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第7話
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150分のクルーズはいよいよ終わりを迎え、各々下船を始める。
夢のような150分だったなあ、とリョウは下船後も名残惜しそうに今まで乗っていた大型クルーズ船を見上げた。
少し歩いたところある駐車場に停めてあった車にまた乗り込む。今日はよく走った。この後向かうのは新幹線の駅。そこでとうとう今日のデートはおしまい、リョウは一人大阪へ帰るのだ。駅までは20分もかからない。もっと遠かったら良かったのに。リョウの心を幸福感に取って代わって寂しさが支配し始めた。
海岸沿いには大きなホテルが建ち並ぶ。それを見てまた、リョウは虚しくなる。このままあんなホテルに泊まれたらいいのに、なんて思って、慌てて首を振る。どこまでも欲張りになる自分を心の中で叱咤した。
アヤが車を停めた。信号でも何でもない、ただ海と夜景がきれいなだけのところでだ。
「どしたん? 煙草?」
リョウが不思議そうに尋ねると、アヤは
「これ」
とだけ言って、後部座席にあった包みをリョウに手渡した。
紙袋を開け、さらにその中の紙箱を開けると、リョウのボディバッグと同じブランドのキーホルダー。リョウの髪色によく似た濃紺地に、マルチストライプのラビットモチーフがワンポイント。渋さの中に可愛らしさがあって、いかにもリョウという感じである。
「えー! プレゼントまでくれんの! 今日一日いっぱいデートできただけでじゅうぶん嬉しいのに……」
リョウは嬉々として三つ折りになったキーケースを開く。
と。
「あれ、この鍵……」
「あんまり意味ないと思ったけど、形だけ」
一つだけすでに鍵がついていた。それはアヤの部屋の鍵。気まぐれにふらりと立ち寄れる距離ではなく、リョウが訪れるときはいつもアヤが駅まで迎えに行くので、アヤはあまり意味がないと言ったのだ。
「意味なくない! めちゃ嬉しい! ありがと!」
使う機会こそないかもしれないが、家に自由に出入りすることを許されているという証のようなものだ。感極まってキスの雨を降らせるリョウだが、アヤは少し迷惑そうだ。
「今日一日、ほんまにありがとう」
キスの雨が止み、落ち着いてリョウは礼を言った。事前にプランを練るのから始まり、慣れないことばかり、好きでもないところばかり行ったこと。走行距離およそ200キロの道のりを、一日中運転を担当したこと。かなり無理をさせてしまったのではないだろうか。さらにはリョウは連休中だがアヤは明日も仕事だ。こんなことはもうこれきりにしよう、と反省してしまうリョウだった。
リョウはすっかりしょげてしまったが、アヤにはなぜだかわからない。ありがとう、と言ってくれたということは、今日のデートは成功したはず。なのにどうしてリョウはしょんぼりしているんだろう? いつもの別れ際の寂しさとは、何かが違うような気がする。
「アヤは今日、楽しかった……?」
叱ってもいないのに、叱られた子犬のように顔色をうかがってくるリョウ。なんだ、そんなことを気にしていたのか、とアヤはほっとした。
「もちろん」
「ほんまに?」
「いろんなリョウが見られたからね」
緊張した初々しいリョウからスタート、意外な弱点、いつものはじける笑顔、キャンドルに照らされたはにかんだ顔。二人で同じ映画を観て、同じ思い出に想いを馳せ、最愛の人が喜ぶ顔を一日中横で見ていられた。
「そ、それやったらええねんけど……でももう、こんな無茶なスケジュールは今年限りにするわな」
ほっとしたように、照れたように、小さくなっていたからだが弛緩していくが、
「当たり前だ」
アヤの返事にまた身が縮む。
「ひいぃごめんなさい」
「来年はベッドから出さないからな」
ああそういえば、今日は……と思い当たり、リョウはアヤに抱きついた。
「喜んで! もう来年の誕生日が楽しみになってしもた」
「まだ今年の終わってないのに?」
大好きな曲に出てくる駅を過ぎれば、別れの時はもうすぐそこ。けれど二人の間には寂しさなんてもうなかった。
来年は、再来年は、その次は、どう過ごそう?
【おわり】
夢のような150分だったなあ、とリョウは下船後も名残惜しそうに今まで乗っていた大型クルーズ船を見上げた。
少し歩いたところある駐車場に停めてあった車にまた乗り込む。今日はよく走った。この後向かうのは新幹線の駅。そこでとうとう今日のデートはおしまい、リョウは一人大阪へ帰るのだ。駅までは20分もかからない。もっと遠かったら良かったのに。リョウの心を幸福感に取って代わって寂しさが支配し始めた。
海岸沿いには大きなホテルが建ち並ぶ。それを見てまた、リョウは虚しくなる。このままあんなホテルに泊まれたらいいのに、なんて思って、慌てて首を振る。どこまでも欲張りになる自分を心の中で叱咤した。
アヤが車を停めた。信号でも何でもない、ただ海と夜景がきれいなだけのところでだ。
「どしたん? 煙草?」
リョウが不思議そうに尋ねると、アヤは
「これ」
とだけ言って、後部座席にあった包みをリョウに手渡した。
紙袋を開け、さらにその中の紙箱を開けると、リョウのボディバッグと同じブランドのキーホルダー。リョウの髪色によく似た濃紺地に、マルチストライプのラビットモチーフがワンポイント。渋さの中に可愛らしさがあって、いかにもリョウという感じである。
「えー! プレゼントまでくれんの! 今日一日いっぱいデートできただけでじゅうぶん嬉しいのに……」
リョウは嬉々として三つ折りになったキーケースを開く。
と。
「あれ、この鍵……」
「あんまり意味ないと思ったけど、形だけ」
一つだけすでに鍵がついていた。それはアヤの部屋の鍵。気まぐれにふらりと立ち寄れる距離ではなく、リョウが訪れるときはいつもアヤが駅まで迎えに行くので、アヤはあまり意味がないと言ったのだ。
「意味なくない! めちゃ嬉しい! ありがと!」
使う機会こそないかもしれないが、家に自由に出入りすることを許されているという証のようなものだ。感極まってキスの雨を降らせるリョウだが、アヤは少し迷惑そうだ。
「今日一日、ほんまにありがとう」
キスの雨が止み、落ち着いてリョウは礼を言った。事前にプランを練るのから始まり、慣れないことばかり、好きでもないところばかり行ったこと。走行距離およそ200キロの道のりを、一日中運転を担当したこと。かなり無理をさせてしまったのではないだろうか。さらにはリョウは連休中だがアヤは明日も仕事だ。こんなことはもうこれきりにしよう、と反省してしまうリョウだった。
リョウはすっかりしょげてしまったが、アヤにはなぜだかわからない。ありがとう、と言ってくれたということは、今日のデートは成功したはず。なのにどうしてリョウはしょんぼりしているんだろう? いつもの別れ際の寂しさとは、何かが違うような気がする。
「アヤは今日、楽しかった……?」
叱ってもいないのに、叱られた子犬のように顔色をうかがってくるリョウ。なんだ、そんなことを気にしていたのか、とアヤはほっとした。
「もちろん」
「ほんまに?」
「いろんなリョウが見られたからね」
緊張した初々しいリョウからスタート、意外な弱点、いつものはじける笑顔、キャンドルに照らされたはにかんだ顔。二人で同じ映画を観て、同じ思い出に想いを馳せ、最愛の人が喜ぶ顔を一日中横で見ていられた。
「そ、それやったらええねんけど……でももう、こんな無茶なスケジュールは今年限りにするわな」
ほっとしたように、照れたように、小さくなっていたからだが弛緩していくが、
「当たり前だ」
アヤの返事にまた身が縮む。
「ひいぃごめんなさい」
「来年はベッドから出さないからな」
ああそういえば、今日は……と思い当たり、リョウはアヤに抱きついた。
「喜んで! もう来年の誕生日が楽しみになってしもた」
「まだ今年の終わってないのに?」
大好きな曲に出てくる駅を過ぎれば、別れの時はもうすぐそこ。けれど二人の間には寂しさなんてもうなかった。
来年は、再来年は、その次は、どう過ごそう?
【おわり】
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