パーティからリストラされた俺が愛されすぎている件。心配だからと戻ってくるけど、このままだと魔王を倒しに行かないので全力で追い返そうと思います

倉紙たかみ

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第5話 焚き火とガスバーナー

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 クレアドール東の森。レッドベリルの居城。

 居城といっても、今回の遠征に合わせて、廃城をそれなりに使えるようにした間に合わせの城。その玉座にて、レッドベリルは鎮座していた。

「ふむ……カルマ、か」

 勇者の身内で、あれほどの実力なら、フェミルには期待できそうだ。レッドベリルは嬉しそうにググッと拳を握る。

「ククッ……勇者フェミルか。戦うのが楽し――ッ?」

 突如として大地が鳴動する。凄まじい地震。天井から瓦礫が降り注ぎ、石造りの床が暴れた。

「こ、これはどういうことだッ!」

 ――襲撃? 天変地異?

 揺れは次第に激しさを増し、やがては城をグシャグシャにしてしまう。凄まじい量の瓦礫に押しつぶされてしまうレッドベリル。

「ぬ……ぐ……」

 城は完全倒壊。廃城とはいえ、さすがに心を濁らせるレッドベリル。大量の瓦礫をかき分けながら、ひたすら太陽を目指す。

「ぶはっ!」

 青空が広がった。周囲は完全な瓦礫の山。城だったものが、見る影もない。

「だ、誰かおらぬかッ!」

 叫んだところで、誰もいないことに気づく。そういえば配下のほとんどは、クレアドールに残してきたのだった。

 ふと、瓦礫の大地に見慣れぬ人物を見つける。桃色の髪をバサバサとなびかせ、一歩、また一歩と近づいてくる謎の女性。

「な……な……」

 わからない。わからないが、直感的に言うと『死』が近づいてきているような感覚だった。女が一歩近づく度に、レッドベリルの心臓の鼓動がバクバクと早まる。

 彼女の瞳は、まるで彫刻のようだった。生気がなく無機質で冷たい。されど、全身からは怒気と殺気が静かに発せられている。レッドベリルの全身の毛穴から、汗が噴き出してくる。髪も一気に逆立っていった。

 瓦礫から上半身だけを出したまま、レッドベリルは勇気を振り絞って問いかける。

「だ、誰だ貴様はッ?」

「あ?」

 ――怖い。

『あ?』と、一文字で返されただけなのに、殺されるかと思った。心臓が止まるかと思った。思わず敬語になってしまう。

「だ、誰ですか、あなた様はッ!」

「……我が名はフェミル・グレンバート。偉大なる家族カルマ・グレンバートの姉にして、魔王を討ち滅ぼす者」

「フェ……? き、貴様が勇者フェミルッ?」

 得心するレッドベリル。なるほど、彼女が勇者ならば、この殺気も納得だ。恐怖の鼓動が、次第に歓喜の鼓動へと変貌していく。

「なるほど……なるほど、なるほどッ! そういうことか! ははっ! この城の有様も貴様の仕業だな! ――我が名は四天王のレッドベリル」

 言いながら、瓦礫から這い出るレッドベリル。全身の筋肉を隆起させ、目一杯魔力を解放する。

「死合おうぞ! 勇者フェミルよ! 俺はこの時を待ち望んでいた! 強者を! 猛者を! 貴様を屠ることのできる日を!」

「黙れッ!」

「はひぃぃッ?」

「……よくも我が弟を虐めましたね……」

 なんと恐ろしい顔つきだろうか。静かな能面。無表情。されど、その仮面の下には、怒りを越えた憤怒がある。まるで、雛鳥を守る怪鳥である。

 ――こいつは、死んでも殺す気だ。俺を。

 いや、違う。これはもう細胞が予感している。

 ――俺は、今日ここで死――。

 すぐさまレッドベリルは首を左右に振る。死の予感など縁起でもない。己はいずれ魔王をも凌駕する生物になるハズだ。矮小な人間に怯えている場合ではない。

 瓦礫の上を雄々しく闊歩しながら言い放つレッドベリル。ふたりの距離が縮んでいく。

「グハハハハ! 弟がかわいいか、勇者フェミルよ! ならば、俺を倒してみせろ。そうでなければ、貴様の弟の内臓をえぐり、晩飯にでもしてく――ッ」

 次の瞬間。視界がバグった。蒼とか緑とか、黒とか茶色とか、とにかくよくわからない色がめまぐるしく変動していく。チカチカして真っ暗になって、ようやく空という光景が見えたところで、レッドベリルは『殴り飛ばされた』ことに気づいた。

 たぶん、腹部を殴られたのだと思う。凄まじい痛み。いや、痛みを通り越して、腹部が丸ごとなくなったのかと思った。どれだけ吹っ飛ばされたのだろう。たぶんkm単位の距離を弾丸のように飛んでいったのだろう。木々を幾本も倒壊させ、ようやく森のど真ん中で止まったのだ。そして――。

「よくも、我が弟を虐めましたね……」

「は……はひ……? ご、ごめんなさい……?」

 困惑の極みだった。レッドベリルが吹っ飛ばされるよりも早く、彼女は回り込んでおり、仰向けになった彼を見下ろすように覗き込んでいた。

 ――嘘だ……フェミルは剣すら抜いていないのだぞッ?

「あなたは虎の尾を踏んだ。許されないことをした。例え神が許しても、この勇者フェミルが絶対に許さない。煉獄にて苦しみながら死ね」

「ぐ……ほ、ほざけぇッ!」

 謝ってしまったが、所詮は魔族と人間。相容れぬ仲。ならば、レッドベリルは猛者として誇り高く最後まで戦う。

 レッドベリルの全身が発火――燃え上がる。それは赤い火柱となって、天へと昇る。覗き込んでいたフェミルの顔面をその炎で焼き尽くす。うん? 直撃したよね? なんで髪の毛一本たりとも燃えてないの? まあいい!

 レッドベリルの最終奥義『極炎化』だ。

 ――己を炎と一体化する。

「グハハハハ! この姿になってしまったら、もうあとには引けんぞ! この森ごと、貴様を焼き尽くしてやる!」

 そのままフェミルに抱きつくレッドベリル。だが、フェミルはそれをすんなりと受け入れた。そして、涼しい顔――というよりも軽蔑気味の無表情で、レッドベリルを眺めていた。 

「……この程度……ですか?」

「へ……?」

「カルマの受けた痛みは、この程度じゃないんですよ! あの子は! 足手纏いのッ! 弱々くんなんですよ! あなたが酷いことをしたせいで、怯えているんですよ! なんてことを……なんてことをしてくれたんですかぁああぁぁッ!」

 感情を爆発させる勇者フェミル。先刻までの能面とは打って変わって、ボロボロと半泣き。――そして、彼女は魔力を解放した。

「お、俺以上の……炎……?」

 フェミルの身体から、蒼い炎が迸る。レッドベリルの紅い炎の肉体を徐々に浸食。焼き尽くしていく。

「ぐああぁああぁぁぁぁああぁぁぁッ!」

 紅き炎が完全に消え、蒼炎が天を貫き、雲を焼く。森林地帯は三日三晩の大火事になるのであった。
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