追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ

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02 賢者、狐と出会う

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 大きさは仔狐にも見えるが、顔つきや体格からして、成体だろう。前足を引きずっている。
 狐は美味しくないし、魔獣はそもそも食えない。
 とはいえ魔獣が家の近くにいると落ち着かないので、僕は必要最低限の攻撃魔法を放って魔獣を仕留めた。
「クォン!?」
 狐がびくり、と人間みたいなリアクションをしてから、僕を見た。
 気配を殺して、魔法も普通の人には見えない速さで撃ったのに、僕の居場所へ正確に視線を寄越した。
 賢い狐だ。
「あー……見つかったんなら仕方ないか。お前には何もしないから、早く逃げな。……っと、その足じゃ逃げるのも覚束ないか。ほら」
 僕は遠隔で治癒魔法を発動した。
 無詠唱且つ遠隔で治癒魔法が使えるのは、多分世界でも僕だけだと思う。
 狐の足はすぐに治った。
「じゃあな」
 僕は踵を返して、家へ向かった。


 狐はついてきた。


「あのな、僕はひとりで静かに暮らしたいんだ。お前の面倒を見る余裕はないんだよ」
 賢いし、人の言葉を理解している気がしたので、静かに諭してみる。
「クゥン、クォン!」
 何か言っているが、生憎動物の言葉はわからない。
 狐は何度か鳴いた後、茂みの中へ突っ込んでいった。
 どこかへ行ってくれたのかと思いきや、すぐに野兎を一匹、口に咥えて戻ってきた。
 あの一瞬で、素早い野兎を見つけて自力で仕留めたらしい。まだ血が滴っている。
 僕が最初の獲物に鹿を選んだのは、的が大きいぶん気配も大きいので、探しやすく仕留めやすいからだ。
 鹿より野兎の方が、味は僕好みだ。
 狐は僕の足元に野兎を置いて、ぴっ、とお座りした。
「……なんだよ。自分の食い扶持は稼げるってか?」
「クォン!」
 いくら賢いといっても狐は狐だ。何かしらの世話が必要だろう。
 しかし、狩りの相棒としては、これ以上ないかもしれない。特に人間じゃないことが良い。
 しばらく迷ったが、悩むのも面倒になった僕は「勝手にしろ」とだけ告げて、家の中に入った。


 狐は野兎を口に咥えて、家の中へ入ってきた。
 野生の狐なら、血抜きなんてせず生のまま喰らいつくだろう。
 野兎は魅力的だが、あれは狐が獲ったものだ。
 僕は狐と野兎を無視して、鹿の解体に取り掛かった。

「クゥン」
 台所で簡易的な作業台とナイフを作っていよいよ鹿を捌こうというときに、狐は僕の足元へ例の野兎を再び置いた。
 真新しい床に兎の血や狐の足についた泥が染み付く。後で魔法で綺麗にしておこう。
「おい、そんなとこ置いてないで、さっさと食べてろよ。……もしかして、僕にくれるのか?」
「クォン!」
 狐は目をキラキラと輝かせて、僕を見上げて鳴いた。
 これは肯定と捉えて良いのだろうか。
「じゃあ、遠慮なく」
 僕は鹿を無限鞄へ仕舞い、兎を作業台の上に置いて、捌いた。狐は足元で太いしっぽをゆっくりと揺らしながら、じっとしている。
 しばらくして、可食部だけになった兎の肉を、魔法で作った調理鍋にキノコ類と一緒に放り込んだ。魔法の火を直に当てて、良く火を通す。
 調味料は、狩りの途中で運よく見つけた岩塩のみ。それも少量だ。
 もっと多くの岩塩や他の調味料は今後の森の探索で見つからなければ、人里へ行かないと調達できない。
「ま、食べてから考えるか」
 出来上がった兎とキノコの適当焼きを、鍋から直接食べる。
 食べている間、狐は僕の足元でじっとしたままだ。
「お前はどうする? 生の鹿肉ならあるぞ。食べるか?」
「クゥン」
 なんだか「いらない」と言っているように思える。
「食欲ないのか? 怪我してたし、食って体力付けないと保たないぞ。生が嫌なら調理してやってもいいが」
 魔法で傷の治療や失った血液の代替品を用意することはできるが、体力を取り戻すことはできない。
 狐に簡単に説明したが、狐は結局何も食べようとしなかった。
 金に近い黄色い毛並みはふさふさつやつやしていて健康そうに見える。不思議なやつだ。

「ふぅ、食った食った。さて、やることはたくさんあるぞ」
 まずは水源の確保だ。魔法で出せないこともない水だが、これも食料と同様に、外部から取り込むほうが良い。
「お前、綺麗な水がある場所なんて知らないか?」
 ダメ元で聞いたのに、狐はスッと立ち上がって、入り口の扉を前足でぺしぺし叩いた。
 扉を開けてやると、狐は勢いよく外へ飛び出して数歩駆け、こちらを振り返る。
 ついていくと、家から徒歩五分ほどの場所に、湧き水があった。
 水は豊富に湧いていて、綺麗に澄んでいる。
「本当に知ってたのか……助かったよ、ありがとう」
 思わず狐の頭を撫でてやると、狐は満足げに目を細めた。
 水源の脇に魔法を設置し、僕の家の台所や風呂と繋ぐ。簡易的な転送魔法だ。これで、取手を捻れば筒から水が出てくる仕組みを作れた。風呂の方は更に細工をして、お湯がでるようにもした。
「クォン、クォン」
「何だ? 水? 飲みたいのか?」
「クォン!」
 狐の言ってることが何となく分かるようになってきた気がする。
 魔法で狐用の簡素な器を作り、取手を捻って水を入れ、狐の前に置いてやると、狐はぺちゃぺちゃと水を飲み始めた。
「喉乾いてたのか。今度から水が欲しかったら、この器を僕のところへ持ってこいよ」
「クォン!」

 この日はこの後、家の整備に徹した。
 私室に机とソファーを作り、台所にはしっかりした調理台と火釜を作った。
 まだ植えるものは無いが、外に畑用の土地も準備しておく。
 一通り終わり、私室のソファーへ座り込むと、狐は僕の足元に座った。
「いつまでも『お前』や『狐』じゃあ、紛らわしいな。名前つけたほうが良いか」
 僕の作業中、狐は僕の邪魔にならないところに陣取り、時には後ろ足だけで器用に立ち上がって、家具の位置の微調整まで手伝ってくれた。
 さすがに、情が移る。
 僕が「名前」と口にした瞬間、狐はこれまでで一番目を輝かせた。
「なんだよ、名前が欲しかったのか。うーん、何が良いかな」
 動物に名前を付けたことなど一度もない。
 そういえば、王城で読んだ本に、こことは異なる世界を舞台にした物語がいくつかあったな。
 その中に登場する狐で「九尾の狐」というのがいた。
 名前の通り、九本の尾を持った、魔法を使う狐のことだ。
 こいつは魔法みたいに兎を獲ってきたり、湧き水の在り処を教えてくれたりしたから……。

「キュウ、ってのはどうだ?」

 僕がそう口にした瞬間だった。
「キュウ! おいらの名前はキュウだ!」
「は?」
 小さな子供みたいな声がした。
「今、誰かいたような……?」
「おいらだよ! なあ、ご主人さま。ご主人さまの名前も教えてくれよ!」
「しゃ、喋ったあああああ!」
 目の前の狐、キュウが人の言葉を発した!
「どうなってんだお前えええ!?」
 僕はキュウの口を開いて喉の奥を覗き込み、外側から触ったり、つまんだり、撫でたり……とにかく見える、触れる範囲だけでもと調べまくった。
 動物が人の言葉を喋れないのは、喉の構造がそもそも違うせいだ。
 なのに喋ったということは……。
「あがあがあが」
 キュウが前足で僕の手をぺしぺしと叩く。
 夢中になっていたせいで、キュウが苦しそうなのに気づかなかった。
「す、すまん」
「喋れるのはおいらが妖魔だからだよっ。はー、喉が裂けるかと思った」
「妖魔って何だ?」
「簡単に言うと、人に危害を加えない魔獣だよ」
 キュウは胸を張って答えた。
「で、ご主人さまの名前は?」
「ご主人さまって……。僕はエレルだ」
「エレルさま。いい響きだね!」
 名前を褒められるなんて、生まれて初めてだ。様付けされるのも。
「ありがとう。キュウはキュウって名前で良かったか?」
「うん! 名前、嬉しい!」
 キュウは僕の周りを飛び跳ねた。
「そうか」
 後はキュウがなぜ喋れるのかが気になるところだ。自称妖魔とやららしいが、僕の知識に妖魔なる存在は無い。
 ただ、これ以上外部から調べても分からないので、今のところは便利になった、ということでいいか。
「じゃあキュウ。どうして飯を食わないんだ?」
「エレルさまは魔力が多いからね。水は飲むけど」
「僕の魔力が多いと食事が要らないのか?」
 僕は首を傾げた。
「うん。近くにいるだけで常にお腹いっぱいっす!」
「よくわからんが、魔力を食事代わりに摂ってるってことか? 妖魔ってのはそういう生き物なのか」
「そうだよ!」
 自分で言うのも何だが、僕は魔力量がかなり多い。これでも抑えているのだが、まだ漏れていたのか。
 今まで不便はなかったし、キュウの食事が要らなくなるなら、これ以上の制御は必要ないかな。
「まだ色々聞きたいが……とりあえず寝るか」
 もう深夜を回っている。一日中動いていたから、眠い。
「寝床はどうする?」
「床で寝るっす!」
「むぅ……。クッションくらいは作るか」
 寝室へ移動し、魔法で円形のクッションを作り出して床に置くと、キュウはクッションの匂いを嗅ぎ、前足でぽふぽふ叩いてから、その上で丸くなった。気に入ってくれたようだ。
 僕もベッドの上で横になると、すぐに眠りに落ちた。



 翌日から、本格的に森の探索を始めた。
 一人暮らしをするつもりだったが、信頼できる相棒がいるというのも、なかなか良い。
「エレルさま、あっちに林檎がってるっすよ!」
「へぇ、採っていくか」
 水の在り処をすぐに教えてくれたキュウは、森を熟知していた。
「ん? でも、キュウは食べないんだろ? どうして林檎のある場所を覚えてたんだ?」
「魔獣や猛獣とかち合わないように、食べ物のある場所は覚えてなるべく避けてた!」
 なるほど、賢い。

 キュウのお陰で食材探しが捗った。
 簡易的に作った無限鞄だから、容量が小さい。二十キログラムほどの食料を詰め込んだだけで、もう一杯になってしまった。家に帰ったら、本格的なのを作ろう。
「よし、こんなところか。帰るぞ……キュウ?」
 キュウが茂みの向こうに視線をやったまま、動かない。
「どうした?」
「誰かいるっす」
「こんな森の奥に来るなら、狩人か魔獣討伐に雇われた傭兵だろ」
 僕もそこに誰かがいることは把握していたが、触れるつもりはなかった。
 人間なんて一切信用できない。
「でも倒れてるっすよ」
「あのな、キュウ。僕は人間だが、同じ人間が嫌になったから、この森で暮らすことにしたんだ」
 人を避けるために森の奥へ引っ込んだのだ。誰が行き倒れていようが、死にかけていようが、人間を助ける義理はない。
「あのままにしといたら、魔獣が食って力つけちゃうっす」
「……はー、それもそうか」
 魔獣がどれだけ強くなろうと、僕の敵じゃない。
 しかし、魔獣に怪我をさせられていたキュウのことを考えると、放っておくわけにはいかない。


 茂みをかき分けた先で倒れていたのは、汚れたドレスを着た十代後半くらいの女だった。
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