55 / 73
第2章『悪夢の王国と孤独な魔法使い』編
第46話『異変/Disorder』
しおりを挟む
夢魔に取り憑かれ目を覚まさない王の口へ、マルロスの手によってついにポーションが注がれた。
少しずつ、少しずつ、慎重にポーションが王の体内に流れ込んでいく。その間、エレリアたちも含めた兵士たちの緊張感は極限状態まで張り詰めていた。誰もが剣を持ち、戦闘態勢を維持している。
「お願い……。うまく行って……」
愛する我が子同然の決意と覚悟でなんとか完成させたポーションが実際に王の体内に注ぎ込まれていく様子を見て、開発者のミサは強く両手を胸の前で握り、静かに固唾を呑んで無事に作戦が成功しますようにと祈った。
そして、計り知れない不安と緊張感が渦巻く空気の中、予定されていた量のすべてを王に服用させ終えた。
「どうだ……?」
眠りながらも王がすべてのポーションを飲み終えたのを確認すると、マルロスはこれから王の身体に起こるであろう何らかの反応を注視するように、その持ち合わせる意識全てを目の前の王に向けた。
王はすべてのポーションを飲み終えた。予定通り行けば、憑依している夢魔が王の体から排出されるはずだ。しかし、いくら待てども、王の身体には何の反応もなかった。
ほんの数秒がとても長く感じる。極度の緊張状態のせいで、感覚が過剰になっているのだろうか。
呼吸をすることすら阻まれるような重い静寂が部屋に満ちる中、静かに王が目覚めるその瞬間を待ちわびる。
「……」
だが、それでも状況は変わらなかった。
王の病が完治するという淡い幻想から乖離していく残酷な現実を前にして、部屋にいる者たちの頭には次第にある言葉が浮かび上がってきていた。
失敗。
そう、誰もが作戦は失敗だと確信し始めていたのだ。
現に、これまで王国から選び抜かれた一流のポーションをもってしても、王に取り憑いた夢魔を追い払うことができなかったのだ。
伝説のポーションマイスターであるアンバーの弟子が作り上げたポーションということで、城の誰しもがささやかな夢想に浮かれていたが、こうして目を開けず王がベッドで苦しそうに眠っている今、人々の望みは夢に消えた希望として終わったようだった。
「そ、そんな……」
魔獣が住む森にも行った、危険な幽霊が潜む廃村にも行った。メノーの襲来も乗り越え、長い道のりを経て、この王国にやって来た。
これまでの苦労が文字通りの徒労に終わり、ミサは力なく膝から崩れ落ちてしまった。
『やはり、ダメだったか』、『この国も終わりだ……』、各所からため息と共にやり切れない呟きが聞こえてくる。
眠り続ける王の姿。
絶望に染まった兵士たちの表情。
何より、思い通りには行かないという非情な現実と、王を救うことができなかったという非力な自分自身が悔しくて、ついにミサはこぼれ落ちた涙で床のカーペットを濡らしてしまっていた。
「ミサ……」
そんな悲痛なミサの姿に居ても立っても居られず、エレリアは近寄ると、彼女の背中を優しくさすり、そっと抱きしめた。
彼女の背中が、嗚咽と悲しみと憤りで震えているのが分かった。
ここは、何か慰めの言葉でもかけてあげるべきだろう。だが、この場合、何を言ってあげることが彼女にとって正解なのかエレリアには分からず、こうして触れてあげることしかできなかった。
ただ、これだけは言える。
彼女は何も悪くない。
やるだけのことはやったのだ。責任を感じる必要はない。
結果がどうであれ、最善を尽くした自分に対して、まずは自分自身で称賛を与えるべきなのではないだろうか。
泣き沈むミサの存在も相まって、室内がひどく険悪な雰囲気に包まれていた、まさにその時だった。
「お、おい……! あれを見ろよ!」
突然、一人の兵士が沈黙を破り、叫び声をあげた。
そして同時に、部屋にいた全員が反射的に王が眠っているベッドに急いで視線を向けた。
「……あれは!?」
すると、そこには、これまでに無いほど悶え苦しんでいる王の姿があった。数秒前まで静かに眠っていたのにも関わらず、よほど苦しいのか何度も身体をねじり、表情を歪め、唸り声を上げている。
それは、夢魔に憑依されて以来、王が初めて見せた反応だった。
「国王様、大丈夫ですか!?」
突然の事態に動揺を隠せず、ざわざわとどよめく室内。
そんな中、とっさにマルロスは駆け寄ると、王の肩を強く揺すり、苦しむ王に向かって大声で叫んだ。
しかし、王は目を閉じたまま、もだえ苦しむばかりで、マルロスの問いかけには応じない。
「どうなってるの……?」
「おいおい、これ、なんかヤバいことになってきてないか?」
ポーションの効果が、時間差で発揮されたのだろうか。
意表を突くかのような王の異変に、エレリアとソウヤも驚きのあまりその場を動けず、凍りついたかのように固まることしかできなかった。一方のミサも、この状況で悲しみに暮れている余裕などなく、呆然とした様子で王の異変を眺めていた。
「くっ……、一体、何が起きているというのだ。このような反応は我々も見たことがないぞ……」
「大変です、マルロス様! 国王様の体温及び体内魔力の度数が急激に上昇しています! このままでは……」
「そんなことは、分かっているッ!」
側近の報告を、苛立ちを抑えきれないマルロスははねのけた。
体内魔力が上昇している、と言っていたが、彼は恐らくベッドの下の魔法陣について言及しているのだろう。その証拠に、先ほどまで静かな青色だった魔法陣は、今は怒り狂う紅蓮の如く激しい赤色に変わっている。
かつてマルロスは、コックル村を訪問した際、魔力を身体に付与し続けると超常的な負荷がかかり、死に至ってしまうと言っていた。まさに今、何らかの要因で王の体内の魔力が増加し、危険な状態になっているのではないかと、エレリアは瞬時に推測した。
「国王様! 私です! マルロスです! お願いですから、目をお開けください! 国王様!」
「アァ……、アァ……」
必死にマルロスは王の意識を呼び戻すように激しく身体を揺さぶるが、もはや王は眠れる狂人と化してしまっていた。いくら呼びかけても王は苦しみに喘ぐばかりで、閉じたその目を開けてくれない。
まるで、王の体内で何かが暴れているかのようにも見える。だが、周囲の兵士は原因不明の王の急変にうろたえるばかりで、動くことができずにいた。
それでも、マルロスは叫び続けた。
「国王様ぁ!!」
「グアアアアアアアアッッッ!!!!!!」
「っ!?」
それは、王の口から発せられた、王ならざる者の断末魔だった。
「あぁ!!」
そして、王が勢いよく立ち上がったと同時に、彼の身体が激しく燃え上がった。
「ガアアアアアアアアアッッッ!!!」
「国王様っ……!? こ、これは一体……」
容赦なく青い炎に包まれるスカースレット王。
その様子に、兵士たちのみならず兵士長のマルロスですら驚愕のあまり言葉を失っていた。
邪悪な青い炎はごうごうと燃え盛り、火だるま状態の王は絶叫しながら、今すぐにでも灼熱の衣を引き剥がそうと激しくのたうち回った。
「……は、早く! 早く、火を消さんか!」
そして、マルロスはふいに我に返った瞬間、急いで側近の兵士に命令した。
「は、はい! サナプラ!」
戸惑いながらも側近の兵士は手にしていた杖で、すぐさま水属性の魔法『サナプラ』を唱えた。
すると、震える杖先から生み出された流水によって王の身体に発火していた炎は見事にすべて鎮火され、水は黒い水蒸気となり音を立てて一気に蒸発した。
「うぅ……」
「国王様!!」
そのままバランスを失い倒れ込もうとする王を、急いで駆け寄ったマルロスが受け止めた。全身に激しい火傷を負いながらも、なんとか意識はあるようで、命に別状はないようだった。
するとその時、王の頭上の空間に、禍々しい黒いシミのような何かがうごめいているのをエレリアは発見した。そして、それは次第に物体として存在感を強めていき、その瞬間、確信したのだった。
「ねぇ、ソウヤ、見て! あれ! あの黒いやつが夢魔の正体なんじゃないの!?」
「あぁ!? あれって、どれだよ! 分かんねぇよ!」
「だから、あれだって!」
目を凝らすソウヤのために、エレリアは不気味に浮遊する謎の物体を指差しながら、彼からの共感を求めた。しかし、いくら説明しても、ソウヤは「そんなやつ、どこにいるんだよ!」と叫ぶばかりで、エレリアの言及を信じてくれなかった。
それどころか、周囲の兵士たちも王の容態に釘付けになっているのか、はたまた初めから気づいていないのか、誰も宙に浮いている黒い魔物のような存在について何も気にしていないようだった。
「なんで? みんなには見えてないの?!」
確かに、この目ではっきり見えているのだ。何度も何度も目をこすっても、くっきりと確認できる。
いきなり燃え上がった王の身体から湧き出し、ポツンと空間に穴が空いているかのように黒くて、邪悪な気配を漂わせている謎の物体。それはどこか生物のようにも見え、やけに軽やかな動きで宙を彷徨っている。
しかし、自分以外の人々にはあの物体が見えていないようで、その事実にエレリアはますます困惑してしまった。いま、見えているのは何かの幻影なのか。
そもそも、なぜ自分だけ奴を認識できるのか。
ただ、そうこうしているうちに、黒い物体はこの場から逃げるように部屋の窓に向かって、宙を這いずるように動き出した。
「ちょっと、逃げちゃう!」
ここで、迷っている暇などなかった。
あれは今まで王を苦しめていた夢魔に違いない。
エレリアはとっさの判断でそう確信し、次の瞬間には腰に提げていた剣を鞘から抜き、駆け出していた。
そして、力強く地を蹴り、夢魔とおぼしき物体に飛びかかった。
「……キェ!?」
誰も自分を認識できないはずだと思い込んでいたであろうその漆黒の物体は、いきなりエレリアが襲いかかってきたことに、ひどく驚いた様子だった。
焦りながらも紙一重の差でエレリアの斬撃をかわしたものの、思わずその衝動で自身の正体を実体化してしまった。
「んん!? 何だ、あれは!?」
何もない空虚を切り裂いたエレリアの奇行に人々は思わず呆然としていたが、夢魔らしき物体が驚いて正体を明かしたことによって、この時ようやく部屋にいた全員は謎の黒い魔物の存在に気づくことができた。
対して、その夢魔らしき物体は自身が犯した失態に恥じたのか、急いで逃げるようにして動き始めた。
「くっ、逃さんッ!!」
だが、マルロスはそんな敵の逃走を許さなかった。
瞬時の反射神経で剣を握り、そのまま天井スレスレまて天高く飛び上がった。
「生きて帰れると思うな、忌々しき反逆者めッ!! 」
そして、マルロスは聖なる灼熱を刃に纏わせると、室内だろうと躊躇することなく、溢れんばかりの怒りを込めて渾身の一撃を敵に向かって振るった。それは、かつてのダンテがメノーに立ち向かっていく姿を連想させるかのような勇姿そのものだった。
直後、激しく粉砕された瓦礫と粉塵と共に、部屋をまるごと吹き飛ばかねない程の衝撃波が吹き荒れた。
「……っ!! む、夢魔は!?」
容赦なく吹き付ける暴風と轟音を必死に耐えながら、エレリアは目を細めて夢魔の行方を探った。
そして数秒後、衝撃波が止み次第に晴れ渡っていく視界には、閉ざされた部屋の中にいたはずなのに、今すぐ城下町へ飛び立てるような絶景が目の前に広がっていた。
そう、マルロスが先の一撃で敵を壁ごと吹き飛ばしたせいで、なんと部屋に大穴が空いていたのだ。パラパラと木くずが落ちる大きな穴からは涼しい午後の風が室内に吹き抜け、一歩でも誤って足を滑らせば重力に引っ張られるがまま、遥か下の大地に叩きつけられてしまうような状態だった。
しかし、今は勢い余って王室を半壊させてしまった事実に反省しているような事態ではなかった。
王に取り憑いていた夢魔はどうなったか。あの一撃で無事に倒すことができたか。
部屋にいた誰もが急いで大穴に集まり、周囲を見回した。
「あっ、あそこ!」
すると、いきなりミサが空のある点を指さした。
そこには、なんとフラフラと東に向かって飛行している瀕死状態の夢魔の姿があった。しかし、奴はすでに城からだいぶ離れた地点を浮遊しており、鳥でもない限りこれ以上の追跡は不可能だった。
「待てェ!!」
それでも、マルロスは遥か彼方の空を飛んでいる敵に飛びかかる勢いで、自身も飛び立たんといわんばかりの体勢をとった。
「お待ち下さい、マルロス様!! さすがに、これ以上は危険です!」
ただ、側近の兵士たちから全力で制止され、あえなくマルロスの夢魔討伐という目的は先延ばしになってしまった。
その隙に、夢魔は空から降り注ぐ日の光に溶けるようにして、完全にその行方をくらましてしまった。
「チクショオォ!!」
あと一歩のところで夢魔を倒すことができす、マルロスは激情に駆られるがまま、その悔しさと怒りを大空に向かって込めて叫んだ。
少しずつ、少しずつ、慎重にポーションが王の体内に流れ込んでいく。その間、エレリアたちも含めた兵士たちの緊張感は極限状態まで張り詰めていた。誰もが剣を持ち、戦闘態勢を維持している。
「お願い……。うまく行って……」
愛する我が子同然の決意と覚悟でなんとか完成させたポーションが実際に王の体内に注ぎ込まれていく様子を見て、開発者のミサは強く両手を胸の前で握り、静かに固唾を呑んで無事に作戦が成功しますようにと祈った。
そして、計り知れない不安と緊張感が渦巻く空気の中、予定されていた量のすべてを王に服用させ終えた。
「どうだ……?」
眠りながらも王がすべてのポーションを飲み終えたのを確認すると、マルロスはこれから王の身体に起こるであろう何らかの反応を注視するように、その持ち合わせる意識全てを目の前の王に向けた。
王はすべてのポーションを飲み終えた。予定通り行けば、憑依している夢魔が王の体から排出されるはずだ。しかし、いくら待てども、王の身体には何の反応もなかった。
ほんの数秒がとても長く感じる。極度の緊張状態のせいで、感覚が過剰になっているのだろうか。
呼吸をすることすら阻まれるような重い静寂が部屋に満ちる中、静かに王が目覚めるその瞬間を待ちわびる。
「……」
だが、それでも状況は変わらなかった。
王の病が完治するという淡い幻想から乖離していく残酷な現実を前にして、部屋にいる者たちの頭には次第にある言葉が浮かび上がってきていた。
失敗。
そう、誰もが作戦は失敗だと確信し始めていたのだ。
現に、これまで王国から選び抜かれた一流のポーションをもってしても、王に取り憑いた夢魔を追い払うことができなかったのだ。
伝説のポーションマイスターであるアンバーの弟子が作り上げたポーションということで、城の誰しもがささやかな夢想に浮かれていたが、こうして目を開けず王がベッドで苦しそうに眠っている今、人々の望みは夢に消えた希望として終わったようだった。
「そ、そんな……」
魔獣が住む森にも行った、危険な幽霊が潜む廃村にも行った。メノーの襲来も乗り越え、長い道のりを経て、この王国にやって来た。
これまでの苦労が文字通りの徒労に終わり、ミサは力なく膝から崩れ落ちてしまった。
『やはり、ダメだったか』、『この国も終わりだ……』、各所からため息と共にやり切れない呟きが聞こえてくる。
眠り続ける王の姿。
絶望に染まった兵士たちの表情。
何より、思い通りには行かないという非情な現実と、王を救うことができなかったという非力な自分自身が悔しくて、ついにミサはこぼれ落ちた涙で床のカーペットを濡らしてしまっていた。
「ミサ……」
そんな悲痛なミサの姿に居ても立っても居られず、エレリアは近寄ると、彼女の背中を優しくさすり、そっと抱きしめた。
彼女の背中が、嗚咽と悲しみと憤りで震えているのが分かった。
ここは、何か慰めの言葉でもかけてあげるべきだろう。だが、この場合、何を言ってあげることが彼女にとって正解なのかエレリアには分からず、こうして触れてあげることしかできなかった。
ただ、これだけは言える。
彼女は何も悪くない。
やるだけのことはやったのだ。責任を感じる必要はない。
結果がどうであれ、最善を尽くした自分に対して、まずは自分自身で称賛を与えるべきなのではないだろうか。
泣き沈むミサの存在も相まって、室内がひどく険悪な雰囲気に包まれていた、まさにその時だった。
「お、おい……! あれを見ろよ!」
突然、一人の兵士が沈黙を破り、叫び声をあげた。
そして同時に、部屋にいた全員が反射的に王が眠っているベッドに急いで視線を向けた。
「……あれは!?」
すると、そこには、これまでに無いほど悶え苦しんでいる王の姿があった。数秒前まで静かに眠っていたのにも関わらず、よほど苦しいのか何度も身体をねじり、表情を歪め、唸り声を上げている。
それは、夢魔に憑依されて以来、王が初めて見せた反応だった。
「国王様、大丈夫ですか!?」
突然の事態に動揺を隠せず、ざわざわとどよめく室内。
そんな中、とっさにマルロスは駆け寄ると、王の肩を強く揺すり、苦しむ王に向かって大声で叫んだ。
しかし、王は目を閉じたまま、もだえ苦しむばかりで、マルロスの問いかけには応じない。
「どうなってるの……?」
「おいおい、これ、なんかヤバいことになってきてないか?」
ポーションの効果が、時間差で発揮されたのだろうか。
意表を突くかのような王の異変に、エレリアとソウヤも驚きのあまりその場を動けず、凍りついたかのように固まることしかできなかった。一方のミサも、この状況で悲しみに暮れている余裕などなく、呆然とした様子で王の異変を眺めていた。
「くっ……、一体、何が起きているというのだ。このような反応は我々も見たことがないぞ……」
「大変です、マルロス様! 国王様の体温及び体内魔力の度数が急激に上昇しています! このままでは……」
「そんなことは、分かっているッ!」
側近の報告を、苛立ちを抑えきれないマルロスははねのけた。
体内魔力が上昇している、と言っていたが、彼は恐らくベッドの下の魔法陣について言及しているのだろう。その証拠に、先ほどまで静かな青色だった魔法陣は、今は怒り狂う紅蓮の如く激しい赤色に変わっている。
かつてマルロスは、コックル村を訪問した際、魔力を身体に付与し続けると超常的な負荷がかかり、死に至ってしまうと言っていた。まさに今、何らかの要因で王の体内の魔力が増加し、危険な状態になっているのではないかと、エレリアは瞬時に推測した。
「国王様! 私です! マルロスです! お願いですから、目をお開けください! 国王様!」
「アァ……、アァ……」
必死にマルロスは王の意識を呼び戻すように激しく身体を揺さぶるが、もはや王は眠れる狂人と化してしまっていた。いくら呼びかけても王は苦しみに喘ぐばかりで、閉じたその目を開けてくれない。
まるで、王の体内で何かが暴れているかのようにも見える。だが、周囲の兵士は原因不明の王の急変にうろたえるばかりで、動くことができずにいた。
それでも、マルロスは叫び続けた。
「国王様ぁ!!」
「グアアアアアアアアッッッ!!!!!!」
「っ!?」
それは、王の口から発せられた、王ならざる者の断末魔だった。
「あぁ!!」
そして、王が勢いよく立ち上がったと同時に、彼の身体が激しく燃え上がった。
「ガアアアアアアアアアッッッ!!!」
「国王様っ……!? こ、これは一体……」
容赦なく青い炎に包まれるスカースレット王。
その様子に、兵士たちのみならず兵士長のマルロスですら驚愕のあまり言葉を失っていた。
邪悪な青い炎はごうごうと燃え盛り、火だるま状態の王は絶叫しながら、今すぐにでも灼熱の衣を引き剥がそうと激しくのたうち回った。
「……は、早く! 早く、火を消さんか!」
そして、マルロスはふいに我に返った瞬間、急いで側近の兵士に命令した。
「は、はい! サナプラ!」
戸惑いながらも側近の兵士は手にしていた杖で、すぐさま水属性の魔法『サナプラ』を唱えた。
すると、震える杖先から生み出された流水によって王の身体に発火していた炎は見事にすべて鎮火され、水は黒い水蒸気となり音を立てて一気に蒸発した。
「うぅ……」
「国王様!!」
そのままバランスを失い倒れ込もうとする王を、急いで駆け寄ったマルロスが受け止めた。全身に激しい火傷を負いながらも、なんとか意識はあるようで、命に別状はないようだった。
するとその時、王の頭上の空間に、禍々しい黒いシミのような何かがうごめいているのをエレリアは発見した。そして、それは次第に物体として存在感を強めていき、その瞬間、確信したのだった。
「ねぇ、ソウヤ、見て! あれ! あの黒いやつが夢魔の正体なんじゃないの!?」
「あぁ!? あれって、どれだよ! 分かんねぇよ!」
「だから、あれだって!」
目を凝らすソウヤのために、エレリアは不気味に浮遊する謎の物体を指差しながら、彼からの共感を求めた。しかし、いくら説明しても、ソウヤは「そんなやつ、どこにいるんだよ!」と叫ぶばかりで、エレリアの言及を信じてくれなかった。
それどころか、周囲の兵士たちも王の容態に釘付けになっているのか、はたまた初めから気づいていないのか、誰も宙に浮いている黒い魔物のような存在について何も気にしていないようだった。
「なんで? みんなには見えてないの?!」
確かに、この目ではっきり見えているのだ。何度も何度も目をこすっても、くっきりと確認できる。
いきなり燃え上がった王の身体から湧き出し、ポツンと空間に穴が空いているかのように黒くて、邪悪な気配を漂わせている謎の物体。それはどこか生物のようにも見え、やけに軽やかな動きで宙を彷徨っている。
しかし、自分以外の人々にはあの物体が見えていないようで、その事実にエレリアはますます困惑してしまった。いま、見えているのは何かの幻影なのか。
そもそも、なぜ自分だけ奴を認識できるのか。
ただ、そうこうしているうちに、黒い物体はこの場から逃げるように部屋の窓に向かって、宙を這いずるように動き出した。
「ちょっと、逃げちゃう!」
ここで、迷っている暇などなかった。
あれは今まで王を苦しめていた夢魔に違いない。
エレリアはとっさの判断でそう確信し、次の瞬間には腰に提げていた剣を鞘から抜き、駆け出していた。
そして、力強く地を蹴り、夢魔とおぼしき物体に飛びかかった。
「……キェ!?」
誰も自分を認識できないはずだと思い込んでいたであろうその漆黒の物体は、いきなりエレリアが襲いかかってきたことに、ひどく驚いた様子だった。
焦りながらも紙一重の差でエレリアの斬撃をかわしたものの、思わずその衝動で自身の正体を実体化してしまった。
「んん!? 何だ、あれは!?」
何もない空虚を切り裂いたエレリアの奇行に人々は思わず呆然としていたが、夢魔らしき物体が驚いて正体を明かしたことによって、この時ようやく部屋にいた全員は謎の黒い魔物の存在に気づくことができた。
対して、その夢魔らしき物体は自身が犯した失態に恥じたのか、急いで逃げるようにして動き始めた。
「くっ、逃さんッ!!」
だが、マルロスはそんな敵の逃走を許さなかった。
瞬時の反射神経で剣を握り、そのまま天井スレスレまて天高く飛び上がった。
「生きて帰れると思うな、忌々しき反逆者めッ!! 」
そして、マルロスは聖なる灼熱を刃に纏わせると、室内だろうと躊躇することなく、溢れんばかりの怒りを込めて渾身の一撃を敵に向かって振るった。それは、かつてのダンテがメノーに立ち向かっていく姿を連想させるかのような勇姿そのものだった。
直後、激しく粉砕された瓦礫と粉塵と共に、部屋をまるごと吹き飛ばかねない程の衝撃波が吹き荒れた。
「……っ!! む、夢魔は!?」
容赦なく吹き付ける暴風と轟音を必死に耐えながら、エレリアは目を細めて夢魔の行方を探った。
そして数秒後、衝撃波が止み次第に晴れ渡っていく視界には、閉ざされた部屋の中にいたはずなのに、今すぐ城下町へ飛び立てるような絶景が目の前に広がっていた。
そう、マルロスが先の一撃で敵を壁ごと吹き飛ばしたせいで、なんと部屋に大穴が空いていたのだ。パラパラと木くずが落ちる大きな穴からは涼しい午後の風が室内に吹き抜け、一歩でも誤って足を滑らせば重力に引っ張られるがまま、遥か下の大地に叩きつけられてしまうような状態だった。
しかし、今は勢い余って王室を半壊させてしまった事実に反省しているような事態ではなかった。
王に取り憑いていた夢魔はどうなったか。あの一撃で無事に倒すことができたか。
部屋にいた誰もが急いで大穴に集まり、周囲を見回した。
「あっ、あそこ!」
すると、いきなりミサが空のある点を指さした。
そこには、なんとフラフラと東に向かって飛行している瀕死状態の夢魔の姿があった。しかし、奴はすでに城からだいぶ離れた地点を浮遊しており、鳥でもない限りこれ以上の追跡は不可能だった。
「待てェ!!」
それでも、マルロスは遥か彼方の空を飛んでいる敵に飛びかかる勢いで、自身も飛び立たんといわんばかりの体勢をとった。
「お待ち下さい、マルロス様!! さすがに、これ以上は危険です!」
ただ、側近の兵士たちから全力で制止され、あえなくマルロスの夢魔討伐という目的は先延ばしになってしまった。
その隙に、夢魔は空から降り注ぐ日の光に溶けるようにして、完全にその行方をくらましてしまった。
「チクショオォ!!」
あと一歩のところで夢魔を倒すことができす、マルロスは激情に駆られるがまま、その悔しさと怒りを大空に向かって込めて叫んだ。
0
あなたにおすすめの小説
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜
ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。
草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。
そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。
「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」
は? それ、なんでウチに言いに来る?
天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく
―異世界・草花ファンタジー
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~
しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。
それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること!
8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。
どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ!
「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」
かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。
しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。
「今度こそ、私が世界を救って見せる!」
失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!
剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。
イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。
小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜
侑子
恋愛
小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。
父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。
まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。
その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?
※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる