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25 お互いさま
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話し合いはベルが一歩も引かないまま、一旦お開きとなった。
「ミヒャエル嬢。気持ちはわかるが、デガのこともよく考えてやってくれ」
ギルド長はそう言い残して、冒険者ギルドの建物の中へ入っていった。
僕とベルは町から徒歩で、自宅へ向かっている。
「ねえ、ベル。一体どうしたの?」
城を出てからのベルは黙りこくっている。
「この世界の歪みを正すとか、僕には正直よくわからないんだ。それと、僕たちが別の世界から来た話を広めるかどうかってことは、どういう関係があるの?」
僕が話しかけても、ベルは俯いたままだ。いつもなら、すぐに何かしら返事をくれるのに。
「ベル?」
「デガさんっ!」
ベルは急にぱっとこちらを向いて、僕の名前を何度か口にした。
「デガさん……デガさんは……」
ベルが立ち止まり、震えるほど拳を堅く握りしめている。
「どうしたの?」
僕がベルを覗き込むと、ベルは一歩後ろへ引いた。
「わたくしは、デガさんのことが、気になって……夜、よく眠れなくてっ」
「へっ?」
一体何を言い出すのか。
「前に野営した時、ベルはすぐ寝てたよ」
「あの時はっ! デガさんが隣にいて、落ち着いて、安心できてっ」
ベルの顔がどんどん赤くなるかと思いきや、もう一歩後ろへ引いて、今度は顔を青くしている。
「こんな……こんな気持ち、初めてで……わたくし、一体、どうして……」
ベルは両手で頭を抱えてふるふると左右に振った。
「ベル、もしかして、僕のこと……好きなの?」
特定の誰かのことを考えると挙動不審になる。
この一点で僕は、烏滸がましい予想を口にした。
「デガさんのことは、好きです。カイトさんやチャバさんのことも、ジョーさんやピヨラさんも、好ましいと思っています」
ベルは少しだけ落ち着いて、言葉を紡いだ。
「デガさんだけ、他の方と違うのです。まだお会いして半年も経っていないのに、デガさんが……元の世界へ帰ってしまうと考えただけで……気が狂いそうでっ」
ぽたぽたと、ベルの顔から何かが滴り落ちた。涙だ。
どうして、ベルが泣くんだ。
「とりあえず、帰ろう。家で落ち着いて話そう?」
「……はい」
僕はベルの手を引いて、早足で家へ向かった。
家には誰も居なかった。今日は朝からチャバさんが、ジョーとピヨラに町を案内すると言っていたし、カイトは仕事だ。
僕は迷ったが、ベルをベルの部屋に押し込み、お茶を用意してベルの部屋へ入った。
まだ鼻をぐずぐずやっているベルの隣に座り、お茶を勧める。
ベルはゆっくりとお茶に口をつけた。
「すごく今更なんだけど、まず僕の話を聞いて欲しい」
僕が話し始めると、ベルは黙ったまま頷いた。
「僕は元いた世界で、大学生っていうのをやってた」
単語の解説を交えつつ、身の上話をした。
両親が健在なこと。妹が一人いること。犬を飼っていること。大学には友人が何人かいること。
この世界への召喚が元の世界にどういう影響を与えているかはまだわかっていないが、仮にこの世界と元の世界の時間の流れが同じだったら、半年近く行方不明になっている僕を、彼らが心配しているだろうということ。
「少なくとも、両親と妹と犬は、僕に家族愛を向けてくれてると思ってる。僕も家族のことが好きだし、会いたい。元の世界へ戻りたいのは、そういう理由だ」
話を一区切りしてベルを見ると、ベルは新たな涙を流していた。
「申し訳ありません、デガさん。わたくし、自分のことしか……この世界のことしか、考えておりませんでした……」
そう言って、さめざめと泣く。
僕はだいぶ迷ったが、ベルの頭をそっと撫でた。
「しょうがないよ。僕だって自分のことしか考えてなかった。ベルが、その……僕に好意を向けてくれてるなんて、考えが足りなくて」
とはいえ、僕のどこにベルから好かれる要素があったのか、甚だ疑問だ。
自分で言うのも何だが、僕の見た目は十人並だ。カイトの方が大人びているし、ジョーの方が垢抜けている。
性格も、自分のことしか考えてない。つまり自己中心的で我儘。
今だってこうしてベルを泣かせてしまっているし。
魔物がいて、冒険者という職業のあるこの世界だから、強さこそ全てみたいな考えがあるとしても、僕のはチートという反則技によるものであって、僕自身はかなり非力だ。
多分、一緒に仕事をしている間に情が移ったとか、そのあたりだろう。
「わたくし、デガさんと一緒にいて、一緒に過ごして……とても、教会で神に仕えていたときよりも、満ち足りていました」
泣き止んだベルが、ぽそぽそと話し始めた。
「正直に白状しますと、始めは義務感からでした。神のお言葉通りの容姿のデガさんに、誠心誠意お仕えすることが、わたくしに与えられた使命であると」
まあそうだよな。やっぱり……。
「ですが、もし仮に……失礼を承知で申し上げますと、例えばカイトさんがデガさんと同じ力を持ってわたくしの前に現れたとしても、こんな……こんな気持ちには、ならなかったと確信しているのです」
……ん?
「カイトさんは初めから『慣れた仕事』を選びました。それが駄目だというわけではないのですが……デガさんにだって、別の選択肢はあったはずです。なのに、デガさんは、大金を稼いで皆様を蘇生させると決めて、元の世界には存在しなかった魔物を相手にすることを選びました」
良く言えばそういうことになるのか。
実際は、他にできることなんて思いつかなかっただけだ。
カイトみたいに事務仕事ができるわけでも、チャバさんみたいに歌が上手いわけでもない。
「それはチートがあったからで……」
「デガさんはこれまで一度も、チートを悪用してません。その気になれば、どんなことでもできたはずです」
確かに、日常でもダイスロールする場面はいくらでもあった。
魔物を相手にする時や皆を守るためのダイスロールは良い方へ転がるように設定してあるが、例えば人と話していて『魅了』や『言いくるめ』なんかのロールが出てきても、ロール自体を放棄するか、ランダムに任せている。
「そりゃあ、その一線を越えたら人間として駄目な気がしただけで」
上手く説明できなかったが、ベルはまだ潤んでいる瞳を細め、僕の手を取った。
「はい。その一線を越えていたら、わたくしはデガさんに着いてきておりません」
ベルの手は相変わらず指が細くて、少し荒れてカサカサしている。
頑張ってる人の手という感じがして、僕は嫌いじゃない。
その手が、僕の手を愛おしそうに包んだ。
「わたくしは、デガさんのことを一人の人間として、もっとよく考えるべきでした。わたくしの我儘で困らせてしまって、申し訳ありません。デガさんが元の世界へお帰りになられる時は、笑顔で見送ると約束します」
僕の心臓がズキンと音を立てた。
何だ、今の。
「う、うん」
胸の痛みを隠して、曖昧に頷いたような気がする。
何故かベルの顔をよく見ることができなかった。
ベルは自分に治癒魔法を掛けて、泣き腫らした顔を綺麗にしていた。治癒魔法って、そんなふうに使えるのか。
夕方に皆が帰ってきて、ベルの顔を見ても、誰も何も言わなかった。
「おかえり。町はどうだった?」
「ちょっとイタリアに似てた」
「似てたって、見てきたように言うね」
「行ったことあるもの」
ピヨラの発言に、ベル以外がどよめいた。
「その歳で海外旅行経験済みだと……?」
「オレまだ一度も行ったこと無い。っつーか本州から出たこともねぇよ」
「僕は北海道と沖縄には行った」
「お? マウントか?」
「違うって。カイトとチャバさんは?」
「あたしはアメリカとイギリスは行ったね。仕事で」
「俺はジョーと同じだ。本州から出たことない」
皆から一歩引いたところにいるベルに、ピヨラが気づいた。
「ごめん、こんな話しててもわかんないよね」
「いえ、知らない土地の話は聞いているだけで楽しいものです」
「ベルさん、人間ができてるなぁ」
ピヨラが記憶を頼りに、元いた世界の地図をざっと紙に書き、どこが日本でどこがイタリアかを解説しはじめた。
ベルは本当に楽しそうに聞いていた。
「ミヒャエル嬢。気持ちはわかるが、デガのこともよく考えてやってくれ」
ギルド長はそう言い残して、冒険者ギルドの建物の中へ入っていった。
僕とベルは町から徒歩で、自宅へ向かっている。
「ねえ、ベル。一体どうしたの?」
城を出てからのベルは黙りこくっている。
「この世界の歪みを正すとか、僕には正直よくわからないんだ。それと、僕たちが別の世界から来た話を広めるかどうかってことは、どういう関係があるの?」
僕が話しかけても、ベルは俯いたままだ。いつもなら、すぐに何かしら返事をくれるのに。
「ベル?」
「デガさんっ!」
ベルは急にぱっとこちらを向いて、僕の名前を何度か口にした。
「デガさん……デガさんは……」
ベルが立ち止まり、震えるほど拳を堅く握りしめている。
「どうしたの?」
僕がベルを覗き込むと、ベルは一歩後ろへ引いた。
「わたくしは、デガさんのことが、気になって……夜、よく眠れなくてっ」
「へっ?」
一体何を言い出すのか。
「前に野営した時、ベルはすぐ寝てたよ」
「あの時はっ! デガさんが隣にいて、落ち着いて、安心できてっ」
ベルの顔がどんどん赤くなるかと思いきや、もう一歩後ろへ引いて、今度は顔を青くしている。
「こんな……こんな気持ち、初めてで……わたくし、一体、どうして……」
ベルは両手で頭を抱えてふるふると左右に振った。
「ベル、もしかして、僕のこと……好きなの?」
特定の誰かのことを考えると挙動不審になる。
この一点で僕は、烏滸がましい予想を口にした。
「デガさんのことは、好きです。カイトさんやチャバさんのことも、ジョーさんやピヨラさんも、好ましいと思っています」
ベルは少しだけ落ち着いて、言葉を紡いだ。
「デガさんだけ、他の方と違うのです。まだお会いして半年も経っていないのに、デガさんが……元の世界へ帰ってしまうと考えただけで……気が狂いそうでっ」
ぽたぽたと、ベルの顔から何かが滴り落ちた。涙だ。
どうして、ベルが泣くんだ。
「とりあえず、帰ろう。家で落ち着いて話そう?」
「……はい」
僕はベルの手を引いて、早足で家へ向かった。
家には誰も居なかった。今日は朝からチャバさんが、ジョーとピヨラに町を案内すると言っていたし、カイトは仕事だ。
僕は迷ったが、ベルをベルの部屋に押し込み、お茶を用意してベルの部屋へ入った。
まだ鼻をぐずぐずやっているベルの隣に座り、お茶を勧める。
ベルはゆっくりとお茶に口をつけた。
「すごく今更なんだけど、まず僕の話を聞いて欲しい」
僕が話し始めると、ベルは黙ったまま頷いた。
「僕は元いた世界で、大学生っていうのをやってた」
単語の解説を交えつつ、身の上話をした。
両親が健在なこと。妹が一人いること。犬を飼っていること。大学には友人が何人かいること。
この世界への召喚が元の世界にどういう影響を与えているかはまだわかっていないが、仮にこの世界と元の世界の時間の流れが同じだったら、半年近く行方不明になっている僕を、彼らが心配しているだろうということ。
「少なくとも、両親と妹と犬は、僕に家族愛を向けてくれてると思ってる。僕も家族のことが好きだし、会いたい。元の世界へ戻りたいのは、そういう理由だ」
話を一区切りしてベルを見ると、ベルは新たな涙を流していた。
「申し訳ありません、デガさん。わたくし、自分のことしか……この世界のことしか、考えておりませんでした……」
そう言って、さめざめと泣く。
僕はだいぶ迷ったが、ベルの頭をそっと撫でた。
「しょうがないよ。僕だって自分のことしか考えてなかった。ベルが、その……僕に好意を向けてくれてるなんて、考えが足りなくて」
とはいえ、僕のどこにベルから好かれる要素があったのか、甚だ疑問だ。
自分で言うのも何だが、僕の見た目は十人並だ。カイトの方が大人びているし、ジョーの方が垢抜けている。
性格も、自分のことしか考えてない。つまり自己中心的で我儘。
今だってこうしてベルを泣かせてしまっているし。
魔物がいて、冒険者という職業のあるこの世界だから、強さこそ全てみたいな考えがあるとしても、僕のはチートという反則技によるものであって、僕自身はかなり非力だ。
多分、一緒に仕事をしている間に情が移ったとか、そのあたりだろう。
「わたくし、デガさんと一緒にいて、一緒に過ごして……とても、教会で神に仕えていたときよりも、満ち足りていました」
泣き止んだベルが、ぽそぽそと話し始めた。
「正直に白状しますと、始めは義務感からでした。神のお言葉通りの容姿のデガさんに、誠心誠意お仕えすることが、わたくしに与えられた使命であると」
まあそうだよな。やっぱり……。
「ですが、もし仮に……失礼を承知で申し上げますと、例えばカイトさんがデガさんと同じ力を持ってわたくしの前に現れたとしても、こんな……こんな気持ちには、ならなかったと確信しているのです」
……ん?
「カイトさんは初めから『慣れた仕事』を選びました。それが駄目だというわけではないのですが……デガさんにだって、別の選択肢はあったはずです。なのに、デガさんは、大金を稼いで皆様を蘇生させると決めて、元の世界には存在しなかった魔物を相手にすることを選びました」
良く言えばそういうことになるのか。
実際は、他にできることなんて思いつかなかっただけだ。
カイトみたいに事務仕事ができるわけでも、チャバさんみたいに歌が上手いわけでもない。
「それはチートがあったからで……」
「デガさんはこれまで一度も、チートを悪用してません。その気になれば、どんなことでもできたはずです」
確かに、日常でもダイスロールする場面はいくらでもあった。
魔物を相手にする時や皆を守るためのダイスロールは良い方へ転がるように設定してあるが、例えば人と話していて『魅了』や『言いくるめ』なんかのロールが出てきても、ロール自体を放棄するか、ランダムに任せている。
「そりゃあ、その一線を越えたら人間として駄目な気がしただけで」
上手く説明できなかったが、ベルはまだ潤んでいる瞳を細め、僕の手を取った。
「はい。その一線を越えていたら、わたくしはデガさんに着いてきておりません」
ベルの手は相変わらず指が細くて、少し荒れてカサカサしている。
頑張ってる人の手という感じがして、僕は嫌いじゃない。
その手が、僕の手を愛おしそうに包んだ。
「わたくしは、デガさんのことを一人の人間として、もっとよく考えるべきでした。わたくしの我儘で困らせてしまって、申し訳ありません。デガさんが元の世界へお帰りになられる時は、笑顔で見送ると約束します」
僕の心臓がズキンと音を立てた。
何だ、今の。
「う、うん」
胸の痛みを隠して、曖昧に頷いたような気がする。
何故かベルの顔をよく見ることができなかった。
ベルは自分に治癒魔法を掛けて、泣き腫らした顔を綺麗にしていた。治癒魔法って、そんなふうに使えるのか。
夕方に皆が帰ってきて、ベルの顔を見ても、誰も何も言わなかった。
「おかえり。町はどうだった?」
「ちょっとイタリアに似てた」
「似てたって、見てきたように言うね」
「行ったことあるもの」
ピヨラの発言に、ベル以外がどよめいた。
「その歳で海外旅行経験済みだと……?」
「オレまだ一度も行ったこと無い。っつーか本州から出たこともねぇよ」
「僕は北海道と沖縄には行った」
「お? マウントか?」
「違うって。カイトとチャバさんは?」
「あたしはアメリカとイギリスは行ったね。仕事で」
「俺はジョーと同じだ。本州から出たことない」
皆から一歩引いたところにいるベルに、ピヨラが気づいた。
「ごめん、こんな話しててもわかんないよね」
「いえ、知らない土地の話は聞いているだけで楽しいものです」
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