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第12話 良い奴を増やそう思考
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楽しいコトだけが人生だとは思っていなかった。トラブルなんて、普通に生きていれば普通にあるのが現実。けど、やっぱり何事もないのが一番いい。
だから『憂鬱だなぁ』って、穂織は思った。
人生を自分だけのゲームだと考えている心音は、嫌がらせをやめないだろう。
穂織としては穏便に済ませたかった。京史郎が知ったら心音を嫌うだろうし、和奏が知ったら凄くガッカリすると思う。新しい仲間が増えて、和奏はとても喜んでいたから。
「よ! 穂織。もーにん」
翌朝の校門前。いつものように和奏と出会う。
「おはよ。和奏ちゃん、機嫌いいね」
「ああ、今日からだからな」
「今日から?」
「レッスンだよ、レッスン。昨日、京史郎が言ってたろ」
そういえば、今日からコーチがきてくれることになるんだった。歌や振り付けも会場もグループ名も決まっていないが、歌唱力やダンスの基礎なら、練習を始められる。
「ようやく、アイドルらしいことができるなあ。へへっ、腕が鳴るぜ」
意気揚々と笑みを浮かべる和奏。拳と掌をパシッと打ち付けた。穂織は「そうだね」と、肯定の言葉を投げかけてから、少し聞きにくいことを尋ねる。
「あのさ、和奏ちゃんは、アイドルをあきらめる気はないよね?」
「なんでそんなことを聞くんだ?」
「怖いことが続いてるからね。ほら、京史郎さんの喧嘩に巻き込まれたりとか、カミソリレターの件とかさ」
「あんなの親父に比べたら怖くもなんともねえよ。それに、カミソリレターはアイドルとは関係ないだろ」
心音の思惑を伝えても、彼女はアイドルをやめないだろう。面と向かって話し合いに行くに違いない。
その時、きっと心音は鞄の中に仕込んでいた刃物を出す。少なくとも、お互いが無傷で済むとは思えなかった。
下駄箱に到着。昨日の件があったゆえに、穂織は注意を促す。
「和奏ちゃん、気をつけてね」
「わかってるよ。ラブレターに御用心、だろ?」
言って、下駄箱を開ける和奏。その時、奥の方からブブブと音がした。
「んあ? ――ッひいいあぁぁッ!」
和奏が悲鳴を上げて蹲る。瞬間。下駄箱から『何か』が解き放たれる。
「わ、わわわわわっ!」
「和奏ちゃん!」
その『何か』は黄色と黒を纏った昆虫であった。日本でもっとも危険な空飛ぶ毒虫――。
「す、すずめばちッ?」と、声を飛ばす穂織。
それが、四……いや、五匹。
「うわっ!」
「なにこれ!」
「きゃあ! 虫! 虫嫌い!」
下駄箱には大勢の人がいる。それらが悲鳴を上げ、鞄を振り回す。穂織は、飛び交う蜂を眺めながら、奥歯を噛みしめる。
――ここまでするか。
昆虫は温度が低下すると動かなくなる。冷やした状態で、下駄箱に入れておいたのだろう。和奏が到着する頃には、動き出すというトラップ。誰がやったかは明白だ。
悪質だと穂織は思った。朝の下駄箱といえば、不特定多数の生徒がいる。和奏だけでなく、それ以外の生徒でさえ、どうなってもいいという意思。そして、いかに心音が本気なのか。犯人を知る穂織にも、思い知らせたかったのだろう。
「なんだ、スズメバチか。ゴキブリじゃないなら平気だ」
怯んだ和奏だったが、すぐに復活。素早く構えて、視線を蜂へと滑らせる。そして、浮遊するそれめがけて蹴りを食らわせた。
パン、と、蜂が爆ぜる。
通常、虫を払ったとしても、せいぜい弾くことが関の山。だが、スナップを利かせた彼女のシャープな蹴りは、まるで鞭だ。
和奏は、次のターゲットに狙いを定める。女生徒の背中に止まった蜂。きゃあきゃあと叫ぶ彼女との間合いを一瞬にして詰め、精密に蹴り飛ばす。さらに、壁に止まった蜂を靴底で潰す。そして、下駄箱を駆け上がり、天井にいたそれを、身体を捻りながら、蹴り潰す。
一匹、穂織の方へと飛んできた。身構えるが、和奏が鞄を投げる。蜂にあたり、そのまま鞄ごと下駄箱に激突。ぷちっという音が聞こえた気がした。一瞬にして、すべての蜂が消えたのであった。
「お見事、和奏ちゃん」
小さく拍手する穂織。周囲の生徒も拍手をしていた。
「朝飯前ですよん」
ピースしながら、鞄を拾い上げる王子様。
「にしても、ちょっとショックだなぁ。ここまでやるかぁ?」
和奏は、自分の下駄箱を警戒気味に覗き込む。どうやら、本日のトラップはスズメバチだけのようだ。
「和奏ちゃん、恨まれるようなタイプじゃないのにね」
――これは許せない、と、穂織は思う。
心音にはブレーキがない。ふたつの意味で、だ。やってはいけないことに対してのブレーキがない。そして、この洒落にならない悪戯を終わらせるためのブレーキもない。
「大事になる前に犯人を見つけて、説教してやらねえとな。先生に見つかったら、こいつ退学になっちまう」
「犯人のことを気遣うなんて、和奏ちゃんは優しいね」
「退学して腐っちまうよりも、改心させた方がマシだよ。世の中にいい奴がひとり増えるからな」
強くて天然。外見だけでなく、中身もイケメン。だからこそ、夏川穂織は憧れる。ただ、その憧れの対象はピュアすぎる。穂織は、彼女が崩れていく様を見たくはない。
脆くていい。ピュアでいい。その理想像を崩したくない。それは、穂織のわがままである。わがままを貫くのであれば、その責任は果たさねばなるまい。
だから『憂鬱だなぁ』って、穂織は思った。
人生を自分だけのゲームだと考えている心音は、嫌がらせをやめないだろう。
穂織としては穏便に済ませたかった。京史郎が知ったら心音を嫌うだろうし、和奏が知ったら凄くガッカリすると思う。新しい仲間が増えて、和奏はとても喜んでいたから。
「よ! 穂織。もーにん」
翌朝の校門前。いつものように和奏と出会う。
「おはよ。和奏ちゃん、機嫌いいね」
「ああ、今日からだからな」
「今日から?」
「レッスンだよ、レッスン。昨日、京史郎が言ってたろ」
そういえば、今日からコーチがきてくれることになるんだった。歌や振り付けも会場もグループ名も決まっていないが、歌唱力やダンスの基礎なら、練習を始められる。
「ようやく、アイドルらしいことができるなあ。へへっ、腕が鳴るぜ」
意気揚々と笑みを浮かべる和奏。拳と掌をパシッと打ち付けた。穂織は「そうだね」と、肯定の言葉を投げかけてから、少し聞きにくいことを尋ねる。
「あのさ、和奏ちゃんは、アイドルをあきらめる気はないよね?」
「なんでそんなことを聞くんだ?」
「怖いことが続いてるからね。ほら、京史郎さんの喧嘩に巻き込まれたりとか、カミソリレターの件とかさ」
「あんなの親父に比べたら怖くもなんともねえよ。それに、カミソリレターはアイドルとは関係ないだろ」
心音の思惑を伝えても、彼女はアイドルをやめないだろう。面と向かって話し合いに行くに違いない。
その時、きっと心音は鞄の中に仕込んでいた刃物を出す。少なくとも、お互いが無傷で済むとは思えなかった。
下駄箱に到着。昨日の件があったゆえに、穂織は注意を促す。
「和奏ちゃん、気をつけてね」
「わかってるよ。ラブレターに御用心、だろ?」
言って、下駄箱を開ける和奏。その時、奥の方からブブブと音がした。
「んあ? ――ッひいいあぁぁッ!」
和奏が悲鳴を上げて蹲る。瞬間。下駄箱から『何か』が解き放たれる。
「わ、わわわわわっ!」
「和奏ちゃん!」
その『何か』は黄色と黒を纏った昆虫であった。日本でもっとも危険な空飛ぶ毒虫――。
「す、すずめばちッ?」と、声を飛ばす穂織。
それが、四……いや、五匹。
「うわっ!」
「なにこれ!」
「きゃあ! 虫! 虫嫌い!」
下駄箱には大勢の人がいる。それらが悲鳴を上げ、鞄を振り回す。穂織は、飛び交う蜂を眺めながら、奥歯を噛みしめる。
――ここまでするか。
昆虫は温度が低下すると動かなくなる。冷やした状態で、下駄箱に入れておいたのだろう。和奏が到着する頃には、動き出すというトラップ。誰がやったかは明白だ。
悪質だと穂織は思った。朝の下駄箱といえば、不特定多数の生徒がいる。和奏だけでなく、それ以外の生徒でさえ、どうなってもいいという意思。そして、いかに心音が本気なのか。犯人を知る穂織にも、思い知らせたかったのだろう。
「なんだ、スズメバチか。ゴキブリじゃないなら平気だ」
怯んだ和奏だったが、すぐに復活。素早く構えて、視線を蜂へと滑らせる。そして、浮遊するそれめがけて蹴りを食らわせた。
パン、と、蜂が爆ぜる。
通常、虫を払ったとしても、せいぜい弾くことが関の山。だが、スナップを利かせた彼女のシャープな蹴りは、まるで鞭だ。
和奏は、次のターゲットに狙いを定める。女生徒の背中に止まった蜂。きゃあきゃあと叫ぶ彼女との間合いを一瞬にして詰め、精密に蹴り飛ばす。さらに、壁に止まった蜂を靴底で潰す。そして、下駄箱を駆け上がり、天井にいたそれを、身体を捻りながら、蹴り潰す。
一匹、穂織の方へと飛んできた。身構えるが、和奏が鞄を投げる。蜂にあたり、そのまま鞄ごと下駄箱に激突。ぷちっという音が聞こえた気がした。一瞬にして、すべての蜂が消えたのであった。
「お見事、和奏ちゃん」
小さく拍手する穂織。周囲の生徒も拍手をしていた。
「朝飯前ですよん」
ピースしながら、鞄を拾い上げる王子様。
「にしても、ちょっとショックだなぁ。ここまでやるかぁ?」
和奏は、自分の下駄箱を警戒気味に覗き込む。どうやら、本日のトラップはスズメバチだけのようだ。
「和奏ちゃん、恨まれるようなタイプじゃないのにね」
――これは許せない、と、穂織は思う。
心音にはブレーキがない。ふたつの意味で、だ。やってはいけないことに対してのブレーキがない。そして、この洒落にならない悪戯を終わらせるためのブレーキもない。
「大事になる前に犯人を見つけて、説教してやらねえとな。先生に見つかったら、こいつ退学になっちまう」
「犯人のことを気遣うなんて、和奏ちゃんは優しいね」
「退学して腐っちまうよりも、改心させた方がマシだよ。世の中にいい奴がひとり増えるからな」
強くて天然。外見だけでなく、中身もイケメン。だからこそ、夏川穂織は憧れる。ただ、その憧れの対象はピュアすぎる。穂織は、彼女が崩れていく様を見たくはない。
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