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第二章 恋のレッスンまだですか?
無力な私ができること
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「苦しいよ......」
「あの検査は痛いからもういやだよ......」
「また手術? いやだ、怖いよ......」
「誰か助けて......心が、苦しくてたまらないの......!」
私は狐獣人の女の子を抱きしめ、泣きながら自分の前世での苦しみを思い出していた。
苦痛がいくつもある人生だった。もちろん、身体的な苦痛はとても辛い。
だけど、何が一番苦しいかって、それを誰にも伝えられなかったことだ。
大好きなお父さんやお母さんに伝えてしまえば、二人を酷く悲しませてしまう。
だからどんなに辛くても「大丈夫」「頑張るよ」と笑顔で言うしかなかったんだ。
それが何よりも、苦しくて辛かった。
でも、私はまだいい。それは大切な人を守るために自分でやったことだから。
だけどこの女の子は、誰も守ってくれる者がいなくて、心の内を話せる相手もなく、言葉が話せなくなるまで心身を傷つけられたんだ。それがどんなに地獄だったことだろう。
そう思うと次から次から私の目から涙があふれ、腕の中の女の子の身体にこぼれ落ちた。
「まいっ! どうした?!」
耳の良いジェイドが、私の泣き声を聞きつけて、ケンちゃんが止めるのも効かず部屋の中に飛び込んできた。
「ダメだ、ジェイドくん、出て行きなさい!」
ブラン神父様が命令したけれど、人間の命令を聞かなくても平気なジェイドは、まっすぐ私のところまで来てしまった。
「あ......ダメ、ジェイド......この子、男の人が怖いんだから......」
我に帰った私は、抱きしめている女の子から身体を離し、女の子の様子を伺い見た。
「あっ、大丈夫?!」
目を閉じて、ピクリとも動かなくなっている女の子に、私は焦ってしまった。神父様に背いて抱きしめたりしたから、失神してしまった?!
私が動揺していると、ラーラさんが女の子の状態を見て私に優しく教えてくれた。
「大丈夫ですわ、まい様。この子、眠っています。眠りの魔法をかけたんですけど効かなくて、何日も眠らずいたので今頃眠くなったのでしょう」
女の子がただ眠ったのだと分かって、部屋の空気が柔らかくなった。
そこへデイジー様が入ってきて、神父様に話しかけた。
「ブラン神父様。お忙しいようですから、私たちは帰った方がよろしいですわね。もしも何か手伝いが必要なら、ベンを寄越しますから鳩でも飛ばしてくださいな」
「すみません、デイジー様。是非、そうさせてください」
デイジー様は神父様と会話した後、部屋の外から中を伺っているケンちゃんのもとへ行って挨拶をした。
「フェロー子爵様、お久しゅうございます。私たちは暇しますが、子爵様はいかがされます?」
「僕が持ってきた面倒ごとですから、もう少し神父様と一緒にいて今後のことを話し合います」
デイジー様はその返事に頷いて、まだしゃっくりが止まらない私に「帰りましょう」と言った。
私はジェイドに肩を抱かれながら、デイジー様の後についていく。
ケンちゃんとすれ違いざま、「あの子を助けてあげてね」。
そんなことしか言えない自分が悔しかったけれど、頼り甲斐のあるケンちゃんは
「もちろん、任せてよ。また、落ち着いたら、まいちゃんに報告がてら会いに行くよ」
そう言ってくれた。
帰ってから、いつもの仕事をいつも以上にジェイドにフォローしてもらいながらなんとか一日を終えた。
「ジェイド......今日は色々ごめんなさい。おやすみなさい」
隣同士の部屋の前で、私はしょんぼりと挨拶をした。
「まい......今夜は部屋に行かなくて良いのか?」
いつも私が眠るまで、ジェイドに手を握ってもらっていたんだけど、今日は一人で考えなきゃならないことがたくさんあった。だから寂しいけれど、今夜はここでお別れにしよう。
「はい。いつも甘えてばかりでごめんなさい」
「......まい、なんと言って良いかわからないが......あまり思い詰めるな。この国には奴隷制度があって、きちんと虐待の取締りもなされていない状況なのだから、仕方ないんだしよ......」
虐待され続けていたジェイドが、何も痛んでいない私を思いやって慰めの言葉をくれる。
私はますます情けない気持ちになって、「ごめんなさい」と言う言葉しか出なかった。
その夜。
私は心地よいベッドに横たわっていることすら申し訳ない気持ちで、今日のことを振り返っていた。
「偽善者」と言われたこと。
確かに、命令はしていないけれど、主従の関係なのに「恋を教えて」などとお願いした私は、ジェイドに対して傲慢だったのかもしれない、と言うこと。
ジェイドは本当は、私と恋人でいるのは迷惑しているのかもしれないと気づいてしまったこと。
それを確かめようにも、本人に聞けば「そんなことはない」と言わざるを得ない立場だから、聞く意味をなさないということにも気づいてしまったこと......。
そして傷ついた奴隷の子供たち。
言葉すら失ってしまった、狐の獣人の女の子に、私は泣くことしかできなかったこと。
「無力だなぁ......」
ケンちゃんは、剣のチートをもらって人々の害になる魔物退治をしたり、可哀想な奴隷を買い取って助ける財力だって持つというのに。
私は大きなため息を一つ吐き出した。
せめて、私ができるのは......ジェイドにあまり負担をかけないよう、甘え心を封印しよう。
そして、恋を教えてもらう話は、もう良いからって言わないと......。
あれ、どうしてまた、涙が出るんだろ。
結婚できなくても、恋ができなくても、大好きなジェイドといられるんだから、それで良いじゃない。
ジェイドだって、好きな人と恋をすることもできないのだから、私もジェイドと同じでいなくちゃ申し訳ないよね。
今日からあの、翡翠色の瞳が見つめられなくても眠れるようにならなくちゃ。
私は目を閉じて見たけど、やっぱりいつまでも眠れそうになかった。
「あの検査は痛いからもういやだよ......」
「また手術? いやだ、怖いよ......」
「誰か助けて......心が、苦しくてたまらないの......!」
私は狐獣人の女の子を抱きしめ、泣きながら自分の前世での苦しみを思い出していた。
苦痛がいくつもある人生だった。もちろん、身体的な苦痛はとても辛い。
だけど、何が一番苦しいかって、それを誰にも伝えられなかったことだ。
大好きなお父さんやお母さんに伝えてしまえば、二人を酷く悲しませてしまう。
だからどんなに辛くても「大丈夫」「頑張るよ」と笑顔で言うしかなかったんだ。
それが何よりも、苦しくて辛かった。
でも、私はまだいい。それは大切な人を守るために自分でやったことだから。
だけどこの女の子は、誰も守ってくれる者がいなくて、心の内を話せる相手もなく、言葉が話せなくなるまで心身を傷つけられたんだ。それがどんなに地獄だったことだろう。
そう思うと次から次から私の目から涙があふれ、腕の中の女の子の身体にこぼれ落ちた。
「まいっ! どうした?!」
耳の良いジェイドが、私の泣き声を聞きつけて、ケンちゃんが止めるのも効かず部屋の中に飛び込んできた。
「ダメだ、ジェイドくん、出て行きなさい!」
ブラン神父様が命令したけれど、人間の命令を聞かなくても平気なジェイドは、まっすぐ私のところまで来てしまった。
「あ......ダメ、ジェイド......この子、男の人が怖いんだから......」
我に帰った私は、抱きしめている女の子から身体を離し、女の子の様子を伺い見た。
「あっ、大丈夫?!」
目を閉じて、ピクリとも動かなくなっている女の子に、私は焦ってしまった。神父様に背いて抱きしめたりしたから、失神してしまった?!
私が動揺していると、ラーラさんが女の子の状態を見て私に優しく教えてくれた。
「大丈夫ですわ、まい様。この子、眠っています。眠りの魔法をかけたんですけど効かなくて、何日も眠らずいたので今頃眠くなったのでしょう」
女の子がただ眠ったのだと分かって、部屋の空気が柔らかくなった。
そこへデイジー様が入ってきて、神父様に話しかけた。
「ブラン神父様。お忙しいようですから、私たちは帰った方がよろしいですわね。もしも何か手伝いが必要なら、ベンを寄越しますから鳩でも飛ばしてくださいな」
「すみません、デイジー様。是非、そうさせてください」
デイジー様は神父様と会話した後、部屋の外から中を伺っているケンちゃんのもとへ行って挨拶をした。
「フェロー子爵様、お久しゅうございます。私たちは暇しますが、子爵様はいかがされます?」
「僕が持ってきた面倒ごとですから、もう少し神父様と一緒にいて今後のことを話し合います」
デイジー様はその返事に頷いて、まだしゃっくりが止まらない私に「帰りましょう」と言った。
私はジェイドに肩を抱かれながら、デイジー様の後についていく。
ケンちゃんとすれ違いざま、「あの子を助けてあげてね」。
そんなことしか言えない自分が悔しかったけれど、頼り甲斐のあるケンちゃんは
「もちろん、任せてよ。また、落ち着いたら、まいちゃんに報告がてら会いに行くよ」
そう言ってくれた。
帰ってから、いつもの仕事をいつも以上にジェイドにフォローしてもらいながらなんとか一日を終えた。
「ジェイド......今日は色々ごめんなさい。おやすみなさい」
隣同士の部屋の前で、私はしょんぼりと挨拶をした。
「まい......今夜は部屋に行かなくて良いのか?」
いつも私が眠るまで、ジェイドに手を握ってもらっていたんだけど、今日は一人で考えなきゃならないことがたくさんあった。だから寂しいけれど、今夜はここでお別れにしよう。
「はい。いつも甘えてばかりでごめんなさい」
「......まい、なんと言って良いかわからないが......あまり思い詰めるな。この国には奴隷制度があって、きちんと虐待の取締りもなされていない状況なのだから、仕方ないんだしよ......」
虐待され続けていたジェイドが、何も痛んでいない私を思いやって慰めの言葉をくれる。
私はますます情けない気持ちになって、「ごめんなさい」と言う言葉しか出なかった。
その夜。
私は心地よいベッドに横たわっていることすら申し訳ない気持ちで、今日のことを振り返っていた。
「偽善者」と言われたこと。
確かに、命令はしていないけれど、主従の関係なのに「恋を教えて」などとお願いした私は、ジェイドに対して傲慢だったのかもしれない、と言うこと。
ジェイドは本当は、私と恋人でいるのは迷惑しているのかもしれないと気づいてしまったこと。
それを確かめようにも、本人に聞けば「そんなことはない」と言わざるを得ない立場だから、聞く意味をなさないということにも気づいてしまったこと......。
そして傷ついた奴隷の子供たち。
言葉すら失ってしまった、狐の獣人の女の子に、私は泣くことしかできなかったこと。
「無力だなぁ......」
ケンちゃんは、剣のチートをもらって人々の害になる魔物退治をしたり、可哀想な奴隷を買い取って助ける財力だって持つというのに。
私は大きなため息を一つ吐き出した。
せめて、私ができるのは......ジェイドにあまり負担をかけないよう、甘え心を封印しよう。
そして、恋を教えてもらう話は、もう良いからって言わないと......。
あれ、どうしてまた、涙が出るんだろ。
結婚できなくても、恋ができなくても、大好きなジェイドといられるんだから、それで良いじゃない。
ジェイドだって、好きな人と恋をすることもできないのだから、私もジェイドと同じでいなくちゃ申し訳ないよね。
今日からあの、翡翠色の瞳が見つめられなくても眠れるようにならなくちゃ。
私は目を閉じて見たけど、やっぱりいつまでも眠れそうになかった。
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