ペトリの夢と猫の塔

雨乃さかな

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第2章『悪夢の王国と孤独な魔法使い』編

第45話『決行/D-Day』

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 マーラに防護魔法をかけてもらったエレリアたちは、焦るマルロスに連れられるがまま、王が眠っている王室に急いで向かっていた。
 豪華旬欄な赤いカーペットが一直線に敷かれた長い廊下を黙々と歩いていく。均一に並ぶ窓の外へふいに視線を移せば、その向こうに広がる広大な庭園と城下町を一望でき、ここが城の中でも特に最上階であるということが容易に確認できた。
 だが、今は呑気に絶景のパノラマを楽しんでいられる状況ではない。
 ついに、夢魔の憑依に苦しむ王を救出する時が来たのだ。
 しがない小さな村の娘であったミサが、自然豊かなコックル地方の材料たちを駆使した末に、やっとの思いで完成させた特性のポーション。これを使えば、あの一流の王宮の魔導師たちすらも駆除できなかった夢魔を倒すことができるはすだ。
 いわば、このポーションが最後の切り札となる。逆に、これで王に取り憑いた夢魔を倒すことができなかったら、その時はこの国の終焉を意味すると言っても過言ではないだろう。たが、今は縁起でもないことはあまり考えず、作戦遂行に向けてエレリアはひたすらに自身の士気を高めていた。
 マルロスたちの震える荒い息遣いが、沈黙に包まれた廊下の空気を伝って、より鮮明に聞こえてくる。きっと、みんなも緊張しているのだろう。
 いや、もしかしたら、私の心臓が激しく高鳴る音もミサたちに聞こえているかもしれない。それぐらい、エレリアの全身も極度の緊張状態に陥っていた。油断していると、胸の中に詰まりに詰まった感情の塊が一気に口から溢れてしまいそうなほどだ。
 そうだ、この作戦が終わったら楽しいことをしよう。街で美味しい食べ物を食べるのはどうだろう。綺麗な町並みを眺めながら、ゆっくりミサたちと散歩するのもいいかもしれない。
 とにかく、この戦いには必ず終わりが訪れる。来たるべき未来に思慮を巡らすのもいいが、それより王が無事に目を覚ますその時が来るまで、今はできる限りの全力を尽くすことだけに集中しよう。そうしてエレリアは自分自身に言いつけ、一人で拳を強く握り締めたのだった。



 しばらく廊下を歩くと、集まって何か話をしている兵士たちの姿が見えてきた。ただ、彼らの緊迫した様子は実際に尋ねなくとも簡単に察することができ、いよいよ夢魔との最終決戦が始まるのだと思えば思うほど、脳内の覚悟は確かな目に見える実感に変わっていった。

「王のご容態はどうだ?」
「マルロス兵士長! えっと、王のご容態に関しては……、依然として外観上の変化はありません……」
「そうか。……分かった」

 最終確認として王の健康状態を確認したマルロス。
 この重厚な扉の奥には、広大な国を司る最高責任者であるスカースレット王が夢魔に取り憑かれたまま眠っている。つまり、この扉を開ければ夢魔との戦いがいよいよ始まるのだ。
 集まった兵士たちは、ぱっと見たところ十数人程度。彼らは城の中でも、夢魔の襲来を耐え抜いた、選りすぐりの者たちなのだろう。
 と、ここで、予定通り兵士たちが集結したのを確認したマルロスは律儀に定刻を待つことなく、意を決した表情で静かに語りだした。

「ここにいるすべての生き残ったスカースレットの兵士たち、そして、遥か遠いコックルの地からポーションを届けにやって来た勇敢なる若者たちよ。まずは、ここへ集まってくれたことに、私から感謝を伝えたい。……ありがとう」

 そう言うと、マルロスは立ち並ぶ兵士とエレリアたちに向かって深く頭を下げた。珍しく兵士長から直々に感謝の意を受けた兵士たちは、みな畏れ多いと言わんばかりにどこか戸惑いの顔つきを浮かべているようにも見えた。
 その後、ゆっくりと顔を上げたマルロスのもとに、タイミングを見計らった側近の兵士から月色の液体が入っている器が届けられた。マルロスはそれを両手で慎重に受け取る。
 黄金でできたその酒坏には神々しい装飾が施されており、まさに一国の王に献上するにふさわしい最高級の品位と品格をたたえたものだった。もちろん、器の中にはミサの作ったポーションが丁寧に注がれている。

「皆の者、これを見てほしい。これが、伝説のポーションマイスターであるアンバー様の娘、ミサ様が作り上げた、最強の対夢魔用特効薬だ」

 そして、マルロスが液体の入った器を見せつけると、すぐさま兵士たちは好奇の眼差しでまじまじとポーションを眺め始めた。
 そんな彼らの様子を見たソウヤは、隣にいるミサに小声で囃し立てた。

「……おい、最強のポーション、だってよ。ミサ、すげぇじゃねぇか」
「まぁ、厳密に言えば、私はおばあちゃんの娘ではないんだけどね……」

 次々に感嘆の吐息を漏らしている兵士たちの反応を見て、ポーション製作者本人であるミサは照れくさそうに体をもじもじしていた。

「このポーションこそが、王を救う最後の希望となるだろう。故に、皆にはスカースレットの威信と存亡をかけて戦うのだという責任を自覚して、まさしく戦場さながらの緊張感をもって今作戦に臨んでほしい」

 最後の念入れとして、兵士長のマルロスから喝をもらい、兵士たちは一糸乱れぬ様子で「はっ!」と威勢良く叫んだ。そんな彼らのかけ声に、思わずエレリアたちは肩をびくっと震わせると同時に、呆気に取られてしまった。

「それと、今作戦には関係ないが私から最後に。……この作戦が終わった暁には、皆で王の全快を祝福して、盛大に宴を催そうではないか。その時まで、決して気を緩めないように!」

 そして、ついにマルロスはこの言葉を兵士たちに告げた。

「では、現時刻をもって、王救済計画最終段階における夢魔駆逐作戦を発動する」

 その瞬間、不安と緊張の感情で頼りなさそうに表情を曇らせていた兵士たちの顔は、一瞬にして勇ましい男の顔つきになった。

「各自配置につけ!」

 そのまま、静かに王室の扉が開けられると、一斉に兵士たちは部屋の中へ走り出していった。その姿はまさに戦場へ駆ける戦士そのもの。
 そして、ふと気がついたときには呆然と立ち尽くすエレリアたちだけが部屋の前に取り残されていた。

「コックル村からやって来たミサ様、エレリア様、そして、ソウヤ様」
「んん?」

 エレリアたちが途方に暮れていると、突然背後から声をかけられた。
 そして、そのまま振り向くと、そこには使用人のような服装に身を包んだ少年の姿があった。

「今から王室にて、夢魔との実戦が始まろうとしています。すでにマーラ様から防護魔法を受けたとのご報告を受けてますが、さらなる安全のため、この鎧をつけていただけませんか?」
「おぉ、鎧!」

 かつてのコックル村長邸の使用人であった少女クレアを彷彿とさせる少年の口調。そんな彼から鎧を着たほうがいいと提案され、ソウヤは飛び跳ねるようにして喜びをあらわにした。
 確かに、この使用人の少年の言うとおり、すでに王室は戦場と化しているのだ。普段着同然のこんなラフな身なりで夢魔と会敵するなど、命知らずにも程があるだろう。
 ということで、他の使用人の助けも借りながら、エレリアたちは用意してくれた鎧を実際に身につけることとなった。
 ただ鎧と言えど、先程の兵士たちが身につけていた全身を覆うようなものではなく、実際にエレリアたちが身につけたのは簡素な鉄の胸当てのようなものだった。しかし、それでも、鎧はそれなりの重量をほこっており、一気に身のこなしが重くなった気分だった。

「ちぇっ。なんだよ、鎧ってこんなショボいやつなのかよ。まっ、後で城下町かどっかでカッコいいやつ買えばいっか」
「念のために、この盾と剣もご一緒にお使いください」

 そして、追加でエレリアたちは鉄製の盾と剣も受け取った。こちらも同様に、あの兵士たちとは違い、まるで初心者が訓練で扱うかのようなお粗末ななものだった。だが、無いよりはマシだろうということで仕方なく受け取った。
 ただ、エレリアに関して言うと、つい先ほどマーラの『月の涙』を覚醒に導いた例の剣をすでに持っていたので、少年から支給してもらった武器は不要だった。

「うぅ、重いよぉ……」
「ははは、ミサの鎧姿、なかなか似合ってるぜ!」

 受け取った装備一式を意外にも軽々と着こなしているソウヤとエレリアに対して、弱々しい体格のミサは自身の身体と鎧の重量が合っていないようだった。それは片手で剣の刃の先端を地面から上げることができないほどで、彼女にとって鎧はもはや身体に繋がれた鉄の枷となってしまっていた

「困りましたね……。では、ミサ様にはせめて盾だけでも装備してもらいましょうか」

 少年の提案に、ミサは仕方なく剣を置き、申し訳無さそうに頬を赤らめて、両手で盾を握りしめた。
 これで、戦場に赴く準備が整った。あとは、夢魔と対決を挑むだけだ。

「よっしゃあ! 夢魔の野郎をぶちのめしてきてやるぜ!」
「皆さん、ご武運をお祈りしております」

 粛々とした使用人たちの応援を受けながら、ついにエレリアたちは夢魔が巣食う王室の扉を開いた。



 先に部屋へ突入して行った城の兵士たちに遅れて、エレリアたちも静かに王室の扉を開いた。

「……!」

 部屋に入り込むや否や、その静まり返った光景にエレリアたちの意識は一気に引き締まった。すでに先ほどの兵士たちが王のベッドを囲うかのように剣を抜いた状態で構えており、唾を呑み込む音すら躊躇してしまいそうな程、極限まで緊迫した静寂が満ちていたのだ。
 肝心の部屋の内装はと言うと、さすが大国の君主の私室と言ったところだろうか。今までのどの部屋より広く、惜しげもなく豪華な装飾がありとあらゆるところに施された様子は、まさに尊大な権威を具現化したもののようだった。
 とここで、3人はできるだけ足音を立てないようにして部屋の隅へ移動した。あくまで、ここでのエレリアたちの立場は見物人。彼らの作戦の邪魔にならないように、彼らの戦いを見守ることにした。

「あの人が王様……?」
「やべぇ、モノホンだ……」

 ミサとソウヤが息をひそめて囁きあう中、マルロスが王室の中央に置かれているベッドに近づく。ベッドには何者かが深く目を閉じ眠っており、大勢の兵士たちが取り囲んでいるのにも関わらず、少しも目を覚ますような気配はなかった。おそらく彼こそが広大な王国を統べるスカースレット王であろう。
 ただ、異質だったのが、その光景であった。
 不思議な光を放つ魔法陣のようなものが床に描かれ、王を乗せたベッドは宙に浮かび、静かに自転していた。おそらく、魔法か何かで、夢魔の邪悪な力をできる限り無力化して、封じ込めているのだろう。
 苦しそうな表情を浮かべている王の顔色はどの病人よりも青白く、もはや一刻の猶予も残されていないようだった。
 すると、神妙な顔つきを浮かべたままマルロスは器に入ったポーションを、さらに別の小さな容器に注ぎ込んだ。いよいよ、王にポーションを飲ませる時が来た。
 部屋の緊張感はこれ以上ないほど最大限まで張り詰め、ミサも自身が作り上げたポーションが無事に王を救ってくれますようにと、固唾を呑んで見守っていた。
 マルロスが隣にいる兵士に目配せをし、決意を固めた様子でうなずいた。

「……では、いくぞ」

 そして、震えるマルロスの手で、ついにポーションが眠っている王の口へ注がれた。
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