世界が終わってしまうから、俺に本気を出させないでくれ

桐山じゃろ

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 三日も眠り続けてしまった。
 魔力を思い切り使ったことなど初めてだったから、これほど反動があるとは思わなかった。
 目覚めると、ずっと僕のベッドについてくれていた父上、母上には泣かれ、その日のうちにシャールが飛んできて謝られ、五日は自分で自分のことすらやらせてもらえなかった。

 シャールからは内緒の打ち明け話も聞いた。
 シャールは、僕と同じくらいの魔力を持っているのだとか。
 魔王の谷を作り出し、魔神とやらが発生した原因は自分だと言って、僕に何度も謝ってきた。
「そんなに頭下げないでよ、シャール」
 僕にシャールを責める気持ちは全く無い。シャールが望んで手にした力でもないし、魔力が多すぎると魔神になるだなんて現象があるなんて、世界中の賢者の知恵を集めても思い至らないだろう。
「でも……」
「一つだけ。学校の成績は、手を抜いてたのか?」
「いや、毎回全力だ。むしろ、毎回二位につけていられるのは、ローツェのおかげなんだよ」
 シャールは元々、勉強が嫌いだったそうだ。
 僕の魔力制御に付き合ううちに、学び、自分を高めることの楽しさを知り、学業に身が入りだしたと。
「自分で言うのも何だが、俺は地頭はそんなに良くないんだよ。ローツェの後を追いかけていたら、二位になれたんだ」
「追いかけていたらって……普通はついてこれないんじゃないか?」
 マラソンで一位の人の後ろにぴったりついて走って二位になるなんて、素人には不可能だ。
 勉強だって似たようなものだろう。
 僕がそう言うと、シャールは下げていた頭をあげて、目をぱちぱちとさせた。
「そうかな」
「そうだよ」
 丁度いいタイミングでカンジュがやってきて、僕とシャールにお茶を用意してくれた。
「もう身体はなんともないんだ。明日にでも出発できる」
 期末試験休みはとっくに終わっていて、一週間も学院を休んでしまっているのだ。
「若様、ですが……」
「頼むよ、カンジュ。父上たちは僕が説得する」
「若様がそう仰るのでしたら」

 父上たちやカンジュが心配する中、翌日には学院へと舞い戻った。
 魔力量の限界や、詠唱が必要ない魔術の存在を知った今、転移魔術は簡単に使える。
 僕が目覚めてすぐ家へやってきたシャールも、自力で転移魔術を使ったのだ。
 カンジュを伴って学院へ戻ったが、学院は拍子抜けするほど平常運転していた。
「体調を崩したと聞いているよ。もう大丈夫なのかね」
 院長先生がわざわざ寮の僕の部屋まで訪ねてきてくれた。言外に、今回の件は全て知っていると伝わってくる。
「はい。ご心配をおかけしました。今日からでも授業に出たいと思います」
「それは良かった」
 院長先生は短いやりとりで僕の健康状態を確認すると、満足げな様子で去っていった。



 貴族学院での六年間の日々のうち、前半は割りと色々とあったが、後半は平和そのものだった。
 イゼー第二王子殿下は約束通り、シャールを王にする話を全て撤回し、僕がシャールの補佐する話も立ち消えた。
 シャールが王位を狙っているとした噂も、シャール本人が「なにかの間違いでは」と撤回したため、余計なことをしてくる連中もいなくなった。

 アンナは結局、死刑囚に逆戻りし、僕たちが貴族学院生五年の時に刑が執行された。
 最後が近づいても尚、
「次こそヒロインに生まれ変わるはず」
 と言い張るアンナに対し、僕が一肌脱いだ。
 普通なら大いに恐れ、最大の刑になるはずの死を、転生を信じて疑わない心で乗り切られてしまっては刑の意味がない。
 僕はアンナに、僕自身も転生者であること、転生する前の人生の最後に不思議な声を聞いたこと、ここはアンナが言うゲームの世界ではないことを、時間を掛けて説明してやったのだ。
 最終的にアンナは「そんなの絶対信じない」と言い張りだしたので、僕は説得を終了した。

 最後に話をした時に、僕は気になっていたことを聞いた。
「この世界のことを、なんて表現したんだ?」
 僕だけが聞き取れなかった言葉。あれの正体を知りたかった。
「コンテンツ、って言ったこと? 『ドキ百』でリクエストキャラを解放した人専用のルートのことよ」
 確かにこの世界には無い概念だ。
「人の一生は一度きりだ。ゲームみたいに、最初に戻ってやり直して別の道を進むなんてできないんだよ」
「……」
 アンナとの会話はやはりあまり成り立たなかった。
 アンナの口から、誰かへの謝罪が一切なかったことも、残念といえば残念だ。

 アウェル殿下の方は、完全に幼児退行したまま戻ってこれなかった。
 幼い子供のようになんでも口にしてしまうようになった殿下はある日、侍女たちの目を盗んで掃除に使われていた洗剤を誤飲してしまい、処置が間に合わず、帰らぬ人になった。
 洗剤を放置した侍女は一ヶ月の減給処分で済んだ。
「散々人を引っ掻き回しておいて、最後は自爆って……」
 シャールは溜息をついていたが、本当のところ、誰が殿下の手の届くところに洗剤を置いたのかは、解っていない。



 貴族学院の卒業式は、よく晴れた日になった。
「もう行くのか?」
「なんだよ、寂しいのか」
「いや。いざとなったら転移魔術で会いに行く」
 お互い十六歳になった僕たちは、体つきもしっかり大人になった。
 僕は美少年から美青年になり、卒業と同時に爵位を継いだシャールには公爵の風格が備わった。
 それでも、シャールの中身はシャールのままだ。
「公爵閣下が頻繁に魔特兵に会いに来るなよ」
「そこを変えるための一手だ」
 ああ言えばこう言う。こうやってじゃれ合うのも、今日で一旦お預けだ。

 僕は、宣言通り魔特兵になることにした。
 既に「特例免許どうしたらいいですか」とギルドに問い合わせ、「そのままでよろしい」という返事も頂いている。
 僕の隣に付き従っているのはカンジュだ。

 カンジュには、僕からプロポーズした。

「カンジュ以外有り得なくない?」

 見た目が良いからか、他の女の子から言い寄られることも少なくなかったが、僕自身はカンジュ以外に全く興味が持てなかった。
 当然、カンジュは身分の差を持ち出して「畏れ多い」「身分が合わない」と言ってきた。
「そんなの関係ないって証明してみせる。それを傍で見ていてほしい」
「しかし、旦那様に何と……」
「父上と母上は、僕が選んだ人なら反対しないって言ってくれたよ」
 僕が言葉を重ねると、カンジュは泣きながら頷いてくれた。


「じゃあ、元気でな」
「ああ。僕からもたまに会いに行くよ」
 僕とシャールは学院の門を出たところで別れ、それぞれ行くべき場所へ転移魔術で飛んだ。



「ここはお貴族サマの来るようなところじゃねぇぞ」
 仕事を終えて魔特兵ギルドへ入ると、お決まりの罵声が飛んでくる。
 柄は悪いが、僕への挨拶みたいなものだ。
 僕は片手を上げて笑顔で応じ、そのまま受付へ進む。
「おかえりなさいませ。どうでしたか?」
 顔なじみの受付さんが、率先して声を掛けてくれた。
「成功したよ。はい、証明部位」
 魔術倉庫から魔物の一部を五十体分ほどごっそりと取り出すと、ギルド中から歓声が上がった。
「やっぱりローツェはすげぇな」
「あれ、ヘルドラゴンの角じゃないか!?」
「量もやばいだろ」
 きっちり仕事をこなせば正当な評価をしてくれる。魔特兵は、そういう人たちだ。
「はい、受理いたしました。処理完了までしばらくお待ち下さい」
 僕とカンジュがギルドに併設されている食事場で軽食をとっていると、ギルドの入り口のあたりが騒がしくなった。
「ここはお貴族サマの来るようなところじゃねぇぞ!」
 先程と同じセリフが、刺々しい響きで聞こえてきた。
「うるさい! ここに、ローツェ・ガルマータという貴族がいるだろう! あいつを出せ!」
 声に聞き覚えがある。僕を含めて男は皆、在学中に声変わりしたが、奴は時折大声を出していたのでよく知っている。学院卒業以来、久しぶりに聞いた。
 僕はカンジュに「ここにいて」と目で伝え、ゆっくり立ち上がった。

「何の御用ですか?」
 魔特兵をはじめてから、身体はより大きくなった。
 聞き覚えのあるうるさい大声の主――フォート・ベン・ネビスは、僕より頭一つ分小さい。腹回りだけは、フォートのほうが大きいが。
「な、なんっ……」
「お探しのローツェ・ガルマータは僕です」
「えっ、えっ? き、聞いてないぞ、こんな……」
 魔特兵をやっていると、身なりに気を遣う時間があまりない。今は、二晩がかりの狩りから帰ってきたばかりで、風呂に入っておらず、髭も剃っていない。
 カンジュをなるべく長く休ませるために殆ど寝ていないから、目の下には隈ができているだろう。
 言ってしまえば、僕はたいへん人相が悪くなっているはずだ。
「で、ご用件は?」
 重ねて問うと、フォートはじりじりと後ずさり、扉を塞ぐように立っていた別の魔特兵にぶつかった。
「痛ってぇな、兄ちゃん」
「ひっ! す、すいましぇん!」
 ガタイの良い魔特兵に囲まれたフォートはどんどん萎縮していく。
「皆、ありがたいけど話ができないと進まないから」
 僕が宥めると、皆は「人がいいなぁ」と言いながら引き下がってくれた。

 腰を抜かしたフォートを吊り下げて、カンジュがいるのとは別のテーブルにつかせ、僕はフォートの正面に座った。
「お、おまえ、本当にローツェ・ガルマータか?」
「そうですよ。用事があるなら手短にお願いします。帰ってきたばかりで疲れているんです。ところで貴方はどちらさまですか?」
「お、俺はフォート・ベン・ネビス公爵だっ! ま、魔特兵のお前に、俺がわざわざ仕事を持ってきてやったんだ、ありがたく……」
「お断りします。ここのルールを勉強してから出直してきてください」
 僕の活動の成果が多少は実り、魔特兵の地位は向上しつつある。
 貴族が魔特兵になる例はまだまだ少ないが、貴族自らが魔特兵ギルドへ魔物討伐要請を出しに来ることは珍しくなくなった。
 とはいえ、こいつのような貴族は多い。
「なんだとっ!」
「僕は仕事に困ってませんので。お引き取りを」
 僕が立ち上がると、フォートが「待て!」と僕の腕をつかんだ。
 僕はそのまま、フォートをぐるんとひねってぽいと投げた。フォートは背中からどすんと落ちた。
「痛っ! 怪我をしたぞ! 謝れ!」
 フォートは怪我をしたらしいが、元気いっぱいだ。
「お貴族サマよぉ、ここのルールを知らないのか」
「魔特兵ギルドじゃ貴族なんてただの人間だ。先に手を出した方が悪い」
 僕が何か言わなくても、周りの魔特兵仲間が間に入ってくれた。
「ぐっ、じゃ、じゃあそこのお前! お前でもいい、仕事を……」
 フォートが僕以外の人に矛先を向けた時、誰かが大きめの声を出した。
「ネビス公爵って、魔特兵への報酬を出し渋ったとかで、領に今ひとりも魔特兵が居ないんじゃなかったか?」
 魔特兵の噂話は、実利的かつ正確だ。
 そして間違いなく正解だったようで、フォートは顔色が赤くなったり青くなったりしはじめた。
「お貴族サマ、悪いが報酬の出ない仕事は請けられないよ。こっちは命がけなんだ」
 魔特兵の中でも優しい方の人が、フォートをそっと諭す。
「くそっ、覚えてろよっ!」
 フォートは謎の捨て台詞を吐いて、ギルドから飛び出していった。

「大丈夫かい、ローツェさん」
 僕とフォートの関係性を察した一人が、心配げに声を掛けてくれた。
「大丈夫です。こういうときのために心強い味方がいるので」
 僕とカンジュは、受付さんから報酬を受け取ると、その足で転移魔術を使った。


「はー。学院卒業してもう五年は経つのになぁ。まーだあいつローツェにちょっかい掛けてるのか」
 僕とカンジュが出向いた先は、シャールのところだ。
 僕たちが薄汚れた格好でも気にせず綺麗で高価なソファーやお茶を勧めてくれるが、申し訳ないので事前に風呂へ入り身なりを最低限整えてある。
「実害はなさそうだけど、念の為伝えに来た。あんなのが公爵じゃあ、他の貴族が迷惑だろう」
 シャールの家は公爵の中でも位が高い。爵位を継いだシャールも、学院の成績や領地を穏やかに治めている功績から、位の高さをそのまま引き継いでいる。
「教えてもらって助かるよ。しっかり注意……の段階はとうに過ぎてるか」
 シャールが手振りで侍女に指示を出すと、侍女は執事を呼んできた。その執事とシャールが何事か打ち合わせると、執事はシャールがいつのまにか書いた書類を手に、退室していった。
「何が起こるの?」
「まずはネビス家の身辺調査だ。魔特兵の報酬を出し渋った件を特に洗い出すよう指示した。内容次第で降格、取り潰し、まあ良いように処分するさ」
「ありがとう」
 僕が礼を言うと、シャールは手を横に振った。
「このくらい、なんでもない。それより今日は泊まっていかないか? 話したいことがいっぱいあるんだ。カンジュも一緒にさ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」

 僕は魔特兵として、シャールは公爵として、自分に合った仕事を見つけた。
 今後、僕たちが本気を出すようなことは……世界を脅かすようなことは、無いだろう。多分。
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