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第二章 恋のレッスンまだですか?

初めての感情ばかりだ 〜ジェイド視点

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 まいが俺と奴隷棟で眠った翌朝、「結婚はしないことに決めたので、ジェイドが恋を教えてくれませんか」などと申し込まれた。

 獣人奴隷であり、熊のフルフェイスであるこの俺が、そんなことを女の方から頼まれるなんて一生ないと思っていた。

 それだけじゃない。
 俺が傷つけられるのを助けてくれる奴もいないと思っていたし、俺のことを優先し、大切に扱ってくれる奴なんかもいるはずないと思ってた。

 だがまいは、会って間もないと言うのに、その全てを俺にくれた。

 人間が死ぬほど嫌いな俺だが、まいにだけは、ほんの少し、心を開いてやってもいいと思った。と言うより、あいつは人間じゃない、異世界人という別の種類だと思うことにした。

 だからまいがどんなに不器用で、仕事が上手くできなくても腹が立ったりしない。まいは人間じゃなく異世界人だ。だから粉石鹸の分量を知らなくたって、洗濯物を干す時下側が地面についてしまって洗い直しになったって仕方ないんだ。

 だから俺は、薪割りをしながらもまいが危なくないよう見ていてやるし、失敗したら、大嫌いな人間にだって自ら土下座して謝ってやる。

 ......だからまい。俺を決して裏ぎらないでくれ。
 俺を上げてから落とすようなことだけはしないでくれ。
 俺に、あんたを殺させないでくれ......

 そんな俺は、まいのために恋を教えるんじゃく、俺自身のためにまいに恋を教える。たとえ自分が恋など知らなくてもーーだ。




「ジェイド、足手纏いになってごめんなさい。私、自分がこんなにも不器用だとは知らなかったわ」

 まいがうなだれ、呟いた。
 失敗ばかりで、もうこの仕事を更新することはできないだろうと落ち込んでいるまいをフォローしつつ、仕事完了の報告をしに行くよう誘導する。

 お屋敷の玄関に向かいかけた俺は、その時何となく閃いた。
 こういう時、恋人が沈んでいたら、手を繋いでやれば良いのではなかろうかーーと。

 俺の毛深い手など嫌かもしれないがーー
 そう思いつつ、俺はまいに自分の手を差し出してみた。

 まいは躊躇うことなく、素直に自分の手を俺に重ねてくれた。
 俺はホッとしつつ、その小さな手を痛めないよう慎重に握った。

 歩きながら俺は思う。
 ーーなんだ、この、やけにくすぐったいような、恥ずかしいような気分は。

 まいを片腕で抱いてる時とは違う。あれは小さきものを介助している感覚で、体が密着していてもこんな照れるような感覚にはならない。

 何かを手伝うとか、介助する必要もないのに、なぜ恋人たちは手を繋いだりするんだと思っていたが、それの意味がなんとなくだが、分かった気がする。

 初めて嫌いじゃないと思えたまいと、こうして理由もなく繋がっていると、俺の内側には不思議な充足感がもたらされるのだ。

 俺は雇主の屋敷の玄関まで到着すると、まいの手を離した。

 離す直前は、そうするのが嫌な気がしたし、離れた後は物足りなく、もう一度その手を捕まえたいような衝動に駆られた。

 もちろん感じただけで、実行には移さないが。




 ***

 まいといると、奇跡のようなことばかり起きる。
 あれほど失敗続きで、作業に時間を要したのに、雇主は明日もこの時間に来いという。

 しかも明日の分まで先払いで報酬を支払ってくれたのだ。

 本来なら、一度ギルドに報告に戻り、そこで報酬を受けるのだが、明日も同じ場所で雇われる場合は、報酬を直に雇主から受け取れる場合もある。明日の分の求人票を受け取っているので、それを後日、ギルドに届けて自分たちが仕事を引き受けた旨を伝えればいいので手続きが簡単になり、助かるのだ。

 なぜ、そんな優遇をしてまで俺たちを明日も雇うと思ったのかは知らないが、まいがとても喜んでいるので理由など俺はどうでも良い。

 まいが喜ぶと、俺まで嬉しいような気がするから不思議だ。
 俺は仕事が決まろうと決まるまいとどうでもいいし、働くのが好きでやってる訳でもないのにな。

 俺は知らない感情をまいから次々と与えられ、違う自分になってしまうような、少しの不安も感じながら、まいに話しかけた。

「ギルドに戻らなくていいから、どこかで宿を取って昼食にしよう。ケンから荷車なんかでまいを寝させるな、と言われているし」

 別にケンが好きになった訳じゃない。だが、まいがケンより俺を選んでくれたから、奴がそこまで嫌いではなくなった。今もまい以外の人間の命令など聞かないが、奴の願・い・なら、一つくらい聞いてやってもいいだろう。

 そういうことで俺はまいと宿を探すことになったのだがーー

 まいが、俺を奴隷部屋に泊まらせるのは嫌だと言って聞かないので、奴隷が人間と同じ部屋に泊まれる宿を探すのに苦労した。

 そしてやっと見つけた宿は、奴隷を部屋に入れても構わないが、奴隷に一室与えることはできないので、まいと同じ部屋で寝させるのならーーと条件付きの提案をまいは承諾してしまった。

 ーーああ、またこれか。

 俺はまいに引き取られたことで、奴隷としての様々な苦から解放されたが、全く別の苦を課せられてしまった気分だ。

 自主的に耐える苦は、隷属の首輪によって強制的に与えられる忍耐よりある意味大変なものがある......。

 (俺は50前のおっさんとは言え、獣人は長生きなので、人間の男の感覚で言えば、まだまだ男盛りなのである。それを自ら制御せねばならないのは、なかなかに難しいのだ)

 しかし、それでも俺は前のクズで糞の主よりまいといる方がずっといい。
 それまでは何もなく、負の感情しか持たなかった俺が、今は不思議に満たされるものが内側にあるから。

 俺は宿の部屋でまいに抱きつかれながら、無抵抗に、ただただ耐えるのだった。



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