このメールにあるとおり、なにも考えずに楽しもうか。
そう結論づけて気持ちも新たに食堂へおりると、屈強な身体を持った人たちがガツガツとすごい勢いで食事をとっていた。
そういえばあの鎧の男以外の客を見るのは初めてだ。しかし、彼は今この場にはいないようだ。
「……なにか食ってくか?」
にぎわう食堂を、空席を求めて視線を彷徨わせていると、渋く落ち着いた声が僕の耳に届いた。
振り向くと、カウンターの向こうに客に負けず劣らずガタイのいい初老の男性がいる。白髪混じりの硬質そうな髪が四角く切りそろえられている。見た目も渋い。
「ああ。それと、あたたかい飲みものもあるとうれしい」
「……そこ、座って待ってな」
そういってうながされたカウンター席に腰かけて、厨房のほうに目を向ける。どうやらローザはいないようだ。
これまで夜明けごろや夕方ごろに食堂を訪れると、ローザが迎えてくれた。きっと朝の時間帯はこの男性と交代しているのだろう。ローザの旦那さんだろうか?
なんとなくたずねづらくてまごついているうちに、葉物野菜の上にベーコンエッグのようなものが載った皿とパンとスープがだされた。
食前のあいさつをさくっと済ませて、まずはスープに口をつける。具はあまり入っていないが、見た目にくらべて味がしっかりとしていた。さまざまな食材のうまみが凝縮されているのだろう。
シンプルなようでいて複雑な味が絶妙なバランスで調和していて、調理者の腕を感じる。
「ご馳走さまでした」
「……気をつけてな」
僕が差しだした食器を受けとりながら、男性がぼそりとつぶやく。
短いが確かな気づかいに、僕は口角をあげてうなずき宿屋をあとにした。
職業ギルドのわきの路地を抜けて入り口に向かおうとしたところで、建物のわきにある簡素な扉からでてきたカーラと遭遇した。
「あ、トウノさん。おはようございます! これから指名依頼の続きですか?」
「ああ、おはよう。そのつもりだ」
僕がうなずくと、カーラは少し考えこんでから両手をぱんっと合わせた。
「そうだ! 宿からこられるなら、こちらの裏口を使ってもらって大丈夫ですよ」
裏口とは、カーラが今でてきた扉のことだろう。
確かにここから入れるのなら、いちいち正面の入口に向かう手間が省ける。しかし……
「僕はここの職員でもないのにいいのか?」
「はい、トウノさんならギルドから指名依頼していますし、問題ありません。宿屋におもどりになるときもここを使っちゃってください」
「そういうことなら、ありがたく使わせてもらおう」
ということで、思いがけずギルドの裏口の出入り許可をもらうことができた。これで受付カウンターをとおらなくても奥の作業デスクにいけるようになった。
裏口はセキュリティのためか見張りが常駐しているようで、扉の横にいる見張りに目を向けるとにこやかにうなずいてきた。今後はたとえ僕ひとりでもとおしてもらえそうだ。
さて、バイト……ではなく指名クエスト二日目。張り切っていこう。
技能レベルがコンスタントにあがり、流れ作業にもだいぶ慣れてきたので、まずはAPが尽きるまでさくさく紙束を処理していく。
そして、AP回復を待つあいだは手作業でかぶっている情報を統合する。
ふぅむ……ユヌ近郊の地図に情報や分布を書きこんだほうがわかりやすいだろうか。まとめているうちにもう少し凝りたい欲がでてきた。
なんなら異人出現前の植物情報や魔物情報との比較もできたら、さらによさそうだ。
ただ、それらがわかる資料は資料室にあるが持ちだし禁止なので、資料室で写してくるか、この手作業を資料室でしないといけないが……ギルド内なら持ちだしてもかまわないだろうか?
考えても答えがでないのできいてみようと周囲を見まわすと、ちょうど少し離れたデスクにギルがいた。
ギルにたずねてみると、僕の求める資料は依頼管理でよく使うため、資料室にいかずともカウンター内に写しが複数用意されているとのことだった。
教えてもらった棚を確認すると、目当ての情報がまとまった資料はすぐに見つかった。ほかにも近郊の動物や鉱物の情報と各種図鑑、謎の建造物や遺跡情報、職業斡旋情報の資料を見つけ、両腕いっぱいに抱えこむ。
……後半は必要なのかって? なにが必要になるかわからないじゃないか。
そうしてクエストを進めたり、息抜きに職業斡旋情報を読んだりして指名クエスト二日目は終了した。
進行度は『89%』。
まだ手をつけていない紙束が半分ほど残っているし、清書もそれほど進んでないのにこれである。クエストの判定的には、この手作業のメモを渡しても達成と見なすのだろうか。
まぁ、せっかく興がのってきたので、進行度が百パーセントになっても紙束がなくなるか期限が迫るまでは、まとめ作業を続けようと思う。
あとは、《植物知識》《動物知識》《魔物知識》《鉱物知識》というAP消費なしの常時発動技能を得ることができた。それぞれの名前や実物を目にしたときに、より詳細な情報が手に入るらしい。うん、あって困るものではないな。
うっかりするとまた《空腹》状態になりそうなので、今朝許可を得た裏口から宿屋にもどることにしよう。
◆ ◇ ◆
さて、現実でも寝たり起きたりして、指名クエスト四日目だ。
クエスト進行度的には今日で達成できそうだが、紙束の処理は今日のログイン時間いっぱいまでは粘ろう。そうして意気揚々と職業ギルドのいつもの作業デスクにつく。気分はもはや出勤だ……したことないけど。
そうして黙々と作業していると、昼どきにギルド職員の何人かに声をかけられ「差し入れだ」と串焼きやパンをもらった。
なんでもずっと飲まず食わずで作業し続けているのを心配してくれたらしい。
……そういえば、いつも《空腹》になるギリギリまで放置していた。「食べないといけない」という感覚がもうずいぶんと希薄なのでつい忘れてしまう。
代金を払おうとしたら「サブマスに集るからいい」と朗らかに返された。
……いや、それはいい、のか……?
なにはともあれ差し入れをありがたくいただきつつ作業を続ける。
《筆記》のレベルがだいぶあがっていて、手の動きがかなり速くなった。早送りみたいに動かしているのに書かれた文字が存外丁寧なのが不思議だ。
このぶんだと今日中には紙束すべての処理までもっていけるかもしれない。
そうして無心で作業を続け、現在ちょうど日が暮れたあたり。
あんなに山と積まれていた紙束が、匠の手によって机からきれいさっぱり消え、美しい木目艶めくデスクが出現した。やればいつかは終わるものだな。
あとは手作業まとめと清書をすればいいだけだ。ここまでくると目新しい情報はそんなにないので、まとめにはそんなに時間はかからないだろう。
ちなみにクエスト進行度はとっくに百パーセントになっている。
「うーん、時間が半端だから少し寝るか」
このまま作業を続けてしまうと《不眠》になってしまいそうなので、いったん宿屋にもどって〈睡眠〉をとることにした。
ついでに夕飯も食べよう。そうしよう。
――僕はやりとげた。
今度こそ渾身の力で体当たりをして宿屋の扉を一人で開けることができた。三度目の正直だ。……多少、右肩は犠牲になってしまったが。
食堂に入ると夕食どきとあってか、今までで一番にぎわっていた。
ローザがいっていたとおり、客はみんな傭兵や冒険者を生業とする者たちらしい。ガタイがよく、人数も相まってかなりの圧迫感と熱気が食堂を埋め尽くしていた。
厨房ではローザの旦那さんと思われる渋い男性が、食堂ではローザが忙しそうに働いている。この時間帯はふたり態勢で切り盛りしているようだ。
屈強な男たちのあいだを抜けてなんとか食堂の片隅の空いている席で食事をとっていると、傭兵同士の喧嘩がはじまってしまった。まわりはとめるどころか、むしろ面白がって囃し立てている。
ただでさえ圧迫感のあった食堂が、屈強な男たちのもみ合いでさらに危険地帯となる。
冗談じゃなく潰されかねなくなったので、食事は楽しみつつも手早く済ませて部屋へ向かった。……まだまだにぎわっている食堂で絡まれないうちに。
部屋にもどってすぐベッドに横たわり、〈睡眠〉コマンドの最短時間である二時間に設定してゲーム内でだけの眠りにつく。
自動で瞼が閉じて暗転――そしてすぐに自動で瞼が開く。
あまりにあっさりすぎて不安になったが、時間を確認するとしっかり二時間経っていた。《不眠》までの蓄積値もリセットされている。
ということで、しっかり指名クエスト追いこみの準備ができたので、本日二回目のギルドへ向かった。
あとは手帳にまとめた内容を白紙に清書するだけなので、ギルド職員の会話をBGM代わりにしてとりかかる。やはり情報かぶりがとても多かったので、作る資料のほうはたいした量にはならなそうだ。
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