目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。

桐山じゃろ

文字の大きさ
102 / 103
番外編

アトワとキュアン

しおりを挟む
 俺の名はアトワ。冒険者をやっていて、ランクはBだ。
 チェスタという冒険者ランクAの男のパーティに支援・回復要員として加入している。

 冒険者のパーティというやつは、男女の比率が偏りがちだ。
 そもそも冒険者の男女の比率は大体男七割、女三割とされている。
 なのに、女だけのパーティというものもある。

 理由は簡単だ。

 パーティを組むということは、同じ釜の飯を食い、野営ではすぐ横で寝起きし、何なら宿屋や拠点は同室になることもある。
 年頃の男女が同じ部屋に押し込まれたら……なるようになることもあるだろう。

 それを律してこその職業冒険者だと俺は考えているのだが、一部の人間はそうではない。
 はじめから婚活のためにパーティを渡り歩く猛者もいるほどだ。

 恋人のいるチェスタを狙っていた女がそうだった。
 パーティ加入直後はおとなしかったものの、次第に隠すことをやめ、本人や相手から直接窘められても、隙あらばチェスタの隣を狙っていた。

 そんな厄介な人物なんてパーティから追い出せばいいのだが、冒険者としては有能だった。
 チェスタには劣るが剣の腕は確かで、魔力量は少ないが光属性を持ち、多少の怪我は自分で癒やしていた。
 ほぼ全員がクエストで何かしら助けられたし、チェスタに猛アタックをする以外は無害な人物だったのだ。

 そんな彼女を見て焦ったチェスタの恋人は、ついに既成事実を作り、冒険者を引退した。
 チェスタが「今後は妻と子供のために冒険者をする」と宣言して、女はようやく諦めた。


 パーティメンバーが一気に二人も減り、困っていたチェスタが声をかけたのが、ヨイチだ。
 冒険者ギルド規則を満たすための期間限定ということだったが、今もしょっちゅうパーティを組んでくれる。



「ヨイチがいてくれると余裕ができるねぇ」
 キュアンがいつもの眠たそうな声で言い、鼻歌を歌わんばかりの雰囲気を漂わせながら俺の前を歩いている。
「いくらヨイチがいるからって気を抜くなよ」
 強い仲間に頼りっぱなしは、冒険者の恥だ。ヨイチもそこはわかっていて、本気を出すのは俺たちが本当にピンチの時のみだ。……全力を出しているのは、今まで見たことはないが。
「わかってるようー」
 キュアンはくるりと片足でターンして、唇を尖らせながら俺に宣言し、また前を向く。
 俺の後ろ、つまり殿しんがりでヨイチが苦笑を漏らす。
「緊張具合はキュアンとアトワを足して二で割ったら丁度いいかもね。アトワ、肩に力入ってるよ」
「む、そうか」
 意識して肩の力を抜く。確かに少々強張っていた。
 こういう何気ない指摘をくれるのも、ヨイチの凄いところだ。
「今日はどうしたのさ」
 ヨイチが横に並び、俺の顔を覗き込んできた。
「……キュアンがああだからな。俺だけでも気を引き締めねばと思ってな」
 ヨイチは「そっか」と呟いて、再び殿に戻った。


 今日のクエストの討伐目標は、ハルピュイアだ。
 人間の女の顔と胴体に、鳥の下半身と腕代わりの翼を持つ知性の高い魔物が、モルイの西に群れをなしていた。
 ハルピュイア単体の危険度はBだが、群れの規模が大きいため、クエストの難易度はA+。
 難易度と同じランク以上の冒険者を複数名含めたパーティで請けることを推奨されるランクには「プラス」が付く。
 ヨイチがいなければ、請けられなかったクエストでもある。

「止まって」
 後ろからヨイチの鋭い声が飛ぶ。音量は小さかったが、先頭のリヤン、ミオスの双子までピタリと足を止めた。
「いるのか?」
 チェスタが小声で尋ねると、ヨイチが頷き、前方の空を指差した。
「飛んでた。あと五百メートルも進めばかち合う」
「よし。準備しよう」
 チェスタの合図で、全員が背中の荷物入れやマジックボックスから金属製のヘルムと弓矢を取り出す。
 今回は空を飛ぶ魔物が相手なので、そのための装備だ。
 全員がヨイチによる弓矢講座を受講済みだが、キュアンだけは弓矢を手にしていない。元から腕力が無いのと、魔法があるため弓矢は必要でないと判断した。
「魔力切らさないように気をつけろよ」
「うん」
 素直にうなずくキュアンだが、これが甘い考えだったと知るのはすぐだった。



「あ、あれっ、キャッ!」
 ハルピュイアの群れは、想定していたより多かった。
 ヨイチは涼しい顔で次々に射落としていくが、数が多すぎるし、ヨイチは必要以上に俺たちを甘やかさない。
 キュアンが倒すべきハルピュイアはすばしっこく飛び回り、キュアンの魔法を躱して急襲をしかけてきた。
 慌てて飛び退き、襲ってきたハルピュイアに再び魔法をけしかけるが、それすらも避けてまた空中へ戻っていく。
 全体で七割ほどを討伐していたが、キュアンだけ、未だに一匹も倒していなかった。
「もうっ! どうして当たらないのよぉ!」
「こいつら魔力の流れを感知できるみたい。キュアン、もっと速い魔法はない?」
 ヨイチが矢を信じられない速さで放ちながら、キュアンに声をかける。
「ううう……じゃあ、これならっ!」
 キュアンが放ったのは、火と風の魔法を同時に操り、速度を上げた炎の矢だ。
 ハルピュイアの一匹に見事直撃し、燃えながら落ちたそいつに止めの風の刃を食らわせた。

 派手な音を出しながら倒したせいか、生き残っているハルピュイアの視線がキュアンに集まってしまった。

「えっ、嘘っ」
「キュアン!」
 自然と体が動いた。キュアンを横から抱き取るように倒して地面に伏せさせ、結界魔法を展開した。
 ハルピュイア達のほとんどが結界魔法にぶつかる前に空中へ逃げたが、三匹、結界内に入りこんでしまった。
「っ!」
 背中にハルピュイアの鉤爪が食い込んだ。頭はヘルムで守っているが、胴はいつもの革鎧だ。背中側の、鎧の隙間を狙われた。
「アトワ!」
「今のうちに魔法を!」
「ごめん、魔力が」
 そうか、さっき二属性同時に操ったせいで、魔力を大量に使ったのか。
 ならば自分で魔法を使うしかないが、ハルピュイア達が恐ろしいほどの力で俺を抑え込んでいる。
 立ち上がることも、背中に手を回すことも出来ない。
 キュアンが俺の持つ弓矢を取り、どうにか弓を引いた時だった。

 攻撃を受けたときと同じ様に、唐突にハルピュイアの攻撃が止まった。

「無事か!?」
 声はチェスタだが、ハルピュイアを退治してくれたのはヨイチだ。
 俺の結界を突き破って複数のハルピュイアを一撃で仕留めるような攻撃だ。本気を出したのだろう。駆け寄ってくるヨイチの瞳が青くなっている。
「ヨイチ、すまんが頼む」
「任せて」
 背中に暖かい光が降り注ぐ。傷がみるみる癒えて、痛みも消えた。


 結局、ほとんどのハルピュイアをヨイチが倒し、俺たちを助けている間に残りをリヤンとミオスが弓矢で片付けていた。
 チェスタも初めは弓矢に手こずったが、俺が怪我を負う少し前にコツを掴んで何匹も倒していた。
 俺が失態を犯さなければ、もっと倒せていただろう。


「ごめんなさい」
 キュアンが全員に頭を下げる。
「ハルピュイアに魔法が効きづらいなんて聞いてなかったし、仕方ないよ」
 ヨイチのフォローはいつもなら甘いのだが、今回は頷ける。
「知性が高いようだから、魔力の流れについて学習した個体が現れて広めたのだろうか」
 チェスタが推論を展開し、リヤンとミオスが「なるほど」と頷く。俺も同じ考えを持った。
「ギルド報告案件だな。だからそう気にするな」
「ん……」
 こう言ってはなんだが、キュアンはよく失敗する。その度にきちんと反省し、次に活かしてきて今のキュアンがある。
 だというのに、今回はどういうわけか歯切れが悪い。
「キュアンとアトワは休んでて。死骸片付けてくる」
「そうだな。リヤン、ミオス。手伝ってくれ」
 ヨイチがこの場に結界魔法を展開すると、他の皆も連れてハルピュイアの死骸を回収しに行ってしまった。


 残された俺とキュアンは、大人しくしていることにした。

「ごめんね、アトワ。痛かったでしょ」
 何度目かの謝罪をされる。
 俺が怪我を負ったことを思い詰めているらしい。
「もう気にするな。らしくない」
「気にするよ。ランクBにもなって仲間の足引っ張って……。ヨイチがいなかったらと思うと、ゾッとする。……私、ダメだね」
 かなり重傷だ。こんなに落ち込むキュアンは初めて見る。
「キュアン……」
「私さ、ランクBになったら冒険者辞めるつもりだったって、前に言ったじゃない」
「それは、お前……」

 俺の前にいるのは、心が折れた冒険者だった。



 キュアンはクエスト終了報告の後、引退の手続きを済ませた。
 誰がどう引き止めても、キュアンの意思は固かった。
「お世話になりました」
 拠点にしているチェスタの家で、キュアンが最後の挨拶をする。
「やっぱり惜しいが……本人が決めちまったんなら仕方ないな。ところで、これからどうするんだ?」
「貯金、わりとあるんだ。贅沢しなければかなり持つ。でも、なにかバイトしようかと思ってる」
「プラム食堂がバイト募集してたよ」
「ありがと、ヨイチ。でも私、たぶん料理に携わっちゃダメだと思うの」
「あー」
 全員の声が一致した。ヨイチ曰く「ジストと同じくらい呪われてる」だそうだ。
「魔道具屋さんは?」
「考えてる。ヨイチ、伝手ある?」
「直接じゃないけど」
 キュアンが次の仕事について話している間、俺はどうにも落ち着かなかった。

「家はどうするんだ? このままここに住むのか?」
 チェスタのこの家は、別荘みたいなものだ。奥さんと一緒に暮らす家は別にある。
 時折、事情があってクエストを請けられない冒険者に格安で部屋を貸していたりもする。
「冒険者辞めといてお世話になれないよ」
 キュアンは首を横に振った。

「じゃあ、俺のところへこないか?」

 口をついて出た言葉に、俺自身もびっくりした。
 キュアンは目を丸くして口を開けている。
「いや、ずっと仲間だったし、放っておけないっつーか……そうだ、家のことをやってくれる人がいるとありがたいんだが……」
「料理はできないよ?」
「出来合いのものを買い出してくれるだけで有り難い」
「……いいの?」
「ああ」
「じゃ、よろしくね」
「おう」

 こうして元パーティメンバーのキュアンと、同棲することになった。



 この日の出来事を後にヨイチは妙な言葉で表現した。

「僕と同じくらい恋愛弱者だったんだね」




 元仲間として見ていられたのは、同棲をはじめてから五日間だけだった。
「キュアンは冒険者じゃないもんな」
「? うん。でも私、冒険者だったときから、アトワのこと好きだったよ」
「!?」
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

俺は何処にでもいる冒険者なのだが、転生者と名乗る馬鹿に遭遇した。俺は最強だ? その程度で最強は無いだろうよ などのファンタジー短編集

にがりの少なかった豆腐
ファンタジー
私が過去に投稿していたファンタジーの短編集です 再投稿に当たり、加筆修正しています

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

料理の上手さを見込まれてモフモフ聖獣に育てられた俺は、剣も魔法も使えず、一人ではドラゴンくらいしか倒せないのに、聖女や剣聖たちから溺愛される

向原 行人
ファンタジー
母を早くに亡くし、男だらけの五人兄弟で家事の全てを任されていた長男の俺は、気付いたら異世界に転生していた。 アルフレッドという名の子供になっていたのだが、山奥に一人ぼっち。 普通に考えて、親に捨てられ死を待つだけという、とんでもないハードモード転生だったのだが、偶然通りかかった人の言葉を話す聖獣――白虎が現れ、俺を育ててくれた。 白虎は食べ物の獲り方を教えてくれたので、俺は前世で培った家事の腕を振るい、調理という形で恩を返す。 そんな毎日が十数年続き、俺がもうすぐ十六歳になるという所で、白虎からそろそろ人間の社会で生きる様にと言われてしまった。 剣も魔法も使えない俺は、少しだけ使える聖獣の力と家事能力しか取り柄が無いので、とりあえず異世界の定番である冒険者を目指す事に。 だが、この世界では職業学校を卒業しないと冒険者になれないのだとか。 おまけに聖獣の力を人前で使うと、恐れられて嫌われる……と。 俺は聖獣の力を使わずに、冒険者となる事が出来るのだろうか。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

前世は不遇な人生でしたが、転生した今世もどうやら不遇のようです。

八神 凪
ファンタジー
久我和人、35歳。  彼は凶悪事件に巻き込まれた家族の復讐のために10年の月日をそれだけに費やし、目標が達成されるが同時に命を失うこととなる。  しかし、その生きざまに興味を持った別の世界の神が和人の魂を拾い上げて告げる。    ――君を僕の世界に送りたい。そしてその生きざまで僕を楽しませてくれないか、と。  その他色々な取引を経て、和人は二度目の生を異世界で受けることになるのだが……

最強付与術師の成長革命 追放元パーティから魔力回収して自由に暮らします。え、勇者降ろされた? 知らんがな

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
旧題:最強付与術師の成長革命~レベルの無い世界で俺だけレベルアップ!あ、追放元パーティーから魔力回収しますね?え?勇者降ろされた?知らんがな ・成長チート特盛の追放ざまぁファンタジー! 【ファンタジー小説大賞の投票お待ちしております!】  付与術のアレンはある日「お前だけ成長が遅い」と追放されてしまう。  だが、仲間たちが成長していたのは、ほかならぬアレンのおかげだったことに、まだ誰も気づいていない。  なんとアレンの付与術は世界で唯一の《永久持続バフ》だったのだ!  《永久持続バフ》によってステータス強化付与がスタックすることに気づいたアレンは、それを利用して無限の魔力を手に入れる。  そして莫大な魔力を利用して、付与術を研究したアレンは【レベル付与】の能力に目覚める!  ステータス無限付与とレベルシステムによる最強チートの組み合わせで、アレンは無制限に強くなり、規格外の存在に成り上がる!  一方でアレンを追放したナメップは、大事な勇者就任式典でへまをして、王様に大恥をかかせてしまう大失態!  彼はアレンの能力を無能だと決めつけ、なにも努力しないで戦いを舐めきっていた。  アレンの努力が報われる一方で、ナメップはそのツケを払わされるはめになる。  アレンを追放したことによってすべてを失った元パーティは、次第に空中分解していくことになる。 カクヨムにも掲載 なろう 日間2位 月間6位 なろうブクマ6500 カクヨム3000 ★最強付与術師の成長革命~レベルの概念が無い世界で俺だけレベルが上がります。知らずに永久バフ掛けてたけど、魔力が必要になったので追放した元パーティーから回収しますね。えっ?勇者降ろされた?知らんがな…

処理中です...