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03 勇者、狼狽える

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 王都に到着したメリヴィラ達勇者一行は、兵士団に迎えられて堂々と入城した。
 魔王討伐の知らせは、メリヴィラが勇者権限で伝令を飛ばしておいたのだ。
 すぐに国王との謁見の場が設けられた。

「此度はよくぞ偉業を成し遂げた。勇者メリヴィラ、神官カンクス、聖弓せいきゅうルメティ……ふむ? 賢者はどうしたのじゃ」
 魔王討伐の任を与えたのは四名のはずだが、ひとり足りない。
 尚、彼らの称号は魔王討伐の前後で微妙に変わっている。勇者はそのままだが、カンクスは「勇者を支えた」ことで治療師の最高位である「神官」へ昇格。ルメティは「魔王と弓で戦った」として「聖弓」の称号が新設されて与えられ、エレルは魔法使いから「賢者」に格上げされた。
 ロージアン国で「賢者」の称号が魔法使いに与えられたのは、実に二百年ぶりの快挙だ。

「彼は、魔王を討伐したら『役目は果たした』と言い残して、姿を消しました。探したのですが、見つからず……」
 メリヴィラが「やりきれない気持ち」を全面に押し出して、演技する。国王はその演技臭さに気づいたが、あえて無視した。
「そうであったか。では、賢者への報酬は見つかり次第本人に渡そう」
 国王の言葉に、勇者たちは思わず顔を上げそうになった。
 メリヴィラ、カンクス、ルメティの心は一つ。「思ってたんと違う」である。
 報酬金は「討伐隊」に与えられるものだとばかり思っていたのだ。
 ひとりずつに与えられるのならば、エレルを暗殺しようとしたことが無意味になる。

 それどころか、恨まれるような仕打ちをしてしまった。

 何せ、魔王を倒したのはエレルだ。
 勇者たちはエレルが魔王を虫の息にするまで、恐怖で動けなかったくらい、魔王は強かったのである。
 エレルは、実年齢は隊参加時点で十八歳だと本人は言い張っていたが、見た目は黒髪に金眼という珍しい色をしているものの、小柄な十歳くらいの少年だ。
 更に、魔法レベル「1」だと言うから小間使いとして付けられたのかと思いきや、戦闘の実力はエレルが一番強かった。

 暗殺に失敗して逃したことを、メリヴィラははじめて後悔した。

 もしかしたら、復讐されるかもしれない。
 いや、まだ間に合う。
 探し出して、報酬を受け取らせなければ。

 ぐちゃぐちゃになった思考を、どうにか整えて声を絞り出した。

「な、ならば、私たちが改めて彼を探しましょう」
 メリヴィラが立ち上がり、殊勝そうに宣言したが、国王は片手を振った。
「それには及ばぬ。そなたらは疲れておろう。しばらく、城へ逗留し、休むがよい」
 国王の命令は絶対である。城へ留まって休めと言われたら、そうするしかない。
「ご、ご配慮、感謝いたします」
 メリヴィラはそう返すのが精一杯だった。



 一行にはひとり一部屋、豪華な賓客室をあてがわれたが、全員、旅装を解くなりメリヴィラの部屋に集まった。

「どどどどうしよう」
 一番狼狽えているのはカンクスである。
 治癒魔法は一般的に、神に対し敬虔な心を持つほど強力になるものだと言われている。そんな魔法を扱い、且つ神官の称号を賜ったカンクスだが、エレル暗殺の発案者は他でもないカンクスだ。
「あの時、探して止めを刺すべきだったのね。それで死体でも引きずってくれば、あいつの分も貰えたかもしれない」
 一番落ち着きつつ、恐ろしいことを言い出すのはルメティである。
 カンクスの案に真っ先に飛びついたのもルメティだ。但し、実行役はのらりくらりとかわして引き受けなかった。
「寝込みを襲う以外であいつを殺せると思うか? ここは、全員報酬を辞退して、雲隠れしたほうが」
 そして一番怯えているのは勇者メリヴィラである。
 メリヴィラは魔王討伐隊の一員に選ばれ勇者の称号を与えられる程には、腕が立つ。
 それ故に、誰よりもエレルの強さを知っているのだ。
「あいつが怖いなら、どうして旅の間中、こき使ってたのよ」
「ろくに宿にも泊めさせず、雑用から魔獣討伐まで全部押し付けて……」
「おまえらが娼館や博打に使った金は、どこから出てたと思ってる!?」
 メリヴィラを責めたカンクスとルメティは、メリヴィラの言葉に気まずそうに顔を背けた。
 エレルが受け取るはずだった路銀は、メリヴィラが「これは勇者である自分が管理を任された」などと嘘をつき、全て横取りしていた。エレルだけが宿に泊まれなかったり、極端に質素な食生活を強いられていた裏には、エレル以外の人間が、魔王討伐に全く関係のない娯楽につぎ込んだという事情があったのである。
「……とにかく、逃げるか、探して謝るかの二択だ」
「でも、何日かは城に逗留しないと」
「そんなもん、さっさと辞退すりゃいいだろ!」
 メリヴィラが叫んだ瞬間、部屋の扉を叩かれた。
「誰だっ!?」
「勇者様、宰相がお呼びです」
「わっ、わかった」
 メリヴィラは慌てて着崩していた服を直し、扉を開けた。
「ところで、他の皆様がどちらにいらっしゃるか、ご存知で……ああ、こちらにお揃いでしたか」
 扉の外に立っていたのは、執事姿の男だった。カンクスとルメティの部屋に立ち寄っていたのだ。
「いや、その……旅の思い出を振り返っていてな」
 やましいことのあるメリヴィラは、余計なことを言い出す。
「我々には想像もできないほど、大変な旅だったのでしょうね」
 実際大変だったのはエレルのみで、今ここにいる三人が思い出せる旅のことといえば、どこの賭博場で勝ったか負けたか、そのくらいだ。
「なにか一つ、お聞かせ願えませんか?」
 執事がいい笑顔でメリヴィラに話を振った。
「そ、それは、その、あれだな」
「旅の思い出は私達だけのものにしたいの。ごめんなさいね」
 狼狽えるメリヴィラの後ろから、ルメティが助け船を出す。
「これは失礼いたしました」

 執事はそれきり、宰相の部屋へ向かうおよそ五分の間一言も喋らず、気不味い空気が流れた。


 ようやく到着した宰相の部屋に入ると、宰相は笑顔で勇者たちを迎えた。
「お疲れのところを呼びつけてしまって申し訳ない。今後のことについて、少々説明不足でしたのでな」

 ここで宰相がメリヴィラ達に告げたのは、報酬を用意するのにひと月かかることと、その間、城に留まってほしいという内容だった。
「ひ、ひと月も!?」
「魔王なき今、世の中は平和です。勇者様たちの手を煩わせるような魔獣は現れないでしょう。ですから、ゆっくりと旅の疲れを癒やしてください」
 実のところ、魔獣の数は「魔王が現れる前に戻った」だけであり、人命を脅かす魔獣は相変わらず人里の外を悠々と闊歩している。
 メリヴィラ達がエレル暗殺を王都へ帰還するギリギリまで実行しなかったのは、帰り道の雑用の他、魔王を倒しても消えなかった魔獣の討伐を押し付けるためであった。
「だが、しかし、魔獣の脅威はまだ……」
「大丈夫です。国の兵士たちは勇者様に勇気づけられ、意気軒昂しております。それと、魔獣と戦える人材を育成するための機関を準備中です。魔王討伐という大業を成し遂げた勇者様には、次なる魔王討伐のために英気を養っていただきたいと……」
「つっ、次なる魔王!?」
 メリヴィラは思わず仰け反った。
「勇者殿?」
 宰相が怪訝そうに眉をひそめる。
 魔王討伐の伝令から聞いていたのは、魔王に対しメリヴィラが「勇敢に立ち向かい」「剣の一撃で魔王を絶命させた」という内容だった。
 勇敢かどうかはともかく、メリヴィラは確かに魔王と対峙したのだし、虫の息の魔王に止めを刺したのもメリヴェラで間違いない。
 嘘は書いていないが、あえて書かれなかった真実が多くある。
 宰相はここではじめて勇者に疑念を抱いたが、それは極僅かな、小さなものだったため、無視することにした。

「次なる魔王とは?」
 どうにか気を取り直したメリヴィラが問うと、宰相は重々しく頷いた。
「魔獣が居なくならなかったということは、再び同じ悲劇が起きうると、城の魔道士や学者たちの見解が一致しまして。いつ、どこに現れるか、予測を立てる研究は今なお続いておりますが、特定には至っておりません」
「つまり、明日かもしれないし、百年後かもしれない、ということか」
「はい」
 宰相が肯定して、メリヴィラは内心ものすごくほっとした。
 口では「明日かも」などと言ったが、この前倒してきたばかりで、すぐには出てこないだろうと考えたのだ。
「それなら尚更、魔法使い……じゃなかったわね。賢者エレルを探すべきではないかしら」
「彼の魔法にはかなり助けられましたからね」
 ルメティが口を出すと、魔王再出現の話にひっそりと青ざめていたカンクスも会話に加わった。
 宰相は再び眉をひそめ、首を横に振った。
「賢者殿の捜索は兵士らにやらせましょう」
「む、むう、そうか。では頼んだ」
 これ以上食い下がるのは危険と判断したメリヴィラは、わざと尊大そうな物言いをしておいた。



*****



 城で一番質素な、しかし内装や調度品にかかっている金は一番多い部屋で、壮年の男が二人、こそこそと会話をしていた。
「のう、宰相。あれやっぱ何か隠しとるじゃろ」
「私も同じ見解です、陛下」
 二人は宰相と国王。この国の表は勿論、裏までまとめて牛耳るコンビである。
 国王は謁見の場での短い時間で、メリヴィラ達の嘘に気づいていた。
「……どうして報酬に、との結婚を認めるなんて言っちゃったんだろ。あの男、絶対弓士とデキとるよなぁ」
「私もそう思います」
「はぁー……」
 国王は長嘆息すると、伏せていた顔を上げた。
「おそらく、魔王を屠ったのは賢者エレルじゃ」
「私もそう思います」
「探しておるな?」
「はい」
「ならば良し。……何事だ?」
 国王の部屋の前がにわかに騒がしくなった。
 ややあって、扉を忙しない調子で叩かれる。
「陛下! ああ、宰相殿もこちらにおられましたか」
 飛び込んできたのは、王族つき近衛兵のひとりだ。背後にも数名が控えている。
「何があった」
 宰相の落ち着きっぷりとは真逆の近衛兵だったが、国王陛下の御前であることを思い出し、呼吸を整えた。

「第三王女殿下が、出奔されました!」

 国王は宰相と目を合わせると、何故か満面の笑みを浮かべて、そのまま白目を剥いて気絶した。
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