最強竜騎士と狩人の物語

影葉 柚樹

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ルーディス神の覚醒編

65話「神の本心」

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 生贄を捧げた事により魔界で眠りに就いていた堕ちた神であったルーディス神は目覚めて覚醒した。そして、人間の姿となってアルガスト大陸に君臨する。
 そのルーディス神を迎え入れる為にエテルナとハルトは魔界と繋がるゲートの元に来ていた。魔界から生贄になった青年達を守っていた仲間達に守られて人間の姿で目覚めたルーディス神がやってくる。
 漆黒の長い髪の毛と黄金の瞳を持った美青年、それがルーディス神であった。ハルトはエテルナが緊張しながらルーディス神に頭を下げて覚醒した事と、この世界に君臨してくれた事のお礼を言葉にして迎えているのを見守っていた。

「我が主ルーディス神様、この度の覚醒まことに喜ばしい事でございます。そして、この世界をお救い下さい。我々はルーディス神様を堕とした3神との聖戦を控える身、そのお力をお与え下さいませ」
「私を堕とした3神と戦い何を求める? 無益な争いをまだ人間達は望むのか」
「我々は3神がこの世界を己達の遊びで人間達を始めとする生きている者達を餌にして、理想の世界を生み出そうとしている事実を知り、我々の手にこの世界を取り戻す為に戦うのです。人間だけじゃない、生きとし生ける全ての者達の未来を我々は切り開き掴み取る為に戦います」
「ではその身を持って私の言葉を聞くか。そして、その身を捧げて私の願いを叶えるか」
「ルーディス神様の願いとは一体なんでございますか? 無知なる私にお教え下さい」
「私の願いは……人間達の世界に生きる事。私は人間達が愛おしい、だからこそ4神の時代から人間達を庇護し愛してきた。それが出来なかったこの眠りの間、どれだけの悲しみを味わってきたか」
「お優しいルーディス神様の願い、私が叶えてみせましょう。それが貴方様の事を信じ仕える聖女としての私の道でございます」

 エテルナはルーディス神の右手をそっと持ち上げてその手の甲に唇を寄せる。聖女の誓いは信仰する神に忠誠を誓い、そして同時に聖女の命を捧げる意味を持つ。
 ルーディス神はエテルナの忠誠を受け取り、その命を預かった。ハルトはその2人のやり取りを見守りこれからの戦いの中で2人が未来を守っていく事を知る。
 ハルトの方に視線を向けたルーディス神は静かにハルトに言葉を掛ける。ハルトもルーディス神に言葉を掛けられても平常心で受け答えをするだけの余裕を持っていた。

「そこにいる人間……神々に魅入られた力を持っているな?」
「僕は3神に認められし守護者として覚醒する途中で神々の真実を知りました。だから覚醒をするのを止めてこの戦いに身を投じています。僕の運命を持って聖戦の流れを決めるつもりです」
「ホランズか。その運命……受け入れているのだな」
「僕が聖戦の流れを決めて僕が愛した妻がこの聖戦を終わらせし存在だとエテルナさんに聞きました。それに抗うつもりはありませんしこの世界を取り戻す為の死ならば受け入れると覚悟を決めています」
「……それが本当の”願い”か?」
「……どういう事でしょうか」
「その覚悟は本当にお前の”願い”であるかを問うている。私にはその覚悟は諦めからくる逃れられない絶望を偽り受け入れいる様に聞こえるのだ」
「……」

 ルーディス神の言葉を聞いていたエテルナはハルトを見つめる。ハルトは少し俯き拳を握り締めて黙っていた。
 ハルトの本心はどうなのだろうかとエテルナは今一度考えてみる。ルーディス神はエテルナを自由にしてやるとハルトに近付き、白い手をハルトの頭に乗せる。
 ルーディス神の手が頭に乗って撫でられる感覚にハルトは息を飲んだ。ルーディス神の優しさに触れたハルトはアルスやエテルナには伝えてない、本当の心の言葉を口にする。

「僕は……、死にたい訳じゃない。出来るなら生きて最愛の妻と未来を生きて子供の未来を見届けたい。でも……この聖戦で僕の命は奪われるか使い切ると定められている事を知って希望を持つ事を諦めた。考え方によっては死ぬのが他の人間達より少し早くなっただけ、そう考えれば自分の中で無理矢理納得させれる。でも、本当は……本当は、愛する妻を置いて死ぬ事が怖い。彼が僕じゃない誰かの隣で笑って生きていく事になったら僕の愛は彼を守ってあげれないと気付きそうで……」
「ふむ。ならばこうするがいい。お前は私の力を受け入れる覚悟はあるか?」
「どう、いう事ですか?」
「私の加護を受ければホランズの運命を変える事が出来る。つまり私の力を受け入れてその身に神の力を宿し世界の調律者として生きる事を望めばいいのだ」
「それは……」
「ハルト様、調律者とは世界の秩序と調和を保つ為に聖戦後にルーディス神様のお力お借りて任命するつもりの者達です。そのお役目を受ければハルト様は死ぬ運命から未来を紡ぐ運命になれる、そうルーディス神様は申されているのです」

 エテルナの言葉とルーディス神の言葉にハルトの心は大きく揺れる。この提案を受け入れればアルスを残して死ぬ運命から逃げる事が出来る。
 それは魅力的な提案でもあるがハルトにはどうしても気になる事があった。ルーディス神もそれを見抜いているのだろう、黄金色の瞳が細められて小さく微笑んだ。

「守護者としての力が気になるか」
「はい……。僕には3神の力が宿りつつあります。それがあるのにルーディス神様の力を宿す事に問題はないのか……それが引っ掛かっています」
「それに関しては大して問題はない。私も元は4神の1人として人間達に守護者としての力を与えていた。その力の消し方も知っている、お前が望むのであればその力を身体から消し去る事も容易い」
「……僕の命をルーディス神様に預けてもいいですか?」
「その迷える心を預けるがいい。お前の運命、確かに私が引き取った」

 ルーディス神の右手がハルトの額に添えられて不思議な温もりを感じる。その温もりを感じたと同時に体内から急激に失われていく感覚を味わう。
 ハルトの中に芽生え始めていた守護者としての力をルーディス神が吸い取り出してくれた証拠だった。ハルトがフラっと身体をよろめかせて床に片膝を付くとルーディス神は右手に集まる光を握り締める。
 ハルトの身体を支えるエテルナにルーディス神は静かに命令を出す。エテルナはその命令を受けて静かに頷くとハルトを支えて近くの仲間にハルトを部屋に送る様に指示する。

「エテルナ、少し現状を説明せよ。そして、私の力を受けれる人間達を集めよ」
「承知しました。誰か、ハルト様をお部屋にお連れして下さい」
「ハルト、と言うか。お前の心しっかりと受け止めた。その清らかに美しい魂を私の為に使うがいい。そして、この聖戦で見事生き残るのだ」
「……はい」

 仲間の手により部屋に戻されたハルトはベッドに横になって身体にあった守護者としての覚醒しつつあった力の消失を受け止めていた。そこにルーディス神覚醒と君臨を聞いたアルスが戻って来て、ベッドに横になるハルトに気付いて駆け寄る。
 アルスの姿を見たハルトはそっとアルスの右頬に右手を伸ばして触れる。この愛おしい存在と未来を生きたいと願ってそれが叶う事が先程約束されたのを伝えようとして口を動かす。

「アルス……いいお話」
「ハルト? どうしたんだ……?」
「ルーディス神様が僕の運命を変えて下さった」
「それって……、死ぬ運命を変えてくれたって事か……?」
「うん。本当は死ぬのを受け入れたのも運命だから、って諦めて仕方なく無理矢理受け入れていたんだ。それをルーディス神様は見抜いてくれて……僕の身体にルーディス神様のお力を宿す事を条件に運命を変えて下さったんだよ」
「じゃ、死ななくていいのか? ハルトと未来を生きていけるって事か?」
「うん。アルス、君を残して死ぬ運命は消えた……君と未来を生きる為に戦うよ」
「っ、ハルト!」

 アルスの双眸に大粒の涙が浮かぶ。それをそっと親指で拭ってやればアルスは寝ているハルトに抱き着く。
 アルスの身体を受け止めて抱き締めるハルトの双眸にも涙が浮かぶ。絶望で諦めていた未来、それを繋げれると分かって希望を抱く事が出来る。
 それが2人の魂を、心を、強く惹き合いそして溶かして1つにしていく。運命は変えれる事が分かって2人は絶望を越えた。
 エテルナと共に部屋で現状を聞いていたルーディス神は静かに微笑む。その微笑みを見つめるエテルナの方に手を伸ばしたルーディス神はそっとエテルナを引き寄せて囁いた。

「お前の愛する存在は私を目覚めさせる為に死した。その者を甦らせてやろう」
「なっ、それは……」
「困る事でもあるのか?」
「彼は……リルーズはルーディス神様の為に死したのです。私はその彼の心を継いでルーディス神様にこの命を捧げます。彼を甦らせたら私の心は迷いを持ちルーディス神様に失礼をする事は明白でございます。聖女として生きる私は迷いなど持ってはならぬ存在ですから……」
「私の声を聞きし聖女だからと言って愛を求めてはならぬ決まりなどない。お前の悲しみは眠っている時に感じた。それは私にも辛い悲しみを与えた、それは何故か? お前を愛しているからだ」
「ルーディス神様……」
「神が聖女を愛するのも、その心が愛おしいからだ。それだけ聖女の存在は神にとって大事である。だが、その聖女が神を愛する事はない。その前に愛する者と結ばれるからだ。だからエテルナ、お前も愛する者と添い遂げるべきなのだ」
「それは……ルーディス神様の本心でございますか?」
「ほぅ? 偽っていると言うか」
「聖女が神を愛せないのは愛する者がいるからならば、今の私は愛する存在を失った聖女。その聖女をルーディス神様は愛してはくれないのですか?」
 
 エテルナはルーディス神に近寄りそっとその頬に右手を添えて見つめる。聖女として神に心も魂も命も捧げる。
 それがリルーズを失ったエテルナに出来る全てであった。そのエテルナの心にルーディス神はどう応えるのだろうか――――。
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