世界が終わってしまうから、俺に本気を出させないでくれ

桐山じゃろ

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「話せるかね?」
 院長先生に言われて、自分の身体の具合を確認した。
 全身に倦怠感はあるが、身体が起こせないほどじゃない。
 僕が上半身を起こそうとすると、カンジュとシャールが手伝おうとしてくれた。
「大丈夫だよ。話せます」
 二人の助力を断り、院長先生と向き合った。
「まず、どうやってこれを倒したのか、教えてもらえるかな」
 院長先生は何もない空間から、ずるり、と巨大な角を取り出した。
 異空領域という、魔力量に応じて容量の決まる便利な魔術倉庫だ。
 そういえば、僕も使えるよな。後で確認しておこう。

 巨大な角はやや青みがかったアイボリーで、僕の足より太く長い。
「それって」
「君が倒した魔物だよ。見てないのかい?」
「ええと、姿は見てません。結界に何か引っかかったのを、魔力で潰した覚えはあるのですが」
「魔力で潰す!?」
「そんなことが可能なのか」
 部屋には院長先生とカンジュとシャールの他に、担任のビリュイ先生と保健医のピスカ先生、学年主任のヴェロッテ先生や、他にも数名の先生がいた。
 その先生たちが、一様に驚きの声を上げても、院長先生は全く動じず、僕への質問を続けた。
「ふむ。魔物を結界との接触で感知したのだね」
「恐らくですが、そうです」
 自分がやったことに対して曖昧な返答しかできないのがもどかしい。
 ここで僕は悪い予感が過って、数瞬躊躇った後、思い切って尋ねてみた。
「あのう、僕はもしかして、魔物以外を傷つけたり、壊したりしましたか?」
 院長先生は僕の質問に、目を見開き、それから柔らかい笑みを浮かべた。
「心配無用、君は魔物以外を全く傷つけていない。君の結界のお陰で、被害は最小限に収まった。怪我人も全員、治療済みだよ」
 よかった。あのときは思わず自分の魔力を最大限使ってしまったが、結果を聞いてホッとした。
「さて、これからのことは……日を改めて聞くことにしようか。今の君には休息が必要だ」
 院長先生がそう言って保健室から出ていくと、他の先生も口々に僕に「おやすみなさい」などと言って続いた。
「まだ起きてられるんだけどなぁ」
 保健室に残ったのは、カンジュとシャール、それにピスカ先生だ。
「普段、魔力制御に苦心しているガルマータ君があれだけの魔術を放ったのです。どんな影響があるか未知数すぎます。休むに越したことはありません」
「そうだぞ。どうせ試験は延期、授業もまたしばらく休みだろうし」
「お部屋でお休みになってくださいませ、若様」
 三人からこれだけ心配されてしまっては、僕も逆らえない。
「わかったよ。……部屋まで自力で歩ける! カンジュっ!」
 ベッドから下りようとした僕を、カンジュが所謂お姫様抱っこしてきた。
 やめて。いくら十歳児とはいえ僕も男だ。更に言えば中身は三十六歳だ。
 しかも女性にこんな抱き上げ方されるのは、色々と、矜持とか!
「ローツェ、ほら」
 何かを悟ってくれたシャールが、僕にベッドのシーツをばさりと被せてくれた。
 これでカンジュが問われて答えない限りは、僕が侍女にお姫様抱っこしているとはバレない。
 シャールに最大級の感謝を送りたかったが、その前にカンジュがすたすたと歩き出してしまった。
 僕はシーツがめくれないよう、しっかり掴んだ。



 結局のところ、僕はなんともなかった。
 普通に食事をして、寝て、起きて、念のためにピスカ先生に診てもらったが、異常なしだ。
「あれだけの魔術を使って、一晩で回復するとは……」
 どうやら先生も驚くほどの回復ぶりだったらしい。
 結果論だが、お姫様抱っこされたり、休憩したりする必要はなかったわけだ。
 一度証明できたから、よしとしよう。

 学院は、またしても休校状態に入った。
 二度目の襲撃ということもあり、希望者は自宅学習を選択できることになった。
 最初の八割ほどになっていた生徒数は、今回の件で殆どが自宅学習を選択した。

 そんな中、学院に残った数少ない生徒である僕とシャールは、院長先生から呼び出されて院長室で、人を待っていた。

 院長先生は僕たちを呼び出した後、ものすごく申し訳無さそうに「君たちを本当に呼び出した人たちを連れてくるから、少し待っててもらえるかね」と言って部屋を出ていってしまっている。
 出された紅茶がぬるくなった頃、ようやく院長先生と、王宮騎士団の制服を着た人たちが五人、部屋に入ってきた。

「君がローツェ・ガルマータかね」
 騎士団の中でも一番偉そうな、口ひげを蓄えた七三分けのおじさんが、僕に威圧感を迸らせながら尋ねてきた。
「はい」
 隣のシャールが眉をひそめている。いくら騎士団の中で偉い人だとしても、この態度は良くないらしい。
「ふむ……。入学前の魔力値が二十で、ある日突然五千になったと」
 偉そうな人は僕の返事を聞いたのかどうかも不明瞭なまま、手元の紙と僕を交互に見比べている。
「ガッシャー公爵令息の友人でもある、と。では君に、特例で魔特兵免許を授けよう」
「はい?」
 これは、僕でも「このおっさん説明端折りすぎだろ」と思った。
「騎士団長殿。お仕事が大変なのはわかりますが、相手はまだ十歳の子供です。初めから、じっくり、ゆっくり、説明して差し上げてくださいませんか」
 院長先生が横から口を挟んでくれたおかげで、団長はようやく詳しい話をするつもりになってくれた。

 魔特兵というのは、街や都、国など地方公共団体的な所からの許可がないと、仕事にしてはいけない。
 魔物を狩るための武器や魔術は、そのまま人間も傷つけたり、殺したりできてしまうからだ。
 免許を持たない人が運悪く魔物に遭遇してしまった場合、その場で倒してもなにかの罪に問われることはないが、討伐証明部位をギルドへ持っていっても報酬は出ない。

 前にも言ったが、貴族は基本的に魔物や魔特兵と関わらない。
 だというのに、騎士団長殿は、僕に魔特兵の免許を与えるとおっしゃる。
 さっきから何度も見てるその書類、僕が伯爵令息だってことも書いてあるよね、きっと。

「君が倒した魔物は、魔特兵の中でも一握りの人間にしか倒せぬほどの強敵だった。この際、年齢や貴族であることは関係なしに、君に免許を与えて魔物を討伐してもらったほうが、効率が良いと判断した。今後は魔物を存分に……」
「団長殿、団長殿。まだ端折りすぎておりますぞ」
 騎士団長は、僕が魔特兵免許をありがたく受け取ると思いこんでいる様子で陶然と語りだした。それを、院長先生が再び止めた。
「ううむ、説明は苦手だ。後は頼む」
 騎士団長が一歩下がると、今度は眼鏡をした長身の男性が前に進み出た。装備からして、この人は副団長とかかな。

「では私から。まずはじめに確認ですが、ローツェ・ガルマータ君。貴殿は魔特兵になりたいですか?」
 ようやく大事なことを聞いてくれた。
「僕はまだ十歳で、貴族なので、現実問題として無理かなって。両親に心配掛けたくありませんし」
 僕がすらすら答えると、副団長の一歩後ろで腕を組んで僕を睨むように見下ろしていた団長の片眉が、そんなに? と思うほど跳ね上がった。
「ですよね」
 副団長さんの方が話がわかりそうだ。
「しかし、貴殿が倒した魔物は、先も団長が言った通り、かなりの強敵だったのです。免許を持っていれば、金貨三百枚の報酬が出ていたはずなのですよ。勿体ないと思いませんか?」
「それは、はい」
 ちなみに金貨一枚で、平民一家がひと月食事に困らないほどの金額だ。
 貴族の僕といえど、金貨三百枚はかなりの大金に思える。魔特兵って、そんなに稼げるんだ。
「そこで、『特例』なのです。今回の特例免許ならば、一般的な魔特兵が課せられる討伐義務は一切ありません。
貴殿は、もしまたこの学院に魔物が出た場合、それを討伐あるいは撃退することによって、報酬が得られるようになる。つまりはそういうことです」
「討伐義務って何ですか?」
「街や都、国から魔物討伐命令が下ったら、逆らえないことです」
「特例なら、命令はこない、自分から魔物を探して討伐しなくてもいいってことですか?」
「ええ、そうです」
 副団長さん話わかりやすい。丁寧に噛み砕いて教えてくれる。最初からこの人が話せばよかったのに。
 僕がそんな思いを抱いて隣の騎士団長をちらりと見ると、騎士団長は目を閉じて何かをこらえるように口元をぷるぷるさせていた。
「ここにシャール……ディスタギール君がいるのは何故ですか?」
 僕は最後の疑問を副団長さんにぶつけた。
 シャールは魔物を討伐していない。でもシャール本人は、ここにいることが当然とばかりの顔をしている。
「ディスタギール君が同席したいと願ったのじゃよ」
 答えたのは院長先生だ。
「シャール?」
「騎士団と話をするって聞いてな。もし無茶振りだったら、父上に頼んでこの話をなかったことにさせるつもりだったんだ」
 騎士団長は、今度は肩を震わせた。シャールがガッシャー公爵令息だというのは知っているっぽい。
 今この部屋にいる人達の中で、一番権力が強いのはシャールか院長先生だろう。学院外だったら院長先生より騎士団長が上に来るが、シャールの一位は不動だ。
「どうする、ローツェ?」
 シャールに問われて、しばし考えた。
 まず浮かんだのは、カンジュが大反対する姿だ。
 次に父上と母上の心配そうな顔。
 僕としては、魔特兵に興味はあった。自分がやるなんて、考えてもみなかった。
 でも、それでは、僕が授かったこの力は、魔力は、なんのためにあるのだろう。

「あくまでも、学院に出た魔物を排除するだけです。それでいいなら、特例免許、謹んで頂戴します」

 僕はその場で、特例免許に必要な書類を作ったり、親には知らせないで欲しいという追加のお願いをしたりして、二時間ほど過ごした。



「わ、かさま、が、そう、おっおっしゃる、なら……わ、わたしは……は、はんた、はん、たいは……」
 寮の自室に戻ってカンジュに事の次第を伝えると、カンジュの言動がおかしくなってしまった。
「ごめんね、勝手に決めて」
「いい、え、わか、さま」
 まだおかしい。
 僕に紅茶を淹れようとして、カップの外にティーポットを傾けかけたので、慌てて止めて自分で淹れた。
「す、すみませ、ん。ちょっと、びっくりり、して」
「カンジュもお茶飲もう? 座って。クッキーあったよね? 僕がとってくるから、落ち着くまでそこにいて」
 僕が命令すると、カンジュは素直に従った。
 お茶を二杯飲み、クッキーを何枚か食べて、カンジュはようやく落ち着いた。
「それにしても、騎士団が動くとは……。余程、切羽詰まっているのでしょうかね」
 人里近くに魔物が出たのなら、そこへ魔特兵や騎士団が配備されて、魔物が出なくなるまで警戒にあたる。
 しかし今回は学院内に出たので、外部の人間は入りにくく、また最近魔物が増えていて人手が足りないのだそうだ。
「みたいだね」
「若様、ご無理だけはなさらないでくださいね。……それと、明日は一日暇を頂けませんか」
「いいよ」
「ありがとうございます」
 カンジュが休みを欲しがるなんて珍しいから、特に何も考えずに許可を出した。

 翌日、朝早く出掛けていったカンジュが、夕方には魔特兵の免許を持って帰ってきた。

「そうきたかー……」
 少し考えれば解ることだった。
 カンジュは主に対人を想定したものだが、戦闘訓練を受けている。
 魔物相手でも、多少は通じると踏んだのだろう。
「特例免許と普通の免許の違い、説明したよね。討伐命令が下ったら、僕の侍女はどうするのさ」
「若様、よく御覧ください。私の免許も特例です」
「え」
 魔特兵の免許なんて、自分が貰った特例免許以外見たことがない。
 僕の免許と同じだったから、逆に気づかなかった。
「どうやったの?」
「院長先生経由で騎士団に話をつけてまいりました」
 そこまでやるのかと若干呆れてしまったが、どこか安心してしまう自分もいた。
「学院に魔物が出ましたら、まず私を呼んでくださいませ」
「そうするよ」
 今回の件でよくわかった。
 カンジュは僕のためなら暴走しまくる、と。
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