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第1章『始まりの村と魔法の薬』編
第24話 声/Invitation
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静寂の夜もかなり深まった頃。
長い道のりを経て、三人はようやく月光草が生えているとされている場所へたどり着いた。
「さぁて、どこにあるかなぁ?」
ミサは一人期待に胸を弾ませ、漆黒に汚れた土壌を目で舐めるように探していく。
ここはカロポタス村の奥地。
ミサ曰く、今は亡きおばあちゃんがかつてこの畑で月光草を育てて、そして実際にこの土地で収穫していたとのこと。
しかし、フェイルメアの悲劇により、もはや土地はそこらの朽ち果てた廃墟と同様に黒く汚染されており、「畑」と呼ぶには程遠い状態だった。
小さな花一本すら見かけない、まさに「死んだ村」。果たしてそんな場所に、彼女の望む月光草という植物は見つかるのだろうか。
ただ、満月の夜にしか咲かないという月光草の生息条件に関しては運良く整っていた。現に、夜空を見上げれば、青く染まった綺麗な満月が煌々と光を放ち、こちらを見下ろすように浮いている。
後は、この地に月光草があるかどうか。この問題さえ解決すれば、ポーションはほぼ完成に近づくはずだ。
「あれぇ?無いなぁ……」
希望の色で満ちていたミサの顔に次第に焦りの色が出始める。
そう、どこにも月光草らしき植物が見当たらないのだ。地面はあたり一面名もなき雑草で覆い尽くされており、とても目を引くような植物を目にすることができない。おばあちゃんが残してくれた資料を見る限り、間違いはないはずなのだが。
エレリアとソウヤも協力して、三人で全力を尽くしたのだが、結果は同じだった。
「はぁ……、ど、どうしよう……」
絶望に染まるミサの表情。
結局、土地の隅々まで執念深く探しても、月光草の影すら見つかることは無かった。あるのは、枯れた大地に無遠慮に伸びる雑草だけ。
すると、落ち込むミサを見たソウヤがいきなり高飛車な態度で語りかけてきた。
「それ見たことか。ぜーんぶ何もかも、俺の思った通りだ。やっぱり、こんな村に月光草なんかあるわけなかったんだよ」
ミサの過ちを責めるように、ソウヤが怒りの表情をあらわにする。
「こんなことになるくらいだったら、ついてくるんじゃなかったぜ! まったく!」
「なにも……、そんな言い方しなくたっていいでしょ?!」
彼の攻撃的な発言にさすがのミサも見過ごすことができず、怒りの色を目に宿し、反撃の意を口にした。
「俺はな、月光草が確実に採れるもんだと思って付いて来ただけなんだよ」
「そんなあなたの事情なんか知らないよ。付いてきたほうが悪いんじゃん」
「だけど、何だよこのありさまは…。月光草なんかどこにも生えてないじゃねえか。これは一体、どういうことなんだよ!」
「しょうがないでしょ!! ここでしかもう手に入る可能性がなかったんだから!じゃあ、他に月光草が見つかる場所があるっていうの!!」
「ちょっと、どうしたの二人とも?! こんなとこで喧嘩は止めようよ!!」
いきなりミサとソウヤが激しく口論を始め、すかさずエレリアは二人の間に止めに入った。
「っるせぇよ! おまえは黙ってろ!」
「うわっ!!?」
すると、何を思ったのかソウヤはいきなりエレリアの服を両手で掴むと、そのまま力強く彼女を突き飛ばした。
そして、予想外の彼の言動にエレリアは対応することができず、豪快に地面に倒れ込んでしまった。
「何てことするの!?ソウくん!!」
あまりに傍若無人なソウヤの振る舞いに、ミサがエレリアに代わって彼を鋭く睨みつける。その目には燃えるような敵意の炎が宿っており、それは今にも飛びかかってしまいそうな雰囲気だった。
「一体どうしたんだ……? 二人とも……」
ここまで三人で手を取り合って来たというのに。なぜか、急に二人の態度が豹変してしまった。
気づけばミサとソウヤは敵対するように向かい合い、お互い敵意の眼差しを向けあっている。
なぜ、こんな不可思議なことになったのだろう。
次第に不吉な胸騒ぎが激しくなり、警戒心と共に脳内を不快なノイズが満たす。
「うっ、まただ。この感覚……」
エレリアは顔を歪め、苦しそうに頭を押さえた。
それは、いつの日か海岸で正体不明の頭痛に襲われた時のあの感覚だった。
本能が心の中の警鐘を大きく鳴り響かせる。
そして、その時エレリアはやっと事の事態を、その目で確認することができた。
「こ、これは……!?」
大きく見開いたエレリアの目の先、そこにはミサとソウヤの闘争を眺めるように取り囲む謎の白い影の集団がいた。
エレリアに似た白いローブを身にまとっている彼らは、特に危害を加える様子もなく、ただ静かにミサとソウヤの口論を大人しく見守っている。
「いつの間に……」
ここに来るまで、彼らに取り囲まれていることなど、エレリアは微塵も感じなかった。今もなお、辺りの空間には静寂が満ちている。
だが、その静けさが妙に不気味だった。これほど大勢の群衆がいるというのに、なぜか風の音すら何も耳に届いてこない。聞こえてくるのはミサとソウヤの荒い鼻息だけ。
何より、彼らからはその『気配』というものが感じられなかった。これが俗に言う幽霊という類のものなのか。
兎にも角にも、やはりこのカロポタス村という村にはやはり何かがいたのだ。不吉な胸騒ぎの正体はこれだったのだ。
しかし、もう時すでに遅し。彼らが危害を加えてこないとは言え、すでに見知らぬ存在に取り囲まれているのは事実。どうにか、この場から逃げ出さないといけないことは確かだ。
「ちょっと、ミサ! ソウヤ! 早く逃げよ!」
エレリアは焦燥感に顔色を曇らせたまま、二人の肩を激しく揺さぶる。
しかし、それでもミサとソウヤは一向に様子を変えるそぶりもなく、相も変わらずいがみ合いを続けている。
「もう……、どうなってんだ……!!」
この場で恐らく正気を保っている人物はエレリアだけだ。故に、様子がおかしくなってしまったミサとソウヤを救えるのも、すべてエレリア次第。
だが、肝心のエレリアには二人を元に戻す術がまったく思いつかなかった。
いくら大声で呼びかけても、視覚で訴えかけても、二人にはエレリアの姿は見えていないようだ。
「しかし、こいつらは一体何者なんだ……?」
エレリアは冷や汗を浮かべ、ふと辺りを見回した。
白いローブを着た謎の大群。ミサとソウヤには見えていないのか。
顔は目深に被ったフードで覆われており、詳しくは分からない。また、人のようにも見えるが、それが人間なのか否かなのかも判断がつかない。
確かにそこにいるはずなのに、どこか遠くの次元にいるような。そして、それがどんな存在なのか認識できない。
ただ、これは明らかに動物とか魔物とか、そんなはっきりと区別できるような類のものではないことは確かだ。今エレリアが断定できる彼らについての認識は、悔しいがそんなところだった。
白い影たちは未だに何の危害を加えることなく、エレリアたちを好奇の眼差しで眺め続けている。
「はぁ、はぁ……」
極度の緊張と不安が胸を圧迫する。
エレリアも負けじと謎の白装束の群衆を睨み返してはみたものの、やはり心が恐怖の色に染まっていくのが自分でも分かった。
相手にとって、エレリアたちは自分たちの土地に身勝手に入り込んできた侵略者と同然だ。そう考えると、悪いのはこちら側。
「どうすればいいんだっ……!!」
窮地に追い込まれ、どうにもできない悔しさにエレリアが下唇を噛み締めた。
するとその瞬間、どこからともなく儚く澄んだ女の声がエレリアの耳に流れ込んできた。
「ねぇ、そこの君……!!」
不思議な声を認識したエレリアは急いで顔を上げて、必死に声の主を探した。
「ワタシの声が聞こえてるんでしょ?」
声は一方的にエレリアの頭の中へ直接訴えかけるように流れ込んでくる。
「誰!?」
しきりに呼びかけてくる女の声に、エレリアは辺りを見回した。しかし、視界に映るのは不気味な白装束の群衆のみ。どこにも、女性らしい姿は見当たらなかった。
「あそこに紅い木が生えてあるのが見えるでしょう?」
すると、声はエレリアにとある指示を口にしてきた。
「えぇ……、紅い木ぃ?」
そして、謎の声に促されるがまま、エレリアは目をこらして周囲の風景を眺めた。
すると、あの声が言った通り、それらしき紅い木が遠くに生えているのが見て取れた。
「分かったのなら、そこに向かって突っ走って!!」
すると今度は、謎の女の声は無茶苦茶な行動をエレリアに要求してきた。
「突っ走って、ってそんなの無理だよ!」
事実、すでにエレリアは謎の白い影に完全に包囲されているのだ。逃げ道など、当然どこにも見当たらない。
「息を止めて走れば、アイツらからは君のことは見えなくなる!」
声はエレリアの焦燥感を責立てるような物言いで訴えかけてくる。
しかし、それでもエレリアは考えあぐねていた。
第一、ミサとソウヤを置いて一人で逃げることなんて、エレリアには出来なかった。二人が死んだら、自分も死ぬ。それくらいの覚悟が今のエレリアの胸には刻まれていた。
「早く! 君には伝えたいことがあるんだ!」
その言葉を聞いてエレリアははっと顔を上げた。
「私に伝えたいこと?」
「時間が無い! 急いで!」
謎の声はエレリアの背中を押そうと必死に訴えかけてくる。
そしてその瞬間、エレリアは覚悟を決め、気づいた時には遠くの紅い木に向かって駆け出していた。
「ミサ、ソウヤ……。絶対、あとで戻ってくるから。それまで、無事でいて!!」
変わらず睨み合っている二人を背に、エレリアは思いっきり息を止めて、白い影の群衆の中に飛び込んで行った。
「はぁ、はぁ」
無意識に強く閉じていたまぶたを、エレリアはゆっくりと開けた。
すると、目の前にはあの声が言っていた紅い木が堂々と佇んでいた。何の木かは分からないが、その木は血に濡れたような真っ赤な葉を枝から生やしており、他の枯れ木とは違う不思議な雰囲気で満ちていた。
そして、ふと気づいたエレリアが後ろを振り返ると、そこには遠くに何かを取り囲むような白装束たちの群れがあった。
「ミサ、ソウヤ……」
何とかうまくあそこから抜け出せたはいいものの、あの中にまだ二人がいる。そう思うと、エレリアはいても立ってもいられなかった。
すると、エレリアの気持ちを汲み取ったかのように、あの声が再び次の行動を要求してきた。
「今度はあの紅い木の方へ」
どこからともなく流れてくる声に言われるがまま周囲を見回すと、遠くの方にまた同様の紅い木が生えているのが分かった。
そして、エレリアがそこに近づくと、女の声はまた同じ指示を繰り返した。
それはどこかへエレリアを誘導しているようだった。しかし、どこへ行くのかは何の見当もつかない。
「私に伝えたいこと、って一体なんだろう……?」
あの時、謎の声は確かにエレリアに伝えたいことがあると言っていた。
こんな恐怖にまみれた辺境の地で、わざわざ伝えたいこととは一体何なのか。
声に誘われるがまま歩いていると、エレリアはとある場所にたどり着いた。
「ここは……?」
エレリアの目の前に広がっている場所、それは墓地のようだった。
しかし、この村の墓地は同じ墓地と言っても、とても死者を供養するような神聖な場所には見えなかった。
名もなき枯れ草が無残に咲き荒れて、まばゆい月光に照らされている天使像はなんと首から上が無くなっていた。それにも関わらず、指を重ね空へ祈りを捧げているその真摯な姿を見ていると、永遠にこの地に取り残された命の救いを求める声が聞こえてきそうだった。
エレリアは墓地の凄惨な風景を前に立ち尽くしていると、急に突風が彼女の肩を叩くように吹き付けてきた。
そこで、エレリアはふとある事に気づき、急いで後ろを振り返った。
すると、墓地の中でも一際目立って生えている紅い木の下、そこになんと人が立っていた。それも、よく見ると女の人のように見える。
「あ、あれは……?」
容易には信じられない光景にエレリアは思わず我が目を疑った。
何十年も前に滅ぼされたはずのカロポタス村。それなのに、人がいるのだ。
まさか、自分たち以外にここへやって来た外部の人間なのだろうか。
怖がらないで、さぁ……
エレリアが目の前の現象に呆気にとられていると、再びあの女の声が聞こえてきた。
そして、その時、エレリアはある一つの真実を目の当たりにし、背筋を震わせた。
「まさか……」
あの紅い木の下に立っている謎の女。そして、脳内に響いてくる謎の声。
この二つが一致した時、エレリアは嫌でもその声の正体を悟ることしかできなかった。
そして、歓迎の意を示すように、あの紅い木の下にいる女性は甘美な声でエレリアにこう告げた。
ようこそ、カロポタス村へ……
長い道のりを経て、三人はようやく月光草が生えているとされている場所へたどり着いた。
「さぁて、どこにあるかなぁ?」
ミサは一人期待に胸を弾ませ、漆黒に汚れた土壌を目で舐めるように探していく。
ここはカロポタス村の奥地。
ミサ曰く、今は亡きおばあちゃんがかつてこの畑で月光草を育てて、そして実際にこの土地で収穫していたとのこと。
しかし、フェイルメアの悲劇により、もはや土地はそこらの朽ち果てた廃墟と同様に黒く汚染されており、「畑」と呼ぶには程遠い状態だった。
小さな花一本すら見かけない、まさに「死んだ村」。果たしてそんな場所に、彼女の望む月光草という植物は見つかるのだろうか。
ただ、満月の夜にしか咲かないという月光草の生息条件に関しては運良く整っていた。現に、夜空を見上げれば、青く染まった綺麗な満月が煌々と光を放ち、こちらを見下ろすように浮いている。
後は、この地に月光草があるかどうか。この問題さえ解決すれば、ポーションはほぼ完成に近づくはずだ。
「あれぇ?無いなぁ……」
希望の色で満ちていたミサの顔に次第に焦りの色が出始める。
そう、どこにも月光草らしき植物が見当たらないのだ。地面はあたり一面名もなき雑草で覆い尽くされており、とても目を引くような植物を目にすることができない。おばあちゃんが残してくれた資料を見る限り、間違いはないはずなのだが。
エレリアとソウヤも協力して、三人で全力を尽くしたのだが、結果は同じだった。
「はぁ……、ど、どうしよう……」
絶望に染まるミサの表情。
結局、土地の隅々まで執念深く探しても、月光草の影すら見つかることは無かった。あるのは、枯れた大地に無遠慮に伸びる雑草だけ。
すると、落ち込むミサを見たソウヤがいきなり高飛車な態度で語りかけてきた。
「それ見たことか。ぜーんぶ何もかも、俺の思った通りだ。やっぱり、こんな村に月光草なんかあるわけなかったんだよ」
ミサの過ちを責めるように、ソウヤが怒りの表情をあらわにする。
「こんなことになるくらいだったら、ついてくるんじゃなかったぜ! まったく!」
「なにも……、そんな言い方しなくたっていいでしょ?!」
彼の攻撃的な発言にさすがのミサも見過ごすことができず、怒りの色を目に宿し、反撃の意を口にした。
「俺はな、月光草が確実に採れるもんだと思って付いて来ただけなんだよ」
「そんなあなたの事情なんか知らないよ。付いてきたほうが悪いんじゃん」
「だけど、何だよこのありさまは…。月光草なんかどこにも生えてないじゃねえか。これは一体、どういうことなんだよ!」
「しょうがないでしょ!! ここでしかもう手に入る可能性がなかったんだから!じゃあ、他に月光草が見つかる場所があるっていうの!!」
「ちょっと、どうしたの二人とも?! こんなとこで喧嘩は止めようよ!!」
いきなりミサとソウヤが激しく口論を始め、すかさずエレリアは二人の間に止めに入った。
「っるせぇよ! おまえは黙ってろ!」
「うわっ!!?」
すると、何を思ったのかソウヤはいきなりエレリアの服を両手で掴むと、そのまま力強く彼女を突き飛ばした。
そして、予想外の彼の言動にエレリアは対応することができず、豪快に地面に倒れ込んでしまった。
「何てことするの!?ソウくん!!」
あまりに傍若無人なソウヤの振る舞いに、ミサがエレリアに代わって彼を鋭く睨みつける。その目には燃えるような敵意の炎が宿っており、それは今にも飛びかかってしまいそうな雰囲気だった。
「一体どうしたんだ……? 二人とも……」
ここまで三人で手を取り合って来たというのに。なぜか、急に二人の態度が豹変してしまった。
気づけばミサとソウヤは敵対するように向かい合い、お互い敵意の眼差しを向けあっている。
なぜ、こんな不可思議なことになったのだろう。
次第に不吉な胸騒ぎが激しくなり、警戒心と共に脳内を不快なノイズが満たす。
「うっ、まただ。この感覚……」
エレリアは顔を歪め、苦しそうに頭を押さえた。
それは、いつの日か海岸で正体不明の頭痛に襲われた時のあの感覚だった。
本能が心の中の警鐘を大きく鳴り響かせる。
そして、その時エレリアはやっと事の事態を、その目で確認することができた。
「こ、これは……!?」
大きく見開いたエレリアの目の先、そこにはミサとソウヤの闘争を眺めるように取り囲む謎の白い影の集団がいた。
エレリアに似た白いローブを身にまとっている彼らは、特に危害を加える様子もなく、ただ静かにミサとソウヤの口論を大人しく見守っている。
「いつの間に……」
ここに来るまで、彼らに取り囲まれていることなど、エレリアは微塵も感じなかった。今もなお、辺りの空間には静寂が満ちている。
だが、その静けさが妙に不気味だった。これほど大勢の群衆がいるというのに、なぜか風の音すら何も耳に届いてこない。聞こえてくるのはミサとソウヤの荒い鼻息だけ。
何より、彼らからはその『気配』というものが感じられなかった。これが俗に言う幽霊という類のものなのか。
兎にも角にも、やはりこのカロポタス村という村にはやはり何かがいたのだ。不吉な胸騒ぎの正体はこれだったのだ。
しかし、もう時すでに遅し。彼らが危害を加えてこないとは言え、すでに見知らぬ存在に取り囲まれているのは事実。どうにか、この場から逃げ出さないといけないことは確かだ。
「ちょっと、ミサ! ソウヤ! 早く逃げよ!」
エレリアは焦燥感に顔色を曇らせたまま、二人の肩を激しく揺さぶる。
しかし、それでもミサとソウヤは一向に様子を変えるそぶりもなく、相も変わらずいがみ合いを続けている。
「もう……、どうなってんだ……!!」
この場で恐らく正気を保っている人物はエレリアだけだ。故に、様子がおかしくなってしまったミサとソウヤを救えるのも、すべてエレリア次第。
だが、肝心のエレリアには二人を元に戻す術がまったく思いつかなかった。
いくら大声で呼びかけても、視覚で訴えかけても、二人にはエレリアの姿は見えていないようだ。
「しかし、こいつらは一体何者なんだ……?」
エレリアは冷や汗を浮かべ、ふと辺りを見回した。
白いローブを着た謎の大群。ミサとソウヤには見えていないのか。
顔は目深に被ったフードで覆われており、詳しくは分からない。また、人のようにも見えるが、それが人間なのか否かなのかも判断がつかない。
確かにそこにいるはずなのに、どこか遠くの次元にいるような。そして、それがどんな存在なのか認識できない。
ただ、これは明らかに動物とか魔物とか、そんなはっきりと区別できるような類のものではないことは確かだ。今エレリアが断定できる彼らについての認識は、悔しいがそんなところだった。
白い影たちは未だに何の危害を加えることなく、エレリアたちを好奇の眼差しで眺め続けている。
「はぁ、はぁ……」
極度の緊張と不安が胸を圧迫する。
エレリアも負けじと謎の白装束の群衆を睨み返してはみたものの、やはり心が恐怖の色に染まっていくのが自分でも分かった。
相手にとって、エレリアたちは自分たちの土地に身勝手に入り込んできた侵略者と同然だ。そう考えると、悪いのはこちら側。
「どうすればいいんだっ……!!」
窮地に追い込まれ、どうにもできない悔しさにエレリアが下唇を噛み締めた。
するとその瞬間、どこからともなく儚く澄んだ女の声がエレリアの耳に流れ込んできた。
「ねぇ、そこの君……!!」
不思議な声を認識したエレリアは急いで顔を上げて、必死に声の主を探した。
「ワタシの声が聞こえてるんでしょ?」
声は一方的にエレリアの頭の中へ直接訴えかけるように流れ込んでくる。
「誰!?」
しきりに呼びかけてくる女の声に、エレリアは辺りを見回した。しかし、視界に映るのは不気味な白装束の群衆のみ。どこにも、女性らしい姿は見当たらなかった。
「あそこに紅い木が生えてあるのが見えるでしょう?」
すると、声はエレリアにとある指示を口にしてきた。
「えぇ……、紅い木ぃ?」
そして、謎の声に促されるがまま、エレリアは目をこらして周囲の風景を眺めた。
すると、あの声が言った通り、それらしき紅い木が遠くに生えているのが見て取れた。
「分かったのなら、そこに向かって突っ走って!!」
すると今度は、謎の女の声は無茶苦茶な行動をエレリアに要求してきた。
「突っ走って、ってそんなの無理だよ!」
事実、すでにエレリアは謎の白い影に完全に包囲されているのだ。逃げ道など、当然どこにも見当たらない。
「息を止めて走れば、アイツらからは君のことは見えなくなる!」
声はエレリアの焦燥感を責立てるような物言いで訴えかけてくる。
しかし、それでもエレリアは考えあぐねていた。
第一、ミサとソウヤを置いて一人で逃げることなんて、エレリアには出来なかった。二人が死んだら、自分も死ぬ。それくらいの覚悟が今のエレリアの胸には刻まれていた。
「早く! 君には伝えたいことがあるんだ!」
その言葉を聞いてエレリアははっと顔を上げた。
「私に伝えたいこと?」
「時間が無い! 急いで!」
謎の声はエレリアの背中を押そうと必死に訴えかけてくる。
そしてその瞬間、エレリアは覚悟を決め、気づいた時には遠くの紅い木に向かって駆け出していた。
「ミサ、ソウヤ……。絶対、あとで戻ってくるから。それまで、無事でいて!!」
変わらず睨み合っている二人を背に、エレリアは思いっきり息を止めて、白い影の群衆の中に飛び込んで行った。
「はぁ、はぁ」
無意識に強く閉じていたまぶたを、エレリアはゆっくりと開けた。
すると、目の前にはあの声が言っていた紅い木が堂々と佇んでいた。何の木かは分からないが、その木は血に濡れたような真っ赤な葉を枝から生やしており、他の枯れ木とは違う不思議な雰囲気で満ちていた。
そして、ふと気づいたエレリアが後ろを振り返ると、そこには遠くに何かを取り囲むような白装束たちの群れがあった。
「ミサ、ソウヤ……」
何とかうまくあそこから抜け出せたはいいものの、あの中にまだ二人がいる。そう思うと、エレリアはいても立ってもいられなかった。
すると、エレリアの気持ちを汲み取ったかのように、あの声が再び次の行動を要求してきた。
「今度はあの紅い木の方へ」
どこからともなく流れてくる声に言われるがまま周囲を見回すと、遠くの方にまた同様の紅い木が生えているのが分かった。
そして、エレリアがそこに近づくと、女の声はまた同じ指示を繰り返した。
それはどこかへエレリアを誘導しているようだった。しかし、どこへ行くのかは何の見当もつかない。
「私に伝えたいこと、って一体なんだろう……?」
あの時、謎の声は確かにエレリアに伝えたいことがあると言っていた。
こんな恐怖にまみれた辺境の地で、わざわざ伝えたいこととは一体何なのか。
声に誘われるがまま歩いていると、エレリアはとある場所にたどり着いた。
「ここは……?」
エレリアの目の前に広がっている場所、それは墓地のようだった。
しかし、この村の墓地は同じ墓地と言っても、とても死者を供養するような神聖な場所には見えなかった。
名もなき枯れ草が無残に咲き荒れて、まばゆい月光に照らされている天使像はなんと首から上が無くなっていた。それにも関わらず、指を重ね空へ祈りを捧げているその真摯な姿を見ていると、永遠にこの地に取り残された命の救いを求める声が聞こえてきそうだった。
エレリアは墓地の凄惨な風景を前に立ち尽くしていると、急に突風が彼女の肩を叩くように吹き付けてきた。
そこで、エレリアはふとある事に気づき、急いで後ろを振り返った。
すると、墓地の中でも一際目立って生えている紅い木の下、そこになんと人が立っていた。それも、よく見ると女の人のように見える。
「あ、あれは……?」
容易には信じられない光景にエレリアは思わず我が目を疑った。
何十年も前に滅ぼされたはずのカロポタス村。それなのに、人がいるのだ。
まさか、自分たち以外にここへやって来た外部の人間なのだろうか。
怖がらないで、さぁ……
エレリアが目の前の現象に呆気にとられていると、再びあの女の声が聞こえてきた。
そして、その時、エレリアはある一つの真実を目の当たりにし、背筋を震わせた。
「まさか……」
あの紅い木の下に立っている謎の女。そして、脳内に響いてくる謎の声。
この二つが一致した時、エレリアは嫌でもその声の正体を悟ることしかできなかった。
そして、歓迎の意を示すように、あの紅い木の下にいる女性は甘美な声でエレリアにこう告げた。
ようこそ、カロポタス村へ……
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父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。
まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。
その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?
※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。
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