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第1章『始まりの村と魔法の薬』編
第34話 送別/The Culprit is among us
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朝の冷ややかな空気と共に、窓の向こうから小鳥たちの軽やかな歌声が聞こえてくる。見渡す限りの青空はどこまでも高く、まさに今日はピクニック日和と呼ぶにふさわしい気持ちのいい日だ。ただ、今回は決して遊びにいくわけではない。
ついに、王国へ夢魔払いのためのミサ特製手作りポーションを届けに行く。
今日はその当日だ。
「よっしゃ、お前ら! 準備はいいか?!」
「は~い……」
いつになく緊張感が漂う食卓で、改まった様子のソウヤがミサとエレリアに尋ねる。
ただ、気の抜けたような返事をするミサの表情はどことなく重そうに見えた。
「おい、ミサ。なんか顔色悪そうに見えっけど、大丈夫か?」
「ご、ごめん。まだちょっと、眠くて……。それに、なんか頭が重いような気が……」
目の端に小さな涙の粒を浮かべ、しきりにあくびをこぼすミサに、何の事情を知らないソウヤが不思議そうに見つめる。だが、それも無理の無い話だ。
なんと言ったって、彼女は昨晩、酔いつぶれるほどの酒を飲んだのだから。
この事実を、先ほど忙しそうに身支度をしていたミサに隙を伺って直接問いかけたこと、やはり彼女は何も覚えていないようだった。
思い返せば恥ずかしさで全身が熱くなってしまうようなあの『リアちゃん、大好き』という発言ももちろん覚えていないらしく、エレリアがこの事を伝えると、ミサは顔から火が吹き出るのではないかというほど赤面した。すぐにそれは誤解だと自身の行いを否定しようとしていたが、必死に誤魔化しの言葉を吐き続ける彼女の様子は、悪いがエレリアにとってはなかなかの見物だった。
当然、日夜ポーション制作に費やした疲労も今のミサの状態に影響しているのだろうが、兎にも角にも、こんな大事な時期に酒はほどほどにして欲しいところだ。
「ミサ、あまり無理だけはするなよ。おまえはただでさえ体が弱いんだから、途中で倒れたりでもされたらたまったもんじゃないぜ」
「うん、分かった……」
ソウヤがいたわりの言葉をかけると、ミサは弱々しく首だけをこくりとうなずいた。
「おいおい、ほんとに大丈夫かよ」
思わず不安げな声を漏らすソウヤ。
だが、今回ばかりはエレリアもソウヤの言葉に共感できた。
「まぁ、いいや。エレリア、忘れ物とかはないか?」
「うん、多分ない」
そう言うと、エレリアは背中に背負ったリュックを振り返り、念のため中身を思い出すように回想した。
今回、王国に向かうにあたって、各々必要な備品を自身のリュックに詰めることにした。
他の二人がどのようなものを持っていくのかは知らないが、エレリアはまず自身が身につけるための衣服、下着から、他にも水筒、護身用ナイフ、ランタン、小腹が空いた時のために刻んだブレッド、唯一の愛読書でもある自叙伝、そして予備用に小分けした夢魔払いポーションの小瓶を詰め込んでいる。
具体的に何日間王国に宿泊するかはまだ未定ではあるのだが、衣服や下着などは三日間の滞在を予想して持っていくことにしている。この日数にした理由は単にリュックの内容量の限界によるもので、当然それ以上滞在しなければならない可能性だってある。
ただ、ソウヤの言い分としては『三日分もあれば、その間にどこかで洗うことができるだろうし、仮に洗濯する暇がなかったとしても裏返して履けば一週間は持つ』とのことだった。
「よしっ、じゃあ出発だ!」
そして、彼の合図と共に、ついに王国に向かうべく三人は名残惜しい愛すべき我が家を後にした。
いつもの夕方の散歩で見慣れた村の湖。しばらくの間、この風景を見ることができなくなると考えると急に寂しい気分になったが、またすぐに戻ってくると思い込んで、その寂しさを乗り越えることにした。
「おい、見ろよ! 村のみんなが集まってくれてるみたいだぞ!」
ソウヤが指し示す先、そこへエレリアが目を凝らすと、確かに村の広場に人だかりができていた。
「おぉ、ミサ殿たちよ! こっちじゃ!」
すると、エレリアたちを目視で確認した村長がいち早くこちらへ手を振ってきた。
「えっ、すごい! もしかして、私たちのことを見送ってくれるの!?」
「おぉ、そうみたいだな!」
誰よりもはしゃぐ村長の姿を目にし、少し前まで眠そうにしていたミサは完全に眠気が吹っ切れたように興奮していた。
そして、三人は駆け寄ってきた村長に促されるがまま、広場の真ん中に案内された。
村の広場にはミサたちの王国遠征を見送る村人たちで賑わっていたが、決してこの村の民全員が一斉に集ったというわけではなく、主にミサたちと親交の深い人たちが中心だった。数はざっと見たところ十数人。だが、それだけでも、わざわざこうして見送ってもらうだけで、不思議なことに王国に向かう意欲は全然違うものだ。
また、遠くの木陰で木に寄りかかってこちらを静かに眺めているダンテの姿も確認できた。「おっ、おやっさんも来てくれてるみたいだな。けど、またなんであんな遠いところに……。恥ずかしいのかな」とソウヤ。だが、決して彼が人混みを避けてあのような孤独な振る舞いをしているわけではないことは、ただ一人エレリアだけは知っていた。
すると早速、気さくの良いことで評判の村のパン屋のおばさんがミサに話しかけてきた。
「ミサちゃん、おめでとさん!! ついに、あんたのポーションが王国に、それも王様に飲んでもらえるみたいじゃないの!」
「い、いや、全然たいしたことじゃありませんよ! これも全部、ミチェラさんのおいしいパンのおかげです!」
ミサも最大限に謙遜した態度で、幸せそうな笑顔で返答する。
だが、すぐに一変して「んっ?」とその違和感に気がついた。
「なんで、ミチェラさんが私のポーションのこと知ってるんだ……? 誰にも言ってないはずなのに……」
「あっ……」
その時、エレリアとソウヤは冷や汗を流して、お互い事情を知っている者同士、居心地悪そうに顔を見合わせた。
そうか、ソウヤの失言ですでに村人たちがポーションの計画について噂になっていることをミサはまだ知らないのか。
不思議そうに眉根を寄せて首を傾げるミサ。
だが、彼女が自身の推測で真実に辿り着く前に、村長がゆっくりと歩み寄り、ミサたちに口を開いた。
「ミサ殿。ついに、スカースレットの王へポーションを届けに行くのだな」
「えぇっ? あぁ、はい……」
なんと村長までもミサが秘密にしていた計画を知っているようで、困惑の境地に立たされたミサはエレリアとソウヤを振り返って小声で尋ねた。
「……もしかしてリアちゃんたち、ポーションのことまで昨日、村長さんに喋っちゃったの? 内緒にしててって言ったのにっ……!」
「い、いや、別にそういうわけじゃねぇんだけどなぁ。ははは……」
噂を垂れ流した張本人がまさか彼だとは知るよしもなく、ミサは頬を膨らましてエレリアとソウヤだけに怒りの意を表した。
「まだ歳を若くして、あの偉大なる大国スカースレットの王に薬を献上する命を任されていたとは。まさに、村の歴史に大きく名を刻む大いなる偉勲! コックル村の長として、これほどまで誇らしいことはないぞ」
そう村長が語ると、それに続き周囲の村人たちが囃し立てるようにどっと騒ぎ始めた。それは、どれもが彼女の偉業を祝福する言葉ばかりで、ミサは照れくさそうに自身の金色の髪に触れると、控えめに頭を下げた。
「ふふっ、なんか今のミサめっちゃ幸せそうだな」
「やっぱり、ポーションを作って正解だったんたよ」
村人たちからの祝いの言葉に、満面の笑みを見せるミサ。そんな彼女の姿は、これまで見たことがないほど実に活き活きとしていた。
「ちなみになんだが、ミサ殿。王国にはどれくらいの間、宿泊するのかな?」
「えぇっと……、まだ、日数は決めてはないんですけど……。でも、王様が元気になったら、すぐにまた村に帰ってきたいと思います!」
「そうか、そうか。それは、私たちとしても嬉しい限りだ」
すると、村長は静かに自身のポケットに片手を突っ込むと、そこから何かを取り出した。
「ならば最後に、ミサ殿にはこれを授けようではないか」
「これは?」
そして、そのままミサに手の中のものを差し出した。
「これはだな、君の偉大なる功績を称える私からの勲章と同時に、ミサ殿にとっての、……言わばお守りのようなものだと思ってくれれば嬉しいぞ」
村長からミサが受け取ったもの、それは首飾りだった。
首元を彩る鎖部分には神聖な蔦が絡みついたような装飾が施されており、メインの部位には深い紅色をした天然の宝石のようなものが埋め込まれていた。
「この村で取れるアズキライト鉱石を、わしが龍の眼をイメージしてかたどったものだ」
「ええっ! これ、村長さんが作ったんですか!?」
「はは、そうだとも。ただ、作ったとは言っても、趣味の範囲ではあるのだがな。職人の域には到底及ばんよ」
「す、すごい……」
ミサの驚きと共に、村長は少し照れながら視線をそらした。
そう、この首飾りはまさかの村長オリジナルの作品だったのだ。はじめはてっきり行商人からの譲り受けたものかと思いこんでいたが、どうやら違うみたいだ。
「気に入ってもらえるとうれしいのだが……、どうかな?」
「はい! ありがとうございます! とても素敵です」!
「すげぇじゃねえかよ、ミサ! まさに、村長からの金メダルだな! おめでと!」
隣にいるソウヤだけでなく、他の人々からも称賛の声を浴びながら、ミサは村長からもらった首飾りを自身の首にかけてみることにした。
「わぁ、素敵」
首にかけると、早速ミサは首飾りから不思議な魔力が身に染みてくるのを感じた。おそらく、胸部を彩るアズキライトによるものだろう。とても温かい気分になる。また、首飾り自体の装飾がそこまで派手でないので、常に身につけていても普段の生活に支障は無さそうだった。
「……さて、村長さん。私たち、そろそろ行こうかなと思います。早くしないと、王様が待ってるので」
「おぉ、そうか本当にこの時が来てしまったのだな。寂しくなるのお」
ミサの発言により、ついにこの村とも一時的な別れを告げる時が来た。
「わしらコックルの民も遠い地から、そなたたちのスカースレットでの健闘を祈っておる。だが、何かあったら、すぐに戻ってくるのじゃぞ」
村長が心のこもった温かい言葉を語ると、口々に村人たちも3人の出発を寂しく思うと同時に、別れの言葉を送った。だが、遠くから眺めるダンテだけは、相変わらず険しい顔つきで一向に様子を変えようとしない。むしろ、何かを試すような眼差しでこちらをまっすぐ見据えている。
次第に、コックル村との別れが現実のものとなろうとする。
そして、時が近づいてくると共にエレリアの鼓動も早くなってくる。
「では、気をつけて行ってきたm……」
最後の送別の言葉を村長が口にしようとした、その時だった。
「ちょっと、いいですか? 村長さん」
いきなり、エレリアが神妙な顔つきで彼の発言を制止させた。
予想外のエレリアの言動にミサとソウヤを含めた村人たちは驚きのあまり言葉を失い、呆然としている。
「おや? どうしたのかな? エレリア殿。最後に言い残したことでもあったかな?」
ただ、村長は少しも動揺する様子を見せず、毅然とした笑顔で返答した。
「実は私たち一昨日ポーションの材料である月光草を取りに、カロポタス村に行ったんです」
「なんと、カロポタスにか!?」
エレリアがカロポタス村に行った事実を話すと、村長だけでなく村人たちまでも小さな驚きの悲鳴を上げて、ざわざわと騒ぎ始めた。
「ちょっと、リアちゃん! なんで言っちゃうの!?」
発言の真意が分からないミサは、エレリアを問い詰めようとする。
「まぁ、ポーションを作る上では仕方のないことだったのだろう。それで、それがどうしたのだ?」
「そこで、私、ニーナさんの幽霊に会ったんです」
淡々と語るエレリアの発言により再び静まり返る広場。それは、彼女の次の言葉を待っているというより、もはや常軌を逸した彼女の言動に呆然とし言葉を失っていると表現した方が近かった。
「……ほう、なるほど、私の妹にあったと。確かに、ニーナの古い墓はまだあの村にあるから、あいつと何かしらの形で出会ったとしてもおかしくはないことだろう。つまりエレリア殿、君はわしに何が言いたいのかな?」
村長はエレリアの口にした事実を少しも疑うことなく、発言の真意に迫った。
そして、エレリアはあの廃村探検にて出会った彼女との会話を回想する傍ら、今回の話の本題を切り出し始めた。
「私は数十年前ニーナさんを殺した真の犯人を、そこで彼女から伝えられました」
「な……」
そう語ると、村長は眉の端を無意識にぴくりと動かし、この時ようやく動揺の色を自身の顔に見せた。
「ちょっと、それってほんとなの!? リアちゃん!」
「おまえ、正気か!?」
焦ったミサとソウヤが慌てて、暴走し始めたエレリアをなだめるように肩を揺さぶった。
「言っとくけど、私は本気だからね。ふざけてなんかない」
しかし、エレリアは神妙な態度を少しも改めることなく、二人に自分は本気であるという強い意思を示した。
「おい、何言ってんだ! 村長さんの妹を殺したのは彼女の恋人フェイルメアじゃないのか!?」
「そうだ! 俺たちは今までそう教わってきたぞ!」
すると、エレリアの衝撃の告白を聞いた数人の村人が疑問の声を口にした。
「この村の昔話には、ニーナさんを殺したのは彼女を憎んだ愛人フェイルメアだと言われている。確かに、私もこの村に来た初めの頃はそう教えられた。だけど、幽霊のニーナさんはこの事実を否定したんだ。本当は犯人は彼じゃない、と」
混乱する村人に向かって、エレリアは落ち着いた様子で冷静に語っていく。その間も、村長は冷や汗を額に浮かべて、固い沈黙を貫いていた。
そして、誰もエレリアの発言を信じきれていないまま、ついにエレリアはニーナとの約束を果たす時を迎える。
「ニーナさんを殺した真の犯人、それは……」
その瞬間、快調に書き進められていた運命のシナリオが何者かによって乱雑に書き直される音が聞こえた。
ついに、王国へ夢魔払いのためのミサ特製手作りポーションを届けに行く。
今日はその当日だ。
「よっしゃ、お前ら! 準備はいいか?!」
「は~い……」
いつになく緊張感が漂う食卓で、改まった様子のソウヤがミサとエレリアに尋ねる。
ただ、気の抜けたような返事をするミサの表情はどことなく重そうに見えた。
「おい、ミサ。なんか顔色悪そうに見えっけど、大丈夫か?」
「ご、ごめん。まだちょっと、眠くて……。それに、なんか頭が重いような気が……」
目の端に小さな涙の粒を浮かべ、しきりにあくびをこぼすミサに、何の事情を知らないソウヤが不思議そうに見つめる。だが、それも無理の無い話だ。
なんと言ったって、彼女は昨晩、酔いつぶれるほどの酒を飲んだのだから。
この事実を、先ほど忙しそうに身支度をしていたミサに隙を伺って直接問いかけたこと、やはり彼女は何も覚えていないようだった。
思い返せば恥ずかしさで全身が熱くなってしまうようなあの『リアちゃん、大好き』という発言ももちろん覚えていないらしく、エレリアがこの事を伝えると、ミサは顔から火が吹き出るのではないかというほど赤面した。すぐにそれは誤解だと自身の行いを否定しようとしていたが、必死に誤魔化しの言葉を吐き続ける彼女の様子は、悪いがエレリアにとってはなかなかの見物だった。
当然、日夜ポーション制作に費やした疲労も今のミサの状態に影響しているのだろうが、兎にも角にも、こんな大事な時期に酒はほどほどにして欲しいところだ。
「ミサ、あまり無理だけはするなよ。おまえはただでさえ体が弱いんだから、途中で倒れたりでもされたらたまったもんじゃないぜ」
「うん、分かった……」
ソウヤがいたわりの言葉をかけると、ミサは弱々しく首だけをこくりとうなずいた。
「おいおい、ほんとに大丈夫かよ」
思わず不安げな声を漏らすソウヤ。
だが、今回ばかりはエレリアもソウヤの言葉に共感できた。
「まぁ、いいや。エレリア、忘れ物とかはないか?」
「うん、多分ない」
そう言うと、エレリアは背中に背負ったリュックを振り返り、念のため中身を思い出すように回想した。
今回、王国に向かうにあたって、各々必要な備品を自身のリュックに詰めることにした。
他の二人がどのようなものを持っていくのかは知らないが、エレリアはまず自身が身につけるための衣服、下着から、他にも水筒、護身用ナイフ、ランタン、小腹が空いた時のために刻んだブレッド、唯一の愛読書でもある自叙伝、そして予備用に小分けした夢魔払いポーションの小瓶を詰め込んでいる。
具体的に何日間王国に宿泊するかはまだ未定ではあるのだが、衣服や下着などは三日間の滞在を予想して持っていくことにしている。この日数にした理由は単にリュックの内容量の限界によるもので、当然それ以上滞在しなければならない可能性だってある。
ただ、ソウヤの言い分としては『三日分もあれば、その間にどこかで洗うことができるだろうし、仮に洗濯する暇がなかったとしても裏返して履けば一週間は持つ』とのことだった。
「よしっ、じゃあ出発だ!」
そして、彼の合図と共に、ついに王国に向かうべく三人は名残惜しい愛すべき我が家を後にした。
いつもの夕方の散歩で見慣れた村の湖。しばらくの間、この風景を見ることができなくなると考えると急に寂しい気分になったが、またすぐに戻ってくると思い込んで、その寂しさを乗り越えることにした。
「おい、見ろよ! 村のみんなが集まってくれてるみたいだぞ!」
ソウヤが指し示す先、そこへエレリアが目を凝らすと、確かに村の広場に人だかりができていた。
「おぉ、ミサ殿たちよ! こっちじゃ!」
すると、エレリアたちを目視で確認した村長がいち早くこちらへ手を振ってきた。
「えっ、すごい! もしかして、私たちのことを見送ってくれるの!?」
「おぉ、そうみたいだな!」
誰よりもはしゃぐ村長の姿を目にし、少し前まで眠そうにしていたミサは完全に眠気が吹っ切れたように興奮していた。
そして、三人は駆け寄ってきた村長に促されるがまま、広場の真ん中に案内された。
村の広場にはミサたちの王国遠征を見送る村人たちで賑わっていたが、決してこの村の民全員が一斉に集ったというわけではなく、主にミサたちと親交の深い人たちが中心だった。数はざっと見たところ十数人。だが、それだけでも、わざわざこうして見送ってもらうだけで、不思議なことに王国に向かう意欲は全然違うものだ。
また、遠くの木陰で木に寄りかかってこちらを静かに眺めているダンテの姿も確認できた。「おっ、おやっさんも来てくれてるみたいだな。けど、またなんであんな遠いところに……。恥ずかしいのかな」とソウヤ。だが、決して彼が人混みを避けてあのような孤独な振る舞いをしているわけではないことは、ただ一人エレリアだけは知っていた。
すると早速、気さくの良いことで評判の村のパン屋のおばさんがミサに話しかけてきた。
「ミサちゃん、おめでとさん!! ついに、あんたのポーションが王国に、それも王様に飲んでもらえるみたいじゃないの!」
「い、いや、全然たいしたことじゃありませんよ! これも全部、ミチェラさんのおいしいパンのおかげです!」
ミサも最大限に謙遜した態度で、幸せそうな笑顔で返答する。
だが、すぐに一変して「んっ?」とその違和感に気がついた。
「なんで、ミチェラさんが私のポーションのこと知ってるんだ……? 誰にも言ってないはずなのに……」
「あっ……」
その時、エレリアとソウヤは冷や汗を流して、お互い事情を知っている者同士、居心地悪そうに顔を見合わせた。
そうか、ソウヤの失言ですでに村人たちがポーションの計画について噂になっていることをミサはまだ知らないのか。
不思議そうに眉根を寄せて首を傾げるミサ。
だが、彼女が自身の推測で真実に辿り着く前に、村長がゆっくりと歩み寄り、ミサたちに口を開いた。
「ミサ殿。ついに、スカースレットの王へポーションを届けに行くのだな」
「えぇっ? あぁ、はい……」
なんと村長までもミサが秘密にしていた計画を知っているようで、困惑の境地に立たされたミサはエレリアとソウヤを振り返って小声で尋ねた。
「……もしかしてリアちゃんたち、ポーションのことまで昨日、村長さんに喋っちゃったの? 内緒にしててって言ったのにっ……!」
「い、いや、別にそういうわけじゃねぇんだけどなぁ。ははは……」
噂を垂れ流した張本人がまさか彼だとは知るよしもなく、ミサは頬を膨らましてエレリアとソウヤだけに怒りの意を表した。
「まだ歳を若くして、あの偉大なる大国スカースレットの王に薬を献上する命を任されていたとは。まさに、村の歴史に大きく名を刻む大いなる偉勲! コックル村の長として、これほどまで誇らしいことはないぞ」
そう村長が語ると、それに続き周囲の村人たちが囃し立てるようにどっと騒ぎ始めた。それは、どれもが彼女の偉業を祝福する言葉ばかりで、ミサは照れくさそうに自身の金色の髪に触れると、控えめに頭を下げた。
「ふふっ、なんか今のミサめっちゃ幸せそうだな」
「やっぱり、ポーションを作って正解だったんたよ」
村人たちからの祝いの言葉に、満面の笑みを見せるミサ。そんな彼女の姿は、これまで見たことがないほど実に活き活きとしていた。
「ちなみになんだが、ミサ殿。王国にはどれくらいの間、宿泊するのかな?」
「えぇっと……、まだ、日数は決めてはないんですけど……。でも、王様が元気になったら、すぐにまた村に帰ってきたいと思います!」
「そうか、そうか。それは、私たちとしても嬉しい限りだ」
すると、村長は静かに自身のポケットに片手を突っ込むと、そこから何かを取り出した。
「ならば最後に、ミサ殿にはこれを授けようではないか」
「これは?」
そして、そのままミサに手の中のものを差し出した。
「これはだな、君の偉大なる功績を称える私からの勲章と同時に、ミサ殿にとっての、……言わばお守りのようなものだと思ってくれれば嬉しいぞ」
村長からミサが受け取ったもの、それは首飾りだった。
首元を彩る鎖部分には神聖な蔦が絡みついたような装飾が施されており、メインの部位には深い紅色をした天然の宝石のようなものが埋め込まれていた。
「この村で取れるアズキライト鉱石を、わしが龍の眼をイメージしてかたどったものだ」
「ええっ! これ、村長さんが作ったんですか!?」
「はは、そうだとも。ただ、作ったとは言っても、趣味の範囲ではあるのだがな。職人の域には到底及ばんよ」
「す、すごい……」
ミサの驚きと共に、村長は少し照れながら視線をそらした。
そう、この首飾りはまさかの村長オリジナルの作品だったのだ。はじめはてっきり行商人からの譲り受けたものかと思いこんでいたが、どうやら違うみたいだ。
「気に入ってもらえるとうれしいのだが……、どうかな?」
「はい! ありがとうございます! とても素敵です」!
「すげぇじゃねえかよ、ミサ! まさに、村長からの金メダルだな! おめでと!」
隣にいるソウヤだけでなく、他の人々からも称賛の声を浴びながら、ミサは村長からもらった首飾りを自身の首にかけてみることにした。
「わぁ、素敵」
首にかけると、早速ミサは首飾りから不思議な魔力が身に染みてくるのを感じた。おそらく、胸部を彩るアズキライトによるものだろう。とても温かい気分になる。また、首飾り自体の装飾がそこまで派手でないので、常に身につけていても普段の生活に支障は無さそうだった。
「……さて、村長さん。私たち、そろそろ行こうかなと思います。早くしないと、王様が待ってるので」
「おぉ、そうか本当にこの時が来てしまったのだな。寂しくなるのお」
ミサの発言により、ついにこの村とも一時的な別れを告げる時が来た。
「わしらコックルの民も遠い地から、そなたたちのスカースレットでの健闘を祈っておる。だが、何かあったら、すぐに戻ってくるのじゃぞ」
村長が心のこもった温かい言葉を語ると、口々に村人たちも3人の出発を寂しく思うと同時に、別れの言葉を送った。だが、遠くから眺めるダンテだけは、相変わらず険しい顔つきで一向に様子を変えようとしない。むしろ、何かを試すような眼差しでこちらをまっすぐ見据えている。
次第に、コックル村との別れが現実のものとなろうとする。
そして、時が近づいてくると共にエレリアの鼓動も早くなってくる。
「では、気をつけて行ってきたm……」
最後の送別の言葉を村長が口にしようとした、その時だった。
「ちょっと、いいですか? 村長さん」
いきなり、エレリアが神妙な顔つきで彼の発言を制止させた。
予想外のエレリアの言動にミサとソウヤを含めた村人たちは驚きのあまり言葉を失い、呆然としている。
「おや? どうしたのかな? エレリア殿。最後に言い残したことでもあったかな?」
ただ、村長は少しも動揺する様子を見せず、毅然とした笑顔で返答した。
「実は私たち一昨日ポーションの材料である月光草を取りに、カロポタス村に行ったんです」
「なんと、カロポタスにか!?」
エレリアがカロポタス村に行った事実を話すと、村長だけでなく村人たちまでも小さな驚きの悲鳴を上げて、ざわざわと騒ぎ始めた。
「ちょっと、リアちゃん! なんで言っちゃうの!?」
発言の真意が分からないミサは、エレリアを問い詰めようとする。
「まぁ、ポーションを作る上では仕方のないことだったのだろう。それで、それがどうしたのだ?」
「そこで、私、ニーナさんの幽霊に会ったんです」
淡々と語るエレリアの発言により再び静まり返る広場。それは、彼女の次の言葉を待っているというより、もはや常軌を逸した彼女の言動に呆然とし言葉を失っていると表現した方が近かった。
「……ほう、なるほど、私の妹にあったと。確かに、ニーナの古い墓はまだあの村にあるから、あいつと何かしらの形で出会ったとしてもおかしくはないことだろう。つまりエレリア殿、君はわしに何が言いたいのかな?」
村長はエレリアの口にした事実を少しも疑うことなく、発言の真意に迫った。
そして、エレリアはあの廃村探検にて出会った彼女との会話を回想する傍ら、今回の話の本題を切り出し始めた。
「私は数十年前ニーナさんを殺した真の犯人を、そこで彼女から伝えられました」
「な……」
そう語ると、村長は眉の端を無意識にぴくりと動かし、この時ようやく動揺の色を自身の顔に見せた。
「ちょっと、それってほんとなの!? リアちゃん!」
「おまえ、正気か!?」
焦ったミサとソウヤが慌てて、暴走し始めたエレリアをなだめるように肩を揺さぶった。
「言っとくけど、私は本気だからね。ふざけてなんかない」
しかし、エレリアは神妙な態度を少しも改めることなく、二人に自分は本気であるという強い意思を示した。
「おい、何言ってんだ! 村長さんの妹を殺したのは彼女の恋人フェイルメアじゃないのか!?」
「そうだ! 俺たちは今までそう教わってきたぞ!」
すると、エレリアの衝撃の告白を聞いた数人の村人が疑問の声を口にした。
「この村の昔話には、ニーナさんを殺したのは彼女を憎んだ愛人フェイルメアだと言われている。確かに、私もこの村に来た初めの頃はそう教えられた。だけど、幽霊のニーナさんはこの事実を否定したんだ。本当は犯人は彼じゃない、と」
混乱する村人に向かって、エレリアは落ち着いた様子で冷静に語っていく。その間も、村長は冷や汗を額に浮かべて、固い沈黙を貫いていた。
そして、誰もエレリアの発言を信じきれていないまま、ついにエレリアはニーナとの約束を果たす時を迎える。
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そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
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