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第四章

40 アルハとヴェイグ

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 僕のスキルと、ヴェイグ魔法から、[全]の表記が消えていた。

 始まりの場所に寝転がっていた時は、リセットスタートかと心胆を寒からしめたよ。
 装備は麒麟とやりあったときの状態から服の破損が直っていて。他は死ぬ直前の僕とヴェイグそのままだった。
 念の為に確認したステータスから消えていたのは、[全]の文字のみだ。
 これまでみたいに、頭に思い浮かべるだけで新しいスキルや魔法が使えるようにはならない。
 新しいものを覚える時は、人並みに努力が必要になった。それだけだ。

 つまり、ちゃんとこの世界に帰ってこれた。

 そのままトイサーチの家に帰ると、メルノとマリノがいつもどおりに出迎えてくれた。
 僕が出かけてから、三日ほどしか経っていなかった。これも安心した。

 ただ、オーカ達からすれば、僕がディセルブへ様子を見に行くと言って三日も音信不通だったのは非常事態以外の何物でもなかったようだ。

 通信石に着信があり、出て五秒後にはジュノ城へ招集された。



 ディセルブの白虎の件は、イーシオンが話してくれていた。通信石がつながらない問題は、僕が麒麟と刺し違えた頃に突然直ったそうだ。麒麟の影響だったのかな。
 その麒麟を倒したと話した。僕らがもう一度死んでたことは言わず、思ったより手こずり、回復に時間がかかったことにしておいた。だいたい間違ってないから、いいよね。
「アルハにヴェイグがいて、三日もかかるものかしら」
 リースに怪訝な目で見られた。
「不可解だな。何か隠してないか?」
 ライドまで鋭い。
「心配させて悪かったよ。でもほら、無事だから」
 僕の必死の元気アピールが奏功し、その場はなんとか切り抜けた。



“それを見せれば、すぐに納得しただろうに”
「あの場で脱げと」
 鎖骨の下から鳩尾にかけて、胸全体の半分くらいの面積に、墨をこぼしたような真っ黒い痕が残っている。
 麒麟の最期の一撃を食らった部分だ。
 ヴェイグが何度も治癒魔法をはじめ様々な魔法をかけてくれたけど、どうしても消えなかった。
 見た目がちょっと痛々しいくらいで、害や痛みはない。

「ハインあたりに見られたら『二つ名通りになったな』とか言われ……なんでいるの!?」
 自室で扉を締めて着替えていたのに、部屋の中にラクとハインがいた。
 後で聞いたら、ラクが異界の扉を自在に出す実験をしていてたまたまここにつながったそうだ。なんてタイミングだ。
「それは何じゃ?」
 黒い痕を見つめて、心配そうな声を出したのはラクだ。
 ハインも二つ名のことなんて持ち出さずに、心配してくれた。
「新たな呪いを被ったわけではないのだな?」
「うん」
 全てを納得したわけじゃないけど、アルハが無事なら良いか、と二人は引き下がってくれた。
 それから、ご退去願った。着替え中だし。



 二度目の甦りの翌日、マデュアハンへ行ってきた。
 麒麟が出てきたのは、きっとこの大陸からだ。

 青龍の祠とは別のところに、見たことのない祠があった。マデュアハンは隅々まで探索したから、このサイズの建造物を見落とすはずがない。
 なのに、青龍の祠と同じくらい古く見えた。
 確証はないけど、ここが麒麟の祠だ。

 マデュアハン大陸自体の生物の気配が限り無く薄くなっていた。
 死にかけというより、仮死状態のような気がする。
「しばらく、四魔神や麒麟みたいなのは出てこないって考えてもいいかな」
“そうだな”
 あとは大陸が落ちてこないことを祈るのみだ。



 一週間かけて、世界中を巡った。
 コイク大陸のティファニアには、本当に家ができあがっていた。
 セイムさんと、冒険者ギルド統括のボーダには「止めたのですが……」と申し訳無さそうに言われ、マサンは首謀者の頭を押し付けて僕に頭を下げさせていた。
 建てた人たちが、本気で僕に家と土地を無償譲渡しようとするのを全力で阻止して、冒険者の宿泊施設としてギルドに任せた。

 メデュハンは人の姿をした竜が増えていた。
 人の姿ができるようになった緑竜たちも、町に混じって生活していた。
 見つかって、あっという間に囲まれて、一緒に住みましょう居心地いいですよと勧誘された。
 イオが来てくれなかったら、滞在時間が伸びてたと思う。

 ディセルブへ行くと、イーシオンはジュノ国へ行っていて不在だった。
「オーカ姫との婚姻が決まりましてね」
「どなたが?」
「イーシオンですよ」
「ええっ!?」
“!?”
 この世界の多くの国では、男女ともに十五歳から結婚できるそうだ。
 王族同志の婚姻で、これを切っ掛けにディセルブはジュノ国に吸収される形をとる。
 ディセルブの人たちは大歓迎していて、今は両国を上げて婚姻の準備で忙しいのだとか。
「諸々決まりましたら、正式にご招待します。お越し願えますか?」
「勿論です」
 王族の結婚式ともなると、準備に一年は余裕でかかる。それまでに、馴れ初めとか聞いておこう。




 魔物の発生率や強さは、かなり落ち着いている。
 僕がクエストを請けると周辺の魔物を殲滅させてしまい、他の冒険者に行き渡らないから、自重している。
 その地域でどうしても手に負えない魔物が出たときのみ、通信石で呼んでもらうことにした。
 冒険者の仕事をするのは、ひと月に一回くらいの頻度になった。

 その一回は、大抵難易度A以上だ。

“アルハ、試したい”
 三体いたロード・トロールが残り一体になった時、ヴェイグがそう言うので交代した。
 僕もヴェイグも、今の状態でどんなスキルや魔法が使えるようになるか、あれこれ試している。
 ヴェイグは出てくるなり、右手に刀を創った。ヴェイグの[武器生成]スキルもだいぶ様になってきた。
 更に切っ先に魔力を集めて、ロード・トロールに斬りかかった。刀が触れたロード・トロールの右肩が音も立てず球状に抉れて消え失せる。
“攻撃魔法を武器に付与したの?”
「リースが氷魔法をライドの剣に纏わせたと聞いたからな。他の魔法でやれるか試した。だが……」
 一旦体勢を引いて、再び刀を振り下ろした。ロード・トロールはそれで絶命し、消えていった。
「消滅魔法は、相性が悪そうだ。刀の勢いまで消えてしまう」
“遠距離攻撃を迎え撃つのに使えるんじゃない?”
「なるほど。後で異界を頼んでもいいか」
“うん”



 家に帰ったのは夕方だ。マリノに出迎えられ、家の中でメルノが淹れてくれたお茶を頂く。
「何を倒してきたの?」
 マリノは最近、僕のクエストの話を聞きたがる。
 討伐した魔物の種類、僕とヴェイグがどんなスキルや魔法を使ったか、等など。
 そんなに気になる? と聞き返すと、
「参考にする!」
 と元気な答えが。参考……?
 メルノは僕とマリノのやりとりを微笑ましそうに見ている。
 その手は常に布と針がある。

 メルノは、縫製の仕事に比重を置くようになった。
 冒険者を引退したわけじゃない。前の五分の一ほどの頻度で、僕やマリノと共にクエストを請けている。
 マリノはメルノの仕事を手伝いつつ、積極的に家事をやってくれるようになった。
 二人の危険が減ってくれて、ありがたい。



 僕がこの世界に呼ばれた本当の理由は、結局のところわからない。
 四魔神たちを倒すためだった割には、誰も僕に命令しなかったし、僕に使命感なんてものも存在しなかった。
 日本で死んで、運良く生き返ったから、ここで楽しく過ごせたらいいな、という程度にしか考えていない。

 それを、是非叶えたい。

“次は何を試す?”
「僕も消滅魔法覚えたい」
“わかった”



 これから先も、ヴェイグと一緒に手探りになりそうだ。
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