追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ

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04 賢者、姫に掴まれる

*****



 僕は倒れている女に背を向けて、歩き出した。
「エレルさまっ? 助けないんスか!?」
「あれは一番関わっちゃ駄目な人間だ。魔獣が増えたら僕が討伐するから心配するな」
「でもっ」
 キュウが何か吠えている。

「ひ、人としてどうかと思うっすよ!」

 僕は歩みを止めて、キュウを見た。よっぽど怖い顔になっていたのだろう。キュウは「クオッ!?」と息を呑んでその場に固まった。

「僕は誰にも、助けてもらえなかった。なのに、どうして僕が助けなくちゃならない?」

 およそ二十年の人生で、両親には売られ、城では折檻と腐った食い物を与えられ、魔王討伐隊でも虐げられてきた。
 まあ、城では雨露がしのげただけマシだったし、折檻の傷は自分で治せたし、腐った食い物も魔法でマシな食べ物にできた。
 魔王討伐隊では普通に食べられる食べ物を与えられ、勇者たちは僕を傷つけるような真似はしなかった。

 だが、僕を「助けてくれた人」は、いなかった。

「す、すみませんっす……」
 キュウは口では謝ったが、女の側から離れない。
「……そいつを助けたきゃ、お前が勝手にしろ。ただし、僕の家には絶対に入れるな」
 女の近くで喋りすぎた。
「う、うぅん……」
 話し声に反応したのだろう。女が目を覚ましてしまった。
「あっ、気が付いたっすか? くんくん……大きな怪我はなさそうッスね」
 キュウが女に話しかけているが、キュウの声は聞こえていない様子だ。
 それにしてもキュウのやつ、匂いだけで怪我の有無が分かるのか。血の臭いで判断しているのかな。
「狐さん? 私、ええっと……」
 怪我はない、話もできる。少々記憶に混濁がある様子だが、単身でこんな森の奥まで来たのだから、放置しても大丈夫だろう。
「行くぞ」
 キュウに声をかけると、キュウは渋々僕の足元へやってきた。そして何か言いたげに僕を見上げる。
「何度でも言うが、僕は助けない。納得いかないなら……」
 勝手にしろ、と言おうとしたら、キュルルルルル、とキュウでも出さないような音がした。
「何だ、今の」
 周囲を警戒するが、僕とキュウと女以外、何も居ない。
「すみません、私です……」
 消え入りそうな声でつぶやいたのは、女だ。
「お腹が、空いて……」
 女が顔を真っ赤にして告白する。
 先程の奇妙な音は、腹の虫だったのか。
 魔獣や猛獣、その他よくわからない現象でないなら、安心だ。
 僕は再び踵を返して、家へ向かった。


 何故か女が僕の後をついてくる。


「おい」
「はい」
「どうしてついてくる」
「えっと、その、道に迷ってしまって……。せめて近くの人里までの道を、教えてもらえないかと」
「あっち」
 僕はおおよその方向を手で指し示してやった。
 手の先には草木が生い茂っているが、かき分けてまっすぐ進めば、町がある。
「じゃあな。二度とこのあたりには来るなよ」
「まっ、待って! 貴方みたいな小さな子が、こんな森の奥にひとりで住んでいるの?」
「僕はこう見えても二十歳だ」
「年上!? 嘘でしょう!?」
「本当だ」
 どうやら僕は、一般的な二十歳男性に比べて、体つきが小さいらしい。
「どうみても十歳かそこらじゃない!」
 だそうだ。
「じゃあもう僕は十歳ってことでいい。これでも一人暮らしくらいできる。これ以上僕に話しかけたら、殺すぞ」
 人殺しをしたことはないが、人体の急所は知っているし、僕の魔法なら塵一つ残さず消し飛ばせる。
 やろうと思えばできるだろう。
 あまり使いたくない言葉まで使って牽制したというのに、女は一瞬きょとんとして、それから小さく笑い出した。
「……」
 僕が睨みつけると、女は口を押さえた。ああ、城でよく見かけた、上品な仕草だ。
「ごめんなさい。起こしてくれてありがとう。わかってる、これ以上しゃべらないわ」
 女は優雅に片足を引いて、奇妙な動作をした。確か、カーテシーというやつだ。
 それから、僕が言った方とは逆の方へ向かって歩き出し……数歩進んだかというところで、ふらりと木にもたれかかった。
「あっ! あ……っ!」
 キュウが前足を出して僕を見上げ、それから女の方へ向かった。
 どうしても、女を助けたいらしい。

 人としてどうかと思う、か。
 普通だったら、あれを助けてやるのだろうな。
 じゃあ、今あれを助けなかったら、これまで僕が会ってきた人間と同じに成り下がるってことか。
 ……そこまで堕ちたくはないな。

 僕は一度溜息をついて、女に近づき、片手で肩に担ぎ上げた。
 体格差はあるが、魔法で筋力を上げれば簡単に持ち上げてやることができる。
「!?」
「今回だけ、森を抜けられる体力がつくまでの間だけだからな」
「……ありがとうございます」



 家で女に先日の鹿肉を焼いたものと、生食できる果物を出してやると、僕の一日分以上の量をぺろっと平らげた。
 食事をしながらの僅かな会話で判明したのだが、やはりキュウの声は聞こえていなかった。
「おいらが契約したのはエレルさまだけっすからね」
「……だそうだ」
 女と話したがるキュウの言葉を女に伝えると、女は首を傾げた。
「契約。狐と、ですか?」
「言われてみれば確かに変な話……いや違う、こいつは『妖魔』とかいうものらしい」
「ようま?」
「僕も知らん。それより、食ったなら寝ろ。寝床は……ほら」
 魔法で台所の隅に小さめのベッドをつくってやると、女は目を見開いた。
「いっ、今の、魔法!?」
「他言と詮索は無用だぞ」
「誓ってしません。でも、これでようやく色々と腑に落ちました。しかし貴方は……私としたことが、名乗っておりませんでしたね。私は――」

「ロージアン国第三王女、チュア・コトラ・ロージアン、だったか」

 僕が言い当ててやると、女改めチュアは、またしても目を見開いた。眼球乾くぞ。
「ご存知でしたか」
「魔力持ちは全員城に住まわせているだろう。顔ぐらい見たことある」
 だから関わりたくなかったんだ。
 王族の、しかも現王の息女が一人で森の中。
 絶対に訳有りに決まっている。
「ですが、ごめんなさい。私は貴方の顔を知らなくて」
「だろうな」
「そんな、おかしいです!」
 チュアは食卓を叩いて立ち上がった。衝撃で、食卓上の食器が跳ねた。

 チュアがおかしいと思うのも当然だ。
 魔力持ちは城へ召し上げられたら、まず王族と面通しする。
 そして年に一度は顔の確認のため、王族の御前へ立つ。
 僕に至っては魔王討伐隊だったから、国王や第一、第二王子の前には何度か顔を出さなければならない機会があった。

 そのほぼ全てを、僕が貧民出身だという理由で、あるいは兵士が、あるいはメイドが、あるいは偉いやつが、僕と王族が邂逅するのを阻止したのだ。

 一方僕は城の中を割りと自由に歩き回っていたので、顔くらいは知っている。予備知識として、銀髪紫眼という王族の特徴に、家系図も頭の中に入っている。
 その中から該当者を割り出した、というのが今回の種明かしだ。

「僕は小汚い貧民出身の魔力持ちだったから、王族との面通しはなかった。だけど王族の特徴や家族構成は知ってる。それで当たりをつけた」
 全てを説明するのは面倒くさいから、かなり端折って説明してやった。
「そんな……魔力持ちの身分は問わないと……」
 チュアは何やら驚いているが、知ったこっちゃない。
「ほら、さっさと寝ろ。そんで明日の朝飯食べたら出て行け」
「あのっ、せめてお名前を教えてください!」
「エレルだ」
 あまりに必死に言うものだから、つい答えてしまっていた。
 人間関係の面倒なことは徹底的に避けたいのに。
「エレル様、ありがとうございました。今の私に返せるものはありませんが、この御恩はいつか……」
「そういうのいいから」
 僕が手をしっしとやると、まだなにか言いたそうにしていたチュアも、諦めてベッドへ横になった。
 僕とキュウも寝室ですぐ寝た。



 翌朝、台所のベッドはもぬけの殻になっていた。
 シーツ類は綺麗に折り畳まれている。
「行ってくれたか」
 ほっとしてベッドを魔法で片付けると、家の入口の扉が開く気配がした。

 入ってきたのはチュアだ。
「おはようございます、エレル様。昨夜はありがとうございました。お礼にならないかもしれませんが、朝食は私が作ります!」
 チュアは一方的にそう宣言すると、手に抱えていた森の食材を台所の作業台の上に置いていった。
「そういうのはいいって言っただろ。元気なら出て行け」
「料理は趣味で、城でもよく作ってたのです。味は保証します」
「いらん。出て行け」
「せめて茸炒めだけでも! エレル様の料理は少々豪快過ぎるのです! 昨夜は助かりましたが、あれでは食材が可哀想ですっ!」
 食材が可哀想。初めて聞く言葉と概念だった。
「そこまで言うなら、やってみろ」
「はい!」
「やっぱり待て。それは食えない茸だ」
 チュアが持ってきた食材は、家の近くに生えているものばかりだった。
 大ぶりで傘の赤い、一見美味そうに見える茸が混じっていたが……。
「ひと齧りであの世行きだぞ」
「これがですか!? 一番美味しそうだと思ったのに……」
 チュアは悄気返った。
「……これと、これも駄目だ。茸は知識なしで採るもんじゃない。ほら、こっちは食えるから、これ使え」
 僕の無限鞄に仕舞ってあった茸をいくつか取り出して作業台に置いてやると、今度はぱっと笑顔になった。
 感情の起伏が大きいやつだ。
「ありがとうございます! 早速お作りしますね」
「ああ」
 そんなやり取りをしている間中、キュウは僕の足元でなんだか満足げにしていた。
 わけがわからないやつだ。



 僕はつい三十分ほど前まで、チュアを追い出すつもりだったのだが。

「おかわり無いのか」
「すみません、もう食材が……」
「そっか……」

 食事をして、こんなに凄いと思ったことははじめてだった。
 僕も昨日の夜、同じ茸を焼いて食べたのだが、チュアが調理したものは別物、いや別次元のものになっていた。
 芳醇な香りに、こりこりとした歯ごたえ。調味料の加減もよく、茸本来の味が引き立っていた。
「食材が可哀想の意味がようやく解ったよ」
「それは何よりです」
 どうしよう。また腹が減ったら、チュアの料理が食べたい。
「なあ、これから行くところあるのか? 森へは何か事情があって来たんだろう?」
「はい」
 チュアは一つ頷いて、語り始めた。
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