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15.オオカミ少年
しおりを挟む実を言うと、朝、魔塔の寮部屋で起きた時から気だるかった。
今日の任務は『最近貴族になった5歳児のお子ちゃまのお守りをせよ』と言われた時の俺の気持ちを考えてよ?
晴れて天下の宮廷魔道士に就任したというのに、普段は雑用ばかり。たまに現場に駆り出されてまた雑用。
かと思えば5歳児のお守り。俺はもう呆れと苛立ちと眠さで瞼がくっつきそうだった。
そう、この時まではね。
「氷魔法を発動させながら、私が言葉を放つペースに合わせて具現化させていってください。」
「はい」
「それでは魔力を循環させてください。」
あくびを噛み締めながら言ったけどさ、その直後俺は顎が外れたかと思って焦ったよ。
目の前の小さな体に魔力が巡るのを感じ取ったあの瞬間の、頭からつま先までの毛穴が一気に開いたような感覚を俺は忘れられない。
5歳にしてこの魔力、そしてこの安定感。底の見えない圧倒的な力に眠気も吹っ飛んで、目の前の異次元的な存在に対する好奇心が止められない。
簡単な小さなものから具現化をさせて実力を測ろうと思っていたがやめた。
こいつ''本物''だもん。
「…槍、弓、剣、盾、馬」
美しかった。
どこまでも透くような氷が煌めいて、あらゆるものに姿を変える様に目が離せなかった。
氷魔法の使い手が重宝されるのはその希少性ももちろんだが、やはり想像したものを物体化出来ると言うのが大きい。
攻撃にしろ、防御にしろ、拘束にしろ、物理的に離れた場所から相手に干渉できるとなると選択肢は無限に広がるからだ。
5歳ということはまだ発現して1年も経っていないだろう。
内から爆発するセンスが輝いていた。
緻密な魔力操作も加減もその瞬間から理解する頭の回転の速さもそのへんの子供とは比べ物にならない。
「末恐ろしいな…」
情けないけど、俺の手には負えないと思ったよ。
俺なんかの手の上で育てきれないと瞬時に理解した。
「あの…」
ちいちゃいピンクの膝小僧を擦り合わせて、モジモジ体を揺らす様はそこら辺にいる可愛い5歳児なのがなんだかチグハグでおかしかった。
俺は膝をついた。つかなきゃいけないと思ったからだ。
「はい、ジルバード様」
「僕!ぼく…もっと強くなりたいんです。やくに、立ちたいんです。」
「役に?」
まあるい瞳には強い信念が篭っていた。熱くて、強くて、どこまでも深く渦巻くそれに何故だか少しゾッとしてしまった。
「お家の役に立ちたいだなんて、ジルバード様はご立派ですね」
「んう?ちがいます」
「…え?」
「僕は、僕の兄上のお役に立ちたいんです。兄上の剣になりたい、盾になりたい」
「盾!?いいえジルバード様、貴方様なら小公爵様をも優に超える魔道士に───」
「ならないよ。」
思わず喉から引き攣れたような音が鳴る。
咄嗟に魔力を身体に巡らせてしまう。身体が勝手に臨戦態勢に入ったみたいだった。目の前の、小さな5歳児相手にだ。
「誰も兄上を超えることはできないよ」
微かに細められた目元が俺を縛り付けるようだった。
なんだ?なんなんだ?小公爵に命でも握られているのか!?
分からないけど、俺はとんでもない人間を見つけてしまったことだけはよくわかった。
オーケーまかせろ、天才は変人ばかりなのは職業柄充分身に染みてる、俺は地雷を避け歩くのは得意なんだ。
「大変失礼致しました、ジルバード様。お詫びと言ってはなんですが氷魔法を調整するとっておきの訓練について伝授させていただきたい。」
「とっておき!お願いします。」
キラキラ可愛い5歳児がまた舞い戻ってきて俺は心の中でデカすぎる安堵の溜息を吐いた。
「それでは、まず目を閉じてください」
可愛い5歳は素直に従い、ぱちんと目を閉じる。その小さな指先がぎゅっと握り締められたのを見て、俺は密かに笑った。どうやら期待で胸が高鳴っているらしい。
「いいですね。先程作り出した何かひとつ、槍、弓、剣、盾、馬──どれでもいい。もう一度作ってみてください」
「……はい」
突き出した両手の前に現れたのは、成人男性1人をすっぽり覆えるほどの大きな盾。瞬時に現れたそれは厚み、形、透明度、質感。どれをとっても完璧に近いそれに俄然やる気が出てきた。
「では、その氷の一部を、少しだけ溶かしてみてください」
「……溶かす?」
「そうです。氷は水から生まれますね。ならば、それを元の形に戻すこともまた、水属性の魔法の技術の一つです」
ジルバード様はしばらく考え込むように沈黙したが、やがて意を決したようにふっと息を吸い込んだ。俺はじっと彼の魔力の流れを観察する。
次の瞬間、空気が微かに震えた。
氷の温度がほんの僅かに変化し、表面に透明な水滴が浮かび始める。それはまるで氷が静かに息をしているかのようで──
しかし、そこまでだった。
ジルバード様の顔が一瞬苦悶に歪み、氷がぱきんと音を立てて砕け散るが、むしろ俺は初めてでここまで出来たことにびっくりした。
「……っ」
「無理はしなくていいですよ、ジルバード様」
俺がそう言うと、ジルバード様はきゅっと可愛らしい唇を噛んで、悔しそうに氷の欠片を見つめた。
かと思えば眉毛がへんにょり下がって、瞳がうるうるしだしたじゃないか。
「しっぱい、しちゃった……」
「いいえ、初めてにしては上出来です」
俺は床に散らばった氷片をひとつ拾い上げ、ジルバード様の目の前に持って手を開いて見せた。
「氷を溶かすのは、ただ単に温度を上げるのとは違います。魔力の流れを正確に操らなければならない。ジルバード様の魔力は強すぎるがゆえに、一気に氷を壊してしまったんですね」
「……じゃあ、どうすれば……」
「魔力を『押し付ける』のではなく、『染み込ませる』感覚を持つことです」
俺は自分の魔力を指先に集中させると、小さな氷片にそっと触れた。ゆっくりと、穏やかに魔力を送り込む。すると、氷の表面がじんわりと湿り、静かに水へと変わっていった。
「これが、氷を操るということです」
ジルバード様の瞳が瞬いたのが分かった。
パッと顔を上げてこちらを見る顔は好奇心でいっぱいで、なんとも眩しかった。自分以外の氷魔法を初めて見たのだろう。
「……すごい」
「ジルバード様ならすぐに私を超える魔法の使い手になることでしょう」
目を合わせて微笑むと、ジルバード様は照れたようにはにかんで照れ隠しに体を揺らした。
「私ら宮廷魔道士は、まず宮廷魔導士見習いとして魔塔に入ります。氷魔法の魔道士見習いがよくやる訓練として、自身も湖に浸かりながら湖の水を凍らせたり溶かしたりする訓練があります。」
「魔力を操作する範囲が大きい上に、体温の調節も同時に行わなければいけないのでその難易度は跳ね上がりますから、驚くほど早いスピードで魔法操作が上達します。」
ジルバード様をちらりと見るといかにも、興奮してます、早くやりたいですハフハフという顔をしている。
「けれど、ひとつ約束してください。」
「やくそくですか?」
「この真冬に湖に入って水を凍らせたり溶かしているうちに、体温の調節は確実に間に合わなくなります。
もしこの訓練を行う際は、必ず火魔法の使い手と一緒に行ってください。」
ジルバード様は、小さい唇を難しそうに引き結んで長いまつ毛が頬に影を落とした。けれど、すぐに勢いよく顔を上げて緑のビー玉がまっすぐ俺を見つめる。
「わかりました。約束します」
「いいでしょう。もし小公爵様に頼めるようなら、あの御方以上に繊細な火魔法を使う者はなかなかいないでしょうからこれ以上ない適任でしょう。もしそれが無理でも、公爵様や小公爵様を通して、魔塔の人間を雇ってもらうなりしてくださいね。」
「兄上…に…」
俺は気が付かなかった。だって俯いちゃってたんだもん。
どんな表情をしていて、その時何を思っていたのか。今でも分からない。けどその時顔を上げさせていたら1人で湖に向かわせずに済んだのかな、と今考えたら思うよ。
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