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21話 影を落とす別世界の悪夢
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床に這いつくばる人物の腹に蹴りが入り、その人は「うっ」と苦しげな声を出して床に倒れ込んだ。
「ちょっと、そんなに簡単に倒れ込んだらダメでしょ。誰か立たせなさい」
苛立たしげにそう言うのは、他でもない蹴りを入れた張本人だった。
身勝手極まりないない言動であるが、周りにいるのは皆彼女の味方のようで、その言葉に従い、側にいた屈強そうな男が二人がかりで、倒れ込んでいた人物の腕を掴み無理矢理立ち上がらせた。
そうしてあらわになった顔は、作り物のように端正で美しい。金髪と碧眼を持つよく出来すぎた程の容姿、それは力なくうなだれていても、まだ十分絵になる程だった。
「本当に顔だけは綺麗ね。私と釣り合うのはその顔と王家の血筋くらいだけど、それ以外で全部台無し、なんて陰鬱で不快な男なの」
ぐったりとした男の顔を覗き込みながら、女は冷たい目と声で言う。
「国王陛下もこんなモノを婚約させてまで縛り付けて、手元に残して置くなんて気がしれないわ……アナタ自身もそう思うでしょ、エキセルソ」
名前を呼ばれたことで男はピクリと反応したが、その目は虚ろで暗く濁っている。
「深く感謝しなさい。妾の子である貴方が第二王子の地位に居られるのも、国王陛下の温情と名門カルア侯爵家の令嬢である、私の婚約者という立場があってこそなのだからね」
女は笑う、憎しみと侮蔑を込めた目で男を見つめながら、嫌らしくクスクスと。
「だからたまには、こうして私の憂さ晴らし位には付き合って貰わないとね」
女が軽い手振りで指示を出すと、エキセルソは腕を掴んでいた男たちに放り出されて、ビタッと床に突っ伏した。
「ああ、それでも顔に手を出すのは、なるべく止めておくわ。これでも結構貴方の顔だけは気に入っているのだから」
そんなエキセルソの様子に何も感じるものも無いのか、彼女は平然と言葉を続ける。
「ねぇ見てよ、今日はこんな新しいオモチャを手に入れたの。この引き金を引くと弾がでる道具ですって、エルキセソで試してもいいでしょ。まぁ拒否権なんて最初から無いのだけれど」
手に持ったそれをカチャカチャと音をさせながらしばらく弄び、やがてそれを倒れ込んだままのエルキセソへと向けた。
「あはは」
室内には女がオモチャと表現した道具による、パンッパンッという乾いたような破裂音が幾度も響いた。
「あはははは」
そしてしばらくしたのち、ようやく飽きたのだろう女は、傍らの使用人にオモチャを手渡すとボロボロになったエルキセソに近付いて、声を掛けた。
「ああ、穢らわしい妾の子の婚約者なんて心底ごめんだけど、私は優しいから特別に許してあげる」
一見優しげに聞こえるその声音だが、注意深く聞けば気味が悪く不穏で、底の見えない暗い穴でも覗き込んでいるような気持ちにさせられる。
「だから代わりにお前は一生、私のオモチャ兼、ペット兼、下僕兼、奴隷のままでいるのよ。形だけでも私の伴侶になれるのだもの、光栄に思いなさい」
やがて女が去り、誰も居なくなった部屋に取り残されたエルキセソは、誰にも聞こえないほどの小さな声で零れるようにこう漏らした。
「……あの方の言う通りだ、僕は何もしなければ死ぬまでこのまま……やはり今、決断するしかないんだ」
僅かに開いた悲壮な瞳には、静かな決意が滲んでいた。
◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆
ああ……凄く凄く、嫌な恐ろしい夢を見た……。
全体的には霞がかかったように曖昧で、全部は覚えていないけど、アレは私ラテーナ・カルアがセル様をいたぶっている場面だったことは分かった。
正確にはゲーム本編のラテーナなのだろうが……ここ最近は定期的にこのような夢を見ることがあり、私の精神はじわじわと疲弊していた。
ただの夢だと思おうとしても、どうしても不安が消えない。
セル様、ごめんなさい、私嘘をつきました。
本当は不安で堪らないんです。先日、不安がないか問いかけられた時も、今もずっと。
でもこんな夢のことを打ち明けても、貴方を困らせるだけだと分かっていたから、どうしても言えなかった。
本心では助けて欲しくて仕方ないのに……私はダメですね。
だから私には、せめて祈るくらいしか出来ないのです。
もうあの悪夢を見ないように、どうか現実にあの悪夢のようなことが起きないように、そしてセル様がずっと幸せで居られますように。
どうかどうかお願いします神様。この先の未来に何一つ、不幸なことなんて起こりませんように私達をお守り下さい。
もし叶えて下さるなら私は——。
「ちょっと、そんなに簡単に倒れ込んだらダメでしょ。誰か立たせなさい」
苛立たしげにそう言うのは、他でもない蹴りを入れた張本人だった。
身勝手極まりないない言動であるが、周りにいるのは皆彼女の味方のようで、その言葉に従い、側にいた屈強そうな男が二人がかりで、倒れ込んでいた人物の腕を掴み無理矢理立ち上がらせた。
そうしてあらわになった顔は、作り物のように端正で美しい。金髪と碧眼を持つよく出来すぎた程の容姿、それは力なくうなだれていても、まだ十分絵になる程だった。
「本当に顔だけは綺麗ね。私と釣り合うのはその顔と王家の血筋くらいだけど、それ以外で全部台無し、なんて陰鬱で不快な男なの」
ぐったりとした男の顔を覗き込みながら、女は冷たい目と声で言う。
「国王陛下もこんなモノを婚約させてまで縛り付けて、手元に残して置くなんて気がしれないわ……アナタ自身もそう思うでしょ、エキセルソ」
名前を呼ばれたことで男はピクリと反応したが、その目は虚ろで暗く濁っている。
「深く感謝しなさい。妾の子である貴方が第二王子の地位に居られるのも、国王陛下の温情と名門カルア侯爵家の令嬢である、私の婚約者という立場があってこそなのだからね」
女は笑う、憎しみと侮蔑を込めた目で男を見つめながら、嫌らしくクスクスと。
「だからたまには、こうして私の憂さ晴らし位には付き合って貰わないとね」
女が軽い手振りで指示を出すと、エキセルソは腕を掴んでいた男たちに放り出されて、ビタッと床に突っ伏した。
「ああ、それでも顔に手を出すのは、なるべく止めておくわ。これでも結構貴方の顔だけは気に入っているのだから」
そんなエキセルソの様子に何も感じるものも無いのか、彼女は平然と言葉を続ける。
「ねぇ見てよ、今日はこんな新しいオモチャを手に入れたの。この引き金を引くと弾がでる道具ですって、エルキセソで試してもいいでしょ。まぁ拒否権なんて最初から無いのだけれど」
手に持ったそれをカチャカチャと音をさせながらしばらく弄び、やがてそれを倒れ込んだままのエルキセソへと向けた。
「あはは」
室内には女がオモチャと表現した道具による、パンッパンッという乾いたような破裂音が幾度も響いた。
「あはははは」
そしてしばらくしたのち、ようやく飽きたのだろう女は、傍らの使用人にオモチャを手渡すとボロボロになったエルキセソに近付いて、声を掛けた。
「ああ、穢らわしい妾の子の婚約者なんて心底ごめんだけど、私は優しいから特別に許してあげる」
一見優しげに聞こえるその声音だが、注意深く聞けば気味が悪く不穏で、底の見えない暗い穴でも覗き込んでいるような気持ちにさせられる。
「だから代わりにお前は一生、私のオモチャ兼、ペット兼、下僕兼、奴隷のままでいるのよ。形だけでも私の伴侶になれるのだもの、光栄に思いなさい」
やがて女が去り、誰も居なくなった部屋に取り残されたエルキセソは、誰にも聞こえないほどの小さな声で零れるようにこう漏らした。
「……あの方の言う通りだ、僕は何もしなければ死ぬまでこのまま……やはり今、決断するしかないんだ」
僅かに開いた悲壮な瞳には、静かな決意が滲んでいた。
◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆
ああ……凄く凄く、嫌な恐ろしい夢を見た……。
全体的には霞がかかったように曖昧で、全部は覚えていないけど、アレは私ラテーナ・カルアがセル様をいたぶっている場面だったことは分かった。
正確にはゲーム本編のラテーナなのだろうが……ここ最近は定期的にこのような夢を見ることがあり、私の精神はじわじわと疲弊していた。
ただの夢だと思おうとしても、どうしても不安が消えない。
セル様、ごめんなさい、私嘘をつきました。
本当は不安で堪らないんです。先日、不安がないか問いかけられた時も、今もずっと。
でもこんな夢のことを打ち明けても、貴方を困らせるだけだと分かっていたから、どうしても言えなかった。
本心では助けて欲しくて仕方ないのに……私はダメですね。
だから私には、せめて祈るくらいしか出来ないのです。
もうあの悪夢を見ないように、どうか現実にあの悪夢のようなことが起きないように、そしてセル様がずっと幸せで居られますように。
どうかどうかお願いします神様。この先の未来に何一つ、不幸なことなんて起こりませんように私達をお守り下さい。
もし叶えて下さるなら私は——。
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