崖っぷち貴族の私が「悪魔令嬢」の侍女になりました!

もりの

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誘われて海風祭

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 海と見紛う鮮やかな青を称えた、初夏の晴れ空が水平線まで広がっている。

 見上げると青空は色とりどりの紙のランタンに彩られ、家や店の至る所に花と蝶の飾りが溢れ、雲の上まで届くほどに街は賑わっていた。

 海風祭は前夜祭を併せて13日間開催される。10日間の前夜祭が終わると、1日の休みを挟んで3日間の本祭が始まる。最も人気があるのはやはり本祭の3日間。大漁を祈る「蝶の舞」は、3日間、昼過ぎから朝方まで、海の民たちが交代で踊り続ける。

 今日はそんな本祭の1日目。地元の民たちも、都市部からやってきた国民たちも、他国から遥々訪れた者たちも、皆入り乱れて祭りの雰囲気を楽しんでいた。

 リリアーナは華やかな祭りの空気を取り込むように、大きく息を吸い込んだ。

 潮風に混じって美味しそうな食べ物の香りが鼻の中に流れ込んでくる。海風祭名物、魚と香草のフライの香ばしい匂い。甘く熟した果実の匂い。これこそまさにエデンガード王国の夏の始まりの香りだ。

 例年通り夏の気配に浮かれながら屋台を見て回りたいところだが……今年はそうもいかない。

 「もう! どうしてですの! わたくしリリーとふたりで来たかったのに!」

 鮮やかな紫色のサマードレスに身を包んだキャロラインは、ドレスの裾を翻しながらプンスカと憤慨した。

 彼女の腕はリリアーナの右腕にしっかりと固定されている。

 もちろんリリアーナの隣にはレティシアがいるのだが、本人を前にして堂々と文句を垂れているあたりは、無遠慮を通り越して清々しさすらあるが、当然レティシアは面白くない。

 ドレスと揃いの淡い黄色の帽子を深く被り直した彼女は、リリアーナの左腕にしがみついたまま手帳とペンを取り出した。

 書きづらそうにしながらも決して腕を離さず、手帳に文字を書き殴る。

 「……“それはわたくしの台詞です”だそうです」

 間にいるリリアーナが手帳の文字を読み上げる。キャロラインはフン、とそっぽを向いて皮肉った。

 「それはどうも。わたくしたち、気が合いそうね!」

 いくらエデンガードの夏がカラッとしているとはいってもこの暑さだ。こんなに密着していては随分と堪えるだろう。

 しかし、ふたりともリリアーナから離れる様子はない。

 なんだかんだ言ってふたりとも深窓のご令嬢。体力がある方ではないはずなのに、一歩も引かない強情なところだけはそっくりだ。キャロラインの皮肉も、あながち間違いではないかもしれない。

 一方、田舎で貧乏暮らしを送ってきたリリアーナは、ふたりより体力があると自負していた。しかしこの日差しの下、両側から熱を持ったやわ肉に挟まれ続けていると、さすがのリリアーナもボーッとしてくる。

 リリアーナはレティシアに併せて淡い水色のドレスを着て来たのだが、正解だった、と彼女は思った。下手に暗い色を選んでいたら汗で色が変わってしまっていただろう。

 「あっ! リリー見て、わたくしあのお菓子大好き! 買っていきましょう」

 キャロラインが指さしたのはこれまた海風祭名物のお菓子、フリッバー。棒状にした生地を揚げて砂糖と香辛料をまぶした揚げ菓子だ。シンプルながらやみつきになる味で、大人から子どもまで愛されている。

 リリアーナはフリッバーの屋台を見てげんなりした。大人から子どもまで愛されているということは、とても人気があるということだ。

 屋台の前には終わりが見えないほど長蛇の列が並んでいた。

 この炎天下、両側から挟まれて蒸し焼きにされているところへ、まだこの列に並ばなければいけないのか。

 こういう時はふたりをどこかに座らせておいて、侍女であるリリアーナがひとりで並ぶのが普通だろう。リリアーナにとってもそれが一番楽だ。気持ち的にも、身体的にも。

 しかし彼女たちは一向にリリアーナから離れる気配がない。つまりこの状態のまま、いつ終わるかも分からないこの列に並ばなければならないということだ。

 「あっちが最後尾みたい! こっちよリリー!」

 グイグイと引っ張られ、リリアーナとレティシアははキャロラインの言うままに屋台の列の一番後ろに並ぶことになった。
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