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学院への道中で賊に襲われたのは、一度きりで済んだ。
例の賊は最近周辺を荒らし回っていた盗賊団だったそうで、僕たちは盗賊団に懸かっていた懸賞金と、警備兵からは感謝状まで貰ってしまった。
「ですから、私ではなく若様……ローツェ様がですね」
「主人に花持たせたいのは解るが、十かそこらの子供がなぁ」
「いいよカンジュ。カンジュが受け取っておきなよ」
「若様がそう仰るのでしたら」
盗賊団討伐の功績を誰が受け取るかで、ちらっと揉めた。
と言っても、学院入学前の僕より、18歳のカンジュに渡そうとした警備兵長に非はない。
カンジュは抗議したが、こんなところで時間を潰したくないし、カンジュが受け取ったところで誰も困らない。
「旦那様には詳細をお伝えしておきますね」
「それもいいってば。賊に襲われたことがバレたら、警護の人間増やされるかもしれない」
「思い至りませんでした。旦那様には伏せておきます」
寮に入る際、本当は僕の警護という名目で、カンジュ以外にも数人の従者が付くはずだった。
それを断ったのは記憶を思い出す前の僕で、カンジュ一人で十分であると実力で周囲を黙らせたのはカンジュだ。
僕は昔から、ひとりで過ごすのが好きだった。
持って生まれた性分だと思っていたが、確実に、前世が影響している。
前世で両親が死んだ時、ショックでそれまでの両親との思い出が何もかも曖昧になり、僕にはただ「両親が死んでしまった」という事実だけが残った。
僕にろくな遺産が相続されないとわかると、血が繋がっているはずの親戚でさえ、僕を押し付けあった。
学校では「親が死んだ不吉な奴」と虐められ、事なかれ主義の教師たちからは疎まれた。
そんな環境だったから、ひとりのほうが、気楽だったのだ。
記憶がない間も両親を大切に想っていたし、ひとりが気楽というのも、前世を引きずっていたのだと今なら解る。
カンジュだけは、小さい頃から僕の近くにいたせいか、居場所がわからないと落ち着かない気分になる。
だから、伯爵特権で連れていける侍従にカンジュを指名した。
今更人を増やされても、気忙しいだけだ。
道中のトラブルは賊の一件のみで、僕たちは予定通り学院へ到着した。
間に合わないことも計算に入れてあったので、入学式は三日後だ。
「ガルマータ家のローツェ・ガルマータだ。こちらは従者のカンジュ」
「はい……はい、お名前ございます。お部屋は二階の一番奥ですね」
寮の入り口で名前と学院の紋が入った書類を見せると、受付の中年女性から部屋の鍵を渡された。
お礼を言いかけて、カンジュに手で制された。
「ありがとうございます」
そしてカンジュが礼を口にした。
「いえいえ、ご丁寧にどうも」
そうだった、貴族はこういうときに気軽にお礼を言わないんだった。
うーん、やっぱり気になる。
「大丈夫ですか?」
「なんとか」
お礼を言えないモヤモヤをかかえながら、言われた通りの部屋へ向かう。
僕たち以外にも先に到着している人が何人かいるようで、侍従たちが荷物を運んだり、打ち合わせをしたりと忙しくしている。
「一番奥ってここで……あ、名前書いてあるのか」
部屋の扉の横には「ローツェ・ガルマータ」と書かれたネームプレートが貼ってあった。
分かりやすくて良い。
早速入ると、まず二人がけソファーが二つとテーブルが置かれた居間があった。
寝室が二つで、それぞれに風呂トイレつき。キッチンとダイニングもある。
「意外と広いな」
「狭いくらいですよ。ご自分のお部屋のことをお忘れですか」
「まぁ、あれに比べたらね」
実家の自室は、寮の部屋の倍はある。
「前世で最後に暮らしてた家はここの半分……いや、この居間くらいの広さで全部だったからなぁ」
ワンルームの、いわゆる安アパートだった。会社がブラックだから寝るために帰っていただけの。
「そんな、おいたわしや……」
カンジュが悲しそうな声を出した。珍しい。
「もう済んだことだよ。さ、荷解きしよう」
「お茶をご用意しますから、お休みください」
「部屋の中なら外から見えないだろ。二人で片付けたほうが早い。っつーかどうせ暇だし、やらせてよ」
「若様がそう仰るのでしたら」
二人がかりで荷解きと片付けをしている最中、僕はあることに気づいた。
そういえば僕は今、10歳だった。日本の感覚で言えば……いや、この世界でもまだ子供だ。
剣術の稽古で身体を鍛えているとはいえ、その割には力が強いというか、体力も底なしというか。
大きな荷物は前が見えなくて危ないからとカンジュが受け持ったが、重たい荷物でも楽々運べた。
記憶を手繰ってみるも、実家にいた時の僕はこんな作業しなかったから、比較できない。
何かを運ぶのは、侍従たちの役割だ。貴族がやる仕事じゃない。
「ねぇカンジュ。僕これ片手で持てるんだけどさ、これって凄い?」
部屋に備え付けてあった重厚なタンスの角を無造作につかんで持ち上げてみせた。
「危のうございま……全く危なげなくお持ちになられてますね」
「前の僕はこういうことできた?」
「そのような機会はございませぬゆえ」
カンジュにも分からないならお手上げだ。
僕はそっとタンスを元の位置に下ろした。
荷解きと片付けは一時間もかからず終わった。
カンジュがお茶を淹れてくれたので、ひと息つく。
居間のテーブルの上には「学院案内」と「寮生活のしおり」が置かれていた。
学院案内の方は入試のときに渡されたので家で熟読してきたから、寮生活のしおりの方を読む。
「掃除は授業中に、洗濯は指定の場所に置いておけば寮付きの侍女がやってくれるのか。食事は……食堂があって、営業時間が……」
僕は伯爵子息だから侍女のカンジュを連れてこられたが、寮には子爵と男爵もいる。
10歳の子供が一人で寮に放り込まれて、生活できるかなんて怪しい。
だからか、生活のフォローはしっかりしている。
「凄いな、勉学にばっちり打ち込めるね」
「当然です」
僕が感心しているのに、カンジュは冷めたものだ。
入学式までの三日間、僕はカンジュと二人で学院内を歩き回り、どこに何があるのかを把握するのに費やした。
入学前の僕でも、学院の施設の一部は使うことができた。
室内トレーニングルームで剣術の稽古をしたり、食堂の食事を食べてみたりした。
かなり充実した日々を過ごせたため、三日はあっという間に過ぎた。
今日はいよいよ入学式だ。
「おい、あれ公爵子息の……」
「そうだよな。どうしてここに?」
「しっ! あの噂を知らないのか?」
「なんだよ噂って……」
入学式では生徒全員が正装をしているのだが、一人際立って豪華な服を着て、他の入学生とは少し離れた特等席のような場所で椅子に座っている男子生徒がいた。
周りがひそひそとそいつについての話をしている。
この学院は貴族の子女なら誰でも入学できるが、公爵と侯爵は、別の学院へ入学するのが常となっていた。
この学院の名が「ルズコート貴族学院」で、別の学院というのが「聖キングヒル大貴族学院」。通称「貴族学院」と「聖学院」。
侯爵以上が通う聖学院ではここよりも高度で特殊な授業を受けることが出来る、らしい。僕には縁がないし、望んで入れるわけでもないので、よく知らない。
噂話に耳を傾けると「三代前が王族の由緒正しい家」「頭の出来がよろしくない」「さりとて剣術・魔術共に平凡」「本人は『下位貴族との交流を大切にするため』と言い張っているが、実際は聖学院の入試に落ちた」等の、あまり良くない話が聞こえてくる。
それにしても貴族って、10歳でこうも世間の噂に敏感なのか。
少々気が遠くなっているうちに、壇上に誰かが上がった。
「これより入学式を始めます。先ずは当学院の院長より挨拶です」
院長の挨拶の最中に、僕は教師のひとりに呼ばれてそろりと席を抜け出した。
入試で一位を取ってしまったから、入学生代表挨拶に指名されているのだ。
挨拶文は全て頭に入っている。この身体、頭の出来も良い。
舞台袖へ入ると、なにやら揉めている声が聞こえてきた。
「どうして俺じゃないんだ!」
「入試の結果で決めております。学院の伝統ですので……」
「そんな伯爵子息なんかより、公爵子息の俺の言葉の方がありがたいに決まってるだろう!」
騒いでいるのは、噂になっていた入学生だ。
肩まであるさらっさらの金髪に、少々冷たい感じのする碧眼。絵に描いたような美少年なのに、言動が全てを台無しにしている。
入学の際、伯爵子息だから色々と特典はあったけれど、学院内での生活において爵位の差は無いものとされる。
……と、入学のしおりにも書いてあった。
あの様子では、読んでないんだろうなぁ。
「挨拶に求められるのは、ありがたさではなく、入学生全員の頂点に立った人物からの決意表明です」
「そんなもの関係ない!」
「モーネ先生」
公爵子息に真っ向から正論を叩きつけた女性に、別の男性が小声で耳打ちする。
それから、二人して僕を見た。
モーネ先生と呼ばれた女性は、あからさまに失望の溜息をついて、僕の傍に寄ってきた。
「あなたがローツェ・ガルマータ君ね」
「はい」
「申し訳ないのだけど、挨拶の台本をこちらへ渡してください」
「今ここには持っていません。全部暗記してきたので」
ちなみに挨拶文は、丁寧に喋れば5分程の内容、だいたい1500字くらいだ。
この時、会場から拍手が聞こえた。院長のスピーチが終わったのだ。
新入生の挨拶は、次だ。
「今から部屋へ取りに戻る時間はありませんね。ネビス君。彼が口頭であなたに伝えて、今すぐ覚えきれますか?」
「はっ!? そ、そのくらい余裕だ! さあ、さっさと教えろ!」
どうやら、先生たちはなにかの圧力に屈し、僕は入学生代表の役をこのアホに譲らなければならないらしい。
まあいいか。目立つの好きじゃないし。
「では……『今日という日を迎え、私たちは新しい生活への希望に、心を躍らせています。これから6年間の学院生活を迎えるにあたって、私たちは勉学に励み、心身を鍛え……』」
「ま、待て待て! おい、メモしているか!?」
「しておりませんよ。記述する時間は無いと言いました」
「ええい! もういい! 俺が、俺の言葉で挨拶するっ!」
「なっ!?」
ネビス公爵子息は肩を怒らせてずんずんと壇上へ向かっていってしまった。
結果は散々だった。
「俺はフォート・ベン・ネビス。ネビス公爵子息だ。俺がこの学院へわざわざ入学してやったのは、貴族の中でも下の者たちの生活の様子を知るよい機会だと思ったからだ。だからえーっと、友人づきあいしたいやつは、俺に話しかけることを許す。それから……」
ネビス公爵子息は支離滅裂な内容の挨拶を、約20分に渡って堂々と垂れ流した。
話が一区切り着いたところで、新入生たちのところに紛れた先生数名がわざと大きく拍手をし、フォートの演説を無理やり止めて、ようやく悪夢の時間は終わった。
僕はなんとなく、舞台の袖でずっと待機していた。今更席に戻るのも目立つし。
ネビス公爵子息が壇上から降りてきて、僕の横を通り過ぎる時、何故か勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「次は、新入生入試主席の挨拶です」
壇上にいる先生の一人が、奇妙な人物の挨拶を紹介した。
「はぁ!?」
ほとんど舞台袖から退出しかけていたネビス公爵子息が振り返って、素っ頓狂な声を上げる。
新入生入試主席……あ、僕か。
「結局やるんですか?」
「貴方の暗記の苦労を無駄にしてはいけませんからね。やれますか?」
「はい」
何事か喚くネビス公爵子息を放置して、僕は壇上へ上がった。
スピーチの後は、温かい拍手を頂いた。
「若様が出てこないときは、何があったのかと」
「心配かけてごめんね」
「若様は少しも悪くありません」
「そうだけどさ」
つい謝ってしまうのも、前世の影響かな。これは修正したほうが良さそうだ。
入学式は、ちょっとした混乱はあったが、無事に終わった。
その後僕たちはクラス分けに従って教室へ入り、全員順繰りに軽く自己紹介をし、先生から諸々の説明や注意を受けて、寮へ帰ってきたところだ。
僕のクラスは1組。成績順で分けられるはずのクラスなのだが、何故かネビス公爵子息がいた。
担任が「貴方は違いますよ」と追い出そうとしても公爵子息は「新入生代表をやったのだから俺はこのクラスに相応しい」と謎の理論を展開して言うことを聞かなかった。
副担任がどこかへ行き、戻ってきたときには手に新しい出席簿を持っていたから、やはり何らかの圧力に屈したようだ。
「困った人ですね」
教室での出来事を話し終えた後、カンジュが苦渋に満ちた顔で呟いたので、僕は頷いて同意した。
例の賊は最近周辺を荒らし回っていた盗賊団だったそうで、僕たちは盗賊団に懸かっていた懸賞金と、警備兵からは感謝状まで貰ってしまった。
「ですから、私ではなく若様……ローツェ様がですね」
「主人に花持たせたいのは解るが、十かそこらの子供がなぁ」
「いいよカンジュ。カンジュが受け取っておきなよ」
「若様がそう仰るのでしたら」
盗賊団討伐の功績を誰が受け取るかで、ちらっと揉めた。
と言っても、学院入学前の僕より、18歳のカンジュに渡そうとした警備兵長に非はない。
カンジュは抗議したが、こんなところで時間を潰したくないし、カンジュが受け取ったところで誰も困らない。
「旦那様には詳細をお伝えしておきますね」
「それもいいってば。賊に襲われたことがバレたら、警護の人間増やされるかもしれない」
「思い至りませんでした。旦那様には伏せておきます」
寮に入る際、本当は僕の警護という名目で、カンジュ以外にも数人の従者が付くはずだった。
それを断ったのは記憶を思い出す前の僕で、カンジュ一人で十分であると実力で周囲を黙らせたのはカンジュだ。
僕は昔から、ひとりで過ごすのが好きだった。
持って生まれた性分だと思っていたが、確実に、前世が影響している。
前世で両親が死んだ時、ショックでそれまでの両親との思い出が何もかも曖昧になり、僕にはただ「両親が死んでしまった」という事実だけが残った。
僕にろくな遺産が相続されないとわかると、血が繋がっているはずの親戚でさえ、僕を押し付けあった。
学校では「親が死んだ不吉な奴」と虐められ、事なかれ主義の教師たちからは疎まれた。
そんな環境だったから、ひとりのほうが、気楽だったのだ。
記憶がない間も両親を大切に想っていたし、ひとりが気楽というのも、前世を引きずっていたのだと今なら解る。
カンジュだけは、小さい頃から僕の近くにいたせいか、居場所がわからないと落ち着かない気分になる。
だから、伯爵特権で連れていける侍従にカンジュを指名した。
今更人を増やされても、気忙しいだけだ。
道中のトラブルは賊の一件のみで、僕たちは予定通り学院へ到着した。
間に合わないことも計算に入れてあったので、入学式は三日後だ。
「ガルマータ家のローツェ・ガルマータだ。こちらは従者のカンジュ」
「はい……はい、お名前ございます。お部屋は二階の一番奥ですね」
寮の入り口で名前と学院の紋が入った書類を見せると、受付の中年女性から部屋の鍵を渡された。
お礼を言いかけて、カンジュに手で制された。
「ありがとうございます」
そしてカンジュが礼を口にした。
「いえいえ、ご丁寧にどうも」
そうだった、貴族はこういうときに気軽にお礼を言わないんだった。
うーん、やっぱり気になる。
「大丈夫ですか?」
「なんとか」
お礼を言えないモヤモヤをかかえながら、言われた通りの部屋へ向かう。
僕たち以外にも先に到着している人が何人かいるようで、侍従たちが荷物を運んだり、打ち合わせをしたりと忙しくしている。
「一番奥ってここで……あ、名前書いてあるのか」
部屋の扉の横には「ローツェ・ガルマータ」と書かれたネームプレートが貼ってあった。
分かりやすくて良い。
早速入ると、まず二人がけソファーが二つとテーブルが置かれた居間があった。
寝室が二つで、それぞれに風呂トイレつき。キッチンとダイニングもある。
「意外と広いな」
「狭いくらいですよ。ご自分のお部屋のことをお忘れですか」
「まぁ、あれに比べたらね」
実家の自室は、寮の部屋の倍はある。
「前世で最後に暮らしてた家はここの半分……いや、この居間くらいの広さで全部だったからなぁ」
ワンルームの、いわゆる安アパートだった。会社がブラックだから寝るために帰っていただけの。
「そんな、おいたわしや……」
カンジュが悲しそうな声を出した。珍しい。
「もう済んだことだよ。さ、荷解きしよう」
「お茶をご用意しますから、お休みください」
「部屋の中なら外から見えないだろ。二人で片付けたほうが早い。っつーかどうせ暇だし、やらせてよ」
「若様がそう仰るのでしたら」
二人がかりで荷解きと片付けをしている最中、僕はあることに気づいた。
そういえば僕は今、10歳だった。日本の感覚で言えば……いや、この世界でもまだ子供だ。
剣術の稽古で身体を鍛えているとはいえ、その割には力が強いというか、体力も底なしというか。
大きな荷物は前が見えなくて危ないからとカンジュが受け持ったが、重たい荷物でも楽々運べた。
記憶を手繰ってみるも、実家にいた時の僕はこんな作業しなかったから、比較できない。
何かを運ぶのは、侍従たちの役割だ。貴族がやる仕事じゃない。
「ねぇカンジュ。僕これ片手で持てるんだけどさ、これって凄い?」
部屋に備え付けてあった重厚なタンスの角を無造作につかんで持ち上げてみせた。
「危のうございま……全く危なげなくお持ちになられてますね」
「前の僕はこういうことできた?」
「そのような機会はございませぬゆえ」
カンジュにも分からないならお手上げだ。
僕はそっとタンスを元の位置に下ろした。
荷解きと片付けは一時間もかからず終わった。
カンジュがお茶を淹れてくれたので、ひと息つく。
居間のテーブルの上には「学院案内」と「寮生活のしおり」が置かれていた。
学院案内の方は入試のときに渡されたので家で熟読してきたから、寮生活のしおりの方を読む。
「掃除は授業中に、洗濯は指定の場所に置いておけば寮付きの侍女がやってくれるのか。食事は……食堂があって、営業時間が……」
僕は伯爵子息だから侍女のカンジュを連れてこられたが、寮には子爵と男爵もいる。
10歳の子供が一人で寮に放り込まれて、生活できるかなんて怪しい。
だからか、生活のフォローはしっかりしている。
「凄いな、勉学にばっちり打ち込めるね」
「当然です」
僕が感心しているのに、カンジュは冷めたものだ。
入学式までの三日間、僕はカンジュと二人で学院内を歩き回り、どこに何があるのかを把握するのに費やした。
入学前の僕でも、学院の施設の一部は使うことができた。
室内トレーニングルームで剣術の稽古をしたり、食堂の食事を食べてみたりした。
かなり充実した日々を過ごせたため、三日はあっという間に過ぎた。
今日はいよいよ入学式だ。
「おい、あれ公爵子息の……」
「そうだよな。どうしてここに?」
「しっ! あの噂を知らないのか?」
「なんだよ噂って……」
入学式では生徒全員が正装をしているのだが、一人際立って豪華な服を着て、他の入学生とは少し離れた特等席のような場所で椅子に座っている男子生徒がいた。
周りがひそひそとそいつについての話をしている。
この学院は貴族の子女なら誰でも入学できるが、公爵と侯爵は、別の学院へ入学するのが常となっていた。
この学院の名が「ルズコート貴族学院」で、別の学院というのが「聖キングヒル大貴族学院」。通称「貴族学院」と「聖学院」。
侯爵以上が通う聖学院ではここよりも高度で特殊な授業を受けることが出来る、らしい。僕には縁がないし、望んで入れるわけでもないので、よく知らない。
噂話に耳を傾けると「三代前が王族の由緒正しい家」「頭の出来がよろしくない」「さりとて剣術・魔術共に平凡」「本人は『下位貴族との交流を大切にするため』と言い張っているが、実際は聖学院の入試に落ちた」等の、あまり良くない話が聞こえてくる。
それにしても貴族って、10歳でこうも世間の噂に敏感なのか。
少々気が遠くなっているうちに、壇上に誰かが上がった。
「これより入学式を始めます。先ずは当学院の院長より挨拶です」
院長の挨拶の最中に、僕は教師のひとりに呼ばれてそろりと席を抜け出した。
入試で一位を取ってしまったから、入学生代表挨拶に指名されているのだ。
挨拶文は全て頭に入っている。この身体、頭の出来も良い。
舞台袖へ入ると、なにやら揉めている声が聞こえてきた。
「どうして俺じゃないんだ!」
「入試の結果で決めております。学院の伝統ですので……」
「そんな伯爵子息なんかより、公爵子息の俺の言葉の方がありがたいに決まってるだろう!」
騒いでいるのは、噂になっていた入学生だ。
肩まであるさらっさらの金髪に、少々冷たい感じのする碧眼。絵に描いたような美少年なのに、言動が全てを台無しにしている。
入学の際、伯爵子息だから色々と特典はあったけれど、学院内での生活において爵位の差は無いものとされる。
……と、入学のしおりにも書いてあった。
あの様子では、読んでないんだろうなぁ。
「挨拶に求められるのは、ありがたさではなく、入学生全員の頂点に立った人物からの決意表明です」
「そんなもの関係ない!」
「モーネ先生」
公爵子息に真っ向から正論を叩きつけた女性に、別の男性が小声で耳打ちする。
それから、二人して僕を見た。
モーネ先生と呼ばれた女性は、あからさまに失望の溜息をついて、僕の傍に寄ってきた。
「あなたがローツェ・ガルマータ君ね」
「はい」
「申し訳ないのだけど、挨拶の台本をこちらへ渡してください」
「今ここには持っていません。全部暗記してきたので」
ちなみに挨拶文は、丁寧に喋れば5分程の内容、だいたい1500字くらいだ。
この時、会場から拍手が聞こえた。院長のスピーチが終わったのだ。
新入生の挨拶は、次だ。
「今から部屋へ取りに戻る時間はありませんね。ネビス君。彼が口頭であなたに伝えて、今すぐ覚えきれますか?」
「はっ!? そ、そのくらい余裕だ! さあ、さっさと教えろ!」
どうやら、先生たちはなにかの圧力に屈し、僕は入学生代表の役をこのアホに譲らなければならないらしい。
まあいいか。目立つの好きじゃないし。
「では……『今日という日を迎え、私たちは新しい生活への希望に、心を躍らせています。これから6年間の学院生活を迎えるにあたって、私たちは勉学に励み、心身を鍛え……』」
「ま、待て待て! おい、メモしているか!?」
「しておりませんよ。記述する時間は無いと言いました」
「ええい! もういい! 俺が、俺の言葉で挨拶するっ!」
「なっ!?」
ネビス公爵子息は肩を怒らせてずんずんと壇上へ向かっていってしまった。
結果は散々だった。
「俺はフォート・ベン・ネビス。ネビス公爵子息だ。俺がこの学院へわざわざ入学してやったのは、貴族の中でも下の者たちの生活の様子を知るよい機会だと思ったからだ。だからえーっと、友人づきあいしたいやつは、俺に話しかけることを許す。それから……」
ネビス公爵子息は支離滅裂な内容の挨拶を、約20分に渡って堂々と垂れ流した。
話が一区切り着いたところで、新入生たちのところに紛れた先生数名がわざと大きく拍手をし、フォートの演説を無理やり止めて、ようやく悪夢の時間は終わった。
僕はなんとなく、舞台の袖でずっと待機していた。今更席に戻るのも目立つし。
ネビス公爵子息が壇上から降りてきて、僕の横を通り過ぎる時、何故か勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「次は、新入生入試主席の挨拶です」
壇上にいる先生の一人が、奇妙な人物の挨拶を紹介した。
「はぁ!?」
ほとんど舞台袖から退出しかけていたネビス公爵子息が振り返って、素っ頓狂な声を上げる。
新入生入試主席……あ、僕か。
「結局やるんですか?」
「貴方の暗記の苦労を無駄にしてはいけませんからね。やれますか?」
「はい」
何事か喚くネビス公爵子息を放置して、僕は壇上へ上がった。
スピーチの後は、温かい拍手を頂いた。
「若様が出てこないときは、何があったのかと」
「心配かけてごめんね」
「若様は少しも悪くありません」
「そうだけどさ」
つい謝ってしまうのも、前世の影響かな。これは修正したほうが良さそうだ。
入学式は、ちょっとした混乱はあったが、無事に終わった。
その後僕たちはクラス分けに従って教室へ入り、全員順繰りに軽く自己紹介をし、先生から諸々の説明や注意を受けて、寮へ帰ってきたところだ。
僕のクラスは1組。成績順で分けられるはずのクラスなのだが、何故かネビス公爵子息がいた。
担任が「貴方は違いますよ」と追い出そうとしても公爵子息は「新入生代表をやったのだから俺はこのクラスに相応しい」と謎の理論を展開して言うことを聞かなかった。
副担任がどこかへ行き、戻ってきたときには手に新しい出席簿を持っていたから、やはり何らかの圧力に屈したようだ。
「困った人ですね」
教室での出来事を話し終えた後、カンジュが苦渋に満ちた顔で呟いたので、僕は頷いて同意した。
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※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
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