最強竜騎士と狩人の物語

影葉 柚樹

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前兆編

16話「女の嫉妬の恐ろしさとは」

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 アルスはメイド達が用意した食事を取りながら両親がレイナの家と結婚を解消する為に出向いている事を聞かされていた。アルスの家に関わっている者達全てがレイナの異常さを目の当たりにして疲れ果てているのを実感出来る。
 このままだと家の機能自体が低下して必要な時に必要な事が出来なくなると考えて、早急にレイナとの婚姻関係解消に動いてくれている両親に感謝をしていたアルスの耳に、女の悲鳴が入ってくる。それは数時間前に突き放したレイナの悲鳴で予想に反してその悲鳴が屋敷から聞こえた事でアルスは嫌な胸騒ぎを覚えて椅子から立ち上がり中庭に出た。

「なんだ?」
「アルス様の愛情を一心に受ける者など死んでしまえばいい! アルス様は私だけの夫であり愛した方! 誰にも渡さない!!」
「魔族の力を借りたのかよ! マジで迷惑な妻だな! ハルトを守れ! あいつは俺がなんとかする!」

 メイド達に指示を出して一気に臨戦態勢に入ったアルスは右手に聖槍アーノルドを召喚して、普段着に着替えていたせいもあって普段より軽い身体のままで魔族の力に飲み込まれたレイナへと攻撃を仕掛け始める。身体を黒い煙に巻かれているレイナの背後から何本もの触手が伸びていき、アルスを絡め取ろうと動いているがアルスは聖槍アーノルドを使って全てを切り伏せていく。
 触手は地に落ちてもうねうねと動いて本体との合流を果たせばまた触手としてアルスに襲い掛かってくる、切っても切ってもそれは繰り返されてアルスの心からの苛立ちを生み出すだけの効果をもたらしていた。しかし、それこそがレイナの狙いであったのである。
 アルスが怒りでもいいから少しでもいいから自分にその瞳を、青い瞳を向けてくれる事を望み、殺されるかも知れないと分かりながらも魔族の力を借りて襲い掛かるのも、全てはアルスに愛されていると信じている行動から成せる事であった。それだけアルスを一途に想い続けて愛し続けてきたレイナの愛情表現でもあるのである。
 しかし、アルスはそんなレイナに容赦するつもりは毛頭無かった。ハルトに危ない事が迫りつつあるのであれば自分はそれからハルトを守る役目があるんだと、自分に言い聞かせているかの様にレイナにひたすら攻撃を与えていく、それで殺すとしてもアルスは一向に構わないと考えていたからだ。

「アルス様! さぁ、私の愛を受け取って下さい! 私はこんなにもアナタを愛している事を知って! 私はアナタを愛しているのですから!」
「その愛情が俺には邪魔だってどうして思わねぇんだよ! いい女ってのは男の気持ちを理解して引き際を見極めるのが出来た女じゃないのか!」
「ふふふっ、そんな古いお考えで竜騎士の最強をお名乗りになるのですか? 私とこの先の未来を生きていく為にも古いお考えをお捨てになって未来を見て下さいませ! 私が導きますわ!」
「あぁ、ウゼェ! 俺はお前と生きるなんてごめんなんだよ! 俺の隣にいていいのはハルトだけ。ハルト以外の人間を隣に置くつもりはねぇんだよ! いい加減に現実から目を逸らすのは止めろ!」
「あぁぁ! 私の身体を突くその槍こそがアルス様の愛情……! 私は今まさにアルス様に愛されている! あぁ、この愛情を私は求めていたのです!」
「このまんまだとハルトに影響出るな……、こうなったら!」

 アルスがレイナの頭上に身体を跳躍させて飛び上がった瞬間、物凄い勢いでアルスの身体に触手たちが絡まり動きを絡め取った、それが思った以上の力を持っていた事もあってアルスは一瞬反応が遅れて身体が思い切り触手の海に飲み込まれてしまう。そこに異変を聞き及んだランドル夫婦とレイナの親族が駆け付け、異常の状態に息を飲み込んだが、すぐにランドルがレイナの姿に魔族を感じ取り槍を持ってアルス救出に取り掛かった。
 触手の海に飲まれたアルスは身体中を這い回る触手に舌打ちして聖槍アーノルドを解放させて光で魔族の力を弱めていく。それと同時にランドルがアルスの捕らわれている場所にまで到着すると2人は息を合わせて触手から逃げ出す事が出来たが、すぐにアルスは竜騎士としての力を持ってしてレイナの心臓を一突きした。
 心臓から鮮血が溢れ出して動きが鈍るかと思われたが、何をしているのだろうかと疑いたくなる程に血で地面を濡らしているのにも関わらずレイナはアルスへと近寄り捕獲しようと動いている。レイナの兄らしき人物がレイナを呼ぶが聞こえていないのかアルスのみにしか意識が向かないのか、レイナはどんよりした瞳をアルスに向けて触手をうねうねと動かしてアルスに迫る。

「ここまで来たらバケモンだぜ。いいんだよな親父?」
「それがどんな方法であれ人を襲う魔物の力を借りた人間に待っているのは死のみだ。安らかに寝かしてあげなさい」
「おぉ、レイナ……こんな力にすがるまで愛したのは分かるが、お前にはまだ人間としての理性が残っているのであれば、どうか安らかに最後を迎えておくれ……アルス君、頼む」
「レイナ、お前の様な女は俺に愛されていなかったら幸せだったんだろうが。最低な夫ですまないな。安らかに眠れ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 アルスの聖槍アーノルドでレイナの頭から足先まで切り裂いたアルスは息絶えていくレイナに冷たい視線を送り、聖槍アーノルドに付いたレイナの血を払い落すと頃にはレイナは人間の姿に戻り静かに息を引き取っていた。魔族の力に溺れた人間に救いはないというのがアルガスト大陸では当たり前の事である。
 レイナの死体を肉親が引き取りアルスの屋敷から立ち去る頃には周辺には静けさが戻っていた。レイナという女性の命を奪ったばかりのアルスは両手を見下ろして小さく溜め息を吐き出す。
ランドルがアルスの肩を叩いてガルディアと共に屋敷内へ戻っていくと、アルスは身に付いた血の香りを落とす為に風呂に入りに行った。その頃のハルトに異変が起き始めていたのはメイド達が確認している。
 ハルトの顔にまで呪いの痣が浮かび上がり、いよいよと時間の無さを伺える状態になってしまったのである。ハルトの元に訪れたランドルとガルディアはアルスにすぐにでも魔界へ行く準備を整え早朝出発する部隊に参加する様に伝えてきた。

「ハルト君の事を考えれば一刻の猶予もない。魔海龍の血は希少な物ではあるが、何かしらの方法がある筈だ。それで手に入れて救うのだろうアルス?」
「勿論だ。ハルトの為なら魔界だろうが地獄だろうが必ず手に入れてやる。それが俺に出来るハルトへの愛情だ」
「アレス、愛は強くそして力になります。でも、道を誤ればそれはどうしても自分だけではなく周囲の人間達をも傷付ける力になります。どうか道を誤らないでね」

 ガルディアはそう言ってアルスのアクア色の髪に竜騎士の守護者を司る神々の一つである”ダラズ神”の模様が刻まれた髪紐を結んでやる。それがアルスをどんな災いよりからも守ってくれるかの様な願いを込めて。
 アルスとランドルは身支度を整えて早朝出発の部隊へと赴いた。部隊の半分以上が歴戦の竜騎士達である事、そして戦力の半数がハンターと竜騎士には劣る義勇兵で構築されている事にアルスは不安を抱く事になる。
 コルとベリオも参加している筈だが、こうも数が多いとなると見付け出すのは容易ではない。生きて帰れたら2人にハルトを紹介しておきたいなとアルスは心から考えていた。
 そして、いよいよ魔界進軍が始まる。魔界とアルガスト大陸を繋ぐ門を召喚する魔導師達は一様に術式を嵌め込んだ法具を使って魔力を高めていき門を生成する。
 生成された門が安定するのと同時に開かれて暗黒の魔界への道が開かれていくのが分かった。それでも誰1人怖いからと足を踏み止まらせる事もなく、1人、1人と門をくぐり魔界へと進軍していく。

「アルス」
「なんだ?」
「この進軍で私が死んだらガルディアは自由にしてやってほしい」
「……それが遺言なのかよ」
「遺言とはそう言うもんだ。竜騎士に嫁ぐ者達は皆がこんな別れを毎回味わわないといけないからな。ガルディアはまだ若い……まだ幸せな人生を送る必要もあるだろう」
「お袋に言えばいいじゃねぇか。俺に言うなよ」
「お前が一番に生還すると信じているから伝言するのだ。私ももう歳だからな、この進軍も生きて帰れる保証はない。それでも最後までガルディアの夫として後悔のない生き様を残したいのだ」
「……」
「笑うか?」
「いいんじゃね? そんな親父だから俺もお袋も素直に従うって決めてんだ。大丈夫、死なせねぇよ」
「はははっ、息子に守られる様な人生は歩みたくないものだ」

 ランドルはそう言って一足先に門を潜り抜けて行った。アルスも少し遅れて門を潜る為に足を進めて聖槍アーノルドを召喚した状態で道へと足を踏み出すとグニャリと視界が歪む。
 いよいよガルーダの魔界進軍が始まる、それはどんな未来を示すものなのか、それとも愚かな人間達の血の祭りなのか、それは誰にも分からない。分かるのは……そこに戦いしかない事だ――――。
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