あざとすぎるよ、皆月さん

小坂あと

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学生編

夏祭り〜楓視点〜

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 わたしはいつも、他人の世話を焼くばかりの人生だったから。

「…ついてますよ」

 そう言って、優しい顔で口元を拭われた時…初めて自分の中で、親以外の誰かに甘やかされて嬉しく思う気持ちが分かった気がした。これは…なんだか胸がときめく。もう今となっては遠い記憶である、紅葉が生まれる前に両親に甘えてた頃を久々に思い出した。
 わたしの唇を汚していたチョコは渚ちゃんの指先に移って、彼女はそれを気にした様子もなくぺろりと舐めた。
 恥ずかしくて、ドクンと心臓が跳ねる。
 関節キス…って、やつだ。ちょっと違うかな。
 意識してるのはわたしだけみたいで、動じてない渚ちゃんは自分の食べかけのチョコバナナまで食べさせてくれて、嬉しいけど…なんとなく悔しくも思った。
 わたしの方が歳上だもん。こんな動揺してばっかりじゃなくて、わたしも何か、大人なところを見せつけないと。

「渚ちゃんは、なに食べたい?お姉さん奢るよ」
「…いらないです」

 今日は余裕持ってお金を用意してたから言ったのに、静かな声で断られてしまった。…あれ。紅葉なら喜んであれやこれや頼んでくるのにな。

「皆月さんとお祭り来れただけで嬉しいですから」

 作戦が早々に失敗して落ち込んでいたら、ふわりと溢《こぼ》れるような笑顔で見上げられた。
 …かわいい。
 胸がずっと、キュンキュンする。
 わたしばっかりこんな気持ちで…ずるい。

「ほら、皆月さん。わたがしもありますよ」
「……食べる」

 ずるいと思うけど、経験の乏しいわたしには渚ちゃんをドキドキさせる行動なんて浮かんでこなくて、おとなしく買ってくれたわたがしをむしゃむしゃ食べた。
 甘い味が口いっぱいに広がると、落ち着く。

「渚ちゃんも食べていいよ」
「あんまり好きじゃないんですけど……ま、せっかくなんで」

 そう言って、わたがしを挟んで反対側をパクリと口に含んだ。
 近付いてきた顔に、どんどん動悸は激しくなる。

「んー…やっぱり甘すぎて好きじゃないや」

 独り言だからか、わたしに向ける時より砕けた言い方をして唇の甘さを舐めとった渚ちゃんを、じっと見る。
 渚ちゃんの唇……薄くてかわいい。
 色素の薄い赤ピンク色で、横から見たら上唇がちょっと尖ってて整った形のそればかり、最近のわたしはよく見ちゃう。気になって仕方がなくなる。

『キスくらい経験しとけば?』

 この間のカフェで何回も、しつこいくらいに言われた友人の言葉が脳裏に過ぎる。
 こんなわたしにキスできる日なんて来るのかな…って思ってたし、キスしたいなんて思ったこともなかった、けど。

「渚…ちゃん」

 彼女となら、してみたいかも。

「ん?なんですか」

 照れて、わたがしに隠れながら名前を呼んだら、嬉しいことにすぐ反応してくれた。

 キスしたい。

 ……なんて、言えない。
 臆病者なわたしは名前を呼ぶだけ呼んで、怖気づいて口を噤んだ。そもそも女の子相手にこんなこと思うなんて…最近、迷走しがちで困っちゃうな。

「あ、ベビーカステラ。…もしかしてあれ食べたかったんですか?食べます?」
「……食べる」
「りんご飴もありますよ」
「ん、食べる!」
「ははっ…甘いものたくさんでよかったですね。ひとつずつ買いに行きましょうね」

 子供相手に話すみたいに笑いかけられて、嬉しいんだか悔しいんだか…複雑。今日はずっとこんな気持ちばかり続く。
 複雑な心境のまま手を引かれて歩き出した。
 繋いだ手はじんわりと熱を持って、わたしの汗か渚ちゃんの汗か分からなくなるくらいに、じっとりと汗ばむ。
 結局わたしが奢るどころか渚ちゃんが全部お金まで払ってくれて、買いすぎて両手が塞がったわたしのために、わざわざ食べさせてくれる事までしてくれた。

「はい、どうぞ」
「あーん…」
「……おいしいですか?」
「んふふ~、おいし。もっと食べたい」
「…うん。まだまだありますよ、ほら」

 ベビーカステラの甘い味とふかふかな食感に満足して、口元は自然と笑みをこぼす。その後も何個も口の中に入れてもらった。

「そんな口いっぱいに…ハムスターみたいですよ」

 鼻から吐息を漏らして頬をつままれた。
 珍しく目尻を下げて、小動物に向ける慈しむような笑顔を見せた渚ちゃんに、気持ちは照れた。
 今日はずっと、どうしてか…いつもみたいな落ち着きを取り戻せない。

「ご、ごめん、わたしったら…なんか今日、はしゃいじゃって」
「楽しんでくれてて嬉しいです」
「……渚ちゃんも、楽しい?」
「はい!皆月さんめっちゃえろいです、今日」

 さらり、と。
 とんでもないことを言われた。

「も、もしかしてずっと……え、えっちだと思ってたの…?」
「正直チョコバナナ咥えた時はアレみたいだなって思いましたね、うん」
「アレ?」
「あー………すみません。なんでもないです」

 言葉を濁されて、じっと睨む。あんな爽やかな笑顔見せておいて…や、やらしいことばっかり考えてたなんて………いったいどんなえっちなこと、考えてたの…?
 わたしの頭には何も浮かばない。
 ……やっぱり、渚ちゃんってわたしよりそういう知識が豊富なんだ。くやしい。
 でも。
 もしそうなら、渚ちゃんはキスの感触を知ってるのかな?
 誰かと…キスしたこと、あるのかな。
 気分が沈む。

 わたしも渚ちゃんと、キス…してみたいな。

「私もなんか食べようかな…あ、でも混んできてますね。花火はまだ先だけど……そうだ。そういえば場所取りどうします?」

 場所…
 渚ちゃんのなんでもない会話の中の質問でさえ、何かを期待した心臓はトクトク動き出す。
 花火なんてもう、どうでもよくなっちゃった。
 そんなことよりも、今は…

「………ふたりきりに、なれる場所」

 キス…してみたい。

 それ以外、考えられない。






















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