崖っぷち貴族の私が「悪魔令嬢」の侍女になりました!

もりの

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人生、終わった。

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 ────あっ。終わった、私の人生。

 リリアーナ・フォスターは、身に纏った空色のドレスに負けず劣らず真っ青な顔で立ち尽くしていた。

 絶望という言葉は今日のためにあったのかもしれない。無情にも開かれた扉の前に立っていたのはこの部屋の主。天下のモンフォルル家のご令嬢、極悪非道、冷酷無比、誰が呼んだか「悪魔令嬢」ことレティシア・モンフォルル。

 彼女もまた、リリアーナと同じく言葉も出ない様子で立ち尽くしている。

 ただし、その顔色はリリアーナとは対照的だった。顔面蒼白なリリアーナに対して、レティシアの顔は今にも湯気が出そうなほど真っ赤になっている。猫のようなつり目はより一層吊り上がり、眉間には日頃から刻まれている深い皺。

 彼女はどこからどう見ても怒っていた。

 その原因は明らかだったが、リリアーナは一縷の望みを捨てていなかった。
 もしかしたらなにかの間違いかもしれない。だって恐ろしすぎてちゃんと見ていないから。しっかり確認したらなんともないかも。レティシア様はいつもなにかに怒ってらっしゃるという噂だし、このご様子も私のせいじゃないかもしれない。

 自分自身にそう言い聞かせ、淡い希望に縋り付きながらリリアーナは両手で握りしめているものへと視線を落とした。

 それはレティシアが特別大切にしている女の子の人形だった。
 彼女と同じブロンド髪に、彼女と同じ青色のガラスの目。今日のドレスはもちろん彼女と同じ深紅のドレス。毎日彼女と同じドレスを着せられ、その辺の庶民より余程いい暮らしをしている、陶器と上等の布で作られた小さなご令嬢。慎ましい微笑みをたたえた精巧なその人形の顔面には────

 言い逃れができないほど綺麗な縦線が入っていた。

 リリアーナがグッと力を込めてくっつけているから辛うじてヒビが入っただけのように見えないこともなかったが、手を離せば右のお顔と左のお顔がさようならしてしまうだろう。

 短い人生だったわ。ああ、かわいそうなリリアーナ。いやまだ死ぬと決まった訳ではないけれど、生きているよりも死んだ方がマシかもしれない。なにせこの人形の持ち主は、レティシア・モンフォルル様なのだから。

 モンフォルル公爵のひとり娘、レティシア・モンフォルル嬢と言えばこの辺りでは誰もが知っている。

 もちろん悪い意味で。

 モンフォルル家は王族にも繋がりのある由緒正しい名家なのだが、蝶よ花よと甘やかされて育ったレティシアは順当にワガママ娘へと成長。
 出される食事は美味かろうが不味かろうが全て気に食わない様子で、わざわざコックを呼び出して圧をかけたり、綺麗な髪の侍女に嫉妬して「髪を切れ」と命じて丸刈りにしたり……その苛烈なイジメによって辞めていった使用人は数知れず。特に気に食わない者は辞させるだけでは飽きたらず、首をはねてしまうのだという。

 あまりに凶悪なその噂たちは瞬く間に世間へと広まって、社交界でのお披露目もまだだというのに、清々しいほど悪い噂が絶えない「悪魔令嬢」。

 それがレティシア・モンフォルル嬢なのだ。
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