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01 壊滅からスタート
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森の中を黙々と歩いていると、首筋にびしゃり、と生暖かい液体が当たった。
何事かと振り返ると、他の仲間も立ち止まって後ろを振り返っている。
一人、足りない。
先頭を歩く僕の後ろには、四人いたはずだ。
足りない一人の代わりに立っていたのは、緑色の人の体に豚の頭をした……所謂オークという魔物だと思う。実物を見たのは初めてだ。
「は? 何……あっ」
そのオークが無造作に斧を振り下ろすと、もう一人、呆気ない悲鳴とともに血飛沫をあげて倒れた。
地面を見ると、人が二人、もう二度と起き上がれないだろう状態で転がっている。
「うわああああっ!?」
「マジかよ! これ、マジかよ!」
「に、逃げろっ!」
倒れた二人も含めて、僕たちは皆、慣れない服や防具を身につけ、重たい武器を持っているから、動きが鈍い。
武器だって渡されたものを渋々ベルトで背負ったり腰に固定しているだけで、振るったことなど一度もない。
「ぎゃっ」
もう一人。
「ぐあっ」
更に一人。
走っているのは僕だけになった。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……!」
更に走って走って……体力に自信などなかったが、命の危機は僕に火事場のなんとかを発揮させたらしい。
しばらく走って、後ろを振り返ると、もうオークは追ってきていなかった。
安堵と共に、その場に崩れ落ちる。酸素が足りない。心臓が破裂しそうで、一歩も動けない。
日本からこの異世界、おそらく「ダンジョンズ&タワーズ」というテーブルトークRPGの舞台に似た世界へ召喚された僕たち日本人五人のパーティは、僕を除いて皆……死んでしまった。
*****
僕の名は出涸数真。大学一年生。十八歳。ネット上でのハンドルは「dega」。
中学の時、友達の兄貴に誘われて遊んだTRPGにハマり、高校の時にはネットゲームで知り合った仲間を経由して、TRPGのセッションをするチャットルームに入り浸っていた。
大学に入っても同じチャットルームで遊んでいたが、チャットルームにいる顔ぶれは頻繁に入れ替わった。
いつのまにか、僕は二番目に古参になり、ここ半年は僕を含めた五人のメンバーで固定されていた。
最古参は、セッションでは戦士や剣士のクラスを好むカイト。自分のことを自虐して「社会生活のできない引きこもりニート」と言うが、実際は株や投資で上手くやっているらしく、お金持ちだ。チャットルームは当初の目的通り、TRPGのセッションを行うのが主な目的の場所だが、時折別のゲームでサーバーが必要になった際、率先して立ててくれる。
僕の次に昔からいるのは、ピヨラという女性だ。普段の会話からは知性が滲み出ているというか、育ちが良さそうな人なのに、セッションでは脳筋ファイターと化す。彼女なりのストレス発散方法なのだとか。ロールプレイも脳筋に寄せる努力をしているが、GKが用意した難しめの謎をよく解いてくれるのも彼女だったりする。
三人目のハンドルネームはジョー。他のメンバーの年齢はよくわからないが、彼だけは僕と同い年ということが判明している。セッションになるととにかく不運で、クレリックとして治療のためにダイスを振ったはずがファンブルを出して負傷を深刻化させるため「トドメディック」と呼ばれることもしばしば。これには本人も周りも面白がっている。
最後の一人は、チャバさん。いつもボイスチェンジャーを使っているため、三日前まで性別不明だった。ただなんとなく、年上なのだろうなという感じがするので、この人だけは皆「さん付け」で呼んでいる。チャバさんは魔法を使うクラスが好きだ。
僕はTRPGができればどんなクラスでもいいのだが、この四人が集まると必然的にローグやシーフといったクラスをやることが多くなった。
僕たちがリアルで顔を合わせたのは三日前で、きっかけは五日前だった。
その日は、カイトがGKを務めた少し長めのセッションが大団円で幕を下ろし、次は何をしようか、誰がGKをやるかで話し合っていたところだった。
チャットルームに新しい人が入室してきた。
セッション中は別ルームを立てて鍵を付けるのだが、この日はオープンルームで話をしていたので、検索でたどり着いた新規さんが入ってきたのだろうと、皆友好的に声を掛けた。
「こんばんはー」
「はじめまして」
新規さんのハンドルは「GOD」。ちょっと中二病臭がするなぁ……なんて考えてしまった。
GODさんは声や話し方の感じからして男子高校生といったところだろうか。声や名前の印象とは裏腹に、紳士的にチャットに混ざってきた。
お互い簡単に自己紹介しあい、GODさんへの警戒みたいなものが薄れた頃、GODさんが「来たばかりで恐縮ですが」と切り出した。
「あの、ダンジョンズ&タワーズってご存知ですか?」
全員、よく似た名前の古いTRPGの存在は知っていたが、これは初耳だった。
「ぶっちゃけそれのパチモンです、フフッ」
「あはは」
「ははは、言い切ったねぇ。でも、てことはルールも似たような感じ?」
「はい。それで、俺が考えたオリジナルのシナリオがあって……」
GODさんは自分が創ったシナリオで遊んでくれる人を探して、このチャットルームにたどり着いたそうだ。
「ちょうどいいんじゃない?」
これは誰が言ったのか。僕自身だったかもしれないが、よく覚えていない。
とにかく、二日後の土曜日の夜、GODさんをGKにして、そのシナリオで遊んでみようということになった。
ダンジョンズ&タワーズは「公式サイトがもう消滅していて……。でもルールブックとかのデータは持ってます」と、GODさんがデータをアップロードしてくれた。
それを元に各自キャラクターシートを作成し、プレイヤー向けのルールをざっと読んで土曜日の夜に備えた。
そして三日前。
夜七時の少し前に全員が鍵付きのチャットルームに集まった。
各々のキャラクターシートの提出や自キャラの設定仕様の紹介等、このあたりは大抵のTRPGで共通した進め方だった。
リアルで集まるTRPGも好きだが、僕は自宅でゆったりと、椅子に好きなように座り、好きな食べ物や飲み物をつまみながら遊べるオンラインTRPGが好きだ。
僕がコーラのペットボトルの蓋をぷしっと開けた時、いよいよGODさんが開始を宣言した。
「それでは、ダンジョンズ&タワーズ、オリジナルシナリオ、『異世界召喚TRPG、全ては現実の出来事』を初めます」
その瞬間だった。
パソコンのモニターがありえないほど発光した。
「うわっ」
「きゃっ!?」
他の皆の、聞いたことのないガチの悲鳴が聞こえる。
僕は思わずコーラを取り落としてしまった。蓋が開いたままのペットボトルからコーラがフローリングの床にこぼれて、僕の靴下までじわりと冷たくなる。その感覚に「しまった」と目を開けると、真っ白なモニターに、白髪白髯の年老いた男の顔が、嫌な笑みを浮かべているのが見えた。
老人と目が合ったのは一瞬のはずだったが、僕の脳裏には妙な言葉が刻み込まれた。
「儂を見たか。ならば、お前には特別に、更に授けてやろう。ただし、どうしようもなくなった時点から発現する」
「え……?」
気がつくと、知らない場所だった。
まず目についたのは、灯りが燭台の蝋燭であるということ。
壁や天井のある屋内で、異世界ファンタジーもののシナリオで舞台にされていた中世ヨーロッパ風のお城の大きめの部屋のような場所だ。
床に魔法陣のようなものが描かれていることにも気づいた。
それと、僕たちの周囲にはジョーやチャバさんが設定上着ていることになっているような、魔法使いや神官みたいな格好の人たちが何人も立っていて、こちらを凝視していた。
「ここ、どこ?」
聞き覚えのある声に振り向くと、見知らぬ人たちがいた。
「なあ、もしかして……デガ?」
「その声って、カイトか!? じゃあそっちはピヨラと、ジョー?」
お互いにハンドルを呼び合うと、その通りだった。
チャバさんが女性だと知ったのは、この時だ。
初めてのリアル対面にテンションが上がると同時に軽く混乱できたのは束の間だった。
ローブ姿の男性がひとり、僕たちに歩み寄ってきて、仰々しい錫杖で床を突いて音を立て僕たちの気を引いた。
「よくぞ来た、勇者たちよ。さあ、魔王を倒してまいれ」
「は?」
僕たち五人の発声は見事に一致した。
何事かと振り返ると、他の仲間も立ち止まって後ろを振り返っている。
一人、足りない。
先頭を歩く僕の後ろには、四人いたはずだ。
足りない一人の代わりに立っていたのは、緑色の人の体に豚の頭をした……所謂オークという魔物だと思う。実物を見たのは初めてだ。
「は? 何……あっ」
そのオークが無造作に斧を振り下ろすと、もう一人、呆気ない悲鳴とともに血飛沫をあげて倒れた。
地面を見ると、人が二人、もう二度と起き上がれないだろう状態で転がっている。
「うわああああっ!?」
「マジかよ! これ、マジかよ!」
「に、逃げろっ!」
倒れた二人も含めて、僕たちは皆、慣れない服や防具を身につけ、重たい武器を持っているから、動きが鈍い。
武器だって渡されたものを渋々ベルトで背負ったり腰に固定しているだけで、振るったことなど一度もない。
「ぎゃっ」
もう一人。
「ぐあっ」
更に一人。
走っているのは僕だけになった。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……!」
更に走って走って……体力に自信などなかったが、命の危機は僕に火事場のなんとかを発揮させたらしい。
しばらく走って、後ろを振り返ると、もうオークは追ってきていなかった。
安堵と共に、その場に崩れ落ちる。酸素が足りない。心臓が破裂しそうで、一歩も動けない。
日本からこの異世界、おそらく「ダンジョンズ&タワーズ」というテーブルトークRPGの舞台に似た世界へ召喚された僕たち日本人五人のパーティは、僕を除いて皆……死んでしまった。
*****
僕の名は出涸数真。大学一年生。十八歳。ネット上でのハンドルは「dega」。
中学の時、友達の兄貴に誘われて遊んだTRPGにハマり、高校の時にはネットゲームで知り合った仲間を経由して、TRPGのセッションをするチャットルームに入り浸っていた。
大学に入っても同じチャットルームで遊んでいたが、チャットルームにいる顔ぶれは頻繁に入れ替わった。
いつのまにか、僕は二番目に古参になり、ここ半年は僕を含めた五人のメンバーで固定されていた。
最古参は、セッションでは戦士や剣士のクラスを好むカイト。自分のことを自虐して「社会生活のできない引きこもりニート」と言うが、実際は株や投資で上手くやっているらしく、お金持ちだ。チャットルームは当初の目的通り、TRPGのセッションを行うのが主な目的の場所だが、時折別のゲームでサーバーが必要になった際、率先して立ててくれる。
僕の次に昔からいるのは、ピヨラという女性だ。普段の会話からは知性が滲み出ているというか、育ちが良さそうな人なのに、セッションでは脳筋ファイターと化す。彼女なりのストレス発散方法なのだとか。ロールプレイも脳筋に寄せる努力をしているが、GKが用意した難しめの謎をよく解いてくれるのも彼女だったりする。
三人目のハンドルネームはジョー。他のメンバーの年齢はよくわからないが、彼だけは僕と同い年ということが判明している。セッションになるととにかく不運で、クレリックとして治療のためにダイスを振ったはずがファンブルを出して負傷を深刻化させるため「トドメディック」と呼ばれることもしばしば。これには本人も周りも面白がっている。
最後の一人は、チャバさん。いつもボイスチェンジャーを使っているため、三日前まで性別不明だった。ただなんとなく、年上なのだろうなという感じがするので、この人だけは皆「さん付け」で呼んでいる。チャバさんは魔法を使うクラスが好きだ。
僕はTRPGができればどんなクラスでもいいのだが、この四人が集まると必然的にローグやシーフといったクラスをやることが多くなった。
僕たちがリアルで顔を合わせたのは三日前で、きっかけは五日前だった。
その日は、カイトがGKを務めた少し長めのセッションが大団円で幕を下ろし、次は何をしようか、誰がGKをやるかで話し合っていたところだった。
チャットルームに新しい人が入室してきた。
セッション中は別ルームを立てて鍵を付けるのだが、この日はオープンルームで話をしていたので、検索でたどり着いた新規さんが入ってきたのだろうと、皆友好的に声を掛けた。
「こんばんはー」
「はじめまして」
新規さんのハンドルは「GOD」。ちょっと中二病臭がするなぁ……なんて考えてしまった。
GODさんは声や話し方の感じからして男子高校生といったところだろうか。声や名前の印象とは裏腹に、紳士的にチャットに混ざってきた。
お互い簡単に自己紹介しあい、GODさんへの警戒みたいなものが薄れた頃、GODさんが「来たばかりで恐縮ですが」と切り出した。
「あの、ダンジョンズ&タワーズってご存知ですか?」
全員、よく似た名前の古いTRPGの存在は知っていたが、これは初耳だった。
「ぶっちゃけそれのパチモンです、フフッ」
「あはは」
「ははは、言い切ったねぇ。でも、てことはルールも似たような感じ?」
「はい。それで、俺が考えたオリジナルのシナリオがあって……」
GODさんは自分が創ったシナリオで遊んでくれる人を探して、このチャットルームにたどり着いたそうだ。
「ちょうどいいんじゃない?」
これは誰が言ったのか。僕自身だったかもしれないが、よく覚えていない。
とにかく、二日後の土曜日の夜、GODさんをGKにして、そのシナリオで遊んでみようということになった。
ダンジョンズ&タワーズは「公式サイトがもう消滅していて……。でもルールブックとかのデータは持ってます」と、GODさんがデータをアップロードしてくれた。
それを元に各自キャラクターシートを作成し、プレイヤー向けのルールをざっと読んで土曜日の夜に備えた。
そして三日前。
夜七時の少し前に全員が鍵付きのチャットルームに集まった。
各々のキャラクターシートの提出や自キャラの設定仕様の紹介等、このあたりは大抵のTRPGで共通した進め方だった。
リアルで集まるTRPGも好きだが、僕は自宅でゆったりと、椅子に好きなように座り、好きな食べ物や飲み物をつまみながら遊べるオンラインTRPGが好きだ。
僕がコーラのペットボトルの蓋をぷしっと開けた時、いよいよGODさんが開始を宣言した。
「それでは、ダンジョンズ&タワーズ、オリジナルシナリオ、『異世界召喚TRPG、全ては現実の出来事』を初めます」
その瞬間だった。
パソコンのモニターがありえないほど発光した。
「うわっ」
「きゃっ!?」
他の皆の、聞いたことのないガチの悲鳴が聞こえる。
僕は思わずコーラを取り落としてしまった。蓋が開いたままのペットボトルからコーラがフローリングの床にこぼれて、僕の靴下までじわりと冷たくなる。その感覚に「しまった」と目を開けると、真っ白なモニターに、白髪白髯の年老いた男の顔が、嫌な笑みを浮かべているのが見えた。
老人と目が合ったのは一瞬のはずだったが、僕の脳裏には妙な言葉が刻み込まれた。
「儂を見たか。ならば、お前には特別に、更に授けてやろう。ただし、どうしようもなくなった時点から発現する」
「え……?」
気がつくと、知らない場所だった。
まず目についたのは、灯りが燭台の蝋燭であるということ。
壁や天井のある屋内で、異世界ファンタジーもののシナリオで舞台にされていた中世ヨーロッパ風のお城の大きめの部屋のような場所だ。
床に魔法陣のようなものが描かれていることにも気づいた。
それと、僕たちの周囲にはジョーやチャバさんが設定上着ていることになっているような、魔法使いや神官みたいな格好の人たちが何人も立っていて、こちらを凝視していた。
「ここ、どこ?」
聞き覚えのある声に振り向くと、見知らぬ人たちがいた。
「なあ、もしかして……デガ?」
「その声って、カイトか!? じゃあそっちはピヨラと、ジョー?」
お互いにハンドルを呼び合うと、その通りだった。
チャバさんが女性だと知ったのは、この時だ。
初めてのリアル対面にテンションが上がると同時に軽く混乱できたのは束の間だった。
ローブ姿の男性がひとり、僕たちに歩み寄ってきて、仰々しい錫杖で床を突いて音を立て僕たちの気を引いた。
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