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第2章『悪夢の王国と孤独な魔法使い』編
第51話『酒蔵/Farewell』
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今まさに客に届けられる料理が盛りつけられている厨房を通り過ぎ、エレリアたちはさらに地下へ続く薄暗い階段を降りて行った。
そして、木の扉を開けると、そこは地下の酒蔵のようだった。見慣れない大きな醸造設備がいくつも並んでいる。近くに置いてある樽の中には大量の芋が納められており、どうやらこれを酒の材料にしているらしい。
とにかく、ここでなら誰の目も気にすることなく会話を行うことができるだろう。
「何のつもりかしら」
すると、改めて女性が少女に問いかけた。
その眼差しは極限まで冷え切っており、どこまでも蔑むように少女を見つめていた。
「3人……」
と、ここで少女か震える声で呟いた。
「3人、新しい仲間をつれてきたら、あたしを認めてくれる約束だったわよね?!」
女性の前では冷ややかな態度をとりながらも、隠しきれない期待に喜びの表情を見せた少女。
このとき、ようやく少女が青年らの襲撃からエレリアたちを救出した真の理由を知ることができた。
すべてはこの時のためだったようだ。
まだまだ詳しい事情は分からないが、少女は何かを認めてもらうために仲間が3人必要だったらしい。そこで、エレリアたちを選んだというわけだ。
「……ふん、まさかあなたが本当に3人つれてくるとはね。それだけは、褒めてあげましょう」
嘲笑気味に口の端を緩ませながらも、ふいに女性が笑顔を見せた。
ここまで徹底して不快感に塗れた表情をしていたが、ふいに覗かせた笑顔には彼女の真の素性を垣間見ることができた気がした。決して彼女は意地悪をしてこのように振る舞っているわけではないはずなのだ。それだけは分かった。
だが、すぐに女性は眉根をひそめ、疑わしそうな顔つきをあらわにした。
「だけど、本当に信じられるんでしょうねぇ?」
「なっ……、あたしを疑う気!?」
「だったら、まずこの人たちの名前を私に教えてみなさいよ」
「……っ!!」
この時、彼女の放った言葉に、少女のみならずエレリアたちもギクリと冷や汗を浮かべ思わず固まってしまった。
そうだ、エレリアたちはまだ少女の名を知らなかったのだ。そして、少女もまたエレリアたちの名を知らないはず。
先を急ぎ過ぎてしまったばかりに、お互いに肝心の名を聞くことを忘れてしまっていた。痛恨のミスだ。
よりにもよって、そこを指摘されてしまった。
「え、えっと……、名前は……、その……」
「まさか、答えられないなんてことはないでしょうね」
少女はエレリアの方を見つめながら、頭を抱えてどう対応すべきか戸惑っていた。必死に思考を巡らせてあるのか、視線はせわしなく宙を泳ぎ回り、あぶら汗を滲ませながら、ひたすらに困惑の限りを尽くしていた。その間も、女性は少女からの返答を黙ったまま待ち続けている。
だが、当然少女は答えられるわけもなく、ただ空虚な時間だけが流れていった。
「……そんなことだと思ったわ。どうせ、その辺で適当に声をかけて連れてきただけなんでしょ」
「ち、違う……! あたしは本当に……」
「何が違うのよ! 私は心の底から信頼できるような3人を連れてこいっていったはずよ。名前も答えられないようじゃ、到底認めてあげることはできないわね!」
声を荒げ叱責の言葉を叫び続ける女性に、少女は悔しさのあまり今にも泣き出しそうになっていた。
しかし、少女の語っていることはすべて真実なのだ。無作為に人混みの中から選び出したのではなく、彼女自らが勇気を振り絞ってエレリアたちに接近し、エレリアたちを信じ切った上でここまでやってきたはずなのだ。
少なくともエレリアは彼女を自分たちの仲間だと認めてあげていた。
しかし、女性は少女の言っていることをすべて嘘だと思い込んでしまっているようだった。
「そもそも、あなたたちは何者なのよ」
すると、初めて女性がエレリアたちに声をかけてきた。
彼女からの鋭い疑いの視線は相変わらず、エレリアたちの一挙手一投足を眺め、訝しげに目を細めていた。
このままでは、不審者と疑われかねない。ということで、エレリアとソウヤは自然と隣りにいたミサを見つめていた。
「……なに、なに? 2人ともどうしたの?」
いきなり両隣の2人から見つめられ、困惑の様子を見せるミサ。
「いや、こういう自己紹介のときはおまえから先に名乗るのが俺たちの恒例だろ?」
「え、えぇ……。そうだったっけ?」
そして、ソウヤの言葉を仕方なさそうに受け入れながら、ミサは態度を改めて自分たちの素性を目の前の女性に説明し始めた。
「ええっと、はじめまして。コックル村からやって来たミサと申します。それで、こっちがリアちゃんで、もう片方がソウくんです。よろしくお願いします!」
「……で、あなたたちはこの子と何の関係があるの?」
ミサが説明を終えても、懐疑的な女性の態度は変わらず、不審そうにこちらを眺めていた。
「えっと、ですね……。その……、本当にお恥ずかしい話なんですけど、実は私たち、悪い男の人たちに路地裏へ連れて行かれて、危ない目にあっていたんです」
「そ、そうよ! あたしがこの子たちをボーマで助けてあげたの! すごいでしょ!?」
「何!? まさか町中で魔法を使ったの!?」
ミサの言葉に便乗する形で、少女は誇らしそうに叫んだ。
だが、かえってその発言が女性の機嫌をさらに損ねたようだった。
「あんた! 二度と街では魔法を使わないって誓ったはずじゃなかったの!?」
「ち……、違う! この子たちを助けるには仕方なかったことなの!」
「けど、もし魔法を使ってるとこを衛兵さんにでも見られてたらどうなってたのよ! あんた、また牢獄行きだったかもしれないのよ!」
必死に少女は言葉をまくしたて誤解を晴らそうとするが、女性はまったく聞く耳を持とうしない。
どうやら、この街では公衆で魔法を使用することは禁止されているらしい。そう考えると、思いっきり火の魔法を青年たちに放っていた少女はある意味ルールに反していたと言える。
「でも、あたしの魔法が無かったら、この子たちは死んでたかもしれないのよ!? それなのに魔法使うな、とか無茶苦茶よ!」
「それなら、他の方法を試せばいいじゃない! それこそ衛兵さんに助けを呼ぶとか……」
「そんなこと呑気にやってる暇なんかあるわけないでしょ!? ほんとに緊急事態だったのよ! そんなことも分からないとか、バカじゃないの!?」
「なっ……、母親に向かってバカとは……、そろそろいい加減にしなさいッ!!」
少女は震える声で反論の言葉を叫び続けたが、虚しいことにそのどれもが無力だった。少女がいくら全力で言い返したところで大人の前では、所詮子供の戯言に過ぎなかったのだ。
しまいには、女性の怒りを買ってしまったらしく、ついに彼女は少女の願いを断ち切る最後の禁句を言い放った。
「もう、あなたには二度と王国からの外出許可を出してあげません!」
残酷にも自身の願望を打ち砕く言葉を突きつけられた少女は目に涙を溜めながら、肩を震わせていた。
それは怒りによるものか、悲しみによるものかは、エレリアには分からなかった。
「……もういいよッ! 母さんなんて、死んでしまえッ!」
すると、少女は泣き叫びながら、突然さっと身を翻し、逃げるようにして厨房に続く階段を駆け上がって行った。
「あっ、待って!」
そんな少女の疾走にいち早く反応したのはミサだった。エレリアとソウヤが引き止めるより早く、ほぼ反射的な動きでミサもその場から駆け出して行った。
対して、少女から怒号を浴びた女性は何も言わず、目を閉じたまま固く腕を組んでいた。その顔はどこか悲しそうにも見えたが、気のせいだったかもしれない。
とにかく、この場にとどまるわけにも行かないので、少し遅れてエレリアとソウヤも2人の後を追いかけることにした。
少女とミサの後を追い、急いで店を飛び出たエレリアとソウヤ。
しかし、通りに出たはいいものの、彼女たちはとごへ消えてしまったのか。
「あいつら、どっちに行ったんだ!?」
「あっ、あそこ!」
すると、大通りへ続く方角の通りを駆けていく2人の少女の姿を発見した。
彼女らを見失う前に、慌てて駆け出すエレリアたち。
大勢の人だかりの間を縫うように、時に乱暴に人と衝突してしまったときは軽く謝りながら、少女とミサを追い続けた。
そして、しばらく走り続け、エレリアたちは街の噴水広場へたどり着いていた。
気がつくと昼間の太陽はすでに西の空の果てへ傾きかけており、街は美しい夕日の光に染まっていた。
そんな煌々とした西日を受けながら、巨大な噴水の近くに少女とミサが立っていた。
「はぁ、はぁ、やっと追いついたぜ……!」
長い距離を全力で走り続けたせいでエレリアたちは皆苦しそうに喘いでいたのだが、唯一少女だけが息一つ乱れず平然としていた。しかし、その顔は何か大切な物を壊してしまった時のような深い悲しみに沈んでおり、呆然とした様子だった。
しかし、追いついてきたエレリアたちの存在に気づくと、少女は心情を悟られぬよう無理に顔色を変え、ぎこちない微笑を漏らした。
「あなたたち……」
これまで頑なに強気な態度をとってきた少女だったが、初めて見せた笑顔は意外にもとても優しくて温かった。
この子はこんな風に笑うんだ。柄にもなく、思わずエレリアはそんなことを思ってしまった。
そして、少女は決まりが悪そうに視線をそらしながら、もごもごと口を開いた。
「何と言うか、その……。なんか、あたしのために色々と迷惑かけちゃてごめんなさいね」
気恥ずかしそうに涙で濡れた赤い目を擦りながら、エレリアたちに醜態を晒さないためにも、ひたすらに平静を装うとしている少女。
その淡々とした物言いから、少女との絆はもしかしたら終わってしまったのかもしれない、とエレリアは悟った。少なくとも彼女の母親に会うまでは、少女はエレリアたちを利用するべく一方的に親交を持ちかけ、エレリアも彼女のことを命の恩人として心の底から信頼していた。
しかし、母親との交渉が決裂した今、残酷な言い方をすればエレリアたちは少女にとって無用な存在なわけだ。
もちろんエレリアは今後も少女と仲良くしたかった。元はと言えば、王国からの命令で新たな仲間を探しに街に繰り出したのだ。強力な魔法を扱うことができる彼女が仲間になってくれれば、大いに戦力は増強されるに違いないかもしれないが。
「あの……、あなたはこれからどうするの?」
「……」
彼女の気に触れないように、言葉を選びながら慎重に話しかけるミサ。
しかし、己の顔色を悟られまいとうつむく少女からの返答は一言もなかった。
正直言って、悲しかった。
ここまで人は冷たくなれるものなのか。この街の人間は皆彼女のように、心まで冷え切ってしまっているのか。
そして、最後に少女は、
「……さよなら」
とだけ言い残すと、肩を落としたまま片手に愛用の杖を握りしめ、眩い夕陽の彼方へ消え去っていこうとしていた。
「ねぇ、ちょっと待ってよ!」
歩き去って行く少女のもとへミサが再び駆け出そうとしたその瞬間、いきなりソウヤの手がミサの肩を掴み力強く引き止めた。
「ソウくん!? 何するの!? 離してよ!」
「ほっとけ、ミサ!! もう行こう!」
彼の言動はミサのみならず、エレリアをも驚愕させた。
決して少女の態度が気に食わずふてくされているのではなく、どうやら彼は本気でミサの身を案じているようなのだ。
「何てヒドイこと言うの!? ソウくんはあの子のことを見捨てるつも……」
「いいから、聞けッ!」
そして、気を荒くしているミサを必死になだめるように、ソウヤは静かに語りだした。
「ミサ。この街で見ず知らずの他人に深く干渉するのはもうよそう」
「な、なんでそんなこと言うの?」
彼女の眼差しに深く入り込むかのように真っ直ぐ見つめるソウヤ。だが、ミサはソウヤの発言の真意が分かっていないようだった。
「いいか? ここは俺たちが育ったコックル村じゃない。見知らぬ人たちを寄せ集めて作った国なんだ。そして、この街の奴らが皆良いやつだとは限らない。そんなことぐらい、さっきの男たちの一件で分かっただろ?」
「……」
「この街だと、おまえみたいなお人好しが一番危ねぇんだ、ミサ」
ソウヤの発言に、ミサは反論しようと唇を動かしたが、すぐに言葉を呑み込みじっと黙り込んだ。
「確かにあの女のおかげで、俺たちは今ここで生きていられる。そこは俺だって悔しいけど心の中では感謝してるよ。けど、もうこれ以上あいつに関わる必要はねぇんだよ。ミサだって分かるだろ?」
確かに、ソウヤの言うとおりだった。
どうやら、彼も気づいていたらしい。この街の人々の心の冷たさを。
これ以上、あの少女に関わらないほうがいいという意見に関しては、エレリアも同感だった。
「……そう、だよね」
そして、ミサもぎこちなく微笑みを見せながら、小さく首を縦に振った。それは、ソウヤの主張に対する賛同を意味した。
「辛いかもしれねぇけど、俺たちは俺たちの道を行こう。な?」
「……うん」
再び振り返って、遠く離れていく少女の姿を見つめる。
もはや彼女は無意味に進み続けるだけの機械になってしまったかのように肩を落とし歩き、そのまま夕焼けの光に満ちた大通りの果てへ消えようとしていた。彼女の沈んだ歩調に合わせて揺れる背中のマントがなんとも悲しげに見える。
だが、エレリアたちは彼女と決別することを決めたのだ。
本音を言えば、とても心苦しかった。それでも、運命が彼女との出会いを拒んだのであれば、それを受け入れて進んでいくしかない。
そのまま、エレリアたちは少女と背中を合わせる形で静かに歩き出したのだった。
そして、木の扉を開けると、そこは地下の酒蔵のようだった。見慣れない大きな醸造設備がいくつも並んでいる。近くに置いてある樽の中には大量の芋が納められており、どうやらこれを酒の材料にしているらしい。
とにかく、ここでなら誰の目も気にすることなく会話を行うことができるだろう。
「何のつもりかしら」
すると、改めて女性が少女に問いかけた。
その眼差しは極限まで冷え切っており、どこまでも蔑むように少女を見つめていた。
「3人……」
と、ここで少女か震える声で呟いた。
「3人、新しい仲間をつれてきたら、あたしを認めてくれる約束だったわよね?!」
女性の前では冷ややかな態度をとりながらも、隠しきれない期待に喜びの表情を見せた少女。
このとき、ようやく少女が青年らの襲撃からエレリアたちを救出した真の理由を知ることができた。
すべてはこの時のためだったようだ。
まだまだ詳しい事情は分からないが、少女は何かを認めてもらうために仲間が3人必要だったらしい。そこで、エレリアたちを選んだというわけだ。
「……ふん、まさかあなたが本当に3人つれてくるとはね。それだけは、褒めてあげましょう」
嘲笑気味に口の端を緩ませながらも、ふいに女性が笑顔を見せた。
ここまで徹底して不快感に塗れた表情をしていたが、ふいに覗かせた笑顔には彼女の真の素性を垣間見ることができた気がした。決して彼女は意地悪をしてこのように振る舞っているわけではないはずなのだ。それだけは分かった。
だが、すぐに女性は眉根をひそめ、疑わしそうな顔つきをあらわにした。
「だけど、本当に信じられるんでしょうねぇ?」
「なっ……、あたしを疑う気!?」
「だったら、まずこの人たちの名前を私に教えてみなさいよ」
「……っ!!」
この時、彼女の放った言葉に、少女のみならずエレリアたちもギクリと冷や汗を浮かべ思わず固まってしまった。
そうだ、エレリアたちはまだ少女の名を知らなかったのだ。そして、少女もまたエレリアたちの名を知らないはず。
先を急ぎ過ぎてしまったばかりに、お互いに肝心の名を聞くことを忘れてしまっていた。痛恨のミスだ。
よりにもよって、そこを指摘されてしまった。
「え、えっと……、名前は……、その……」
「まさか、答えられないなんてことはないでしょうね」
少女はエレリアの方を見つめながら、頭を抱えてどう対応すべきか戸惑っていた。必死に思考を巡らせてあるのか、視線はせわしなく宙を泳ぎ回り、あぶら汗を滲ませながら、ひたすらに困惑の限りを尽くしていた。その間も、女性は少女からの返答を黙ったまま待ち続けている。
だが、当然少女は答えられるわけもなく、ただ空虚な時間だけが流れていった。
「……そんなことだと思ったわ。どうせ、その辺で適当に声をかけて連れてきただけなんでしょ」
「ち、違う……! あたしは本当に……」
「何が違うのよ! 私は心の底から信頼できるような3人を連れてこいっていったはずよ。名前も答えられないようじゃ、到底認めてあげることはできないわね!」
声を荒げ叱責の言葉を叫び続ける女性に、少女は悔しさのあまり今にも泣き出しそうになっていた。
しかし、少女の語っていることはすべて真実なのだ。無作為に人混みの中から選び出したのではなく、彼女自らが勇気を振り絞ってエレリアたちに接近し、エレリアたちを信じ切った上でここまでやってきたはずなのだ。
少なくともエレリアは彼女を自分たちの仲間だと認めてあげていた。
しかし、女性は少女の言っていることをすべて嘘だと思い込んでしまっているようだった。
「そもそも、あなたたちは何者なのよ」
すると、初めて女性がエレリアたちに声をかけてきた。
彼女からの鋭い疑いの視線は相変わらず、エレリアたちの一挙手一投足を眺め、訝しげに目を細めていた。
このままでは、不審者と疑われかねない。ということで、エレリアとソウヤは自然と隣りにいたミサを見つめていた。
「……なに、なに? 2人ともどうしたの?」
いきなり両隣の2人から見つめられ、困惑の様子を見せるミサ。
「いや、こういう自己紹介のときはおまえから先に名乗るのが俺たちの恒例だろ?」
「え、えぇ……。そうだったっけ?」
そして、ソウヤの言葉を仕方なさそうに受け入れながら、ミサは態度を改めて自分たちの素性を目の前の女性に説明し始めた。
「ええっと、はじめまして。コックル村からやって来たミサと申します。それで、こっちがリアちゃんで、もう片方がソウくんです。よろしくお願いします!」
「……で、あなたたちはこの子と何の関係があるの?」
ミサが説明を終えても、懐疑的な女性の態度は変わらず、不審そうにこちらを眺めていた。
「えっと、ですね……。その……、本当にお恥ずかしい話なんですけど、実は私たち、悪い男の人たちに路地裏へ連れて行かれて、危ない目にあっていたんです」
「そ、そうよ! あたしがこの子たちをボーマで助けてあげたの! すごいでしょ!?」
「何!? まさか町中で魔法を使ったの!?」
ミサの言葉に便乗する形で、少女は誇らしそうに叫んだ。
だが、かえってその発言が女性の機嫌をさらに損ねたようだった。
「あんた! 二度と街では魔法を使わないって誓ったはずじゃなかったの!?」
「ち……、違う! この子たちを助けるには仕方なかったことなの!」
「けど、もし魔法を使ってるとこを衛兵さんにでも見られてたらどうなってたのよ! あんた、また牢獄行きだったかもしれないのよ!」
必死に少女は言葉をまくしたて誤解を晴らそうとするが、女性はまったく聞く耳を持とうしない。
どうやら、この街では公衆で魔法を使用することは禁止されているらしい。そう考えると、思いっきり火の魔法を青年たちに放っていた少女はある意味ルールに反していたと言える。
「でも、あたしの魔法が無かったら、この子たちは死んでたかもしれないのよ!? それなのに魔法使うな、とか無茶苦茶よ!」
「それなら、他の方法を試せばいいじゃない! それこそ衛兵さんに助けを呼ぶとか……」
「そんなこと呑気にやってる暇なんかあるわけないでしょ!? ほんとに緊急事態だったのよ! そんなことも分からないとか、バカじゃないの!?」
「なっ……、母親に向かってバカとは……、そろそろいい加減にしなさいッ!!」
少女は震える声で反論の言葉を叫び続けたが、虚しいことにそのどれもが無力だった。少女がいくら全力で言い返したところで大人の前では、所詮子供の戯言に過ぎなかったのだ。
しまいには、女性の怒りを買ってしまったらしく、ついに彼女は少女の願いを断ち切る最後の禁句を言い放った。
「もう、あなたには二度と王国からの外出許可を出してあげません!」
残酷にも自身の願望を打ち砕く言葉を突きつけられた少女は目に涙を溜めながら、肩を震わせていた。
それは怒りによるものか、悲しみによるものかは、エレリアには分からなかった。
「……もういいよッ! 母さんなんて、死んでしまえッ!」
すると、少女は泣き叫びながら、突然さっと身を翻し、逃げるようにして厨房に続く階段を駆け上がって行った。
「あっ、待って!」
そんな少女の疾走にいち早く反応したのはミサだった。エレリアとソウヤが引き止めるより早く、ほぼ反射的な動きでミサもその場から駆け出して行った。
対して、少女から怒号を浴びた女性は何も言わず、目を閉じたまま固く腕を組んでいた。その顔はどこか悲しそうにも見えたが、気のせいだったかもしれない。
とにかく、この場にとどまるわけにも行かないので、少し遅れてエレリアとソウヤも2人の後を追いかけることにした。
少女とミサの後を追い、急いで店を飛び出たエレリアとソウヤ。
しかし、通りに出たはいいものの、彼女たちはとごへ消えてしまったのか。
「あいつら、どっちに行ったんだ!?」
「あっ、あそこ!」
すると、大通りへ続く方角の通りを駆けていく2人の少女の姿を発見した。
彼女らを見失う前に、慌てて駆け出すエレリアたち。
大勢の人だかりの間を縫うように、時に乱暴に人と衝突してしまったときは軽く謝りながら、少女とミサを追い続けた。
そして、しばらく走り続け、エレリアたちは街の噴水広場へたどり着いていた。
気がつくと昼間の太陽はすでに西の空の果てへ傾きかけており、街は美しい夕日の光に染まっていた。
そんな煌々とした西日を受けながら、巨大な噴水の近くに少女とミサが立っていた。
「はぁ、はぁ、やっと追いついたぜ……!」
長い距離を全力で走り続けたせいでエレリアたちは皆苦しそうに喘いでいたのだが、唯一少女だけが息一つ乱れず平然としていた。しかし、その顔は何か大切な物を壊してしまった時のような深い悲しみに沈んでおり、呆然とした様子だった。
しかし、追いついてきたエレリアたちの存在に気づくと、少女は心情を悟られぬよう無理に顔色を変え、ぎこちない微笑を漏らした。
「あなたたち……」
これまで頑なに強気な態度をとってきた少女だったが、初めて見せた笑顔は意外にもとても優しくて温かった。
この子はこんな風に笑うんだ。柄にもなく、思わずエレリアはそんなことを思ってしまった。
そして、少女は決まりが悪そうに視線をそらしながら、もごもごと口を開いた。
「何と言うか、その……。なんか、あたしのために色々と迷惑かけちゃてごめんなさいね」
気恥ずかしそうに涙で濡れた赤い目を擦りながら、エレリアたちに醜態を晒さないためにも、ひたすらに平静を装うとしている少女。
その淡々とした物言いから、少女との絆はもしかしたら終わってしまったのかもしれない、とエレリアは悟った。少なくとも彼女の母親に会うまでは、少女はエレリアたちを利用するべく一方的に親交を持ちかけ、エレリアも彼女のことを命の恩人として心の底から信頼していた。
しかし、母親との交渉が決裂した今、残酷な言い方をすればエレリアたちは少女にとって無用な存在なわけだ。
もちろんエレリアは今後も少女と仲良くしたかった。元はと言えば、王国からの命令で新たな仲間を探しに街に繰り出したのだ。強力な魔法を扱うことができる彼女が仲間になってくれれば、大いに戦力は増強されるに違いないかもしれないが。
「あの……、あなたはこれからどうするの?」
「……」
彼女の気に触れないように、言葉を選びながら慎重に話しかけるミサ。
しかし、己の顔色を悟られまいとうつむく少女からの返答は一言もなかった。
正直言って、悲しかった。
ここまで人は冷たくなれるものなのか。この街の人間は皆彼女のように、心まで冷え切ってしまっているのか。
そして、最後に少女は、
「……さよなら」
とだけ言い残すと、肩を落としたまま片手に愛用の杖を握りしめ、眩い夕陽の彼方へ消え去っていこうとしていた。
「ねぇ、ちょっと待ってよ!」
歩き去って行く少女のもとへミサが再び駆け出そうとしたその瞬間、いきなりソウヤの手がミサの肩を掴み力強く引き止めた。
「ソウくん!? 何するの!? 離してよ!」
「ほっとけ、ミサ!! もう行こう!」
彼の言動はミサのみならず、エレリアをも驚愕させた。
決して少女の態度が気に食わずふてくされているのではなく、どうやら彼は本気でミサの身を案じているようなのだ。
「何てヒドイこと言うの!? ソウくんはあの子のことを見捨てるつも……」
「いいから、聞けッ!」
そして、気を荒くしているミサを必死になだめるように、ソウヤは静かに語りだした。
「ミサ。この街で見ず知らずの他人に深く干渉するのはもうよそう」
「な、なんでそんなこと言うの?」
彼女の眼差しに深く入り込むかのように真っ直ぐ見つめるソウヤ。だが、ミサはソウヤの発言の真意が分かっていないようだった。
「いいか? ここは俺たちが育ったコックル村じゃない。見知らぬ人たちを寄せ集めて作った国なんだ。そして、この街の奴らが皆良いやつだとは限らない。そんなことぐらい、さっきの男たちの一件で分かっただろ?」
「……」
「この街だと、おまえみたいなお人好しが一番危ねぇんだ、ミサ」
ソウヤの発言に、ミサは反論しようと唇を動かしたが、すぐに言葉を呑み込みじっと黙り込んだ。
「確かにあの女のおかげで、俺たちは今ここで生きていられる。そこは俺だって悔しいけど心の中では感謝してるよ。けど、もうこれ以上あいつに関わる必要はねぇんだよ。ミサだって分かるだろ?」
確かに、ソウヤの言うとおりだった。
どうやら、彼も気づいていたらしい。この街の人々の心の冷たさを。
これ以上、あの少女に関わらないほうがいいという意見に関しては、エレリアも同感だった。
「……そう、だよね」
そして、ミサもぎこちなく微笑みを見せながら、小さく首を縦に振った。それは、ソウヤの主張に対する賛同を意味した。
「辛いかもしれねぇけど、俺たちは俺たちの道を行こう。な?」
「……うん」
再び振り返って、遠く離れていく少女の姿を見つめる。
もはや彼女は無意味に進み続けるだけの機械になってしまったかのように肩を落とし歩き、そのまま夕焼けの光に満ちた大通りの果てへ消えようとしていた。彼女の沈んだ歩調に合わせて揺れる背中のマントがなんとも悲しげに見える。
だが、エレリアたちは彼女と決別することを決めたのだ。
本音を言えば、とても心苦しかった。それでも、運命が彼女との出会いを拒んだのであれば、それを受け入れて進んでいくしかない。
そのまま、エレリアたちは少女と背中を合わせる形で静かに歩き出したのだった。
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https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
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