あざとすぎるよ、皆月さん

小坂あと

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学生編

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 恋する乙女の揺れ動く心情は、まるで賑やかな遊園地を彩る絶叫必至のジェットコースターだと聞く。
 いちいち舞い上がったり、落ち込んだり。上下運動が激しすぎて、もはや酔って吐き気がしてくる。今にも気絶してしまいそうなくらい気分が悪い。

 だから私は、できるだけ心を閉ざした。



















 レジに立って、接客をする。
 無心で笑顔を貼り付けて、渡された本のバーコードを読み込んで、袋に詰めて、お金を受け取って、お釣りを返して、袋を手渡して、頭を下げる。
 ひたすら同じ作業を、ロボットのように続けた。

「…渚ちゃん」
「はい、なんですか?」

 貼り付けた笑顔はそのままに、名前を呼ばれたから振り返る。

「話が…したいの」
「仕事の話ですか?」
「…………わたしたちの、話」
「すみません、今は仕事中なんで」
「じゃあ、仕事終わってから」
「仕事終わりはもうプライベートなんで」

 傷付いた顔をされても、笑顔を変えることはない。

「……わかった」

 皆月さんも私と同じように、無理をした笑顔を浮かべた。
 私と違うのは、それでも息を呑むほど綺麗で、誰もが心奪われそうになるほど華やかなところだ。

「渚ちゃんがそういう感じなら、もうやめるね」

 息ができない。

「はい」

 それでも、絞まる喉から無理やりに声を引っ張りだした。

「すみませんお会計」
「わたしが対応します。…友江さんはもう小休憩の時間だよ」
「あ…お願いします……休憩行ってきます」
「…いってらっしゃい」

 皆月さんが、にっこりと、笑う。
 優しいはずのその笑顔が怖くて、その場から足早に退散した。
 自分がどう行動すれば正解なのか分からない。

『友江さんは』

 昔の呼び方に戻ってしまった皆月さんに対して、どう思えばいいのか、どんな感情を抱けばいいのか、どう声をかけたらいいのか。
 頭が真っ白になる。
 自業自得だ。そんなのは分かってる。
 私が先に避けたし、せっかく歩み寄ろうとしてくれた皆月さんを拒んだのも私で、怒らせたのも私だ。全部、私が悪い。
 分かってるけど…もう、謝ることもできない。
 関われば関わるほど、私は自分の中の欲望を抑えられなくなる。そのうち…絶対に変なことを願い始める。
 ⸺皆月さんと、付き合いたい…とか。
 そうなったら、今まで彼女に見向きもされなかった男達と同じ末路を辿る事になる。私は女だから余計に…交際に進む可能性なんて0%も無い。女に生まれた時点で、これはそう決められた定めである。どう頑張ったって抗えない運命とも言えた。…自覚したら終わる。だから考えるな。
 それならいっそ、謝ることすらやめて、嫌われた方がマシだった。

「………はぁ…ー…」

 ロッカー室で、座り込んで項垂れる。

「泣くな」

 勝手に溢れてくる涙すら、今は流す事を許したくない。胸を強く叩く。
 こんな身勝手な私が泣くなんて許されない。

「泣くな…泣くな、私……泣くな泣くな泣く…」

 扉の開く音が聞こえた。

「なぎ………友江さん」

 今、一番会いたくない人がやってきた。

「泣いてるの?」
「……………いや、泣いてないです」

 涙を悟られないように俯いて、膝に肘を置いて交差した両手首に額を当てて、目元を隠す。

「わたしのせい?」
「ちがいます」
「……彼女に、フラレちゃった?」

 そんなの、いるわけない。
 てか、なんで当たり前のように彼女って…それを言うなら彼氏じゃないのかな。そういう知識には乏しいから言い間違えた?
 …まぁ失恋ってことなら、同じようなもんか。
 いや別に…皆月さんのことは恋愛的に好きなわけじゃない。この気持ちがそうなのかもまだはっきり分かってない。…まだ自覚してない。

 けど。

「まぁ……そんな感じです」

 掠れた声が恥ずかしくて、さらに顔を伏せる。

「渚ちゃん」

 どうしてか機嫌の良さそうな声色が耳に届いて、それがなんでなのか気になって、咄嗟に顔を上げてしまった。

「おいで」

 手を広げて待つ女神のような姿に、単純な心はそれだけで救われた気になる。

「……行きませんよ」
「じゃあ、わたしから行っちゃおっかな」

 床に膝をつけて、四つん這いみたいな格好で距離を詰めてきた皆月さんは、躊躇うことなくその腕の中へ私を閉じ込めた。
 久々の体温に、心臓は動揺するのに落ち着く。

「つらかったね…」

 柔和な手つきが、髪を何度も宥め触った。

「よしよし、いいこ。がんばったね」

 あぁ…そうだ。

 私は今までも、この包容力に救われたんだ。

 恋愛とか云々じゃなくて、大人で、尊敬できて、優しくて。全てを包み込んでくれるような彼女のことが、人として大好きだったことを、ここに来て改めて自覚した。

「……ごめん、なさい…」

 エプロンをギュッと握った。

「皆月さん」

 欲張るのはもうやめて、忘れかけていた初心に返ろう。

「私、皆月さんのことが好きです」

 顔を見上げながら、言葉を続けた。

「だから私と仲直りして…友達になってください」

 整った綺麗な鼻から、柔らかく吐息が漏れる。

「かわいい。もう、お友達だよ…?」

 こうして私達の関係はひとつ季節を超えてから、前に進んだようで……振り出しに戻った。

 
 






 











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