前世を思い出したけど推しの義弟が最恐のヤンデレラスボスだったので俺が幸せにしてみせます

柊 らんか

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37.愛のレプリカ

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 カイルは大きく欠伸をした。


 訓練が終わり、夕食までの時間を持て余していた。いつも通りジルバードの部屋に乗り込んで、ベッドの上で漫画を読んでいたが、それもすぐに飽きてしまった。

 しばらく黙ったまま机に向かってばかりの薄情な背中を見て、カイルはふと声を漏らした。

「……ジルバード?なんか……痩せたか?」

 ジルバードは返事をしない。ただひたすら、うつむき加減で何かに集中している。そのまま無言で作業を続けていたが、カイルの声に気づいたのか、ようやく反応が返ってきた。

「……ん?ああ、ごめんね。何か言った?」

 ジルバードが椅子を回して、カイルの方を振り向いた。その顔は、以前と比べて少しだけ小さく見えるような気がする。肌もどこか青白く、目の下には薄く隈ができていた。

「……おい、なんか隈もあるし、どうしたんだ?体調悪いか?」

 カイルはベッドに手を置き、立ち上がった。その足音と共に、スプリングが軋む音が部屋に響く。カイルが近づいてくるのを、ジルバードはどこかぼんやりとした様子でじっと見つめた。

「この間からずっと、何作ってるんだよ。目に隈つけてまでやらなきゃならないのか?」

 ジルバードは少し考えるように黙ったあと、苦笑いをした。

「ううん、そんなことはないんだけどね。心配してくれてありがとう。」

 カイルの心配そうな顔を見つめながら、ジルバードはふと机の上に置かれたものに視線を落とした。

「……指輪?」

 つられて視線の先を追ったカイルは少し驚いたようにそれを見つめた。
 ジルバードは手元の指輪に視線を落としたまま、ため息をついた。



「うん、本当に自己満足なんだけどね。」

 ジルバードが静かに言った言葉は、どこか遠くを見つめるような響きがあった。

「魔力を込めているのか」
「……うん、わかる?疲れを取る程度のものなんだけどね。兄上に…渡したいと思っているけど、気持ち悪いかな」

 小さく笑う横顔が酷く寂しそうに見えて、カイルは眉を下げてジルバードの肩に手を置いた。

「そんな事ないだろ。お前の兄ちゃんがずっとお前を大切に思っているのが、俺にも伝わるし」

「……ふふ、ありがとう。元気出てきたなあ」 

「そうか、なら良かったよ。最近なんか……疲れているみたいだったし。ちゃんと飯食ってるか?」

 カイルはジルバードの背中を強めに叩くと、再びベッドに腰掛けた。二週間ほど前からだろうか。

 ジルバードに女性の客人が来たというその日から、ジルバードの様子がどこか変わったように感じていた。

 なんとなく、仄暗い雰囲気が漂っているような、落ち着きがなく、何かに焦っているような。

 その客人が誰だったのか、ジルバードは頑なに口をつぐんで言おうとしなかった。
 聞くところによれば、その客人はつい先日、再び魔塔に訪れたという。

 しかし、ジルバードとその客人との関係がどういったものなのか、そしてどんな話をして、ジルバードがこんな風に思い詰めた表情をしているのか、カイルにはまったく見当もつかなかった。


「なんか……顔色悪いよ、ジルバード。」
「そうかな?なんだか眠れなくて、そのせいかな」

 ジルバードは、一番上の引き出しから便箋と封筒を取り出した。  


 見習い魔道士であっても、申請さえすれば休日に街へ出ることは許されている。  
 カイルの脳裏には、この前ジルバードに付き添った雑貨屋で、一時間も便箋と封筒を選ばされた苦い記憶が蘇った。

「今日の手紙かあ。何書くんだよ」
「……うん、なんだか、何を書いたらいいのか最近分からなくて。」



 カイルは目の前の男がぽつりと漏らした言葉に目を丸くした。  


 いつも「どこを省けばいいのか分からない」と嘆きながら、結局便箋をたっぷり使って重厚な手紙を仕上げてしまうジルバードから、そんな言葉が出てくるとは思いもしなかった。

「ど、どうしたんだよ……本当に何があったんだよ」

 困ったように苦笑いをするジルバードは、青い宝石のような輝きをした、小さな結晶が埋め込まれた指輪を優しく指先で撫でた。

「ちょっと……色々考えることがあってね。指輪、入れようかな。緊張しちゃうな。」

「こんなに命削って作った指輪、入れた方がいいだろ。」

「ふふ、確かに大変だった。この結晶、宝石みたいにするのに何度もやり直したんだ。」

 ジルバードは指輪を光に透かすように持ち上げ、眩しさに片目を細めた。  
 角度を僅かに変えるたび、輝きが無数に表情を変える美しい結晶は、素人目にはまごうことなき宝石にしか見えなかった。  

「別にね、本当につけてもらえるとは思ってないんだ。兄上はその気になれば宝石で部屋中を埋めつくせるだろうから、こんな偽物をつける意味なんてないし」

 ジルバードは指輪を下ろし、小さな箱にそっと収めた。指輪がちょうど納まるほどのその箱に、静かに寝かせるように。  

「ただ、忘れないでいてほしくて……それだけなんだ」
「そっか……大丈夫だよ。きっと大丈夫。」

 無責任な言葉を吐いてしまったと、カイルは口にした後に思った。  


 それでもジルバードはにっこりと笑って礼を言い、夕食を食べに行こう、と明るい声で提案し、机の上の指輪が入った小さな箱をそっと引き出しに仕舞った。



「おう!今日は何かなー……肉がいいな」
「もう、そればっかり。ああそういえば、新しくできた弟の話聞かせてよ」

 長い廊下を歩きながら、カイルは陽気に言い放ち、ジルバードは呆れたように肩をすくめる。



 やがて二人の足音が螺旋階段で大きく響き出すと、ジルバードはぽつりと零した言葉に、カイルは、鼻息を荒くして自慢げな顔をした。

「お、いいぜ。ちょうどこの間顔合わせしたんだよ。目がクリクリでさ、すげー可愛い顔してんの。ブラコンになりそう」

 カイルは興奮を隠しもせずに、手を振って身ぶり豊かに語り、ジルバードはその様子を横目で見ながら、口元に小さく優しい笑みを浮かべた。
   


「名前まで可愛くてさー……名前は──」
「あ、ジルバードくん!探したよ~」


 突然、階段の入り口の方から声が響き、二人は足を止めて振り返った。そこには息を切らした見慣れた人物の姿があった。

 両膝に手を置いて肩を上下させ、どうにか呼吸を整えようとしている恩師の姿にジルバードは階段を上り返して駆け寄った。



「ローレンス先生。探させてしまってごめんなさい、なにかご用ですか?」

「うんうん、ご用ご用。」


 ローレンスはようやく息を整えたのか、ジルバードの気遣うような視線と絡めて、大きく深呼吸をしてから穏やかに微笑んだ。  
 彼は少し疲れた様子ながらも、どこか楽しげだ。


「また、来てるよ。ジルバードのお客さん。」
「……こんな時間に」
「うん、最近よく来るね~。なに、恋人?」

 エドガーのからかうような声に、ジルバードは一瞬言葉をのみ込んだ。
 まるで何かを噛み締めるようにわずかに唇を引き結び、その表情には微かに影が差す。

 それも一瞬のこと、直ぐに顔を上げ、「違います」と陰りを断ち切るようにきっぱりと言い放った。


 不機嫌そうな顔をして足早に階段を降りていくジルバードの背中を見つめながら、エドガーはぱちりと目を丸くした。
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