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第二章 後悔するもの
8 得難き友人たち
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「で、でも、こ、ここは私の……」
「貴女の素性はもうバレているの。貴女と私は腹違いの姉妹ではないし、貴女の母親と私の父親は何の関係もなかった。つまり、今ここにいる貴女は、詐欺師の娘で、この部屋にいる権利も何も無いのよ」
「う、うそ……」
真っ青な顔になる、詐欺師の娘。
この様子だと、真実を知らなかったみたいね。
「本当よ。もう裁判を起こす準備もしてる。……というか、私がこうやって真実を知って、全使用人に通達したはずなのに、どうして貴女はまだここにいるのかしら?」
先程から屋敷中が妙に静かなのよね。
少し前には、ちょっとした騒ぎが起きて、悲鳴やらなにやらでうるさかったのだけど。
屋敷から出たら稲妻が落ちる魔法を掛けておいたら、被害者が出たみたい。
それを見た使用人たちは逃げ出すのを諦めて、皆、使用人用の部屋で息を潜めてる。
違うでしょ。
使用人は使用人の仕事をして頂戴な。
私は厨房を除く屋敷中の床に、弱電流を流した。
「ひゃああああああああああ!」
目の前の詐欺師の娘が悲鳴を上げる。似たような悲鳴が屋敷中から上がった。
今度は喉に魔法を掛けて、屋敷中に声が聞こえるようにした。
「ちゃんと仕事しなさい。ひとりでもサボったり、手を抜いたりしたら、また今のを、もう少し強めにやるわ。連帯責任よ」
屋敷のあちこちから扉を開ける音、ぱたぱたと廊下を走る音が聞こえはじめた。
私はため息も魔法に乗せた。
「主人が言わなきゃ普段の仕事もできない使用人なんて、本当は全員黒焦げにしてやりたいのだけどね」
足音はもはや全速力で走ってるんじゃないかってくらい、激しくなった。
今はこのくらいで丁度いいかしら。
さて、次は目の前の娘について。
「少なくともここは私の部屋なのだから、出ていって。そうね、とりあえず侍女の誰かを捕まえて、仕事を手伝えばいいわ。勿論、貴女も連帯責任のひとりよ」
「そんな……わ、私に使用人の仕事をやれというの!?」
私は思わず、稲妻の鞭を床に思い切り叩きつけた。
「ひあ゜っ!」
「よく貴女の口からそんな言葉が出てくるわね」
「ひ、ひぃぃ……だ、だって、私が、伯爵令嬢だって……」
「さっきの話、ちゃんと聞いてたかしら。それとも理解する知能もないの? 貴女に、伯爵家の血は、一滴も、流れてないの」
細かい話をすれば、詐欺師の女にはどこかの貴族の血が流れているかもしれない。
貴族に詳しくなければ、伯爵が急死した話に付け込もうなんて考えない。貴族の事情は貴族が一番詳しいの。
でも、詐欺師をやるくらいだから、その貴族の血はだいぶ薄まっているか、どこかの代で潰えている。それに、我がナティビタスの血が一滴も流れていないのは疑いようもない真実。
「……ううっ、ぐすっ」
娘は顔を両手で覆って泣き出した。
「何泣いてるの? さっさと出ていって」
同情を引こう等と考えているなら、甘いというか浅いというか。
人の話を聞かない人間って本当に厄介ね。一番嫌いだわ。
「出ていってと言ってるの!」
鞭をバシンとやると、娘はまた奇妙な悲鳴を上げて飛び上がるように立ち、ようやく扉に向かって歩き始めた。
ものすごく名残惜しそうに、よろよろと。
三度目の鞭バシン。
今度こそ、娘は走って部屋から出ていった。
「……全く。って、誰もこの部屋の掃除に来ないの?」
使用人たちは屋敷のあちこちを歩き回っている。おそらく掃除する箇所や洗濯物を探しているのだろう。
誰一人、この部屋に近づこうともしない。
私はまた魔法で拡声した。
「私の部屋の掃除は? それと、喉が渇いたからお茶と、お茶菓子の用意をよろしくね」
何か言い争う気配があって、二十分もたっぷり待たされてから、ようやく侍女のひとりが部屋にやってきた。
赤毛を両サイドで三つ編みにした、私より少し年下くらいの侍女だ。
見たことのない顔だから、新しい人を勝手に雇っていたのね。
「し、失礼します。お、お掃除をしに参りました。お茶は、別の者がテラスにご用意しております」
「わかったわ」
ちゃんと仕事をする人は好き。
「さっきはごめんなさいね。貴女みたいな新入りがいるの、知らなかったのよ。貴女はいつからこの屋敷に?」
おさげの侍女は桶の上で雑巾を絞りながら、答えた。
「七日前です。仕事はしなくていいと言われて雇われたので、正直なところ、現状をよく把握しておりません。なにかご無礼を……」
「七日じゃ仕方ないわ。そうね、掃除は後回しにして、貴女もテラスへ来てくれる?」
「はい、仰せのままに」
日当たりの良いテラスには、趣味の悪い装飾品が並べてある。
詐欺女の趣味だ。
売れるものは売り払うよう、あとで家令に言っておこう。
お茶の準備をしてくれた侍女も、私の知らない顔だった。こちらはエメラルドグリーンのきれいな髪を、ひとつにまとめてある。
他の使用人たちは、新人二人に私の世話を押し付けたってところかしら。
「貴女はいつからこの屋敷に?」
「七日前です」
「あら、じゃあこっちの……ええと、なんて呼んだらいい? 貴女も名前を教えて」
赤毛はマノア、もう一人はフェーヌと名乗った。
「マノアとフェーヌは一緒に雇われたのね。フェーヌも『働かなくて良い』って言われて?」
「は、はい。伯爵家として箔をつけるために、人員を増やしたいと言われて……。でも、本当になにもしないのも辛かったので、勝手にこっそり掃除を……。だ、駄目でしたでしょうか」
「ううん、貴女達は悪くない。ますます、無差別に電流流したのが申し訳なかったわね。ごめんなさい」
私が頭を下げると、二人は立ち上がり、両手を前に突き出してぶんぶんと振った。
「お顔を上げてくださいませ!」
「お嬢様が謝ることなどありませんっ!」
「ふふっ」
お嬢様と言われて思わず吹き出してしまったから、二人は不思議そうな顔になった。
「この家の事情を殆ど知らないのよね。掻い摘んで説明するわ」
伯爵とは亡くなった父が持っていた爵位であること。
詐欺師女とその娘について。
私がこれまで受けた仕打ち。
他の使用人たちの態度の理由。
話し終えると、マノアは目を潤ませ、フェーヌは真っ青になっていた。
「お嬢様……いえ、伯爵様が、そんな、お辛い目に……」
「なんて酷い……あの電流や先輩方の態度の理由がわかりました」
マノアは私の境遇に同情し、フェーヌは怒り心頭といったところかしら。
良い子達ね。
「これからは違うわ。私に酷いことをしてきた人たちにはきっちり償ってもらう。だけど、貴女達は何も悪くない。辞めるなら他の貴族に紹介状を……」
「いえっ! ここまで事情を知っておいて、おじょ、はくしゃ、ええっと、何とお呼びすれば」
「ノーヴァでいいわ」
「ノーヴァ様を置いて屋敷を出るなんて嫌です!」
「私もマノアと同じ考えです」
「本当に? 正規の給金しか払えないし、他の使用人たちが使い物にならないから、負担をかけるわ」
「ノーヴァ様が耐えてきた日々を思えば些細な事です!」
フェーヌも「同意」とばかりに頷いた。
マノアはよく喋るけれど、フェーヌは物静かな方ね。
「ありがとう。では、貴女達は私専属の侍女に任命するわ」
「光栄です!」「畏まりました」
話している間に、日が暮れてきた。
「あら、もうこんな時間。夕食の支度はできているのかしら」
「私が聞いてまいります」
マノアが立ち上がった。
「では、お願いね」
マノアが廊下へ出ると、複数人の足音と声が聞こえた。
「どうだったのっ!?」
「どいてください、用事がありますので」
「お嬢様のご機嫌は取れたのかってきいてるの!」
「ご自身でノーヴァ様にお伺いを立ててください」
マノアはなかなか前へ進めない。
私が出ていくと、マノアに群がっていた使用人たちは一斉に走って逃げた。
その前方に、電流を流す。
「貴女達。いままで不正に受け取ったお金を働きで返すのと、現金で返すの、どちらがいいの?」
両足がしびれて動けない使用人たちは、一斉に首を横に振った。
「げ、現金は無理ですぅ!」
「無給労働も、どうかご勘弁を……」
「わかったわ。貴女達は囚人になりたいわけね」
魔法で出した縄で不届きな使用人たちを縛り上げて、適当な部屋に放り込んでおいた。
「ノーヴァ様、ありがとうございます」
「羽虫を払っただけよ。……ねぇ、辞めるなら今のうちよ?」
「いいえ。改めて、食事の支度を聞いてまいります」
マノアはいい笑顔で去っていった。
「貴女の素性はもうバレているの。貴女と私は腹違いの姉妹ではないし、貴女の母親と私の父親は何の関係もなかった。つまり、今ここにいる貴女は、詐欺師の娘で、この部屋にいる権利も何も無いのよ」
「う、うそ……」
真っ青な顔になる、詐欺師の娘。
この様子だと、真実を知らなかったみたいね。
「本当よ。もう裁判を起こす準備もしてる。……というか、私がこうやって真実を知って、全使用人に通達したはずなのに、どうして貴女はまだここにいるのかしら?」
先程から屋敷中が妙に静かなのよね。
少し前には、ちょっとした騒ぎが起きて、悲鳴やらなにやらでうるさかったのだけど。
屋敷から出たら稲妻が落ちる魔法を掛けておいたら、被害者が出たみたい。
それを見た使用人たちは逃げ出すのを諦めて、皆、使用人用の部屋で息を潜めてる。
違うでしょ。
使用人は使用人の仕事をして頂戴な。
私は厨房を除く屋敷中の床に、弱電流を流した。
「ひゃああああああああああ!」
目の前の詐欺師の娘が悲鳴を上げる。似たような悲鳴が屋敷中から上がった。
今度は喉に魔法を掛けて、屋敷中に声が聞こえるようにした。
「ちゃんと仕事しなさい。ひとりでもサボったり、手を抜いたりしたら、また今のを、もう少し強めにやるわ。連帯責任よ」
屋敷のあちこちから扉を開ける音、ぱたぱたと廊下を走る音が聞こえはじめた。
私はため息も魔法に乗せた。
「主人が言わなきゃ普段の仕事もできない使用人なんて、本当は全員黒焦げにしてやりたいのだけどね」
足音はもはや全速力で走ってるんじゃないかってくらい、激しくなった。
今はこのくらいで丁度いいかしら。
さて、次は目の前の娘について。
「少なくともここは私の部屋なのだから、出ていって。そうね、とりあえず侍女の誰かを捕まえて、仕事を手伝えばいいわ。勿論、貴女も連帯責任のひとりよ」
「そんな……わ、私に使用人の仕事をやれというの!?」
私は思わず、稲妻の鞭を床に思い切り叩きつけた。
「ひあ゜っ!」
「よく貴女の口からそんな言葉が出てくるわね」
「ひ、ひぃぃ……だ、だって、私が、伯爵令嬢だって……」
「さっきの話、ちゃんと聞いてたかしら。それとも理解する知能もないの? 貴女に、伯爵家の血は、一滴も、流れてないの」
細かい話をすれば、詐欺師の女にはどこかの貴族の血が流れているかもしれない。
貴族に詳しくなければ、伯爵が急死した話に付け込もうなんて考えない。貴族の事情は貴族が一番詳しいの。
でも、詐欺師をやるくらいだから、その貴族の血はだいぶ薄まっているか、どこかの代で潰えている。それに、我がナティビタスの血が一滴も流れていないのは疑いようもない真実。
「……ううっ、ぐすっ」
娘は顔を両手で覆って泣き出した。
「何泣いてるの? さっさと出ていって」
同情を引こう等と考えているなら、甘いというか浅いというか。
人の話を聞かない人間って本当に厄介ね。一番嫌いだわ。
「出ていってと言ってるの!」
鞭をバシンとやると、娘はまた奇妙な悲鳴を上げて飛び上がるように立ち、ようやく扉に向かって歩き始めた。
ものすごく名残惜しそうに、よろよろと。
三度目の鞭バシン。
今度こそ、娘は走って部屋から出ていった。
「……全く。って、誰もこの部屋の掃除に来ないの?」
使用人たちは屋敷のあちこちを歩き回っている。おそらく掃除する箇所や洗濯物を探しているのだろう。
誰一人、この部屋に近づこうともしない。
私はまた魔法で拡声した。
「私の部屋の掃除は? それと、喉が渇いたからお茶と、お茶菓子の用意をよろしくね」
何か言い争う気配があって、二十分もたっぷり待たされてから、ようやく侍女のひとりが部屋にやってきた。
赤毛を両サイドで三つ編みにした、私より少し年下くらいの侍女だ。
見たことのない顔だから、新しい人を勝手に雇っていたのね。
「し、失礼します。お、お掃除をしに参りました。お茶は、別の者がテラスにご用意しております」
「わかったわ」
ちゃんと仕事をする人は好き。
「さっきはごめんなさいね。貴女みたいな新入りがいるの、知らなかったのよ。貴女はいつからこの屋敷に?」
おさげの侍女は桶の上で雑巾を絞りながら、答えた。
「七日前です。仕事はしなくていいと言われて雇われたので、正直なところ、現状をよく把握しておりません。なにかご無礼を……」
「七日じゃ仕方ないわ。そうね、掃除は後回しにして、貴女もテラスへ来てくれる?」
「はい、仰せのままに」
日当たりの良いテラスには、趣味の悪い装飾品が並べてある。
詐欺女の趣味だ。
売れるものは売り払うよう、あとで家令に言っておこう。
お茶の準備をしてくれた侍女も、私の知らない顔だった。こちらはエメラルドグリーンのきれいな髪を、ひとつにまとめてある。
他の使用人たちは、新人二人に私の世話を押し付けたってところかしら。
「貴女はいつからこの屋敷に?」
「七日前です」
「あら、じゃあこっちの……ええと、なんて呼んだらいい? 貴女も名前を教えて」
赤毛はマノア、もう一人はフェーヌと名乗った。
「マノアとフェーヌは一緒に雇われたのね。フェーヌも『働かなくて良い』って言われて?」
「は、はい。伯爵家として箔をつけるために、人員を増やしたいと言われて……。でも、本当になにもしないのも辛かったので、勝手にこっそり掃除を……。だ、駄目でしたでしょうか」
「ううん、貴女達は悪くない。ますます、無差別に電流流したのが申し訳なかったわね。ごめんなさい」
私が頭を下げると、二人は立ち上がり、両手を前に突き出してぶんぶんと振った。
「お顔を上げてくださいませ!」
「お嬢様が謝ることなどありませんっ!」
「ふふっ」
お嬢様と言われて思わず吹き出してしまったから、二人は不思議そうな顔になった。
「この家の事情を殆ど知らないのよね。掻い摘んで説明するわ」
伯爵とは亡くなった父が持っていた爵位であること。
詐欺師女とその娘について。
私がこれまで受けた仕打ち。
他の使用人たちの態度の理由。
話し終えると、マノアは目を潤ませ、フェーヌは真っ青になっていた。
「お嬢様……いえ、伯爵様が、そんな、お辛い目に……」
「なんて酷い……あの電流や先輩方の態度の理由がわかりました」
マノアは私の境遇に同情し、フェーヌは怒り心頭といったところかしら。
良い子達ね。
「これからは違うわ。私に酷いことをしてきた人たちにはきっちり償ってもらう。だけど、貴女達は何も悪くない。辞めるなら他の貴族に紹介状を……」
「いえっ! ここまで事情を知っておいて、おじょ、はくしゃ、ええっと、何とお呼びすれば」
「ノーヴァでいいわ」
「ノーヴァ様を置いて屋敷を出るなんて嫌です!」
「私もマノアと同じ考えです」
「本当に? 正規の給金しか払えないし、他の使用人たちが使い物にならないから、負担をかけるわ」
「ノーヴァ様が耐えてきた日々を思えば些細な事です!」
フェーヌも「同意」とばかりに頷いた。
マノアはよく喋るけれど、フェーヌは物静かな方ね。
「ありがとう。では、貴女達は私専属の侍女に任命するわ」
「光栄です!」「畏まりました」
話している間に、日が暮れてきた。
「あら、もうこんな時間。夕食の支度はできているのかしら」
「私が聞いてまいります」
マノアが立ち上がった。
「では、お願いね」
マノアが廊下へ出ると、複数人の足音と声が聞こえた。
「どうだったのっ!?」
「どいてください、用事がありますので」
「お嬢様のご機嫌は取れたのかってきいてるの!」
「ご自身でノーヴァ様にお伺いを立ててください」
マノアはなかなか前へ進めない。
私が出ていくと、マノアに群がっていた使用人たちは一斉に走って逃げた。
その前方に、電流を流す。
「貴女達。いままで不正に受け取ったお金を働きで返すのと、現金で返すの、どちらがいいの?」
両足がしびれて動けない使用人たちは、一斉に首を横に振った。
「げ、現金は無理ですぅ!」
「無給労働も、どうかご勘弁を……」
「わかったわ。貴女達は囚人になりたいわけね」
魔法で出した縄で不届きな使用人たちを縛り上げて、適当な部屋に放り込んでおいた。
「ノーヴァ様、ありがとうございます」
「羽虫を払っただけよ。……ねぇ、辞めるなら今のうちよ?」
「いいえ。改めて、食事の支度を聞いてまいります」
マノアはいい笑顔で去っていった。
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