19 / 22
19
しおりを挟む
*****
十日間、父上と母上に若干構われすぎた気がするも、たっぷり休暇を満喫できた。
結局シャールから何も連絡がなかったということは、イゼー殿下には何も問題なかったのだろう。
入学前の時のように、三日の余裕を持って家を出た。
道中トラブルはなく、予定通り学院へ戻ってこれた。
寮の自室で荷解きをし、一息ついたころに扉を叩く音がした。シャールだ。
シャールも既に学院へ帰ってきていたのか。
僕が頷くと、カンジュが扉を開けてくれた。
「やあシャール、久しぶ……」
「ローツェええー! 助けてって言ったじゃないかぁああ!」
「は!? ちょっ、やめっ」
シャールは僕を見るなり涙目で僕の両肩をがしりと掴み、強めにゆさゆさ揺すってきた。
あばばばば。
「落ち着け、何の連絡もこなかったはずだぞ。だよね、カンジュ?」
「はい。休暇中、どなたからも挨拶以外の連絡はございませんでした」
「俺の心の声が届く魔術掛けてくれよぉ」
「無いよそんなの!」
少なくとも抜粋版魔術大全には載っていなかった。
「ていうか、そんなの掛けたらシャールが考えてること全部僕に筒抜けになるじゃないか」
「王位を迫られるより億倍マシなんだよぉ!」
「王位を迫られる!?」
どうにか落ち着かせたシャールをソファーに座らせ、実家から持ってきた茶葉で紅茶を淹れて出すと、シャールはそれを飲み干してから事の次第を話しはじめた。
第二王子であるイゼー殿は、実兄であるアウェル殿下の油断を誘うために道化を演じていたこと。
アンナが生きていて、アウェル殿下がそれに関わっていたこと、
アウェル殿下は牢の中にいること。
そして、イゼー殿下はシャールが次の王に就くことを強く望んでいること。
「おお……」
王位ってそんなぽんぽん譲るもんじゃないでしょ。王族の感覚よくわからない。
「シャールはどうしたいの?」
一旦絶句した僕が気を取り直して問うと、シャールはテーブルを両手でばん、と叩いて立ち上がった。
「断ったよ! 本当に王になるだなんて、考えてもなかったよ! でもイゼーあにう……イゼー殿下がしつこくてさ! 何度ローツェに助けを求めたことか!」
「殿下のこと『兄上』って呼んでるの?」
「殿下に言われて……って、そこじゃない! 問題は!」
いつも落ち着いてるシャールの言動に、倒置法が混ざりだした。本気で混乱している様子だ。
カンジュがシャールに紅茶のおかわりを淹れて、お菓子をいくつか食べさせることで、シャールは再び落ち着きを取り戻した。
「話があったのはいつ?」
「三日前だ。その時は『まだ学院生だし十二歳にもなってないし絶対無理です』ってどうにか切り抜けた。だけど順調に外堀を埋められてるんだよ……」
なんと公爵家には既に「王位継承権に順位変動があったため、シャールが王位になる可能性が高い。学院修了次第、王城にて王族教育を受けられたし」と通達があったそうな。
「学院修了までは待ってくれるんだ」
「そこでもないんだよぉぉ……」
「わかってるって。僕もちょっと、現実味が無くてさ」
「……だよな。いきなりこんな……混乱状態で入ってきて悪かった」
「気持ちはわかる、なんて軽々しいことは言えないが、僕にできることがあったら協力するよ」
「ああ、ローツェはそんなこと言ってられないぞ。俺だけの話じゃないんだ。話の順番が前後になったが、お前にも殿下から要請があるんだ」
「僕に?」
ここまでの話を聞いておいて、僕は嫌な予感がしたし、的中した。
「俺が王位に就いたら、その補佐をしてほしい、とのことだ」
国王陛下の補佐って……よくて側近、大臣。下手したら宰相じゃないか。
記憶の根っこにあるブラック企業での業務が蘇る。
新卒平社員だった前世の僕は、何故か課長や部長といった上司に目を付けられ、様々な仕事を押し付けられた。
仕事について質問しても「自分で考えろ」「この程度も出来ないのか」と叱責され、どうしてもわからなくて仕事が遅れると「無能」と笑われた。
毎日サービス残業で日付が変わるまで職場に残るのは当たり前。それでも給料は上がらず、ただただ消耗していく日々。
限界はある日唐突に来た。その日の仕事が徹夜しても終わらないと気づいた時、僕は衝動的に、会社が入っていたビルの屋上へ向かったのだ。
シャールが酷い上司になるとは考えられないが、僕は完全に、前世のトラウマを思い出してしまった。
「王位絶対回避しよう」
「ああ」
僕とシャールはお互いに片手をがしっと握った。
もうじき十二歳になるとはいえ、まだまだお子様な僕たちが、王位回避なんて器用な真似、できるわけがない。
今のところ、シャールの意向を尊重してくれている公爵家が、イゼー殿下からの要請をやんわり断っているのを、心の底から応援するくらいが関の山だ。
心中穏やかではなかったが、時間だけは過ぎていく。
僕たちは三年生に進級し、毎日勉学に励んでいた。
「なあ、俺たち成績落としたら、イゼー殿下に見捨てられないかな」
シャールが究極案を出してきた。
一瞬「シャール、天才では?」と身を乗り出したが、僕の優秀な頭脳はすぐにNGを出した。
「今までずっと一位二位でやってきた僕らが突然不調になったら、余計心配されて学院卒業前に王城へ呼ばれてしまうんじゃ?」
「ぐぅ、有り得るな」
シャールは教科書を破る素振りを見せていたが、手に込めた力をがくりと抜いた。
「でも、とにかく『どうしても嫌』っていう態度を示し続けるのは良い案だと思うよ。例えば、就きたい仕事があるとか、やりたいことがあるって宣言するとか」
「やりたいことか……しっかり考えるとするか。そのためにも勉強は必要だな、うん」
納得したシャールは、次の授業の準備をはじめた。
「ところでローツェには、やりたいことあるのか?」
唐突な問いに、僕は即答した。
「魔特兵をちゃんとやりたいと思ってるんだ」
領地に魔物が出てから、僕は貴族から魔特兵への嫌悪や偏見を無くしたいと考えるようになっていた。
魔物は、無差別に人を襲う。襲われる側の貴賤や身分なんて全く気にしない。
本来なら、貴族が率先して魔物討伐に精を出すべきなのに、生き物の生死に関わることを嫌って、魔特兵なんて制度を推奨した。
そのくせ自らは魔特兵を遠ざけようとするのだから、本末転倒だ。
貴族学院で武術や魔術を教えるのは、護身のためだ。この世界は治安が悪いから、貴族は自分で自分の身を守る必要がある。
その治安の悪さも元を辿れば魔物のせいだ。
魔物に襲われて肉親や仕事を失い、誰の助けも得られない場合、人は他の人から生きる糧を奪う働く悪党に成り下がるしかない。
貴族は戦う力を持つくせに、魔物だけは相手にしない。このあたりも捻れている。
「魔特兵か……。俺にもできるかな」
シャールは教科書やノートを揃える手を止めて、ぽつりと呟いた。
実技二位のシャールは、剣技も魔術も、そこらの大人じゃ相手にならないほど強い。
今後も真面目に授業に取り組んで、大人になれば、魔物も倒せるだろう。
「できるできないで言えばできると思うよ。だけど、シャールがなりたいのは本当に魔特兵?」
「……。即答できないってことは、俺はそれじゃなさそうだ」
シャールはやや残念そうな表情を見せた。
学院生活も三年目となると、授業内容が難しくなってきたこと以外目新しいことはなく、日々はあっという間に過ぎていった。
中期末試験が終わると、僕とシャールは王城へ呼び出された。
いつもの、王位とその補佐へのお誘いならば、勉強が忙しいからと理由をつけて断るのだが、呼び出し係の使者に「此度は別件です」と言われてしまっては仕方がない。
別件じゃなかったら即帰るけどいい? と何度も聞いて確認してから、僕たちは王城へ向かった。
「やあ、急な呼び出しに応じてくれて嬉しいよ。今回は王位の話は無しだ。アンナと兄上のことなんだよ」
イゼー殿下は人払いをすると、僕たちに早速本題を切り出した。
アンナは死んだと聞いていたが実は生きていて、イゼー殿下の兄上であるアウェル殿下が手酷く扱い、その後アンナには一度きりの更生の機会を与えられ、アウェル殿下は牢にいるはずだ。
「彼らがどうしたのですか」
シャールが質問すると、イゼー殿下は僕たちに顔を寄せ、小声で囁いた。
「逃げた。アンナが魔力を取り戻して、兄上の脱獄を手伝ったようだ。二人共現在行方不明で目下捜索中だ」
王族、しかも元王位継承権一位の第一王子殿下が投獄されているだけでも格好のスキャンダルなのに、切っ掛けを作った少女が脱獄を手引きし、みすみす逃したとあっては、王城の沽券に関わる。
僕たち二人を呼んだのは、僕の魔力と、抜粋版魔術大全の知識をあてにしてのことだった。
「探す手伝いをする代わりに、もう私たちに王位や補佐のことは言わないと」
殿下の前で畏まった話し方になるシャールにはもう慣れた。
ただ、こんなに嬉しさを隠しきれない表情のシャールは初めて見た。
「君たちが大仕事と引き換えに望むとなれば、それしかないからな。この際致し方ない」
王城の人間でも、第一王子が投獄されている事実を知っている人は少ない。それだけ精鋭だということだ。
その精鋭ですら探しきれない相手を、僕に捕まえられるだろうか。
「ここに、アンナか兄上のものと思われる血痕がある。魔術大全に、体の一部を元に人探しができる魔術があったはずだ。当然、王城に仕える賢者達にも試してもらったのだが、血痕の量が少なすぎて、追いきれなかったのだ」
イゼー殿下が机の上の小箱から取り出したのは、白い布の切れ端だ。
確かに、すっかり乾ききった血痕がある。
殿下の牢かアンナの生活圏にあったものなのだろう。
「何故アンナがアウェル殿下を逃したのでしょうか。それと、その血痕がどちらのものか不明というのは?」
僕もシャールと同じ疑問を抱いた。
アンナは王城の中で下働きをしていたはずだ。貴賓室なんて優雅なものは与えられず、アンナのためにわざわざ質素な小屋を城内に立てて一人暮らしをさせていたと聞いている。
何より、アンナはアウェル殿下に虐待されていた。僕がアンナの立場だったら、アウェル殿下を助けようだなんて一ミリも考えない。
血痕がどちらのものかわからないということは、二人が同じ場所にいたということになる。
「アンナに魔力制御の枷を着けなかったのが拙かった。彼女は確かに、魔力量が魔術を使えないほど減っていたからな。しかしアンナは魔術を使った。アンナが魔術を駆使して兄上を脱獄させたようで、血痕はその際にどちらかが傷ついたものと思われる。兄上を脱獄させ、二人で逃げ出した理由は皆目見当がつかない」
なにしてるんだあのヤンデレ女は。
僕が呆然としていると、シャールに肘でつつかれた。
そして、視線を血痕付きの布へ誘導される。
「わかりました。やってみます」
とはいえ、探知魔術って魔力量で限界突破できるものなのだろうか。王城の賢者さん達だって破格の魔力量を持っていると聞いている。
まあ、イゼー殿下もダメ元で僕を呼んだのだろうし、やるだけやってみるか。
僕は布に手をかざして、頭の中にあった探知魔術を詠唱した。
「痕跡よ、翼を持て、主の元へ飛び立て」
探知魔術は無属性魔術の一種だ。無属性魔術は、貴族学院や聖学院では授業で触れることさえしない、秘された属性である。
ある説では、火や水などの属性魔術は、それぞれの属性の精霊や妖精といった類の、目に見えない存在に魔力を捧げて発動しているのだとか。
無属性魔術は基本が「無」であるから、他の属性魔術の法則が当てはまらない。
だから魔力消費量が多く、扱うにも難しい、らしい。
実際に使ったのは初めてだったが、上手くいった。
「ここから北東へ百キロメートルの地点に二人共います。転移魔術を使ったみたいです」
アンナはこの世界の誰もが実現不可能だった、魔物を使役する魔術を使いこなしていた。
他人を一緒に運べるくらいの転移魔術が使えてもおかしくない。
「北東へ百キロメートルって、魔王の谷じゃないか!」
シャールが叫んだ。
この世界に「魔王」は存在しないが、「魔王の谷」はある。ものすごく深い谷で、奥底へ行って戻ってきたものはおらず、しかし魔物が這い上がったり飛び上がって出てくるのは確認されているから、奥底に魔物の王がいるのではと噂されている危険地帯だ。
「なあ、シャール。アンナが魔力を取り戻したってことは……」
嫌な予感しか無い。
でも、どうしてアウェル殿下が一緒なのか。
十日間、父上と母上に若干構われすぎた気がするも、たっぷり休暇を満喫できた。
結局シャールから何も連絡がなかったということは、イゼー殿下には何も問題なかったのだろう。
入学前の時のように、三日の余裕を持って家を出た。
道中トラブルはなく、予定通り学院へ戻ってこれた。
寮の自室で荷解きをし、一息ついたころに扉を叩く音がした。シャールだ。
シャールも既に学院へ帰ってきていたのか。
僕が頷くと、カンジュが扉を開けてくれた。
「やあシャール、久しぶ……」
「ローツェええー! 助けてって言ったじゃないかぁああ!」
「は!? ちょっ、やめっ」
シャールは僕を見るなり涙目で僕の両肩をがしりと掴み、強めにゆさゆさ揺すってきた。
あばばばば。
「落ち着け、何の連絡もこなかったはずだぞ。だよね、カンジュ?」
「はい。休暇中、どなたからも挨拶以外の連絡はございませんでした」
「俺の心の声が届く魔術掛けてくれよぉ」
「無いよそんなの!」
少なくとも抜粋版魔術大全には載っていなかった。
「ていうか、そんなの掛けたらシャールが考えてること全部僕に筒抜けになるじゃないか」
「王位を迫られるより億倍マシなんだよぉ!」
「王位を迫られる!?」
どうにか落ち着かせたシャールをソファーに座らせ、実家から持ってきた茶葉で紅茶を淹れて出すと、シャールはそれを飲み干してから事の次第を話しはじめた。
第二王子であるイゼー殿は、実兄であるアウェル殿下の油断を誘うために道化を演じていたこと。
アンナが生きていて、アウェル殿下がそれに関わっていたこと、
アウェル殿下は牢の中にいること。
そして、イゼー殿下はシャールが次の王に就くことを強く望んでいること。
「おお……」
王位ってそんなぽんぽん譲るもんじゃないでしょ。王族の感覚よくわからない。
「シャールはどうしたいの?」
一旦絶句した僕が気を取り直して問うと、シャールはテーブルを両手でばん、と叩いて立ち上がった。
「断ったよ! 本当に王になるだなんて、考えてもなかったよ! でもイゼーあにう……イゼー殿下がしつこくてさ! 何度ローツェに助けを求めたことか!」
「殿下のこと『兄上』って呼んでるの?」
「殿下に言われて……って、そこじゃない! 問題は!」
いつも落ち着いてるシャールの言動に、倒置法が混ざりだした。本気で混乱している様子だ。
カンジュがシャールに紅茶のおかわりを淹れて、お菓子をいくつか食べさせることで、シャールは再び落ち着きを取り戻した。
「話があったのはいつ?」
「三日前だ。その時は『まだ学院生だし十二歳にもなってないし絶対無理です』ってどうにか切り抜けた。だけど順調に外堀を埋められてるんだよ……」
なんと公爵家には既に「王位継承権に順位変動があったため、シャールが王位になる可能性が高い。学院修了次第、王城にて王族教育を受けられたし」と通達があったそうな。
「学院修了までは待ってくれるんだ」
「そこでもないんだよぉぉ……」
「わかってるって。僕もちょっと、現実味が無くてさ」
「……だよな。いきなりこんな……混乱状態で入ってきて悪かった」
「気持ちはわかる、なんて軽々しいことは言えないが、僕にできることがあったら協力するよ」
「ああ、ローツェはそんなこと言ってられないぞ。俺だけの話じゃないんだ。話の順番が前後になったが、お前にも殿下から要請があるんだ」
「僕に?」
ここまでの話を聞いておいて、僕は嫌な予感がしたし、的中した。
「俺が王位に就いたら、その補佐をしてほしい、とのことだ」
国王陛下の補佐って……よくて側近、大臣。下手したら宰相じゃないか。
記憶の根っこにあるブラック企業での業務が蘇る。
新卒平社員だった前世の僕は、何故か課長や部長といった上司に目を付けられ、様々な仕事を押し付けられた。
仕事について質問しても「自分で考えろ」「この程度も出来ないのか」と叱責され、どうしてもわからなくて仕事が遅れると「無能」と笑われた。
毎日サービス残業で日付が変わるまで職場に残るのは当たり前。それでも給料は上がらず、ただただ消耗していく日々。
限界はある日唐突に来た。その日の仕事が徹夜しても終わらないと気づいた時、僕は衝動的に、会社が入っていたビルの屋上へ向かったのだ。
シャールが酷い上司になるとは考えられないが、僕は完全に、前世のトラウマを思い出してしまった。
「王位絶対回避しよう」
「ああ」
僕とシャールはお互いに片手をがしっと握った。
もうじき十二歳になるとはいえ、まだまだお子様な僕たちが、王位回避なんて器用な真似、できるわけがない。
今のところ、シャールの意向を尊重してくれている公爵家が、イゼー殿下からの要請をやんわり断っているのを、心の底から応援するくらいが関の山だ。
心中穏やかではなかったが、時間だけは過ぎていく。
僕たちは三年生に進級し、毎日勉学に励んでいた。
「なあ、俺たち成績落としたら、イゼー殿下に見捨てられないかな」
シャールが究極案を出してきた。
一瞬「シャール、天才では?」と身を乗り出したが、僕の優秀な頭脳はすぐにNGを出した。
「今までずっと一位二位でやってきた僕らが突然不調になったら、余計心配されて学院卒業前に王城へ呼ばれてしまうんじゃ?」
「ぐぅ、有り得るな」
シャールは教科書を破る素振りを見せていたが、手に込めた力をがくりと抜いた。
「でも、とにかく『どうしても嫌』っていう態度を示し続けるのは良い案だと思うよ。例えば、就きたい仕事があるとか、やりたいことがあるって宣言するとか」
「やりたいことか……しっかり考えるとするか。そのためにも勉強は必要だな、うん」
納得したシャールは、次の授業の準備をはじめた。
「ところでローツェには、やりたいことあるのか?」
唐突な問いに、僕は即答した。
「魔特兵をちゃんとやりたいと思ってるんだ」
領地に魔物が出てから、僕は貴族から魔特兵への嫌悪や偏見を無くしたいと考えるようになっていた。
魔物は、無差別に人を襲う。襲われる側の貴賤や身分なんて全く気にしない。
本来なら、貴族が率先して魔物討伐に精を出すべきなのに、生き物の生死に関わることを嫌って、魔特兵なんて制度を推奨した。
そのくせ自らは魔特兵を遠ざけようとするのだから、本末転倒だ。
貴族学院で武術や魔術を教えるのは、護身のためだ。この世界は治安が悪いから、貴族は自分で自分の身を守る必要がある。
その治安の悪さも元を辿れば魔物のせいだ。
魔物に襲われて肉親や仕事を失い、誰の助けも得られない場合、人は他の人から生きる糧を奪う働く悪党に成り下がるしかない。
貴族は戦う力を持つくせに、魔物だけは相手にしない。このあたりも捻れている。
「魔特兵か……。俺にもできるかな」
シャールは教科書やノートを揃える手を止めて、ぽつりと呟いた。
実技二位のシャールは、剣技も魔術も、そこらの大人じゃ相手にならないほど強い。
今後も真面目に授業に取り組んで、大人になれば、魔物も倒せるだろう。
「できるできないで言えばできると思うよ。だけど、シャールがなりたいのは本当に魔特兵?」
「……。即答できないってことは、俺はそれじゃなさそうだ」
シャールはやや残念そうな表情を見せた。
学院生活も三年目となると、授業内容が難しくなってきたこと以外目新しいことはなく、日々はあっという間に過ぎていった。
中期末試験が終わると、僕とシャールは王城へ呼び出された。
いつもの、王位とその補佐へのお誘いならば、勉強が忙しいからと理由をつけて断るのだが、呼び出し係の使者に「此度は別件です」と言われてしまっては仕方がない。
別件じゃなかったら即帰るけどいい? と何度も聞いて確認してから、僕たちは王城へ向かった。
「やあ、急な呼び出しに応じてくれて嬉しいよ。今回は王位の話は無しだ。アンナと兄上のことなんだよ」
イゼー殿下は人払いをすると、僕たちに早速本題を切り出した。
アンナは死んだと聞いていたが実は生きていて、イゼー殿下の兄上であるアウェル殿下が手酷く扱い、その後アンナには一度きりの更生の機会を与えられ、アウェル殿下は牢にいるはずだ。
「彼らがどうしたのですか」
シャールが質問すると、イゼー殿下は僕たちに顔を寄せ、小声で囁いた。
「逃げた。アンナが魔力を取り戻して、兄上の脱獄を手伝ったようだ。二人共現在行方不明で目下捜索中だ」
王族、しかも元王位継承権一位の第一王子殿下が投獄されているだけでも格好のスキャンダルなのに、切っ掛けを作った少女が脱獄を手引きし、みすみす逃したとあっては、王城の沽券に関わる。
僕たち二人を呼んだのは、僕の魔力と、抜粋版魔術大全の知識をあてにしてのことだった。
「探す手伝いをする代わりに、もう私たちに王位や補佐のことは言わないと」
殿下の前で畏まった話し方になるシャールにはもう慣れた。
ただ、こんなに嬉しさを隠しきれない表情のシャールは初めて見た。
「君たちが大仕事と引き換えに望むとなれば、それしかないからな。この際致し方ない」
王城の人間でも、第一王子が投獄されている事実を知っている人は少ない。それだけ精鋭だということだ。
その精鋭ですら探しきれない相手を、僕に捕まえられるだろうか。
「ここに、アンナか兄上のものと思われる血痕がある。魔術大全に、体の一部を元に人探しができる魔術があったはずだ。当然、王城に仕える賢者達にも試してもらったのだが、血痕の量が少なすぎて、追いきれなかったのだ」
イゼー殿下が机の上の小箱から取り出したのは、白い布の切れ端だ。
確かに、すっかり乾ききった血痕がある。
殿下の牢かアンナの生活圏にあったものなのだろう。
「何故アンナがアウェル殿下を逃したのでしょうか。それと、その血痕がどちらのものか不明というのは?」
僕もシャールと同じ疑問を抱いた。
アンナは王城の中で下働きをしていたはずだ。貴賓室なんて優雅なものは与えられず、アンナのためにわざわざ質素な小屋を城内に立てて一人暮らしをさせていたと聞いている。
何より、アンナはアウェル殿下に虐待されていた。僕がアンナの立場だったら、アウェル殿下を助けようだなんて一ミリも考えない。
血痕がどちらのものかわからないということは、二人が同じ場所にいたということになる。
「アンナに魔力制御の枷を着けなかったのが拙かった。彼女は確かに、魔力量が魔術を使えないほど減っていたからな。しかしアンナは魔術を使った。アンナが魔術を駆使して兄上を脱獄させたようで、血痕はその際にどちらかが傷ついたものと思われる。兄上を脱獄させ、二人で逃げ出した理由は皆目見当がつかない」
なにしてるんだあのヤンデレ女は。
僕が呆然としていると、シャールに肘でつつかれた。
そして、視線を血痕付きの布へ誘導される。
「わかりました。やってみます」
とはいえ、探知魔術って魔力量で限界突破できるものなのだろうか。王城の賢者さん達だって破格の魔力量を持っていると聞いている。
まあ、イゼー殿下もダメ元で僕を呼んだのだろうし、やるだけやってみるか。
僕は布に手をかざして、頭の中にあった探知魔術を詠唱した。
「痕跡よ、翼を持て、主の元へ飛び立て」
探知魔術は無属性魔術の一種だ。無属性魔術は、貴族学院や聖学院では授業で触れることさえしない、秘された属性である。
ある説では、火や水などの属性魔術は、それぞれの属性の精霊や妖精といった類の、目に見えない存在に魔力を捧げて発動しているのだとか。
無属性魔術は基本が「無」であるから、他の属性魔術の法則が当てはまらない。
だから魔力消費量が多く、扱うにも難しい、らしい。
実際に使ったのは初めてだったが、上手くいった。
「ここから北東へ百キロメートルの地点に二人共います。転移魔術を使ったみたいです」
アンナはこの世界の誰もが実現不可能だった、魔物を使役する魔術を使いこなしていた。
他人を一緒に運べるくらいの転移魔術が使えてもおかしくない。
「北東へ百キロメートルって、魔王の谷じゃないか!」
シャールが叫んだ。
この世界に「魔王」は存在しないが、「魔王の谷」はある。ものすごく深い谷で、奥底へ行って戻ってきたものはおらず、しかし魔物が這い上がったり飛び上がって出てくるのは確認されているから、奥底に魔物の王がいるのではと噂されている危険地帯だ。
「なあ、シャール。アンナが魔力を取り戻したってことは……」
嫌な予感しか無い。
でも、どうしてアウェル殿下が一緒なのか。
1
あなたにおすすめの小説
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。
彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。
そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。
死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。
その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。
しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、
主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。
自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、
寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。
結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、
自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……?
更新は昼頃になります。
悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。
情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。
物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。
それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。
その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。
そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる