余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ

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第五章 必死になるもの

23 カナメ

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 領土などというつまらないもののことで争っている二つの国のうち、上層部の頭がより好戦的かつ直情的な方を煽って、魔王を召喚させた。
 その後、魔王を倒すために呼ばせた勇者は、この私が罪悪感を抱くほど、ごく普通の少年だった。

 勇者召喚というのは嘘だ。被召喚者が特殊な力を得るのは確かだが、それで魔王を倒せるほどの力を持つ存在を喚べるはずがない。
 ならば魔王は何なのかというと、何のことはない。
 大量の魔物の集合体だ。
 この世界の魔物だけで作り上げると、魔物の数が急激に減ってしまい、それはそれで困ることになるため、多数の異世界から魔物を召喚によってかき集めて作り上げたのだ。

 魔王があれほど醜悪になり、人間の魂に執着するとは予想外だったが、元々、戦火を撒き散らすのが趣味のような良くない国だった。
 私が手を出さずとも、近いうちに滅びていただろう。


 さて、喚んでしまった少年、カナメのことである。
 私の予想通り、カナメは無自覚に特殊な力を持ってはいたが、魔王を倒せるような力は持っていなかった。
 そのため、あと少し遅ければ、私の預かり知らぬうちに城外へ身一つで放り出されるところだった。
 魔王を喚んだ国の幹部は魔王以上に性根が腐っている。
 勇者召喚に飛びつき、喚べと命じて実際に喚び出したくせに、その後の世話をするどころか放逐するとは。
 やはり滅んで正解の国だった。

 私は魔王討伐と引き換えに、カナメの身柄を預かった。

 魔王を倒すのは造作もない事だったが、ついでにかの国を「仕方なく」巻き込んで、既に崩壊していた城以外にも市街地や重要施設を徹底的に破壊し、再起不能にしておいた。
 結果、魔王を召喚しなかった方の国に難民がなだれ込んで混乱を極めていたが、魔王討伐で魔力を使い果たし賢者の称号を返上した私には、もはや関係のないことだ。
 私はカナメを匿い、そこで安全を確保して生活させた。

「外に出ちゃ駄目ですか」

 カナメを匿って三ヶ月ほど経った頃、カナメに外出許可を懇願された。
 この世界は、カナメが元々住んでいた国と比べるのも烏滸がましいほど治安が悪い。
 とはいえ、育ち盛り伸び盛りの少年を家に閉じ込めっぱなしというのも、健康によくないだろう。
 私は、この時既に連絡を取り合えるようにしていたヨシヒデに、カナメの護衛を任せた。
 これが結果的に正しかったのか、失敗だったのかは、まだ結果が出ていない。

「残りたい?」
 ある日家に帰ると、カナメにこんなことを言われた。
 私は怪訝そうな顔をしていたのだろう。カナメは更に言い募った。
「元の世界にあんまり思い入れないですし、こっちの世界は便利な魔道具がいっぱいあるから楽しいなぁって……」
 カナメは元の世界で、順風満帆な人生を送っているように見えた。
 それに対して思い入れがないとは、想定外だ。
「なるほど。でも、君が帰らないと、悲しむ人がいるんじゃないか?」
 カナメには両親がいる。関係は希薄そうだが恋人らしいものもいる。友人だっているはずだ。
 普通、人という生き物は、関係のある人がいなくなると心配し、悲しむ。
 カナメにそういう情を訴えてみた。
「どうでしょうね。両親はオレに興味なさそうでしたし、兄弟はいないし、親戚も両親と似たようなもので、友達もろくに……」
 これは……カナメの両親がカナメに誤解を与えている。
 カナメの両親は間違いなくカナメを愛しているが、同じくらい仕事を愛し、仕事をすることでカナメに何不自由無い生活をさせている。……と、今ここでカナメに説いても伝わらないだろう。
 恋人や友人たちも、カナメの不在に戸惑っている。
 彼らにとってカナメとは、少々次元を異にすると錯覚するほど裕福な家庭のお坊ちゃんだ。
 他の人間と違う生き物に見えるカナメに対する付き合い方や距離感が掴めず、こちらもカナメが誤解をしている。
 カナメ本人の性格も災いした。
 カナメは寂しがり屋で、孤独を嫌う。
 しかし、人がいたらいたで、どう接したら良いのかわからない。
 頻繁に長期間家を空ける私や、時折遊びに連れ出すヨシヒデくらいの存在が、カナメにとって丁度よいくらいだったのだ。

 だが既に、カナメに「残る」ことを選択させる余裕はなかった。

「そうか。……悪いが、望みは叶えられそうにない。その部分の変更をするには、時間がないんだよ。すまない、カナメがこの世界に残りたいと申し出る事態を想定していなかった」

 私が正直に打ち明けると、カナメは悲しそうな目をしたが、無理に明るく振る舞って「飯にしましょう」と話を変えた。

 胸が痛い。
 私は何をしているのだろう。

 ……違う。
 私の最優先事項は、リインを救うこと。
 カナメはそのための協力者に過ぎない。
 嘘はいくつも吐いているが、カナメや他の協力者たちは出来る限り良い状態を保ったまま、ことを終わらせられる。
 その中に、カナメの残留という項目が、たまたま入っていなかっただけだ。
 仕方がない。
 そう、仕方がないんだ。

 私は自分自身に、呪文のように「仕方がない」と何度も繰り返し言い聞かせた。



 時がやってきて、カナメを異世界の小屋へ連れて行った。

「逃げないのか」
 物々しい椅子をカナメに見せ、それに座らせるために伸ばした手を、寸前で止めた。
 カナメは首を横に振った。
「早くしないと間に合わないんですよね」
 カナメの目は真っ直ぐ、私を見つめている。
 やめてくれ。
 私に、そんな目で見られる資格はない。
「しかし……」
「オレはたとえ殺されても文句言ったり化けて出たりしませんよ」
 この世界の治安の悪さに触れて肝が座ったのだろうか。
 カナメは、召喚したときと比べて、確実に心が強くなっていた。
「こ、殺したりはしない。苦痛もなるべく与えない。だが、俺は君を、君たちを、これから……」
 私は伸ばしていた手を引っ込めて、自分の顔を覆った。
「俺は、カナメにも、ヨシヒデにも、ナティビタス伯爵にも、嘘を吐いている。無事になんて済まない。できる限りは尽くしたが……」
「賢者さん、それ、言ってもいいんですか?」
 思わず何もかもを吐き出そうとした私を止めたのは、カナメだ。
 カナメが止めてくれなかったら、すべての苦労が水泡に帰すところだった。
 慌てて顔から手を離し、口元を両手で覆った。それからひとつふたつ呼吸をし、天を仰いだ。
「まさかカナメに指摘されるとはね。危ういところだった。ありがとう。……ありがとう」
「礼を言うのはこっちです。半年近くも、お世話になりました」
 カナメが深々と頭を下げる。

 仕方がない。
 仕方がない。
 仕方がない。

 私はいつもの呪文を心のなかで唱え、カナメを椅子に座らせ、カナメに言われるまま拘束した。

 いつ、どんなタイミングで、何が起きて、どうなるのか。
 ギリギリまで言えない。

 もしかしたら、カナメの望みが影響して、ある方向では失敗してしまう恐れもある。

 仕方がない。
 リインさえ救えれば、あとのことはどうなっても構わない。

 だが、もし、私に何か望むことができるならば。

 カナメだけは、守りたい。



 次にこの小屋へ連れてきたのは、ノーヴァだ。
「先客がいるのね。こちらはどなた?」
 カナメには隠蔽魔法を掛けてあるのだが、魔力量の多いノーヴァには見破られてしまった。
「別世界の少年だよ。……ノーヴァ嬢、ひとつ頼みがある。これは、今回のこととは全く関係のない話だから、気が乗らなければ無視してもらっても構わない」
 ノーヴァは小首をかしげた。
「言うだけ言ってみて?」
 私はひとつ息を吐いてから、頼みを口にした。
 頼みを言い終えると、ノーヴァは表情だけで笑った。
「彼とは運命共同体なのよね。いいわ。ひとりくらい、なんとかできる」
「助かる。事が済んで、俺のことを許せるなら、どうか覚えておいて欲しい」
「貴方を許せなかったり、話を忘れたりしたら、彼はどうなるの?」
「頼んだのは、保険のようなものだ。俺の身が無事で済むかどうかもわからないのでな」
「怖いわね。……ここに座ればいいの?」
 ノーヴァは私が言うより先に、自らカナメの隣の椅子の前に立った。



 ノーヴァの次に連れてきたのは、カナメと同じ色を持つヨシヒデだ。
 ヨシヒデは椅子を見るなり、眉をひそめた。
「なあ、もしかして俺、これに括りつけられるのか?」
 私が「そうだ」とうなずくと、ヨシヒデは渋い顔をした。
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