ラナとオルガ

らくだ

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処女をもらってほしいの

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ラナはスカートをぎゅっと握りしめて、下を向いた。
オルガの顔を見たくなかったからである。

休日の昼下がり、ラナは首都で一人暮らししている部屋に幼馴染みを呼び出した。
ラナと同時期に地方から出てきた初恋の人である。

20代のラナの給料は田舎に比べると多いが、首都は家賃も物価も高かった。
部屋は玄関を開けると小さなキッチン、その奥にベッドを置いたらいっぱいになってしまう寝室だけである。
キッチンはダイニングも兼ねていて、無理矢理、椅子とテーブルを置いている。
オルガを呼びたくて、狭い部屋に無理矢理2脚の椅子を入れた。
椅子はようやく座ってほしい人に使われているが、状況は夢見ていたモノとはまるで違う。

彼は不機嫌そうに、オルガが差し出した蒸留酒をコップで飲んでいる。その姿さえ様になっていた。
騎士団で働く彼は、首都に出てきたから身体が何回りも大きくなった。

オルガ蒸留酒を彼に差し出すと、対面に立ったまま「処女を貰ってほしい」とお願いした。

見えるのはオルガのボタンを開けたシャツから覗く胸のあたり、腹筋、そしてテーブルだった。
『ああ、床の木目の黒いところ、汚れが溜まっているわ。あとで掃除しなくちゃ。』とどうでもいいことを必死で考えようとするが、心臓の鼓動が大きく鳴り響いた。耳までバクバクと血の流れる音で振動しているするようである。
補足すると、ちなみに黒いところは汚れではなく、ただの模様である。
いつも見慣れた床ですら、見間違うくらいラナは緊張していた。

「で」

オルガの低い声に、ラナはびくりと身体を震わせた。


「でお前は親父さん達が持ってきた縁談を断るために、俺に処女を捨てさせてくれって訳か?」
不機嫌そうな声で一音一音、ラナの話した内容を確認するようにゆっくりと言った。
「え・・ぇ・・・・。ん・・・」
喉の奥が詰まってその先が言えなくなった。緊張するといつもこうなのだ。
はあというため息にばっと顔を上げた。

ラナの顔は真っ赤になっているはずだった。
だって初恋の人に抱いてくれとお願いしているのだから。

オルガは片手に半分酒の入ったグラスを持ち、もう片手でテーブルに握りこぶしを作っていた。
眉間に今までみたことのないくらい深い皺が寄っている。

もういい、という言葉が喉元から出かかった。
けれど必死で我慢した。これを逃したら、命令で結婚する脂ギッシュな中年男に処女を捧げることになるのである。

「そうよ」

なぜか泣きそうになって、キッと彼を見ると挑むような声を出してしまった。
なんで私は可愛げがないんだろう。
好きだから抱いてほしい、そう素直に言えれば良かったのに。
スカートをもう一度ぎゅっと強く握りしめた。

オルガははあ、ともう一度大きくため息をついた。
そして半分残っていた酒をぐっと飲み干した。

涙が溢れそうになって、泣くまいとラナは手の甲に爪を立てた。
いつもそうなのだ。だれかといると必ず相手を不機嫌にさせてしまう。
オルガと居ると一層顕著で、いつも怒らせてしまうし、自分が自分ではいられなくなってしまう。

「おかわりは・・・」
踵を返してキッチンに酒瓶を取りに行こうとしたラナはちょっとホッとした。顔を見なくて済むから。
問題の先延ばしではあるが、一時的にでも苦しい状況を考えなくていいことを無意識で喜んでいた。

後ろから「いらねえよ、ったく空気の読めない女だな」とオルガの大きな声がかかった。
足音がして、ラナは突如身体を温かくて固いものに包まれた。
オルガがぎゅっと抱きしめてくれたのである。

「はあ」
ため息が首元にかかる。鳥肌がぶわっと立った。すぐそばにオルガの顔があるのを感じる。
だけど見れない。バグバグと心臓の鳴る音が大きくて、身体全体で鼓動しているようだった。

この振動はオルガに伝わるだろう。
オルガに恋心がバレてしまう。だけどバレてほしい。
そんな相対する気持ちを抱えていた。

「怯えさせたいわけじゃないんだ。だけど、鳥肌が立つような相手に抱かれる必要もないんじゃないか?」

オルガは鼓動と鳥肌を違う意味に捉えたらしい。
なんて答えたらいいか分からず、黙ってしまった。
それも別の意味に捉えたらしいオルガが、さっきとは違うため息をついた。
「どういう男が好みだ?できるだけ近い男を連れてきてやるから・・・。できるだけ丁寧に抱いてくれて、口が軽くなくて、信用できるやつ・・・。いるかわからねえけど、希望だけは言ってみろ」

ちがう、抱かれたいのはオルガだ。
この気持ちが伝わればいいのに。
ばっと振り返るとオルガの顔が目の前にあった。振り向きざまに涙はどこかに飛んでいってしまった。
唇が近くて今すぐにでもキスできそうだった。

「泣いてまで抱かれるのが怖いのか・・・。純潔を失う以外に、縁談断る方法ねえのか?」
私は近くにオルガの顔があって、心臓がバクバクして死にそうなのに、当のオルガは慣れっこなのか普段通りに喋っている。
今まで何人の女の人を抱いたの?
その茶色のくせっ毛を何人の女に触らせ、透けるような榛色の瞳で何人の女を見つめあったの?


「オ」
「ん?」
「オルガがいい」
「こんなに震えてるのにか?俺も抱きたくねえよ」

ぐさっと心をナイフで刺されたようだった。そっか、抱きたくないよね。
抱きたかったらこれまでの間に手を出されたはずだもの。知らない人の間でも「女好き」として知られるオルガ。
「お願い、抱いて」
すらすらと言葉は口から滑り出た。
この言葉の意味やもたらす内容、自分の汚い心や本当の気持ちに蓋をすれば、物事はあっさり動くのである。たとえそれが自分自身のことであっても。

「ごめん、ちょっと手加減できないかも」
オルガは私の胸を服の上からやわやわと揉みながら、ブラウスのボタンを外しにかかった。
「ちょ、ここは嫌だ」
泣き出しそうな声で言うと、ちいさく「うるせえな」と頬の横で声がした。
こんな状況なのに、震えてじとっと濡れた。
テーブルと床しかない

「膜破けばいいんだろ?我が儘なこと言ってんじゃねえよ」

涙がまた一つ溢れた。
遠くで子供達がボールを搗く音がした。
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