あざとすぎるよ、皆月さん

小坂あと

文字の大きさ
20 / 65
学生編

突然のお泊まり

しおりを挟む


























 シャワーの冷水を後頭部に浴びながら、私はただただ目を閉じた。
 皆月さんが作ってくれた夜ご飯が美味しくて、お腹いっぱい食べすぎたせいで眠くなったとか…そんなんじゃない。単なる眠気覚ましではない。
 これは、精神統一である。
 最近なかなかに血迷いがちな自分の思考回路を正すために、わざわざ水を出して滝修行もどきをやってる。こうでもしないと、すぐ発情期みたいなこと考え出すから。油断できない。

「……さっむ」

 夏だというのに凍えながら浴室を出て、夏の空気の暑さに縋るという、自分でも不思議なことをしながら体を拭いてパジャマに着替えた。

「すみません、遅くなっ…て」

 どんなえろいことが起こるのか心配だった私の悩みは、

「………寝てる」

 穏やかな寝息を立ててベッドに横たわる姿を見て、消え去った。
 ベッド脇に腰を下ろして、とりあえず薄手のタオルケットをその体に掛ける。胎児のように丸まった体勢をみて、なんだか赤ちゃんみたいだな…という感想を抱いた。
 起きてる時はあんなにもえっちなお姉さん…もとい優しくて頼れるお姉さんなのに、寝顔はどこまでも静かで、無防備で、幼い。あ…無防備なのは起きてる時もか。

「……楓さん」

 なんとなく、下の名前で呼んでみる。

「ん、ぅ…」

 眠りが浅かったのか、私の声に反応して寝返りを打った。

「楓さん?」
「ん…な、ぁに…」

 目も開いてないまま伸びてきた手が、手探りで私を探す。それに応えて、その手のひらに頬を当てに行った。

「もうちょっと…寝かせて、もみじ…」

 眠たそうな声で、皆月さんは私の頬をスリスリ撫でながら掠れた声を出した。
 …誰かと、間違えてる?
 名前からして、男の人ではない。でも明らかに、ただの友達の距離感ではなさそうな言い回しに、チクリと胸に何かが刺さる。
 この寝顔を…他の人にも見せたことがあるんだ。

「楓さん」

 広がる髪は踏まないように顔の横に手を置いたら、ギシリとベッドの軋む音が響いた。
 その音に、うっすらと長いまつげが持ち上がる。

「もみじ…?」
「私だよ、渚」
「……なぎさ…ちゃん…?」

 目は開いてるけどまだ寝ぼけてるのか、眠たそうに何度か重たく瞬きをしたあとで、可愛らしく小首を傾げた。

「うん、渚。分かる?」
「…ん~……わかんない…ねむいよ…」

 寝てる人相手に、私は何を言ってるんだろう。

「もみじ、もう…」
「知らない人の名前…呼ばないで」

 どうしてその言葉が出たのか、自分でも自分の感情を理解しないまま、皆月さんの髪をひと房《ふさ》持ち上げた。

「名前呼んで」
「ぅ…ん」
「……楓さん?」

 返事はない。
 どうやら、眠気が限界を迎えて、また眠りに落ちたみたいだった。
 虚しくなって、ため息を吐き出す。

「何してんだろ…私」

 髪から手を離して、皆月さんの隣…ではなく、ベッドの下に長座布団を敷いて寝そべった。
 自分がどんどん、おかしくなる。
 バイト先で出会って2年と少し。
 今までは「男ウケしそうな見た目の頼りになるけどちょっと頼りない天然の先輩」っていう印象しかなかったのに、よく関わるようになってから…今までに感じたことがない事ばかり頭に浮かぶ。それで心が支配される。
 今も…無防備な寝顔に胸は高鳴っていて、知らない人の名前を呼ぶことに怒りにも似た感情が湧き上がってきていた。

「はぁ…勉強しよ」

 ぐるぐると回る脳内を落ち着けるため、一旦起き上がる。
 机に向かってノートを開いたら、習慣化された体はすぐに勉強への意識を向けて、スラスラとノートにシャーペンの芯を滑らせていった。
 とにかく今は、余計なことは考えない。
 ただひたすらに…勉強する。
 それで皆月さんと同じ大学に行って、その後は…まだ何も決まってないけど、とりあえず行く。行けさえすればなんとかなる。
 結局、勉強は明け方まで続いた。


















 そのまま机で寝ちゃってたらしい。
 起きたらもう朝もだいぶ過ぎていて、体を起こしたら、肩にかけられていた毛布がパサリと床へ落ちた。

「皆月さん…」

 その存在を思い出して、ベッドに目を向ける。
 そこにはもう、誰もいなかった。服はきれいに畳まれて、几帳面にベッド脇に置かれてる。
 ボウっとしながらスマホを開いたら、案の定メッセージが入っていて、

『おはよ~!服もう乾いてたからおうちに帰るね、お邪魔しました。渚ちゃんのパパママには挨拶しておいたよ~』

 語尾にVの手をした絵文字が付けられた言葉の後に、『色々ありがとね』と来ていた。
 帰っちゃったことが寂しくて、テーブルに頭を戻してひとり泣く。こんな事でメソメソするなんて、本当に最近の私はおかしい。
 勉強を追い込みすぎて、ストレス溜まってるのかな。

「はぁ…しんど」

 もうすでに、皆月さんに会いたい。

 会って今度こそ、寝てない皆月さんに名前を呼んでもらうんだ。







 












しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...