4 / 13
第4話
しおりを挟む
無茶苦茶突発の旅だが、こんな世の中なので前日でも宿は取れた。
宿に着く頃、空の色はすっかり橙と紫のグラデーションを描き、大きな夕日が飲み込まれてゆくところだった。明日の旅も、晴天に見舞われ楽しいものになることを期待させた。
新しいわけではないが広くて手入れの行き届いた宿は、旅の疲れを取るには充分だった。サービス、設備ともに及第点、といった程度の、とりたてて特筆すべき事柄もない宿であったが、食事は絶品だった。一見、ともすれば質素にも見なくない膳は、土地で採れた山菜や野沢菜、きのこをふんだんに使った、素朴な郷土料理の数々。派手でも目新しくもない。目にしただけでテンションの上がるような見た目ではないのだが……
「うんまっ! ちょ、何これ」
リョウが絶叫する。口にしたのは、豚肉と林檎の包み焼き。
「豚と林檎なんか合うわけないやろとか思ってすんません……めちゃうまいやん……」
狼狽えるほどの感激ぶりに、アヤも興味を引かれて一口。
「……ほんとだ」
感動を表す様子、リョウが狼狽なら、アヤは呆然。すっかり放心状態だ。動いているのは、口の中と箸を持つ手だけ。ふたりは黙ってもぐもぐと箸を忙しなく行き来させた。
サーモンときのこのマリネ、信州そば、豚鍋、きのこご飯、刺身、野沢菜のお漬物、茶碗蒸し、そしてついにデザートのパンナコッタにたどり着くまで、二言三言話したかどうかといったところだ。
「はあ……めっちゃ腹膨れたけどもっと食べたいぐらいや……」
「どうしてただの漬物があんなにうまいんだろ……」
普段は漬物を出されたって別にテンションが上がるわけでもない、なのに申し訳程度に小鉢に盛られていた野沢菜の漬物は、今まで食べたどんな漬物より美味だった。シャキシャキとした歯ごたえ、ほどよい塩加減とあっさりした味わいは、いつまでも食べていたいと思ってしまうほどだった。
「腹膨れたら眠なってしもた」
始発でアヤのもとへ駆けつけたリョウ、いったい朝何時に起床したのだろう。客室へ戻るやいなや畳へ足を投げ出した。眠さのあまり、しきりに目を擦る様子は子どもみたいだ。
「寝ちゃう前にお風呂行こうか」
「せやな……」
そう返事するものの、早くもリョウの瞼は半分ほど閉まりかけている。
「ほら、早く」
両腕を握って引っ張り起こすと、リョウがぴっとりとアヤの胸にもたれかかった。
「ふふ、今日はありがと」
「うん」
「明日ももーっと楽しい日にしよな」
「そうだね」
ふにゃふにゃと笑うリョウはまるで酒にでも酔っているようだ。
そのまま手を引いて、立ち上がらせてやり、そっと口づける。リョウの瞳がより一層とろんとした。
「あ、アヤ……」
「続きは後で、ね」
「うん……」
宿に着く頃、空の色はすっかり橙と紫のグラデーションを描き、大きな夕日が飲み込まれてゆくところだった。明日の旅も、晴天に見舞われ楽しいものになることを期待させた。
新しいわけではないが広くて手入れの行き届いた宿は、旅の疲れを取るには充分だった。サービス、設備ともに及第点、といった程度の、とりたてて特筆すべき事柄もない宿であったが、食事は絶品だった。一見、ともすれば質素にも見なくない膳は、土地で採れた山菜や野沢菜、きのこをふんだんに使った、素朴な郷土料理の数々。派手でも目新しくもない。目にしただけでテンションの上がるような見た目ではないのだが……
「うんまっ! ちょ、何これ」
リョウが絶叫する。口にしたのは、豚肉と林檎の包み焼き。
「豚と林檎なんか合うわけないやろとか思ってすんません……めちゃうまいやん……」
狼狽えるほどの感激ぶりに、アヤも興味を引かれて一口。
「……ほんとだ」
感動を表す様子、リョウが狼狽なら、アヤは呆然。すっかり放心状態だ。動いているのは、口の中と箸を持つ手だけ。ふたりは黙ってもぐもぐと箸を忙しなく行き来させた。
サーモンときのこのマリネ、信州そば、豚鍋、きのこご飯、刺身、野沢菜のお漬物、茶碗蒸し、そしてついにデザートのパンナコッタにたどり着くまで、二言三言話したかどうかといったところだ。
「はあ……めっちゃ腹膨れたけどもっと食べたいぐらいや……」
「どうしてただの漬物があんなにうまいんだろ……」
普段は漬物を出されたって別にテンションが上がるわけでもない、なのに申し訳程度に小鉢に盛られていた野沢菜の漬物は、今まで食べたどんな漬物より美味だった。シャキシャキとした歯ごたえ、ほどよい塩加減とあっさりした味わいは、いつまでも食べていたいと思ってしまうほどだった。
「腹膨れたら眠なってしもた」
始発でアヤのもとへ駆けつけたリョウ、いったい朝何時に起床したのだろう。客室へ戻るやいなや畳へ足を投げ出した。眠さのあまり、しきりに目を擦る様子は子どもみたいだ。
「寝ちゃう前にお風呂行こうか」
「せやな……」
そう返事するものの、早くもリョウの瞼は半分ほど閉まりかけている。
「ほら、早く」
両腕を握って引っ張り起こすと、リョウがぴっとりとアヤの胸にもたれかかった。
「ふふ、今日はありがと」
「うん」
「明日ももーっと楽しい日にしよな」
「そうだね」
ふにゃふにゃと笑うリョウはまるで酒にでも酔っているようだ。
そのまま手を引いて、立ち上がらせてやり、そっと口づける。リョウの瞳がより一層とろんとした。
「あ、アヤ……」
「続きは後で、ね」
「うん……」
0
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる