11 / 22
11
しおりを挟む
「話せるかね?」
院長先生に言われて、自分の身体の具合を確認した。
全身に倦怠感はあるが、身体が起こせないほどじゃない。
僕が上半身を起こそうとすると、カンジュとシャールが手伝おうとしてくれた。
「大丈夫だよ。話せます」
二人の助力を断り、院長先生と向き合った。
「まず、どうやってこれを倒したのか、教えてもらえるかな」
院長先生は何もない空間から、ずるり、と巨大な角を取り出した。
異空領域という、魔力量に応じて容量の決まる便利な魔術倉庫だ。
そういえば、僕も使えるよな。後で確認しておこう。
巨大な角はやや青みがかったアイボリーで、僕の足より太く長い。
「それって」
「君が倒した魔物だよ。見てないのかい?」
「ええと、姿は見てません。結界に何か引っかかったのを、魔力で潰した覚えはあるのですが」
「魔力で潰す!?」
「そんなことが可能なのか」
部屋には院長先生とカンジュとシャールの他に、担任のビリュイ先生と保健医のピスカ先生、学年主任のヴェロッテ先生や、他にも数名の先生がいた。
その先生たちが、一様に驚きの声を上げても、院長先生は全く動じず、僕への質問を続けた。
「ふむ。魔物を結界との接触で感知したのだね」
「恐らくですが、そうです」
自分がやったことに対して曖昧な返答しかできないのがもどかしい。
ここで僕は悪い予感が過って、数瞬躊躇った後、思い切って尋ねてみた。
「あのう、僕はもしかして、魔物以外を傷つけたり、壊したりしましたか?」
院長先生は僕の質問に、目を見開き、それから柔らかい笑みを浮かべた。
「心配無用、君は魔物以外を全く傷つけていない。君の結界のお陰で、被害は最小限に収まった。怪我人も全員、治療済みだよ」
よかった。あのときは思わず自分の魔力を最大限使ってしまったが、結果を聞いてホッとした。
「さて、これからのことは……日を改めて聞くことにしようか。今の君には休息が必要だ」
院長先生がそう言って保健室から出ていくと、他の先生も口々に僕に「おやすみなさい」などと言って続いた。
「まだ起きてられるんだけどなぁ」
保健室に残ったのは、カンジュとシャール、それにピスカ先生だ。
「普段、魔力制御に苦心しているガルマータ君があれだけの魔術を放ったのです。どんな影響があるか未知数すぎます。休むに越したことはありません」
「そうだぞ。どうせ試験は延期、授業もまたしばらく休みだろうし」
「お部屋でお休みになってくださいませ、若様」
三人からこれだけ心配されてしまっては、僕も逆らえない。
「わかったよ。……部屋まで自力で歩ける! カンジュっ!」
ベッドから下りようとした僕を、カンジュが所謂お姫様抱っこしてきた。
やめて。いくら十歳児とはいえ僕も男だ。更に言えば中身は三十六歳だ。
しかも女性にこんな抱き上げ方されるのは、色々と、矜持とか!
「ローツェ、ほら」
何かを悟ってくれたシャールが、僕にベッドのシーツをばさりと被せてくれた。
これでカンジュが問われて答えない限りは、僕が侍女にお姫様抱っこしているとはバレない。
シャールに最大級の感謝を送りたかったが、その前にカンジュがすたすたと歩き出してしまった。
僕はシーツがめくれないよう、しっかり掴んだ。
結局のところ、僕はなんともなかった。
普通に食事をして、寝て、起きて、念のためにピスカ先生に診てもらったが、異常なしだ。
「あれだけの魔術を使って、一晩で回復するとは……」
どうやら先生も驚くほどの回復ぶりだったらしい。
結果論だが、お姫様抱っこされたり、休憩したりする必要はなかったわけだ。
一度証明できたから、よしとしよう。
学院は、またしても休校状態に入った。
二度目の襲撃ということもあり、希望者は自宅学習を選択できることになった。
最初の八割ほどになっていた生徒数は、今回の件で殆どが自宅学習を選択した。
そんな中、学院に残った数少ない生徒である僕とシャールは、院長先生から呼び出されて院長室で、人を待っていた。
院長先生は僕たちを呼び出した後、ものすごく申し訳無さそうに「君たちを本当に呼び出した人たちを連れてくるから、少し待っててもらえるかね」と言って部屋を出ていってしまっている。
出された紅茶がぬるくなった頃、ようやく院長先生と、王宮騎士団の制服を着た人たちが五人、部屋に入ってきた。
「君がローツェ・ガルマータかね」
騎士団の中でも一番偉そうな、口ひげを蓄えた七三分けのおじさんが、僕に威圧感を迸らせながら尋ねてきた。
「はい」
隣のシャールが眉をひそめている。いくら騎士団の中で偉い人だとしても、この態度は良くないらしい。
「ふむ……。入学前の魔力値が二十で、ある日突然五千になったと」
偉そうな人は僕の返事を聞いたのかどうかも不明瞭なまま、手元の紙と僕を交互に見比べている。
「ガッシャー公爵令息の友人でもある、と。では君に、特例で魔特兵免許を授けよう」
「はい?」
これは、僕でも「このおっさん説明端折りすぎだろ」と思った。
「騎士団長殿。お仕事が大変なのはわかりますが、相手はまだ十歳の子供です。初めから、じっくり、ゆっくり、説明して差し上げてくださいませんか」
院長先生が横から口を挟んでくれたおかげで、団長はようやく詳しい話をするつもりになってくれた。
魔特兵というのは、街や都、国など地方公共団体的な所からの許可がないと、仕事にしてはいけない。
魔物を狩るための武器や魔術は、そのまま人間も傷つけたり、殺したりできてしまうからだ。
免許を持たない人が運悪く魔物に遭遇してしまった場合、その場で倒してもなにかの罪に問われることはないが、討伐証明部位をギルドへ持っていっても報酬は出ない。
前にも言ったが、貴族は基本的に魔物や魔特兵と関わらない。
だというのに、騎士団長殿は、僕に魔特兵の免許を与えるとおっしゃる。
さっきから何度も見てるその書類、僕が伯爵令息だってことも書いてあるよね、きっと。
「君が倒した魔物は、魔特兵の中でも一握りの人間にしか倒せぬほどの強敵だった。この際、年齢や貴族であることは関係なしに、君に免許を与えて魔物を討伐してもらったほうが、効率が良いと判断した。今後は魔物を存分に……」
「団長殿、団長殿。まだ端折りすぎておりますぞ」
騎士団長は、僕が魔特兵免許をありがたく受け取ると思いこんでいる様子で陶然と語りだした。それを、院長先生が再び止めた。
「ううむ、説明は苦手だ。後は頼む」
騎士団長が一歩下がると、今度は眼鏡をした長身の男性が前に進み出た。装備からして、この人は副団長とかかな。
「では私から。まずはじめに確認ですが、ローツェ・ガルマータ君。貴殿は魔特兵になりたいですか?」
ようやく大事なことを聞いてくれた。
「僕はまだ十歳で、貴族なので、現実問題として無理かなって。両親に心配掛けたくありませんし」
僕がすらすら答えると、副団長の一歩後ろで腕を組んで僕を睨むように見下ろしていた団長の片眉が、そんなに? と思うほど跳ね上がった。
「ですよね」
副団長さんの方が話がわかりそうだ。
「しかし、貴殿が倒した魔物は、先も団長が言った通り、かなりの強敵だったのです。免許を持っていれば、金貨三百枚の報酬が出ていたはずなのですよ。勿体ないと思いませんか?」
「それは、はい」
ちなみに金貨一枚で、平民一家がひと月食事に困らないほどの金額だ。
貴族の僕といえど、金貨三百枚はかなりの大金に思える。魔特兵って、そんなに稼げるんだ。
「そこで、『特例』なのです。今回の特例免許ならば、一般的な魔特兵が課せられる討伐義務は一切ありません。
貴殿は、もしまたこの学院に魔物が出た場合、それを討伐あるいは撃退することによって、報酬が得られるようになる。つまりはそういうことです」
「討伐義務って何ですか?」
「街や都、国から魔物討伐命令が下ったら、逆らえないことです」
「特例なら、命令はこない、自分から魔物を探して討伐しなくてもいいってことですか?」
「ええ、そうです」
副団長さん話わかりやすい。丁寧に噛み砕いて教えてくれる。最初からこの人が話せばよかったのに。
僕がそんな思いを抱いて隣の騎士団長をちらりと見ると、騎士団長は目を閉じて何かをこらえるように口元をぷるぷるさせていた。
「ここにシャール……ディスタギール君がいるのは何故ですか?」
僕は最後の疑問を副団長さんにぶつけた。
シャールは魔物を討伐していない。でもシャール本人は、ここにいることが当然とばかりの顔をしている。
「ディスタギール君が同席したいと願ったのじゃよ」
答えたのは院長先生だ。
「シャール?」
「騎士団と話をするって聞いてな。もし無茶振りだったら、父上に頼んでこの話をなかったことにさせるつもりだったんだ」
騎士団長は、今度は肩を震わせた。シャールがガッシャー公爵令息だというのは知っているっぽい。
今この部屋にいる人達の中で、一番権力が強いのはシャールか院長先生だろう。学院外だったら院長先生より騎士団長が上に来るが、シャールの一位は不動だ。
「どうする、ローツェ?」
シャールに問われて、しばし考えた。
まず浮かんだのは、カンジュが大反対する姿だ。
次に父上と母上の心配そうな顔。
僕としては、魔特兵に興味はあった。自分がやるなんて、考えてもみなかった。
でも、それでは、僕が授かったこの力は、魔力は、なんのためにあるのだろう。
「あくまでも、学院に出た魔物を排除するだけです。それでいいなら、特例免許、謹んで頂戴します」
僕はその場で、特例免許に必要な書類を作ったり、親には知らせないで欲しいという追加のお願いをしたりして、二時間ほど過ごした。
「わ、かさま、が、そう、おっおっしゃる、なら……わ、わたしは……は、はんた、はん、たいは……」
寮の自室に戻ってカンジュに事の次第を伝えると、カンジュの言動がおかしくなってしまった。
「ごめんね、勝手に決めて」
「いい、え、わか、さま」
まだおかしい。
僕に紅茶を淹れようとして、カップの外にティーポットを傾けかけたので、慌てて止めて自分で淹れた。
「す、すみませ、ん。ちょっと、びっくりり、して」
「カンジュもお茶飲もう? 座って。クッキーあったよね? 僕がとってくるから、落ち着くまでそこにいて」
僕が命令すると、カンジュは素直に従った。
お茶を二杯飲み、クッキーを何枚か食べて、カンジュはようやく落ち着いた。
「それにしても、騎士団が動くとは……。余程、切羽詰まっているのでしょうかね」
人里近くに魔物が出たのなら、そこへ魔特兵や騎士団が配備されて、魔物が出なくなるまで警戒にあたる。
しかし今回は学院内に出たので、外部の人間は入りにくく、また最近魔物が増えていて人手が足りないのだそうだ。
「みたいだね」
「若様、ご無理だけはなさらないでくださいね。……それと、明日は一日暇を頂けませんか」
「いいよ」
「ありがとうございます」
カンジュが休みを欲しがるなんて珍しいから、特に何も考えずに許可を出した。
翌日、朝早く出掛けていったカンジュが、夕方には魔特兵の免許を持って帰ってきた。
「そうきたかー……」
少し考えれば解ることだった。
カンジュは主に対人を想定したものだが、戦闘訓練を受けている。
魔物相手でも、多少は通じると踏んだのだろう。
「特例免許と普通の免許の違い、説明したよね。討伐命令が下ったら、僕の侍女はどうするのさ」
「若様、よく御覧ください。私の免許も特例です」
「え」
魔特兵の免許なんて、自分が貰った特例免許以外見たことがない。
僕の免許と同じだったから、逆に気づかなかった。
「どうやったの?」
「院長先生経由で騎士団に話をつけてまいりました」
そこまでやるのかと若干呆れてしまったが、どこか安心してしまう自分もいた。
「学院に魔物が出ましたら、まず私を呼んでくださいませ」
「そうするよ」
今回の件でよくわかった。
カンジュは僕のためなら暴走しまくる、と。
院長先生に言われて、自分の身体の具合を確認した。
全身に倦怠感はあるが、身体が起こせないほどじゃない。
僕が上半身を起こそうとすると、カンジュとシャールが手伝おうとしてくれた。
「大丈夫だよ。話せます」
二人の助力を断り、院長先生と向き合った。
「まず、どうやってこれを倒したのか、教えてもらえるかな」
院長先生は何もない空間から、ずるり、と巨大な角を取り出した。
異空領域という、魔力量に応じて容量の決まる便利な魔術倉庫だ。
そういえば、僕も使えるよな。後で確認しておこう。
巨大な角はやや青みがかったアイボリーで、僕の足より太く長い。
「それって」
「君が倒した魔物だよ。見てないのかい?」
「ええと、姿は見てません。結界に何か引っかかったのを、魔力で潰した覚えはあるのですが」
「魔力で潰す!?」
「そんなことが可能なのか」
部屋には院長先生とカンジュとシャールの他に、担任のビリュイ先生と保健医のピスカ先生、学年主任のヴェロッテ先生や、他にも数名の先生がいた。
その先生たちが、一様に驚きの声を上げても、院長先生は全く動じず、僕への質問を続けた。
「ふむ。魔物を結界との接触で感知したのだね」
「恐らくですが、そうです」
自分がやったことに対して曖昧な返答しかできないのがもどかしい。
ここで僕は悪い予感が過って、数瞬躊躇った後、思い切って尋ねてみた。
「あのう、僕はもしかして、魔物以外を傷つけたり、壊したりしましたか?」
院長先生は僕の質問に、目を見開き、それから柔らかい笑みを浮かべた。
「心配無用、君は魔物以外を全く傷つけていない。君の結界のお陰で、被害は最小限に収まった。怪我人も全員、治療済みだよ」
よかった。あのときは思わず自分の魔力を最大限使ってしまったが、結果を聞いてホッとした。
「さて、これからのことは……日を改めて聞くことにしようか。今の君には休息が必要だ」
院長先生がそう言って保健室から出ていくと、他の先生も口々に僕に「おやすみなさい」などと言って続いた。
「まだ起きてられるんだけどなぁ」
保健室に残ったのは、カンジュとシャール、それにピスカ先生だ。
「普段、魔力制御に苦心しているガルマータ君があれだけの魔術を放ったのです。どんな影響があるか未知数すぎます。休むに越したことはありません」
「そうだぞ。どうせ試験は延期、授業もまたしばらく休みだろうし」
「お部屋でお休みになってくださいませ、若様」
三人からこれだけ心配されてしまっては、僕も逆らえない。
「わかったよ。……部屋まで自力で歩ける! カンジュっ!」
ベッドから下りようとした僕を、カンジュが所謂お姫様抱っこしてきた。
やめて。いくら十歳児とはいえ僕も男だ。更に言えば中身は三十六歳だ。
しかも女性にこんな抱き上げ方されるのは、色々と、矜持とか!
「ローツェ、ほら」
何かを悟ってくれたシャールが、僕にベッドのシーツをばさりと被せてくれた。
これでカンジュが問われて答えない限りは、僕が侍女にお姫様抱っこしているとはバレない。
シャールに最大級の感謝を送りたかったが、その前にカンジュがすたすたと歩き出してしまった。
僕はシーツがめくれないよう、しっかり掴んだ。
結局のところ、僕はなんともなかった。
普通に食事をして、寝て、起きて、念のためにピスカ先生に診てもらったが、異常なしだ。
「あれだけの魔術を使って、一晩で回復するとは……」
どうやら先生も驚くほどの回復ぶりだったらしい。
結果論だが、お姫様抱っこされたり、休憩したりする必要はなかったわけだ。
一度証明できたから、よしとしよう。
学院は、またしても休校状態に入った。
二度目の襲撃ということもあり、希望者は自宅学習を選択できることになった。
最初の八割ほどになっていた生徒数は、今回の件で殆どが自宅学習を選択した。
そんな中、学院に残った数少ない生徒である僕とシャールは、院長先生から呼び出されて院長室で、人を待っていた。
院長先生は僕たちを呼び出した後、ものすごく申し訳無さそうに「君たちを本当に呼び出した人たちを連れてくるから、少し待っててもらえるかね」と言って部屋を出ていってしまっている。
出された紅茶がぬるくなった頃、ようやく院長先生と、王宮騎士団の制服を着た人たちが五人、部屋に入ってきた。
「君がローツェ・ガルマータかね」
騎士団の中でも一番偉そうな、口ひげを蓄えた七三分けのおじさんが、僕に威圧感を迸らせながら尋ねてきた。
「はい」
隣のシャールが眉をひそめている。いくら騎士団の中で偉い人だとしても、この態度は良くないらしい。
「ふむ……。入学前の魔力値が二十で、ある日突然五千になったと」
偉そうな人は僕の返事を聞いたのかどうかも不明瞭なまま、手元の紙と僕を交互に見比べている。
「ガッシャー公爵令息の友人でもある、と。では君に、特例で魔特兵免許を授けよう」
「はい?」
これは、僕でも「このおっさん説明端折りすぎだろ」と思った。
「騎士団長殿。お仕事が大変なのはわかりますが、相手はまだ十歳の子供です。初めから、じっくり、ゆっくり、説明して差し上げてくださいませんか」
院長先生が横から口を挟んでくれたおかげで、団長はようやく詳しい話をするつもりになってくれた。
魔特兵というのは、街や都、国など地方公共団体的な所からの許可がないと、仕事にしてはいけない。
魔物を狩るための武器や魔術は、そのまま人間も傷つけたり、殺したりできてしまうからだ。
免許を持たない人が運悪く魔物に遭遇してしまった場合、その場で倒してもなにかの罪に問われることはないが、討伐証明部位をギルドへ持っていっても報酬は出ない。
前にも言ったが、貴族は基本的に魔物や魔特兵と関わらない。
だというのに、騎士団長殿は、僕に魔特兵の免許を与えるとおっしゃる。
さっきから何度も見てるその書類、僕が伯爵令息だってことも書いてあるよね、きっと。
「君が倒した魔物は、魔特兵の中でも一握りの人間にしか倒せぬほどの強敵だった。この際、年齢や貴族であることは関係なしに、君に免許を与えて魔物を討伐してもらったほうが、効率が良いと判断した。今後は魔物を存分に……」
「団長殿、団長殿。まだ端折りすぎておりますぞ」
騎士団長は、僕が魔特兵免許をありがたく受け取ると思いこんでいる様子で陶然と語りだした。それを、院長先生が再び止めた。
「ううむ、説明は苦手だ。後は頼む」
騎士団長が一歩下がると、今度は眼鏡をした長身の男性が前に進み出た。装備からして、この人は副団長とかかな。
「では私から。まずはじめに確認ですが、ローツェ・ガルマータ君。貴殿は魔特兵になりたいですか?」
ようやく大事なことを聞いてくれた。
「僕はまだ十歳で、貴族なので、現実問題として無理かなって。両親に心配掛けたくありませんし」
僕がすらすら答えると、副団長の一歩後ろで腕を組んで僕を睨むように見下ろしていた団長の片眉が、そんなに? と思うほど跳ね上がった。
「ですよね」
副団長さんの方が話がわかりそうだ。
「しかし、貴殿が倒した魔物は、先も団長が言った通り、かなりの強敵だったのです。免許を持っていれば、金貨三百枚の報酬が出ていたはずなのですよ。勿体ないと思いませんか?」
「それは、はい」
ちなみに金貨一枚で、平民一家がひと月食事に困らないほどの金額だ。
貴族の僕といえど、金貨三百枚はかなりの大金に思える。魔特兵って、そんなに稼げるんだ。
「そこで、『特例』なのです。今回の特例免許ならば、一般的な魔特兵が課せられる討伐義務は一切ありません。
貴殿は、もしまたこの学院に魔物が出た場合、それを討伐あるいは撃退することによって、報酬が得られるようになる。つまりはそういうことです」
「討伐義務って何ですか?」
「街や都、国から魔物討伐命令が下ったら、逆らえないことです」
「特例なら、命令はこない、自分から魔物を探して討伐しなくてもいいってことですか?」
「ええ、そうです」
副団長さん話わかりやすい。丁寧に噛み砕いて教えてくれる。最初からこの人が話せばよかったのに。
僕がそんな思いを抱いて隣の騎士団長をちらりと見ると、騎士団長は目を閉じて何かをこらえるように口元をぷるぷるさせていた。
「ここにシャール……ディスタギール君がいるのは何故ですか?」
僕は最後の疑問を副団長さんにぶつけた。
シャールは魔物を討伐していない。でもシャール本人は、ここにいることが当然とばかりの顔をしている。
「ディスタギール君が同席したいと願ったのじゃよ」
答えたのは院長先生だ。
「シャール?」
「騎士団と話をするって聞いてな。もし無茶振りだったら、父上に頼んでこの話をなかったことにさせるつもりだったんだ」
騎士団長は、今度は肩を震わせた。シャールがガッシャー公爵令息だというのは知っているっぽい。
今この部屋にいる人達の中で、一番権力が強いのはシャールか院長先生だろう。学院外だったら院長先生より騎士団長が上に来るが、シャールの一位は不動だ。
「どうする、ローツェ?」
シャールに問われて、しばし考えた。
まず浮かんだのは、カンジュが大反対する姿だ。
次に父上と母上の心配そうな顔。
僕としては、魔特兵に興味はあった。自分がやるなんて、考えてもみなかった。
でも、それでは、僕が授かったこの力は、魔力は、なんのためにあるのだろう。
「あくまでも、学院に出た魔物を排除するだけです。それでいいなら、特例免許、謹んで頂戴します」
僕はその場で、特例免許に必要な書類を作ったり、親には知らせないで欲しいという追加のお願いをしたりして、二時間ほど過ごした。
「わ、かさま、が、そう、おっおっしゃる、なら……わ、わたしは……は、はんた、はん、たいは……」
寮の自室に戻ってカンジュに事の次第を伝えると、カンジュの言動がおかしくなってしまった。
「ごめんね、勝手に決めて」
「いい、え、わか、さま」
まだおかしい。
僕に紅茶を淹れようとして、カップの外にティーポットを傾けかけたので、慌てて止めて自分で淹れた。
「す、すみませ、ん。ちょっと、びっくりり、して」
「カンジュもお茶飲もう? 座って。クッキーあったよね? 僕がとってくるから、落ち着くまでそこにいて」
僕が命令すると、カンジュは素直に従った。
お茶を二杯飲み、クッキーを何枚か食べて、カンジュはようやく落ち着いた。
「それにしても、騎士団が動くとは……。余程、切羽詰まっているのでしょうかね」
人里近くに魔物が出たのなら、そこへ魔特兵や騎士団が配備されて、魔物が出なくなるまで警戒にあたる。
しかし今回は学院内に出たので、外部の人間は入りにくく、また最近魔物が増えていて人手が足りないのだそうだ。
「みたいだね」
「若様、ご無理だけはなさらないでくださいね。……それと、明日は一日暇を頂けませんか」
「いいよ」
「ありがとうございます」
カンジュが休みを欲しがるなんて珍しいから、特に何も考えずに許可を出した。
翌日、朝早く出掛けていったカンジュが、夕方には魔特兵の免許を持って帰ってきた。
「そうきたかー……」
少し考えれば解ることだった。
カンジュは主に対人を想定したものだが、戦闘訓練を受けている。
魔物相手でも、多少は通じると踏んだのだろう。
「特例免許と普通の免許の違い、説明したよね。討伐命令が下ったら、僕の侍女はどうするのさ」
「若様、よく御覧ください。私の免許も特例です」
「え」
魔特兵の免許なんて、自分が貰った特例免許以外見たことがない。
僕の免許と同じだったから、逆に気づかなかった。
「どうやったの?」
「院長先生経由で騎士団に話をつけてまいりました」
そこまでやるのかと若干呆れてしまったが、どこか安心してしまう自分もいた。
「学院に魔物が出ましたら、まず私を呼んでくださいませ」
「そうするよ」
今回の件でよくわかった。
カンジュは僕のためなら暴走しまくる、と。
1
あなたにおすすめの小説
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。
彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。
そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。
死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。
その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。
しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、
主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。
自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、
寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。
結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、
自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……?
更新は昼頃になります。
悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。
情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。
物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。
それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。
その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。
そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる