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7.ガラガラヘビ
しおりを挟む「今日のスケジュールをお伝えします。7時からスタートし、授業時間1時間、各10分の準備時間を持ちまして一限から歴史学、魔法薬学、魔法基礎学、倫理学、帝王学、心理学、解剖学、魔法科学、天文学授業終了後に食事と湯浴みの時間を設け、就寝となります。」
「…はい」
ハミルトン家に来てから約1ヶ月が経過した。
環境に慣れる時間もなく後継者候補としてのカリキュラムはこの家に来て2日ほどで開始し、その日から変わらない毎日。
僕の1日は、朝の6時に起きるところから始まる。
最初は朝起きるのがとても辛かったけど最近はあまりよく眠れずに勝手に身体が起きるようになった。
けれど、それより辛かったのはご飯をお昼に食べられないことだった。
朝起きて小さなパンを毎日ひとつ貰う。お水をコップに1杯汲んでもらい、それらを食べ終わるとあっという間に一限目の準備に取り掛からなければならない。
次にご飯が食べられるのは、全ての授業が終わったあとだから毎回だいたい10時間後くらいになる。
このお家に来て最初の1週間はお昼ご飯の時間があり、12時近くになると30分の食事時間があった。2週目で予告無くその時間はなくなり、2度目の食事が夜になったその日から食事の品数もとても少なくなってしまった。
今では夜ご飯もパンがふたつと具の入っていない冷めたスープ、多い日はサラダがついた。
実家である男爵家にいた時ですら、もう少し品数と量が多かったため公爵家であるハミルトン家でこのような食事が出たことにジルバードはびっくりした。
けれど、自分を歓迎していないという使用人からの無言の訴えなのだとジルバードはすぐに理解し、それを受け入れた。
専属侍女のハーティと、最初はどうにか仲良くなりたくて必死に色々なことを話しかけた。
でもたぶんそれがよくなかったのかな。ハーティが業務上一方的にジルバードに話しかける以外の対話をすることは出来なかったため、もうそれも諦めた。
この家に来て1番上達したことは、間違いなく物事を諦めることだった。
「一限目は、歴史学…」
授業の講師ももれなくみな貴族で、明確に生徒であるジルバードと一線を引いている講師が大半。高位貴族の後継者候補として、内容もかなり高度なため必然的に講師の中での及第点も高まり態度も厳しい。
そんな中でも歴史学の講師はジルバードに対して一際厳しかった。なんと言ってもその講師は1問でも間違えようものなら力の限り鞭で打ってくる。
それが本当に痛くて、痛くてたまらない。
「はっ、は、ぁ、」
あの痛みを思い出すだけでジルバードは毎度授業前に過呼吸になる。
両親に頬を叩かれたり軽く蹴られたりするくらいは何度かあったが、大人の力で本気で鞭を打たれる痛さはまさに次元が違った。
まだ前回の歴史学の授業で打たれた鞭の跡が赤く腫れ上がったまま残っている。おびただしい数のミミズ腫れがある自分の手が目に入ると、ジルバードは吐き気を催した。
「だめだ、また、叩かれる、きょうもたたかれる、いやだ」
目の前が暗くなって、先程食べた小さなパンすら逆流してくるような気がした。
思わず手で口を覆うと、歪に腫れた手のひらの感触を肌で感じることになり余計ダメだった。
立っていられなくなり、膝から崩れ落ちる。床に額を強く打ち付けたまま息が乱れて落ち着かない。
「いか、なきゃ…」
必死で酸素を取り込もうと地べたでもがくジルバードをただひたすら冷めた目で見つめるハーティは機械的に告げる。
「授業開始時間が迫っておりますので、講義室に移動をお願い致します。」
「はぁ、っ、はぁ、ぅ、」
「…授業講師の先生にご挨拶をさせて頂くため、わたしくしは先に講義室に参りますので時間内には入室くださいませ。」
遠くなっていく足音を聞きながら、ジルバードは必死に呼吸を整える。もし講義に遅れでもすればそれこそどんな仕打ちが待っているか分からない。
肺が切り裂かれたような痛み、呼吸すら痛くて泣くのも辛いあの鞭の感覚が体を強ばらせて止まない。
震える足を叱咤して、机から教材と筆記具、そして課題をおもむろに抱えて鉛が沈んだような体を必死に動かして講義室に向かった。扉をノックしようとする手が震えて止まらない。
できるなら本当にいま、しんでしまいたいくらい。
「…ジルバード・ハミルトンです。」
「お入りなさい」
「失礼致します。本日もよろしくお願いいたします」
「ごきげんよう、ジルバード。授業開始8分前ですね、10分前には入室なさい」
「はい、申し訳ありません」
先生の赤い瞳がまるで蛇のように自分をきつく締めあげる。既に講義室内にはハーティさんが部屋の隅に控えているのを確認し、広い講義室の真ん中の1席に腰を下ろすと、尋常でないほど震えた自分の手が目に入る。
ぎゅっと力を込めて羽根ペンを握りしめると、歪に隆起した手のひらが痛くて涙が鼻の奥からツンと込み上げてきた。
「少し早いですがはじめましょう。前回出した課題をお見せなさい。」
「…はい、お願いします。」
弱小貴族の息子5歳が、公爵家に来て1ヶ月で到底理解できるような内容ではないこともさることながら、毎度出される課題は信じられないほど量が多い。
歴史学の授業があった日の夜は寝る時間を何時間も削らなければならず、課題が終わるまではご飯も出てこないため身体的にも厳しかった。
それでも、必死に教材を隅から隅まで読み込んで、関連する本を読み漁ってがんばったのだ。
「…あなた、こんな出来損ないの頭をお持ちでよく公爵家に入れたものですこと」
数え切れない問題数の中で、今回は4問ほどバツがつけられていた。
毎度課題が終わるとハーティさんに渡して、ハーティさんが丸つけと点数を書き入れる。
けれど知っている、僕がどんなに頑張って全問正解したところで、ハーティさんが必ず何問か僕の回答を書き換えてバツにしていること。バツがあると、先生は愉快そうな顔をして僕に鞭を打つ姿を、ハーティさんは毎度少しだけ、でも確実に楽しんで見ていることも、僕は知ってる。
「ああ、可哀想な子。実力に見合わない評価をされてこんな場所に引っ張りだされてしまった哀れな子」
その手には、いつも僕の体が動かなくなるまで痛めつける鞭が握られている。
おねがいだよ、もうやめて、何もいらないから。何も望まないから、痛いのはいやだ。
「大丈夫。わたくしがあなたの道を正します。あなたみたいななんの才もない人間が自惚れないように、わたしくしは全力で教育しますわ」
「先生、お願いです、おやめください、…」
「いいえやめませんわ。私の言うことは絶対なのですから。あなたもよくお分かりでしょう」
「やだ、…やだ、、やだぁ、」
「まあ、そんな馬鹿みたいな泣き言を言うのはおよしなさい、みっともない。それでも公爵家の子息ですか!」
まるで鞭を打つ口実を作らんとばかりにわざとらしく声を荒らげるとその右手を大きく振りかぶってジルバードの背中を力の限り打ち付けた。
「っああ!!」
「これだからっ!嫌なんですのよ!根性の欠片もない、!馬鹿な子供は!!」
2度、3度、4度───。その1回1回が、全くの手加減もなく大人の力で打ち付けられる。
アイロンの掛けられていないシワの入ったシャツに真っ赤な血が滲んだ。まるで刃物で切りつけられたのではないかと錯覚するほどの激痛が絶え間なく小さな子供に襲いかかった。
「うっあ、ああ、っ!!いたい!いたいっ、!やめてぇ…やめてよぉ…」
思わず地面に崩れ落ちて両手を付いてしまったジルバードを上から見下ろし、さらにその小さな手の甲を思い切り鞭で打った。
「ああっ、!…ぁ、ぁ、うっ、やっ…たすけてっ!」
あまりの痛みに泣きながら部屋の隅にいるハーティの方に手を伸ばし助けを求めたが、ハーティはまるで聞こえていないかのように表情ひとつ変えずに床に這いつくばるジルバードをただ静かに見下ろすだけだった。
救いを求めて伸ばした手は誰にも掬われることなく空をさまよい、ジルバードの目から光が消えゆく様を見た女講師は大変気分を良くし、自身の履く重く尖ったヒールの踵でジルバードの手を踏みつけた。
「ぁあ''ぁあ''ァああぁ''!ごめんなさいっ、!ごめんなさい、…ゆるしてください、ごめんなさい…」
「嫌だわ、そんな人聞きの悪いこと仰るのはよして、ジルバード。」
「おねがいです、もう、ぼくは」
「まるでわたくしが酷い人間みたいな言いぐさ。教育してやっているというのに」
何度か打った背中はあっという間に血だらけになってしまったので次はキュロットの先から出た生白いふくらはぎに思いっきり打ち付ける。
「ぃ、ぁ、あああ!!ぁ、あ、うっ、はっ、ぉえ」
痛みを呼吸だけでは逃しきれず、胃から食べたものがせり上がってきてそのまま絨毯の上にぶちまける。
女講師は、血と吐瀉物の上で涙で顔をぐちゃぐちゃにしたジルバードをまるでゴミでも見るような目で見やるとすかさずすえた臭いを扇子で遮断した。
「なんって、汚いの!信じられないわ!あっちに行きなさい!この!汚物が!」
女講師はこの期に及んでもなお鞭を打つ手を辞めなかった。
ジルバードの目はだんだんと霞み、意識が遠のいていく。
ああ、ぼくは、何に謝っているんだろうか。生まれてきたことにだろうか、?今生きていることにだろうか?
───ねえおねがい、だれか、たすけてよ
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