最強竜騎士と狩人の物語

影葉 柚樹

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一時の休息編

46話「見据えている未来の話」

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 バドリアの宿屋で食事の用意をしているのは珍しくもアルスの姿が簡易キッチンにあった。ハルトは椅子に座って魔導書の一冊を読み耽っているのでアルスの方には意識を向けていないのかアルスは自分のペースで料理を作り込んでいるのが伺える。
 別にアルスは料理が出来ない訳ではないのだが、アルスの綺麗な指が怪我をしたら嫌だから、との理由でアルスには料理をする機会をハルトが与えてくれないだけである。だが、今回ハルトがどうしても読みたい魔導書を手に入れてしまったのでアルスがたまには、と自分が料理する間に読み進めておけばいいと告げてアルスがキッチンに立っているのである。
 コトコト煮込まれている鍋の中身はハルトも大好きなポトフと、隣のコンロではメインの料理であるガレッゾル(魚の香草焼き)がバター香る中で優しく焼き上がりつつあった。主食のパンは既にオーブンで焼き終えているので切り分けるだけで食べれるまでには準備をしている。

「スープもあとは柔らかくなれば完成だな。ガレッゾルは……もう少し焼いてバターの香りを移して」
「アルス~?」
「んー?」
「読み終わったー」
「それじゃテーブル片付けろ。そろそろ出来る」
「分かった」

 部屋の方からハルトの声を聞いて仕上げの準備に取り掛かったアルスの手際も中々なものであった。皿に盛り付けたガレッゾルと器に盛ったポトフ、焼き立てのパンを切り分けて盛り付けたバスケット、それらを順番よく運んでテーブルに並べていくとハルトがゴクリと喉を上下させるのが分かった。
 全ての準備が整ったのでアルファを呼んで2人は少し遅めの昼食を食べ始める事にした。アルファはパンに大好きなベルゾル(木苺のジャム)を付けてムシャムシャと食べている横で、アルスはハルト用のパンにバターを染み込ませてから皿に乗せてやる。

「いただきます」
「召し上がれ」
「……んー僕好みの味わいしっかりのスープ……幸せ」
「本当、たまに料理しねぇと手際悪くなるな。たまにはさせてくれよ?」
「えーやだ。アルスの手に怪我でもあったら僕が悲しむ」
「ちょっと切っても大丈夫だって。それに愛妻料理食べてぇだろ?」
「そりゃ愛する奥さんが作った料理は食べたいけれど……うーん、過保護過ぎるのかな僕」
「充分に愛されている自覚あるからなんとも。でも、たまには一緒に料理したりして時間過ごしたいなとは思う」
「それじゃナイフ系は僕の担当ならいいよ?」
「味付けは任せてくれんの?」
「アルスの味付けは僕好みにしてくれるし、文句はない」
「それじゃ役割分担も決めて夜から一緒に作るか」

 嬉しそうに楽しみにしているアルスを見ながら幸せな時間を噛み締めているハルトの脳裏には、アルスの裸エプロンのお誘いを期待する朝から妄想炸裂な想像が浮かんでいた。アルファの新しいパンを用意してあげているアルスの料理を食べていると不意に考えていた事を話そうかと、口に含んでいた料理を飲み込む。アルスの視線は少し伏せ気味ではあるが完全に伏せられている訳ではないので呼べば顔を上げて見てくれるだろう。

「アルス」
「ん?」
「少し未来の話をしてもいい?」
「急だな。どうした?」
「ガルーダに戻るのが最終的な未来として考えている旅の終わりじゃない? ガルーダに戻ったら僕ハンター辞めようと思っているんだ」
「それはどうしてだ? 生き甲斐、なんだろうある意味ハルトの」
「そうなんだけれど、ガルーダでアルスの夫として生きていくのであれば竜騎士について色々と勉強してサポートがしっかり出来る状態にありたいんだよ。ガルディアお義母さんやルル義姉さんやルカ義姉さんみたいに」
「そうか、それは構わねぇんだけれど……子供欲しくねぇの?」
「うーん、僕もそれは考えたんだよね。アルスの後継者を育てていく事も必要じゃないかって。でも僕1人の勝手な考えで決める訳にはいかない、そこはアルスとしっかり話し合って決めていけたらいいなとは考えている」
「まぁ、家の事はルートに引き継がせるつもりだから跡取り、って意味では気負う必要はないからな。それに、暫くは俺は2人だけの生活を味わって過ごしてもいいんじゃないかって考えている」
「それじゃ当面はアルスと2人だけの生活を満喫する、でいい? それなら暫く働かなくてもいい位の貯蓄していくつもり」
「それじゃ当面は旅を終えたあとは隠居暮らしって事で。ほら、冷めるぞ」
「あ、うん。うーん、バターのいい香りにしっとりしている身で美味しいや」
「お褒めに預かり光栄です」

 2人での食事を味わいながら、途中でアルファがハルトの元にあったバターを舐めたりして大変ではあったがのんびりした時間を過ごせている2人はこの時間で話していた旅の終わりを本格的に見据えていく事も視野に入れていこうと考え始めていた。アルスは先程の会話でも告げていた通り、ハルトとの2人での生活を暫く送れたらそれでいいと考えている。
 対してハルトはアルスのガルーダでの身分や立場を考えて、ハンターを辞めて本格的にサポート出来る為の勉強を始めようと考えていた。それぞれが旅の終わった後の事を考えているのはこの休息の時間が終わればあとは目的の神であるアルドウラ神に会うだけの事だからである。
 エクスカリバーは東の大陸から海を渡って中央大陸の西にある、ゴルゾーネ砂漠方面の方角に光を放っていた。だが、砂漠を越えた先かも知れないとの判断も含めて一度中央大陸に戻る事は視野に含んでいる。

「そう言えば、アルドウラ神の復活とか情報流れないのかな? クエールスの時みたいに姿を変えているなら分からないけれど」
「どうなんだろうな。ただなぁ……」
「あー、神託? 昨日新しく下された」
「あぁ。我に会いたくばエクスカリバーの主として相応しい力を示し、迷い子を救え。だけじゃ訳分んねぇよ!!」
「エクスカリバーの主に認められるのは今までの守護者達の試練と同じだって聞いているから納得出来るんだけれど……迷い子、って何なんだろう?」
「まさかとは思うが俺達の元に誰か遣わせるとかじゃねぇよな?」
「さぁ? でもそれはそれで意味がある事なんだろうから蔑ろには出来ないからね。色々と謎の多い神託だ」
「とりあえず言えるのはゴルゾーネ砂漠方面に向かうしか今は手掛かりがないって事だ。あーもう、時間だけ食うな。早いとこ守護者として覚醒させてくれりゃいいのに」
「まぁまぁ、この旅も意味あるものなんだって思えば苦じゃないだろ? それにアルスとする旅も悪いもんじゃない」
「前向きさに拍車掛かっているなハルト。見習いたくはねぇけれど羨ましいよ」
「ふふっ、君に合わせていると前向きでいなきゃ割り切れない時もあるから」

 昨日の夜にアルスの夢にアルドウラ神の姿はあった。そこで下された神託を朝になって聴いたハルトは色々と前向きに考えていたが、アルスは気持ち憂鬱な感じで神託を思い出す。
 この自分達の元にまだ問題が起こるのだろうかと杞憂するアルスではあるが、ハルトの前向きな姿勢に少しだけ見習おうと考えを変えるように切り替える事にした。2人の休日もまだまだ余裕というか日数的にも時間はあまり余っている。
 焦って守護者としての試練に応じる必要は考えていないのが2人のペースだという事だろう。アルスがベッドに腰掛けてストレッチをする様に背伸びをして身体の緊張を解している間に、食器類の片付けはハルトに任せている。
 アルファがアルスの腹の上に乗ってジッとアルスを見つめるのでアルスはそんなアルファの頭を撫でてやるとアルファは意味深な言葉を口にする。アルスも少しその言葉に違和感を感じてアルファを真剣に見つめる。

『アルドウラ神の試練は特別。ダラズ神やレジャ神とは異なる意味を持つ。アルドウラ神の試練を乗り越えれば本当の意味で目覚める力がある』
「それって……」
『アルスも他の守護者達もいずれは気付くし理解する。それが本当の始まりだって事を』
「……」
「アルファ~? アルス~?」
『ハルトー!!』
「……本当の始まり……」
「どうしたのアルファ? ふふっ、甘えたさんだね。おいで」
『ハルト大好き~! アルス遊んでくれないから嫌ーい』

 アルファと遊び始めているハルトを眺めながらもアルファの放った言葉に引っ掛かりと、事実が隠されているのを見抜いたアルスは複雑な顔をしていた。本当の始まり、それが意味する事とは? その意味をハルトとアルスはどう受け止めるだろうか。
 ハルトの身体がアルスの隣に並んで座ると優しい口付けを髪にしてくるハルトをアルスはこの先どう守っていくのだろうか? そして、2人に待ち構えている試練とは?
 アルドウラ神の神託を受けて2人は徐々に迫りつつある本当の意味での守護者としての試練を、受けるまでそう時間はないのだろう。

「アルス?」
「ん。まぁ今考えても仕方ねぇよな。ぶつかった時に考えるか」
「なぁに、それ」
「いいんだよ、今は考えなくて」
「それならいいんだけれど……。アルス、キスしよ?」
「はいはい。夫は本当にキス魔なんだからな?」
「いいじゃない。愛情の確認だよ」
「そりゃ違いねぇ」

 触れ合う唇に交わされる愛情。その愛情を引き裂くのか、それとも試すのか、アルドウラ神の神託に従って始まる試練は2人にどんな未来を見せるのだろうか。
 全てはまだ謎に包まれた暗雲の中にしか答えはない――――。
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