目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。

桐山じゃろ

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第四章

2 一転攻勢

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 メイドさん達のペンダントに付与した転移魔法の目印は、周囲一メートル以内に飛べるよう設定してある。

 ラフィネの目の前、知らない男たちとラフィネの間に降り立つことができた。
「ヨイチ様っ」
 大通りから外れた場所にある、狭い路地裏だ。
 一緒に買い物していたアネットもいる。
 ラフィネがアネットを庇うように立っていて、周囲には買い物かごと野菜が散らばっている。
 二人共、ざっと見た感じ怪我はしていない。
「ヒイロ」
「ヒキュン」
 ヒイロが二人の横につく。念の為に治癒魔法も使ってもらった。
「なっ、転移魔法!?」
「こんなピンポイントで飛べるか!?」
 『転移魔法の目印』という魔法のことをヒイロやモモに話した時「また器用な魔法を……」という目で見られたのを思い出した。
 って、今はそんなこと、どうでもいい。

「うちのメイドになにか御用でしたか」
 知らない男達は五人。僕と同じか、少し低いくらいの体格で、薄汚れた服に粗末な防具と、腰や背に武器を装備している。正規の兵士には見えない。
 武器は本人たちの気付かない間にさっさと魔力の糸で縛り、抜けなくしておいた。
 男達はお互いに目配せしあっている。
 ラフィネとアネットの周囲に防御用の結界魔法を張り、ペンダントの付与魔法を補充する時間まであった。

 何を話し合ったのか、男の一人が下卑た笑いを浮かべながら、僕に近づいた。
「そっちのお嬢さんたちを渡してくれたら、何もしねぇよ」
 どうやら五対一なら勝てると踏んだらしい。
「は?」
「あんたがヨイチだろう? そっちの嬢ちゃんがそう呼んでたしな。俺たちの目的は聖女だ。その二人でもいい、寄越しな。さもなきゃ……」

 もう、いいかな。

 キレても。


「いい加減にしろよ」
 抑えていたものを解放しただけで、男達は近くの壁や地面に吹っ飛んだ。

「言ってることが支離滅裂なんだよ。聖女じゃないから追い出したんだろうが。それにこの二人は召喚されてすらない」
 一歩足を踏み出すだけで、ずん、と地面が振動する。
 魔力が重すぎるのだ。
 だけど止める気はない。
「何がしたいか知らないが、これ以上付き纏うなら、この場で物の言えない身体にしてやるよ」
 本気だ。理屈が通じない奴に対抗する術なんて持たないから、命を奪うのも厭わない。
 二歩、三歩。一番近くで倒れていた男が、仰向けのまま僕から距離を取ろうとする。が、なにもない場所でつっかえて進めない。逃さないための結界を張ったから当然だ。
「ひ、ひい……」
 男のか細い悲鳴って、耳障りのいいものじゃないなぁ。黙らせたいが、今は我慢だ。
 一人が膝立ちになり、「助けてくれ!」と叫んで結界を拳で叩き始めた。
 生憎、周囲に人は居ない。ここへ誘い込んだのは自分たちだろうに。

 右手を振りかぶって、下ろす。それだけの動作で、腰が抜けた男のひとりの足元が派手に抉れた。
「次は当てる」
 宣言すると、足元を抉られた男が早口で喋りだした。
「わ、わかった! 何もしねぇ! 聖女も諦める! だから、見逃してくれ!!」
 清々しいまでの命乞いだった。
「嘘だったら、今度こそ……」
 視界の青い燐光が、炎みたいに揺らめく。先程地面を抉った右手に、それ以上の魔力を込めて見せた。
「ひいいっ!? 嘘じゃない! 本当に!!」
 十秒ほど間を開けてから、周囲に充満していた魔力を引っ込めて、結界を解除する。後ろの二人の防護結界はそのままだ。
 結界を殴っていた男が急に支えを失ってすっ転んだが、他の男達は見向きもしないで走り去った。
 すっ転んだやつも慌てて立ち上がって後を追った。

 ヒイロが連中の匂いを覚えてくれたから、あえて捕まえなかった。

「ごめんね、怖かったで……わっ!?」
 振り返って二人に声をかけると、一斉に抱きつかれた。
 二人共、肩が震えてる。
「もう大丈夫だよ、家に帰ろう。転移魔法使うね」
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございます、ヨイチ様」
 この二人は僕のことを様付けで呼ぶ。
 そんなことしなくていいと言っても「失礼な真似はできません」と押し切られてしまい、今に至っている。
 震える二人とヒイロを連れて、転移魔法を使った。


 家ではメイドさん達が待ち構えていた。
 二人は本人たちの希望で、一部屋を二人で使っている。
 その部屋は既に療養用にスタンバイされていて、二人は即座に押し込められた。
「念の為に治癒魔法は使ってあるし、特になにかされた形跡はなかったから、お手柔らかにね?」
「わかってるわ」
 このときばかりは、ヒスイの笑顔が怖い。



 二人と話をさせてもらえたのは、翌日の夜になってからだった。
 部屋に入ると、二人は寝間着姿で僕を待っていた。メイド服を着たがったところを、ヒスイ達が止めたらしい。
 家の全員が二人の部屋に集合した。

 話し始めたのはアネットだ。

「お店を出るなり買い物かごをひったくられて、二人で追いかけたんです」
 男の足が妙に遅いことに、薄々嫌な予感はしていたという。
 路地裏へ向かう途中で、ラフィネがペンダントで僕を呼んだのだ。
「あとは、ヨイチ様がすぐに来てくださいましたから」
 判断が早かったお陰で、二人は本当になにもされずに済んだようだ。
「買い物に使う籠にも魔法付与を……あ、駄目だ、籠の素材が魔力に耐えられない」
「キーホルダーみたいなの作って、それを籠に付けるのは?」
「それだ。ツキコ、頼めるか?」
「お安い御用よ」
「主様、お二方が困惑されていらっしゃいます」
 モモに言われれ二人を見ると、肩を寄せ合って「また持ち物が高価に……」「心臓持つかなぁ、慣れるかなぁ」と小声で話していた。
「ええと……ひったくられる前に、おかしなことはなかった? 何でもいい」
 僕が問うと二人は揃って首を傾げ、ラフィネが「そういえば」と視線を僕に戻した。

「お野菜を買う前に、道を尋ねられました。それが、ここのことだったので『知らない』で通したのですが」
「ああ、あったね」
 アネットも思い出した、と手を叩く。
「ここは良くも悪くも有名になってるから、知らないって言ったことで逆に狙われたのかも」
 ローズの指摘に、二人はしゅん、と落ち込む。
「あなたたちは悪くないの。今後気をつければいいだけ」
 ローズが慌ててフォローする。
「道を尋ねた人はどんな人だった?」
「……あっ」
「路地裏で待ち構えていた人の一人でした……」
 再び落ち込む二人。
「こんな事態は想定外よ。むしろ、二人を巻き込んでしまってごめんなさい」
 ヒスイが本当に申し訳ない、という調子で二人を慰める。
「本当に、聖女が目的なら直に狙えばいいのに」
 ツキコが憤る。
「誰が狙われても、僕は嫌だよ」
 立ち上がって、皆を見渡す。
「明日、ちょっと出掛けてくる。どうしても外に用事があるときはモモに任せて、皆は家から出ないようにね」
 僕が何をしようとしているのか、全員察してくれた。



***



 ヒイロの匂いによる追跡結果は、既に冒険者ギルドやリートグルクに連絡済みだ。
 逃げていった奴らの行き先は、最初はアマダンではなかった。
 スタグハッシュを含めた何箇所かを経由し、最終的にアマダンへ戻ったのだから、手が込んでいるというか、なんというか。
「どのみちバレるんだから、悪あがきなんてよせばいいのにね」
 飛行体型になったヒイロがぽつりと漏らす。僕はその背に乗っている。
「向こうも駄目で元々なんだろうよ。じゃあ、行こうか」
 真下にはアマダン城がある。
 城と言うよりは、いくつもの柱で天井を支えてある神殿のような建物だ。


 隠蔽魔法を使い、僕とヒイロの姿を消して正面から入った。

 正面の出入り口には鎧を着た兵士がいたが、中に入ってしまうと、ローブを着た魔道士か聖職者っぽい人しか見当たらない。
 内部の見取り図は手に入らず、ヒスイ達もすぐに追い出されてしまったため、手がかりはほぼない。
 しかし、それが気にならないほど単純な造りをしていた。

 正面から続く広い廊下をまっすぐ進むと、大きく開けた場所に出た。
 床に直径十メートルはある大きな魔法陣が描いてあり、周囲に蝋燭やランタンが大量に置いたり吊るしたりしてあるため、明るい。
 魔法陣の向こう側の段の上に玉座らしき巨大な椅子があり、そこに冠を被り王様のような服を着た老人がひとり、ぽつんと座っていた。 途中にいた人は、この大広間に入ってこない。老人以外は誰も居なかった。

 リートグルクの王様は、僕との接し方がフレンドリーすぎて混乱するのだけど、ちゃんと王の威厳のようなものを備えている。
 この玉座の人からは、それが全く無い。

 なのに、別の違和感があった。


「我が命を取りに来たか」

 僕とヒイロ以外、誰も居ない空間に向かって、老人がつぶやく。
「見えておるぞ。大人しく聖女を差し出せば、丸く収まるものを」
 どういうわけか、隠蔽魔法が見破られている。
 魔法を解除して、老人の前に立った。
「丸く収まるって、何がだ」
 老人が立ち上がった。王の装束や冠は重量がありそうなのに、枯れ枝のような細い足は微かな震えも見せずしっかりしている。
「聖女を魔王に喰わせれば、魔王は息絶える」
「信じられるか」
 ラフィネ達を襲った連中と違い、この老人には威圧も脅しも効かないだろう。言葉に怒気を込めるに留めた。

「ならば魔王をどうする? おぬしが倒すとでも?」
「倒す。魔王の居場所を知ってるなら教えろ」

 老人が天を仰いだかと思うと、大きな声で嗤い出した。

「ここに」

 老人の体が膨らみ、衣装が内側からの圧に耐えきれず、びりびりと裂ける。
 膨らみきった身体は、僕より一回り以上大きくなった。
 耳の上から禍々しい角と、背に真っ黒な翼、両手足には鋭い爪を生やしている。
 下半身は長い毛で覆われ、長い尾が辺りを薙ぎ払った。

「大人しく聖女を差し出しておれば、死なずに済んだのになあ」

 この期に及んで、聖女のことを言うのか。

「彼女たちは聖女じゃない、アマダンがそう判断したんじゃないのか」
「死ねぇ!」

 だめだ、話を聞かないタイプだ。

 衝撃波と真っ黒い炎が、迫ってきた。
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