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学生編
突然のお泊まり
しおりを挟むシャワーの冷水を後頭部に浴びながら、私はただただ目を閉じた。
皆月さんが作ってくれた夜ご飯が美味しくて、お腹いっぱい食べすぎたせいで眠くなったとか…そんなんじゃない。単なる眠気覚ましではない。
これは、精神統一である。
最近なかなかに血迷いがちな自分の思考回路を正すために、わざわざ水を出して滝修行もどきをやってる。こうでもしないと、すぐ発情期みたいなこと考え出すから。油断できない。
「……さっむ」
夏だというのに凍えながら浴室を出て、夏の空気の暑さに縋るという、自分でも不思議なことをしながら体を拭いてパジャマに着替えた。
「すみません、遅くなっ…て」
どんなえろいことが起こるのか心配だった私の悩みは、
「………寝てる」
穏やかな寝息を立ててベッドに横たわる姿を見て、消え去った。
ベッド脇に腰を下ろして、とりあえず薄手のタオルケットをその体に掛ける。胎児のように丸まった体勢をみて、なんだか赤ちゃんみたいだな…という感想を抱いた。
起きてる時はあんなにもえっちなお姉さん…もとい優しくて頼れるお姉さんなのに、寝顔はどこまでも静かで、無防備で、幼い。あ…無防備なのは起きてる時もか。
「……楓さん」
なんとなく、下の名前で呼んでみる。
「ん、ぅ…」
眠りが浅かったのか、私の声に反応して寝返りを打った。
「楓さん?」
「ん…な、ぁに…」
目も開いてないまま伸びてきた手が、手探りで私を探す。それに応えて、その手のひらに頬を当てに行った。
「もうちょっと…寝かせて、もみじ…」
眠たそうな声で、皆月さんは私の頬をスリスリ撫でながら掠れた声を出した。
…誰かと、間違えてる?
名前からして、男の人ではない。でも明らかに、ただの友達の距離感ではなさそうな言い回しに、チクリと胸に何かが刺さる。
この寝顔を…他の人にも見せたことがあるんだ。
「楓さん」
広がる髪は踏まないように顔の横に手を置いたら、ギシリとベッドの軋む音が響いた。
その音に、うっすらと長いまつげが持ち上がる。
「もみじ…?」
「私だよ、渚」
「……なぎさ…ちゃん…?」
目は開いてるけどまだ寝ぼけてるのか、眠たそうに何度か重たく瞬きをしたあとで、可愛らしく小首を傾げた。
「うん、渚。分かる?」
「…ん~……わかんない…ねむいよ…」
寝てる人相手に、私は何を言ってるんだろう。
「もみじ、もう…」
「知らない人の名前…呼ばないで」
どうしてその言葉が出たのか、自分でも自分の感情を理解しないまま、皆月さんの髪をひと房《ふさ》持ち上げた。
「名前呼んで」
「ぅ…ん」
「……楓さん?」
返事はない。
どうやら、眠気が限界を迎えて、また眠りに落ちたみたいだった。
虚しくなって、ため息を吐き出す。
「何してんだろ…私」
髪から手を離して、皆月さんの隣…ではなく、ベッドの下に長座布団を敷いて寝そべった。
自分がどんどん、おかしくなる。
バイト先で出会って2年と少し。
今までは「男ウケしそうな見た目の頼りになるけどちょっと頼りない天然の先輩」っていう印象しかなかったのに、よく関わるようになってから…今までに感じたことがない事ばかり頭に浮かぶ。それで心が支配される。
今も…無防備な寝顔に胸は高鳴っていて、知らない人の名前を呼ぶことに怒りにも似た感情が湧き上がってきていた。
「はぁ…勉強しよ」
ぐるぐると回る脳内を落ち着けるため、一旦起き上がる。
机に向かってノートを開いたら、習慣化された体はすぐに勉強への意識を向けて、スラスラとノートにシャーペンの芯を滑らせていった。
とにかく今は、余計なことは考えない。
ただひたすらに…勉強する。
それで皆月さんと同じ大学に行って、その後は…まだ何も決まってないけど、とりあえず行く。行けさえすればなんとかなる。
結局、勉強は明け方まで続いた。
そのまま机で寝ちゃってたらしい。
起きたらもう朝もだいぶ過ぎていて、体を起こしたら、肩にかけられていた毛布がパサリと床へ落ちた。
「皆月さん…」
その存在を思い出して、ベッドに目を向ける。
そこにはもう、誰もいなかった。服はきれいに畳まれて、几帳面にベッド脇に置かれてる。
ボウっとしながらスマホを開いたら、案の定メッセージが入っていて、
『おはよ~!服もう乾いてたからおうちに帰るね、お邪魔しました。渚ちゃんのパパママには挨拶しておいたよ~』
語尾にVの手をした絵文字が付けられた言葉の後に、『色々ありがとね』と来ていた。
帰っちゃったことが寂しくて、テーブルに頭を戻してひとり泣く。こんな事でメソメソするなんて、本当に最近の私はおかしい。
勉強を追い込みすぎて、ストレス溜まってるのかな。
「はぁ…しんど」
もうすでに、皆月さんに会いたい。
会って今度こそ、寝てない皆月さんに名前を呼んでもらうんだ。
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