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第1話 The Subtle Shift ― かすかなずれ
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第1話 The Subtle Shift ― かすかなずれ
畑に立った瞬間、エルディンは息を詰めた。
湿った土の匂いに、獣と血の生臭さが混じっている。
鍬を地面に突き立て、荒れた畝を見渡す。
作物は根ごと引き抜かれ、踏み荒らされた土は不自然に固い。魔獣が通った跡だ。柵は倒れ、補強していた杭も途中から折れている。
「……今年も、か」
声に出したつもりはなかった。
言葉は喉の奥で止まり、胸の内に沈んだ。
襲撃があったのは数日前だ。
夜明け前、村の外れから警鐘が鳴った。エルディンは慣れた動きで家に籠り、朝まで鍬には触れなかった。
守り手たち――ハルド・ヴァイス率いる防衛隊が対応し、夜が明ける頃には獣は引いていた。
一匹か、せいぜい二匹。
それで村の外れがここまで荒れる。
いつも通りだ。
少なくとも、そう言われている。
エルディンは畝に鍬を入れ、崩れた土を起こし始めた。
腕はこの作業を覚えている。父の代から、その前から、何度も繰り返してきた動きだ。**獣が出て、壊されて、直す。**それがこの土地の暮らしだった。
だが、今日は進みが遅い。
一列直すだけで、思った以上に時間がかかる。
土が重く、根が絡み、瓦礫が混じっている。以前なら半日で終わっていた範囲が、まだ半分も戻らない。
「おかしいな……」
独り言が、風に流される。
隣の畑でも人が黙々と作業をしていた。
声を掛ける余裕はない。誰もが同じように、前より遅い手つきで土を起こしている。
日が傾く頃、エルディンはようやく鍬を止めた。
腕は痺れ、指先に力が入らない。額の汗を拭い、直したばかりの畑を見渡す。
確かに、形は戻した。
だが、元に戻った気がしなかった。
帰り道、焼け落ちた納屋の跡が目に入る。
ここでは人が一人、亡くなった。顔見知りだった。名前を呼べば、今も返事が返ってきそうな相手だ。
「仕方ない」
誰かがそう言った。
**獣は毎年出る。数は少ない。**だから、と。
エルディンは足を止め、地面を見つめた。
毎年。確かにそうだ。だが――
今年は、戻るのに時間がかかっている。
それは疲れのせいなのか。
それとも、少ないはずの災いが、積み重なってきただけなのか。
答えは出ないまま、夕暮れの風が、荒れた畑を静かに撫でていった。
畑に立った瞬間、エルディンは息を詰めた。
湿った土の匂いに、獣と血の生臭さが混じっている。
鍬を地面に突き立て、荒れた畝を見渡す。
作物は根ごと引き抜かれ、踏み荒らされた土は不自然に固い。魔獣が通った跡だ。柵は倒れ、補強していた杭も途中から折れている。
「……今年も、か」
声に出したつもりはなかった。
言葉は喉の奥で止まり、胸の内に沈んだ。
襲撃があったのは数日前だ。
夜明け前、村の外れから警鐘が鳴った。エルディンは慣れた動きで家に籠り、朝まで鍬には触れなかった。
守り手たち――ハルド・ヴァイス率いる防衛隊が対応し、夜が明ける頃には獣は引いていた。
一匹か、せいぜい二匹。
それで村の外れがここまで荒れる。
いつも通りだ。
少なくとも、そう言われている。
エルディンは畝に鍬を入れ、崩れた土を起こし始めた。
腕はこの作業を覚えている。父の代から、その前から、何度も繰り返してきた動きだ。**獣が出て、壊されて、直す。**それがこの土地の暮らしだった。
だが、今日は進みが遅い。
一列直すだけで、思った以上に時間がかかる。
土が重く、根が絡み、瓦礫が混じっている。以前なら半日で終わっていた範囲が、まだ半分も戻らない。
「おかしいな……」
独り言が、風に流される。
隣の畑でも人が黙々と作業をしていた。
声を掛ける余裕はない。誰もが同じように、前より遅い手つきで土を起こしている。
日が傾く頃、エルディンはようやく鍬を止めた。
腕は痺れ、指先に力が入らない。額の汗を拭い、直したばかりの畑を見渡す。
確かに、形は戻した。
だが、元に戻った気がしなかった。
帰り道、焼け落ちた納屋の跡が目に入る。
ここでは人が一人、亡くなった。顔見知りだった。名前を呼べば、今も返事が返ってきそうな相手だ。
「仕方ない」
誰かがそう言った。
**獣は毎年出る。数は少ない。**だから、と。
エルディンは足を止め、地面を見つめた。
毎年。確かにそうだ。だが――
今年は、戻るのに時間がかかっている。
それは疲れのせいなのか。
それとも、少ないはずの災いが、積み重なってきただけなのか。
答えは出ないまま、夕暮れの風が、荒れた畑を静かに撫でていった。
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