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第4話「母の微笑みと新しい光」
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第4話「母の微笑みと新しい光」
坊主さまが村を去ってから、季節はゆっくりとめぐった。
雪がとけ、畑に緑が戻るころには、与平の働く姿が村のあちこちで見られるようになっていた。
相変わらず大柄な体で、汗だくになりながら田を耕し、薪を割り、川で泥まみれになる。
だが、その顔はもう、あの日のように死んだような表情ではなかった。
そんな与平を、いつも遠くから見ている娘がいた。
名は「おきよ」。村の娘で、与平より三つほど年下。
昔は、与平をからかって笑う村人たちのひとりだったが、今は違っていた。
母ちゃんが亡くなってから、文句ひとつ言わずただ働き続けるその背中を見て、胸の奥がちくりと痛んだ。
ある日の夕暮れ、おきよは勇気を出して声をかけた。
「与平さん、こごの石段、なおしてくれてありがどな。足もとが楽になったべ」
与平は汗をぬぐいながら、照れくさそうに笑った。
「んだが、ほんならよかった。……おきよも転ばんよう気ぃつけろや」
その言葉に、おきよは思わず顔を赤らめた。
それからというもの、二人はしばしば顔を合わせるようになった。
畑や川辺で、些細な手伝いや会話を交わす日々。
おきよは時々、弁当を届けに来た。
「おらの握り飯はちょっと不格好だど、もうまいど」
「ほんにうまいな。母ちゃんもよう作ってくれたっけ」
そんな何気ないやりとりが、与平の胸をじんわりあたためた。
手に伝わる温かさに、心の奥がふわりと軽くなる。
ある晩、星の光が村を照らすころ。
与平はそっと空を見上げ、ぽつりとつぶやいた。
「母ちゃん……おら、まだ生ぎでるぞ。働いで、笑って、飯もうまい。……今は、それでいいべか」
夜風が頬をなでた。
まるで母ちゃんの手が、自分の背中を優しく撫でるようだった。
次の日の朝、与平はいつものように畑へ向かった。
そこには、おきよが立っていた。
「与平さん、今日もいっしょにやっぺ」
与平は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑った。
「んだな。……いっしょにやっぺ」
その笑顔は、かつての与平とはまるで別人のようだった。
母ちゃんのいない寂しさも、痛みも、もう心の奥底にやさしく沈んでいた。
空は青く澄み、風は新しい季節の匂いを運んでいた。
与平の大きな手が、おきよの細い手をそっと包む。
村の誰かが、ふとつぶやいた。
「与平、ええ顔すっようになったなぁ」
ほんとうにそうだった。
与平の顔には、母ちゃんが浮かべていたあたたかな笑みと、これからも続く日々への小さな希望が宿っていた。
坊主さまが村を去ってから、季節はゆっくりとめぐった。
雪がとけ、畑に緑が戻るころには、与平の働く姿が村のあちこちで見られるようになっていた。
相変わらず大柄な体で、汗だくになりながら田を耕し、薪を割り、川で泥まみれになる。
だが、その顔はもう、あの日のように死んだような表情ではなかった。
そんな与平を、いつも遠くから見ている娘がいた。
名は「おきよ」。村の娘で、与平より三つほど年下。
昔は、与平をからかって笑う村人たちのひとりだったが、今は違っていた。
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ある日の夕暮れ、おきよは勇気を出して声をかけた。
「与平さん、こごの石段、なおしてくれてありがどな。足もとが楽になったべ」
与平は汗をぬぐいながら、照れくさそうに笑った。
「んだが、ほんならよかった。……おきよも転ばんよう気ぃつけろや」
その言葉に、おきよは思わず顔を赤らめた。
それからというもの、二人はしばしば顔を合わせるようになった。
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おきよは時々、弁当を届けに来た。
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「ほんにうまいな。母ちゃんもよう作ってくれたっけ」
そんな何気ないやりとりが、与平の胸をじんわりあたためた。
手に伝わる温かさに、心の奥がふわりと軽くなる。
ある晩、星の光が村を照らすころ。
与平はそっと空を見上げ、ぽつりとつぶやいた。
「母ちゃん……おら、まだ生ぎでるぞ。働いで、笑って、飯もうまい。……今は、それでいいべか」
夜風が頬をなでた。
まるで母ちゃんの手が、自分の背中を優しく撫でるようだった。
次の日の朝、与平はいつものように畑へ向かった。
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「んだな。……いっしょにやっぺ」
その笑顔は、かつての与平とはまるで別人のようだった。
母ちゃんのいない寂しさも、痛みも、もう心の奥底にやさしく沈んでいた。
空は青く澄み、風は新しい季節の匂いを運んでいた。
与平の大きな手が、おきよの細い手をそっと包む。
村の誰かが、ふとつぶやいた。
「与平、ええ顔すっようになったなぁ」
ほんとうにそうだった。
与平の顔には、母ちゃんが浮かべていたあたたかな笑みと、これからも続く日々への小さな希望が宿っていた。
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