メニュー画面の能力持ち一般人、勇者パーティから依存され求婚される

ブラックカメリア

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勇者の生まれた日

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 この世界は脆い。幼い頃、私はそんなことを思っていた。

 酷く不安定な世の構造に、アンバランスな貧富の格差。些細なことで終わる命の軽さ。全てが拙く、そこに重さは無く、ただ漠然とした自分だけがそんな世界で立っている。

 私には生への活力というものが欠けていた。本来、人は生きるために必死になるはずだ。けれど私は、ただ身体が人よりも頑丈で死にづらいだけで、積極的に生きようとはしてこなかった。暇だから、生きていた。

 「ねぇ。これ、食べる?」

 「…………? なんで?」

 「だって、食べないと死ぬよ? ほら、体力が2しか無いし」

 そんな、生きているだけの私に、彼は声をかけてきた。

 その人は体力がどうのと、訳の分からないことを言っていた。でも、差し出されたパンは貴重な食料なので受け取る。きっと、彼は頭がおかしいのだろうと思った。

 その男の子は、シスというらしい。彼は私がパンを頬張るのを見て、にこりと笑った。どうしてそんな顔をするのかと尋ねると、彼は嬉しそうに声をあげた。

 「いや、君は食べるのが好きなんだと思ってね。だって、パンを食べた瞬間、体調がすぐに良くなったからさ」

 「よく、分からない。私、食べるのが好きなの?」

 「まぁ餓死寸前だったし、何でも美味しく感じるってのもあるかも」

 「……おい、しい」

 今まで、食べ物に対して味を感じようなど考えもしなかった。ただ、栄養があるかどうか。食べられるかどうか、それだけだった。私は初めて、美味しいという意味を知った。

 「……うん。とっても、美味しかった。ありがとう、シス」

 「なら良かった。じゃあね、セロ。今度は餓死する前に何か食べなよ」

 「……セロって、誰のこと?」

 「え、君のことだけど? ステータスにそう書いてあるから」

 「私、セロって名前なの?」

 「た、ぶん……? 今までステータスの名前が違ったことは無いから、君はセロで間違いないと思うよ」

 その時、私は初めてこの世界に立てたような気がした。名を知り、生きるための活動をして、その行為に様々な感情を感じる。私はようやく、生きるということを覚えたのだった。

 それからの私は、シスからこの世界について教えて貰う毎日だった。私は彼の後ろを付いて回り、彼と暮らすことを選んでいた。

 食べられる植物や、格安で食べられる料理。子供でも稼ぐ方法と、身を休める寝床の作り方。シスは何も知らない私に、何でも教えてくれた。彼と過ごす日々は、今までの生活より何倍も輝いて見えた。生きることが、楽しいと思えた。

 「セロは人よりも能力値が高いね。レベルのステータス上昇率も高い。僕とは比べものにならないよ」

 「そうなんだ……それって、凄いこと?」

 「凄いよ! 僕はこうやって数値を見るしか出来ないから……セロが羨ましいよ」

 「ふーん……そういうものなんだ」

 シスは私のことをしきりに褒める。それはとても嬉しいことだ。でも、私としては生きるための知識を持っている点や、無知な私に才能があると教えてくれる彼の方が何倍も凄いと思う。けれど、彼は自分の価値を認めようとしない。

 「僕は見るだけで、何にも出来ないからさ……腕っ節だってないし、特別な才能だって特に無い。ただ、人より少し見えるものが多いだけだ」

 「…………」

 胸の奥が痛んだ。どうして、彼は自分を蔑むのだろう? 私なんて、生きる気力も無かった屍だったのに。そんな私を、シスは人間にしてくれた。本能ではなく、心から生きたいと、そう思わしてくれた。

 彼が自分を卑下しないようにするには、どうすればいいのだろう。彼には、ずっと笑っていてほしい。そんな顔をしないでほしい。ずっとずっと、私のために傍で支えてほしい。

 私だけのために、生きてほしい。

 「ねぇシス。ご飯、食べさせて」

 「自分で食べなよ。急にどうしたのさ」

 「疲れた。食べさせてくれないなら、このまま寝る」

 「えぇ……? もう、しょうがないなぁ」

 そうして、私はもう一度生きることを捨てることにした。自発的に生きようとしない。シスに生活の全てを委ねて、彼が居ないと生命活動が滞るようにした。そうすれば、シスはずっとずっと私のために生きてくれる。シスが自分の価値を認めないのなら、私の才能なんて腐ってしまえば良い。彼の居ない世界なんて、必要無いから。シス無しでは、私の全てが無意味になってしまえば良い。

 「シス。髪と身体洗って」

 「シス。一緒に寝て」

 「シス。服着せて」

 「シス」

 「シス」

 「シス」

 彼は困ったような顔をしながらも、決して私の要求を断ることはしなかった。必ず、私のお願いを聞いてくれる。私のことを第一に考えてくれる。私のためにその身を使ってくれる。私のために。私のために。私のために。

 「ふふっ……♡」

 ゾクゾクした。段々と、彼無しでは生きていけなくなる自分にも、シスがこんなどうしようもない私のために世話を焼いてくれるのも。その全てが、快感だった。

 そのためには、私は何だって出来た。私が強くなって、彼の言う才能のある人間として花開けば、それを生かすために必要なシスもまた、同じくらい価値のある人間なのだと言えるから。

 私は覚え立ての快楽に酔って、歪な関係を続けた。それが多分、私の初めの過ちだった。

 「セロ、少しお願いがあるんだ。この『破魔の石』ってアイテム、取ってきてくれないか? もちろん、お金は払うからさ」

 「別にお金は要らない。それくらい、すぐに取ってきてあげる。何に必要なの?」

 「えっと……ごめん、今は話せないかな。上手くいくかも分からないし」

 「……そっか。ならいい。でもその代わり、後で何でも言うこと聞いてね」

 「出来ることならね。じゃあ、よろしく頼むよ」

 シスが珍しく、私に危険な仕事をお願いしてきた。彼は私を私利私欲で使うことは無かったので、そんな彼がとても気になった。

 でも、私は何でもという言葉ばかり気にして、その変化を見逃した。今でも少し、そのことは後悔している。シスを独占するという私の夢は、私の与り知らぬところで破壊されてしまったのだから。

 「少し出掛けるね。日が暮れる前には戻るから、お昼は何か食べてきて」

 「……やだ。シスが食べさせて」

 「ごめん。晩ご飯は絶対一緒に取るからさ。今日だけ、我慢してよ」

 「分かっ、た……いってらっしゃい」

 ずきんと、頭が痛んだ。今まで、シスの時間はその殆どを私が独占していた。それがこれからも続くと思っていたのに。彼はあっさりと、私との時間以外を選んでしまった。

 それが一度だけだったらまだ良かった。それから不定期に、彼は何処かへ出掛けるようになった。

 それは、朝早くから。それは、お昼が終わった後に。それは、彼の仕事が終わった後、家に帰る前に。私の日々から少しづつ、シスが居なくなっていった。

 焦燥感はあった。でも、過度に干渉してシスに嫌われたなら、私は生きていけない。だから、彼が何処へ行っているのか気になっても、それを調べることはなかった。

 だから……あれは、本当に偶然だった。

 「今日はこの仕事をお願い。簡単な仕事だから、すぐに終わると思うよ」

 「うん。終わったら早めに帰る」

 「今日、僕は休みだから、仕事が終わったらゆっくりしようか。お昼、何が食べたい?」

 「……! シスの作るものなら何でも。肉だと嬉しい」

 「そっか。じゃあ、市場で良さそうなものを見ておくよ」

 いつもと同じ日々。金銭にも余裕の出来てきた私達は、休養を罪悪感無く取れるくらいにはなっていた。その日も偶々、お互いにほとんど仕事が無い日だった。

 「……え? 取り消しになった?」

 「えぇ、すみません。なので、今回は違約金だけお支払いさせて頂きます」

 そんな仕事も偶然、依頼主が突然のキャンセルをしたために無くなった。私はたった数十分で借りていた宿屋に戻ることになり、上機嫌で部屋へ戻った。

 そこにシスの姿は無かった。買い出しに行ったのだと思い、市場を歩く。人混みに潰されそうになりながら散策したが、どこにも彼の姿はなかった。聞けば、彼はここに来ていないそうだった。

 「……何処、行ったんだろ」

 部屋で待っていれば、そのうちシスは帰ってくるだろう。だが、もし……彼が危険な眼に遭っていたら? もし、私が見過ごしたせいでシスが居なくなってしまったら? 私はもう、二度と立ち上がることは出来ないだろう。

 「仕方ない。そう、これは仕方ないこと」

 溢れる不安を解消するため、私はもう一度シスの痕跡を辿ることにした。彼が出掛けてから、それほど時間は経っていない。まだ、魔力の残滓が残っているかもしれない。

 念入りに調べると、すぐに彼の魔力を発見した。どうやら、彼は市場とは反対側へ行ったらしい。しかし、その方向には畑や孤児院など、もはや私達の生活には無縁の場所ばかりだ。一体、何をしにいったのだろう?

 ほとんど見えなくなった痕跡を辿り、私はシスを探した。彼を連れ帰ってから、この胸のざわめきを晴らすため、うんと甘えることにしよう。今日はシスがなんと言おうと、絶対に離さない。そう思うと、俄然やる気が出るというものだった。

 そして、見つけた。人気の少ない湖の畔で、彼が誰かと居るのを。

 「ありがとうございます、シスさん。おかげで、少しづつ神聖術が使えるようになってきました」

 「僕は何もしてないって。ただ、少しアドバイスをしただけ。そこから頑張ったのは、全部ユリの成果だよ」

 「えへへ……じゃあ、そういうことにしておきます。なら、シスさん。頑張った私に、何かご褒美はないのですか?」

 「よしよし……良く頑張ったね。とても偉いよ、ユリ」

 「…………♡」

 それは、黒髪の少女だった。馴れ馴れしくも私のシスに身体を預け、私のシスを誑かしていた。全くもって許されることではない。心が冷え切っていき、心の奥から憎悪が滲み出るのが分かった。

 それは私の光だ。それは私の意義だ。それは私の理由だ。それは私の全てだ。それを奪おうとしたんだ。どうなったとしても、文句は言えないだろう。

 「……シス? 何、してるの?」

 私は飛びかかりそうになるのを必死に抑えながら、二人の前に歩み出たのだった。
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