ペトリの夢と猫の塔

雨乃さかな

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第2章『悪夢の王国と孤独な魔法使い』編

第39.8話『孤独/Monica』

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 すっかり日も暮れて、気づけば時刻は夕方。
 地上の喧騒を今日も無事に見守り終えた太陽は、西の空を青紫に染めながら地平線の彼方に沈んでいく。よく見ると、一足先に一番星は微かな光で輝き始めており、徐々に東の空から夜が世界を闇で覆い尽くそうとしていた。
 そんな中、とある王国にある魔法学校の廊下を、一人の少女が冴えない足取りでトボトボ歩いていた。
 その少女は若草色のくせっ毛を左手で鬱陶しそうに掻きむしりながら、胸の内に溜まる鬱憤をわざとらしく耳障りな靴音に代えて、オレンジ色に染まった廊下に響かせていた。もう片方の手には、自慢の魔法の杖も手にしている。

「はぁ……」

 ほとんどの生徒はすでにそれぞれの家路についている頃で、ここに残っているのは彼女ぐらいだった。時折、窓の外から居残りで魔法の練習に励む生徒たちの詠唱の声が聞こえてくるが、じきに彼らも帰るべき場所へ向かうのだろう。
 日が完全に落ちる前に、帰らなければならない。
 ただ、彼女には本来帰るべき場所というものが無かった。
 いや、確かに家はある。待ってくれる人もいる。だが、帰れる場所はない。
 そう、帰りづらいのだ。心置きなく帰れないのだ。
 数ヶ月前から、彼女の保護者にあたる人物と険悪な状況が続いており、それ以来あの家には戻っておらず、ずっと街の路地裏で見つけた質素な小屋で生活している。
 クラスの先生にはこの状況をまだ伝えていないのだが、いずれバレるのも時間の問題だろうか。だが、この学校を卒業するのも、残りわずか。それまで、何とか持ち堪えてくれればいいが。

「はぁ……」

 今日何度目か分からない重いため息を口から吐き出す。
 通常であれば、この魔法学校を卒業すると、生徒たちは生きていく上で必要不可欠な基礎教養と上級の魔法を学ぶため、王国内にある上位の魔法学校に進学する。これらが、この国における常識であり、一流の魔法使いを志す者はこの過程を踏んで大人になっていく。
 だが、これは義務や強制などではなく、あくまでも任意だ。家庭的な事情によれば、卒業後進級することなく、そのまま社会に出る魔法使いの生徒だっている。そして、その少女もそのうちの一人だった。
 彼女の両親は酒場を営んでおり、常連の客に支えられながら、そこそこの評判を受けていた。そして、彼女の親……、特に母親の方が仕事に熱心な人物で、店の深刻な後継者不足を解消する意味も込めて、その少女を跡取りとして酒場の家業を継がせようとしていた。
 だが、少女の返答はノーだった。卒業後、新たに学校には進級こそしないものの、彼女はこの王国を出て一人で世界を旅し、自身の魔法を磨きたいと考えていたのだ。だが、親は彼女の夢を認めず、二人は激しい口論を交わした後、そのまま今に至る。
 もちろん一人で旅に出ることができるのならばそうしたいところだが、今は王国内の夢魔のパンデミックにより、唯一の隣国サラボニーア行きの特急は運行を長らく見合わせており、当分の間どこにも行き先がない。そもそも、まだ年齢的に成熟していない少女が一人で王都を出る場合は保護者の認証を記した許可証が必要なので、どちらにせよ親の理解が必要なのだ。
 なぜ、一人で生きていくことができないのか。
 少女が再びため息を吐こうとした、その時だった。

「あらあら、モニカさん。随分とご機嫌ななめそうねぇ」
「そんなに鼻息荒くして、どうされちゃったのかしら?」

 すると、背後からとある女生徒たちのわざとらしいささやき声が聞こえてきた。
 声をかけられた少女は思わず足を止め、静かに振り返る。そして同時に、背後に佇む彼女たちを鋭く睨みつけた。

「何よ、あんたたち……。あの時の魔法実習試験で、あたしに負けたのがそんなに悔しい……?」
「あらあら、そんな悔しいだなんて……、微塵も思ってないわ」
「そうよ。私たちはただ、モニカさんに例の新しいお友達ができたかどうか知りたかっただけなのにぃ」
「……っ!! あんたたちには関係ないでしょ……!!」

 いつまでも冷ややかな笑いを浮かべる女生徒たちは、学校指定の清楚な紫色の制服を校則通り身に着けていながらも、鮮やかな装飾と化粧で自身を派手に彩り、過剰に露出した白い素肌からは子供とは思えぬ妖艶な色気が溢れ出していた。
 これまでも彼女たちは、少女に嘲笑的な態度で近づいては、用もなしに冷笑を浴びせてきた。それもそのはず、彼女たちは一ヶ月前、校内で実施された魔法の技術を競う試験でその少女に負けたのだ。淫らな見た目に反して、魔法に関しては学年で優秀な成績を修めるエリートだった。だからこそ、その負けた腹いせに、少女をからかっているのだろう。
 なんと、性根の腐った奴らなのか。だが、今までひたすら見下し続けてきた少女も今回ばかりは我慢の限界だった。ギリギリまで怒りを拳に込め耐え忍んでいるが、いつこの感情が爆発してもおかしくなかった。

「何ならこの際、私たちがあなたの欲しいオ・ト・モ・ダ・チってやつになってあげてもいいのよ? ふふっ……」
「ちょっと、やめなさいよぉ、マナ。モニカさん、怒ってるじゃない」

 その時、少女の中で溢れんばかりの激情をせき止めていたダムがついに決壊した。

「こんのぉッ……!!」

 すると、くすくす微笑む女生徒たちに、少女は勢いよく杖の先を向けた。
 そして、胸の内で燃える怒りを熱い魔力に変えると、目にも留まらぬ速さでその杖の先に火の魔法を出現させた。杖先で激しく抑え込まれた小さな火球は周囲の空気を焦がし、廊下の気温を一時的に急上昇させた。
 魔法名を詠唱し、杖先への魔力の供給をカットすれば、そのまま火球は少女の意思を宿して宙に放たれる。だが、それなのにも関わらず、女生徒たちは少しも怯えることなく、何やら余裕げな表情で笑みをこぼし続けている。

「あらら、そんなことしゃって、いいのかしらねぇ? 校舎内でボーマを放てば、卒業権が抹消されることぐらいあなたも分かってるはずでしょう?」
「……ッ!!」

 女生徒がそう呟いた瞬間、無意識のうちに自身が熱情に飲まれていたとふいに気付かされた少女の感情と共に、杖先の火球は見る見るうちにその威力を失い、そのまま小さな煙となって消えてしまった。
 そして、湧き上がる怒りを隠して、少女は急いで身を翻すと、女生徒たちから逃げるように走り去った。

 学校から飛び出した少女は、夕方の賑わいに包まれた市場の人混みを抜け、気づくと自身の仮拠点がある路地裏に一人立っていた。
 ここは街の裏地ということもあって常に薄い暗闇と湿っぽい空気に満ちており、大通りの熱狂から完全に隔離されたとても寂しい場所だった。時おり、建物の隙間へ流れ込む冷たい風が、スカートから伸びる少女の素肌に容赦なく吹きつける。
 だが、こんな陰気な場所も、孤独というものが自分の人生において当たり前の少女にとっては、むしろ心地の良い場所のようにも感じた。

「……」

 ここに来るまで、できる限り頭の隅に追いやっていたが、ふいに少女は先程の女生徒たちのあの嘲笑う顔を思い出してしまった。彼女たちは記憶の中においても、自分を馬鹿にし、いつまでも冷ややかに笑い続けている。
 ここへ来て、胸の内に怒りがこみ上げてきた。

「あのくそ女ッ……!!」

 そして、周りに誰もいないのをいい事に、少女は再び杖の先に火球を生み出し、こらえきれない怒りを魔力に込めると、そのまま落書きに塗れた路地裏の壁に向かって思いっきり火の球を打ち付けた。鼓膜をつんざくほどの衝撃音と共に、激しく破壊された瓦礫が辺りに舞い散る。
 何もかもぶっ壊してやりたい気分だった。彼女たちだけではない。自分を捨てた真の両親も、何も分かってくれない偽りの両親も、この国も、世界も。
 そして、この醜い自分自身すらも。
 だが、心の底から溢れ出る憎悪に見合うだけの覚悟と勇気を今の少女は持ち合わせていなかった。
 まったく、あまりに身勝手で小心者な自分に呆れ果ててしまう。
 舞い上がる土煙と粉塵に思わず顔をしかめながら、少女は服についた埃を乱雑に払うと、足早にその場を後にした。

 実は、王国を出て世界を旅することを認めてもらうたった一つの条件を、少女は母親から与えられていた。
 唯一少女の願いが叶う条件、それは、一ヶ月以内に信頼できる仲間を連れてこい、というものだった。ただ、仲間は1人だけでなく3人、それも心から信頼できる者に限る、とのこと。逆に、この条件を満たすことができれば、少女はついにこの王国を飛び出し、広い世界を旅することができる。
 だが、母からこの条件を突きつけられて、もうだいぶ時間を浪費してしまったが、まだ信頼できる仲間は見つかっていない。
 何より、今日まで孤独を気取って生きてきた少女にとって、都合よく利害が一致する仲間を、それも3人も見つけることなど不可能に近かった。もしかすると、母親は少女の人となりを見透かした上で、わざとこの条件を課したのかもしれない。
 もちろん、これまで学校だけにとどまらず、広大な城下町を隅から隅まで駆け巡り、条件に合う人物を必死の思いで探し回った。
 だが、現実は非情なことに、どれも努力に見合うだけの成果は上がらなかった。みな少女に興味がないのだ。ましてや、今は夢魔の蔓延で王国内の活気は以前と比べて衰えており、人々は今日の生活を如何にして生き抜くかに必死だったのだ。
 果たして、自分の求める者などこの街にいるのだろうか。日が経つにつれて、少女は自身の胸に絶望の念が注がれていくのを感じていた。
 与えられた約束の期間も、気がつけば残り一日しかない。つまり、明日までに仲間を見つけないと、少女の夢見る世界を旅する願いは、そこで途絶えてしまう。
 ということで、明日はギルドに赴く。そして、そこでなんとしてでも、自分と気の合う仲間を見つけ出す。
 これは、賭けでもあった。少女の一生をかけた、おそらく最初で最後の賭け。
 もし、見事に仲間を3人見つけることができれば、少女の勝ち。見つけることができなければ、母親の勝ち。仮に賭けに負けた場合は、その時は潔く負けを認め、大人しく母の命令に従ってやることにしよう。

「何がなんでも、絶対に見つけてやる……!」

 果たして、神は自分に微笑んでくれるか。ここで、すべてが決まる。
 少女は手にした杖を力強く握ると、明日への渇望に力強く意気込んで、1人暗い夜空を見上げたのだった。
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