まおう様、めんどくさい

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第10話 もう、いい加減に

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第10話 もう、いい加減に

──火山地帯。

灼けた岩肌のあいだを、灰まみれのローブを纏った一人の旅人が慎重に歩いていた。
長い杖を支えに進むその姿は、どこか疲れた影を帯びている。

「……早く勇者に追いつかなきゃ」

旅の賢者──勇者と同じ町で旅立った仲間である。
修行の旅の途中、勇者が魔王討伐の途上で幾度も命を落としていると聞き、勇者の後を追っていた。

彼女は立ち止まり、足元の岩影に焦げついた勇者の剣の“柄”を見つけた。

「……これは勇者の剣……。」

賢者はしゃがみ込み、剣の柄を掴もうとすると、
その下の灰の中から、勇者の気配を感じた。
手のひらに灰をすくうと淡く瞬く光の粒があった。

賢者の瞳が強く輝く。

「これなら、まだ間に合う……!」

杖を高く掲げ、低く詠唱を始める。

「──命の残滓よ、光の記憶よ。
 還りなさい、この地に……《イキ・カ・エール》!」

まぶしい光が灰の中から立ちのぼる。
熱風の中で、緑の風が淡い青い光に輝く灰を優しく包み込んだ。

やがて、光はひとりの人の形を成す。

「……う……うあ……?」

倒れていた勇者が、息を吹き返すようにゆっくりと目を開けた。
火山の熱に包まれた世界の中で、涼やかな風がふと流れ去った。

「たぶん成功したと思うんだけど……」
「あれ、賢者?……おはようございます」
(よかった、成功して)
「寝ぼけてないで、魔王はもうすぐそこよ。」

こうして、再び立ち上がった勇者と賢者は、
燃える大地をあとにして、魔王城の地下迷宮へと向かった。

──暗黒の城。

「まおう様、勇者、生き返りました。」
秘書の報告に、魔王は机に突っ伏した。

「えぇぇぇ!? 燃えて灰になったじゃん!」
「どうやら仲間の蘇生魔法《イキ・カ・エール》で生き返ったようです。」
「ダジャレじゃん!」

「ていうか仲間いたの!?」
「バリバリの本職の賢者で、魔力はかなり高いようですね」

「うーん……じゃあ、賢者の魔力を吸い取っちゃう?」
「……吸収魔法、発動しますか?」
「うん、やっちゃって」

秘書が指を鳴らすと、

ギー ガタン カタカタカタ ブゥーンブゥーン

地下迷宮で何かが作動し始めた。

──地下迷宮。

湿った空気が漂う石の通路。
天井からは赤い鉱石の光が滲み、かすかな雫の音だけが響いていた。

火山地帯を抜けてここまで来た二人の体には、疲労の色が濃い。
勇者と賢者は、岩壁に背を寄せて休んでいた。

ギー ガタン カタカタカタ ブゥーンブゥーン

地下迷宮に音が響き渡ると、床に黒い魔法陣がいくつも浮かび上がり、
二人は黒く光る魔法陣に囲まれていた。

「……っ、な、何だ……?」

賢者の指先から力が抜けていき、体が震えはじめた。
魔力を帯びた杖の光が、ゆっくりと消えていった。

「……魔力が……吸われてる……?」

賢者の声が震える。

その瞬間、地の底から低い唸りが響いた。
ドォォォォン……!

通路の奥から、地を這うように巨大なドラゴンが現れた。
全身に鋼のように固い漆黒の鱗を纏い、目が灼けるように光っている。

勇者が剣を抜く間もなく、長くて太い尾が二人を薙ぎ払った。
勇者は風圧で吹き飛ばされ、賢者は壁に叩きつけられ気を失った。

「っぐ……!」
勇者が賢者に駆け寄ろうとするが、すぐにドラゴンが襲いかかる。
反射的にかわそうとするが、鋭い爪に体がバラバラに引き裂かれてしまった。

勝利を確信したドラゴンは高らかに咆哮を上げ、
賢者には見向きもせずその場を立ち去った。

意識が戻った賢者は杖を両手で抱え、震える唇で呪文を唱えた。

「──光よ……命を……繋ぎたまえ……《イキ・カ・エール》!」

杖が淡く光を放つが、その輝きは弱々しかった。
「……だめ……魔力が……足りない……」

緑の風が引き裂かれた勇者の体をつなぎ合わせるが、
勇者の体から生命の光が輝く前に、風は吹き去ってしまった。

ピクン!
「え、えっ!……ゆう・しゃ?」
勇者はゆらゆらと立ち上がった。
だが――その目は、虚ろだった。
皮膚は灰色に変色し、瞳には光がない。

「……ま…まうぉぉぉぉぉ!!」
急に奇声を発し、なぜか一直線に“魔王城の方向”に走り去った。

賢者はふらふらしながらも、勇者の後を追った。
「待って~ 置いてかないで~」

──暗黒の城。

「報告です。勇者、死亡……いや、アンデッド化しています。」

「……えぇぇ!? 死んでんの!? 生きてんの!?」
魔王は椅子から転げ落ちた。

「一応、心臓は止まっていますが“元気に動いてます”。」
「なにその微妙なライン!?」

魔王は頭を抱えながら、ため息をついた。
「……アンデッドモンスターになったなら、ほっといてもいいか……」

秘書は淡々と手帳を閉じ、水晶玉を見ている。
「……まおう様、勇者が物凄い勢いで、こちらに向かっています。」
「……いやなんで、もうこっちの仲間じゃないの!?……」

そしてまた、“めんどくさい夜”が、静かに始まった。
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