余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ

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第四章 引き離されるもの

20 結局お人好し

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 こちらの都合を考えない貴族のことなどどうでもいいが、すぐ近くで危機に陥っている人間を見捨てるほど、俺は薄情じゃない。
 悲鳴の方向は、先程出てきた部屋だ。
 出てきたときにはなかった気配が、二つ。

 悲鳴に固まるフリスより先に動けたのは、酒場での荒事に慣れていたお陰か。


 部屋の中は、つい先程までの華々しくも整然とした雰囲気が綺麗に消え失せ、嵐が通った後かのように荒れていた。
 テーブルは真上から攻撃を喰らったのか、割れて上に乗っていたものが散乱し、椅子も全てどこかが破損している。
 壁際には、怯えてはいるが一応無事なメイドが張り付くようにしてへたり込んでいる。

 そして部屋の中央には、腹と額から血を流したゴンデンと、それに縋り付くシーキィに、今にも剣を振り下ろしそうなガタイのいい男が一人。

 俺は迷わずガタイのいい男に突進した。

「うおっ!?」
 ガタイの良さの割に、男は呆気なく吹っ飛んだ。俺の力が強いのかもしれないが。
 男は壁にぶち当たって倒れ、剣まで手放している。
「治癒魔法が使えるやつは!? いないなら、そこのお前、呼んで来いっ!」
 貴族なら治癒魔法使いの一人や二人なんとかなるだろうと踏んで、適当なメイドを指さして命令すると、メイドは真っ青な顔のままびくん、と立ち上がり、部屋から駆け出していった。
 混乱している人間に明確な指示を与えてやると、他のことを考えずに命令に従ってくれるものだ。

 ふ、と背後に殺気を感じて振り返り、俺を攻撃しようとした武器を素手で掴んで止めた。
「ほお、なかなかやるな」
 もう一つの気配の方だ。こちらは貴族然とした格好の優男だが、なんとなくガタイのいい男よりも強そうに見える。
「そりゃどうも」
 ガタイのいい男より強そうだが、俺よりは弱い。
 俺は素手で掴んだ剣の刃をそのまま優男の手からもぎ取ってやった。
「くっ、強いじゃないか。今度の護衛は」
 優男は両手を背後に回した状態で、俺から距離を取る。
「後ろのお嬢さんの、って意味なら、違う。それはさっき断った」
 俺は護衛として雇われた上でシーキィを助けたつもりはない。
 通りすがりに、たまたま、命を脅かされるのを見てしまったから、止めただけだ。
「ふぅん? じゃあ退いてくれないか。無関係の人間が首を突っ込む問題じゃないんだよ」
「それは重々承知の上だが、退かない」
「人助けが趣味か? 生憎だが、そんな甘っちょろい話じゃ……ねぇんだよっ!」
 優男は後ろ手に溜めていた魔法を、俺に向けて放った。
 多分、風か雷の魔法だろう。
 魔法をどうにかするには、自分の魔力を手に集めて前へ突き出すだけで十分だった。
「きゃあああ!!」
 何故か背後のシーキィから悲鳴が上がる。

 派手な破裂音がして、部屋中の埃が舞い上がる。

「……は、え?」

 優男が間の抜けた声を上げた。
「え、よ、ヨシヒデ? 何をしたのですか?」
「何って、魔法を魔力で打ち消しただけだが」
「魔力で打ち消す!? なんだよそりゃ!」
「ありえませんわ……」
 驚かれてしまった。


 サニばあさんは魔力量の多い俺に、色々な魔法を教えようとしてくれた。
 魔法を覚えるのも割りと面白かったが、サニばあさんは俺の魔力量を見て、方針を変えた。

「魔法ってのは、少量の魔力を術式で以って増幅し、色々な効果を発揮するものなんだが……あんたの場合は……」

 俺の場合は結局、魔力をどんな風に使うかをイメージし、そのまま放出した方が効率がいい、と言われたのだ。


 今回は、相手の魔法を防ぐ、とイメージして魔力を放った。
 この方法でも治癒魔法だけ出来ないのは、俺の素質とか魔力の質に問題があるため、らしい。

 魔法があるこの世界においても、攻撃魔法や防御魔法を日常的に使うのは、魔物を相手に日々戦っている魔伐者くらいなものだ。
 普通に当てられたら大怪我間違いなしの威力だったが、無事相殺できてよかった……。

「ふんっ!」
 背後からガタイのいい男が気を吐く声がして、頭上から巨大なハンマーが振り下ろされる。
 先程まで、部屋のどこを見てもなかったものだ。
 おそらく、魔法で作り上げた代物だろう。
 俺は右腕に魔力を込めて、ハンマーを止めた。
 多少の衝撃と、足が床にめり込むというアクシデントはあったが、無傷で済んだ。
「そっちの、君」
「はぇっ!?」
 ハンマーを腕で止めたまま、壁際のメイドの一人を指名する。メイドは先程治癒魔法使いを頼んだ奴と同じくらいの勢いで立ち上がった。
「こいつら鬱陶しいから、意識を刈る。縛るための縄かなにか、用意しといてくれるか」
「はいっ!」
「ふざけ……きゅう」
「貴様、こんな……きゅう」
 俺が「こいつらを気絶させる」とイメージして魔力をぶち当てると、ガタイのいい男も優男も簡単にぱたりぱたりと倒れた。


 この頃には、最初に治癒魔法使いを頼んだメイドが初老の男を連れて戻ってきており、早速ゴンデンの治療が開始されていた。
 ゴンデンは血を流しすぎたのか顔色は悪いが、傷は魔法でみるみるうちに塞がった。
 もう大丈夫だろう。

「お待ち下さい、ヨシヒデ様」
 俺を様付けで呼び止めたのは、メイドの一人だ。
「何だ?」
「えっと、その、お待ち下さい。お嬢様からお礼がありますので……」
「いらん。俺はこの件に徹底的に関わりたくない」
「しかし命の恩人に……」
「たまたまそうなっただけだ。俺は帰りたいから帰る」
 まだメイドは何か言いたそうにしていたが、俺はそれを放って家を出た。


「待てって! はぁ、馬じゃないと追いつけないって、どんな足してんだよ……」
 駆け足気味に街道を歩いていたら、馬に乗ったフリスが俺の前に躍り出た。
「何だ?」
「何だ? じゃねぇよ。礼も受け取らずに出ていきやがって」
「いらないからな」
「これからどこへ行くつもりだ」
「どこって、街に戻って……」
「酒場はもう人を雇えないぞ。俺たちがお前の代わりを送り込んじまったからな」
 そういえば、そんな話をしていたな。
 手回しが早い。
「余計な真似を……」
「だからこれは、礼じゃなく詫びだ」
 フリスが放り投げた革袋を、思わず受け取る。
 俺の片手に余るほどの革袋は、ずしりと重い。
「お前、魔伐者に興味ないか? 妹を狙ってた奴らは元魔伐者でな。それなりに腕が立つ。あいつらより強いなら、魔伐者として上手くやっていけるだろう」
「……」
 魔伐者は酒場にもよく来る。腕っぷしの強いのばかりで、奴らが酔っ払って騒ぎを起こすといつもより面倒だった。
 だが、彼らが街の外で魔物を退治してくれているお陰で、街は安全なのだと聞いた。

 つまり、命がけの仕事だ。
 俺はこの場では、決心がつかなかった。

「無理にとは言わない……言えないな。その革袋の中身があれば、大抵のことはなんとかなる。もし気が変わったら、家に来てくれても」
「それだけはない」
 食い気味に答えると、フリスは「嫌われたなぁ」と苦笑いを浮かべた。



 街へ戻り、酒場へ顔を出すと、店主に驚かれ、そして謝られた。
 フリスが言った通り人員過多で、俺を以前の給料で雇ったら、赤字になってしまうそうだ。
「すまん。代わりといっちゃ何だが、俺の伝手で別の店を……」
「その前に、親父さん。魔伐者ってどう思います?」
「魔伐者? なんだ、興味あるのか」
「少し」
「ちょいと待ってろ」
 親父さんは店の奥へ引っ込むと、布にくるまれた棒のようなものを持って出てきた。
「随分昔、俺の爺さんがこの店やってた頃に、異国の魔伐者が引退するってんで置いてったもんだ」
 布をめくって出てきたのは、どう見ても日本刀だった。
「その異国の魔伐者も黒髪黒目で、ヨシヒデみたいに不思議なやつだったそうだ。もし魔伐者やるってんなら、これ持ってけ」
「いいんですか?」
「ああ、なんとなくその方が良い気がするんだ」
 眼の前に置かれた日本刀を手にとってみる。
 日本刀なんて、美術館でガラス越しに見たことしかない。握るのは当然初めてだ。
 なのに、柄は吸い付くように手に馴染んだ。
 これさえあれば、魔物くらいなんとかなる。
 そんな気さえしてきた。
「俺、魔伐者やります。どうしたらいいですか?」
「ははっ、相変わらず、常識無ぇなぁ」

 俺はその日のうちに、魔伐者ギルドへ赴いて、登録を済ませた。

 以前利用していた安宿へ行こうとしたら、前方から足取りの怪しい男が歩いてきた。
 酒の匂いがしないから、酔っ払っているわけではなさそうだ。
 男はそのまま、ぱたりと地面に倒れ伏してしまった。
 思わず駆け寄って、声を掛ける。反応がない。

 俺は慌てて、男をサニばあさんの所へ運んだ。
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