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◆ダイエットのその先に――
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未来君が南アフリカに旅立ってから、三カ月が経った。
やはり、未来君は異国の地で療養するお母さんに寄り添うことを選んだ。そうして現地の日本人学校に転入の形を取り、再び学校に戻ってくることはなかった。
「ふんふんふふ~ん」
「気持ち悪いわね」
気持ちよく鼻歌を歌っていたら、隣の席の森重さんがジトリとした目を向けてきた。
こういうのを腐れ縁と言うのだろうか。なんと一年生の時に色々悶着のあった森重さんとは、二年になった今も同じクラスで、なおかつ席が隣同士だったりする。
「だって、思わず歌わずにはいられないビッグニュースがあるの!」
「あんたが痩せたって話なら、もう耳にタコができたわ」
森重さんは大仰に肩をそびやかす真似をする。
たしかに、私が目標体重をクリアした一件は、達成した一週間前から昨日まで、連日うるさいくらいに言いまくっていた。それこそ耳にタコができるほどに。
そこは平に申し訳ないが、今回のビッグニュースはそれではない。
「今日のビッグニュースは、そうじゃなくて――」
「そもそも、最初から太ったりしなければいいのよ。私は母が肥満がもとで病気になってるから、断固肥満は反対。百害あって一利なしよ!」
被せるように言われ、思わず口をつぐむ。
……そうなのだ。森重さんがなにかにつけて、私の体形を持ち出してきたのには、彼女なりの理由があった。
「その後、お母さまの具合はどう?」
前に遊びに行った時、ちょうど森重さんのお母さまも自宅におられて、私もお会いしている。病気で入退院を繰り返し、かなり疲れた様子だった。
「今は状態も安定してる。最近は入院もしてないの」
「そっか、よかった。お大事にね」
「ありがと」
森重さんが私に取った態度は目に余るものがあり、全部が全部正当化できるものではない。だけど、体形にナーバスになっていたわけも今は理解ができたし、なにより彼女はお母さまの病状が落ち着いたタイミングで、私にきつく当たったことを謝ってくれた。
そうなれば、これ以上いがみ合う理由もない。
最近の私たちは、なにかというと一緒に行動していて、移動教室の先でもわざわざ隣に座ることが多い。意外なのだが、腹を割って話すようになったら、存外に気が合うことが分かったのだ。
「てゆーか、芸能プロダクションから声がかかってるって、うわさになってるけど、ほんとなの?」
「あー。ママと歩いてる時に、名刺を渡してきた人がいたけど……って、そんなのはどうでもいいの! ビッグニュースは私のダイエットの話じゃなくて、もっと別! これを聞いたら、森重さんも絶対に歌いたくなっちゃう。どう、聞きたい?」
「なによ、もったいぶって。話したいなら、さっさと話しなさいよ」
世の中的には、きっとこの関係を親友と呼ぶのだろう。
「なんと、夏休みに未来君が一時帰国するの!」
「……へー、そりゃよかった」
「え!? その程度!?」
「あのね! どうして私が、あんたの彼氏が帰ってくるからって大喜びしなきゃならないのよ。以前に大門寺君を狙ってたのは事実だけど、私、人の物には手を出さない主義だから」
キッパリと言い切った森重さんのこういうところは、嫌いじゃない。むしろ、好感が持てる。
「えー。つれないんだ」
「ま、元クラスメイトとしては、帰国歓迎会に参加してやってもいいわよ」
「ほんと!? それじゃ、正確に日にちが決まったら呼ぶね」
「……ねぇ細井さん。それ、僕も行ってもいいかな?」
私と森重さんの後ろから、田中君が尋ねてきた。
「もちろんよ!」
「……ちょっと田中、顔貸しな」
私が快諾すると、なぜか横から森重さんが田中君をズルズルと引っ張って、教室の奥へと向かう。
……いったい、なにごと?
二人は教室の隅で顔を寄せ合い、なにごとがボソボソと話し始める。
「あんた、私が前に里桜は大門寺君と付き合ってるって教えたじゃない。なのにまだ里桜のこと狙ってんの!? 恋人同士の久しぶりの再会に水をさそうなんてヤボなこと、やめときな」
「そんなつもりじゃない。僕が以前、細井さんに想いを寄せていたのは間違いないけれど、僕も森重さんと同じさ。人の物には手を出さない主義だ」
「え?」
「分からない? 僕が歓迎会に参加したいと思うのは、そこに君が行くからだよ」
残念ながら、私のところまで二人の声は聞こえてこない。だけど、真っ赤に頬を染める森重さんと、そんな彼女を熱い眼差しで見つめる田中君。二人の様子から、おおよそ察することができた。
……ふふふっ。これは、意外な新カップルの誕生かな?
微笑ましい思いで二人を眺めながら、ふいに脳裏を、以前未来君から聞かされた『痩せたら体だけじゃない、心が軽くなる。里桜ちゃんの人生が、きっと明るく拓けるよ』という台詞が脳裏をよぎった。
……うん、そうだね。未来君の言う通りだった。
未来君のこの言葉が全ての始まりだった。
一年前は、私が森重さんと肩を並べて笑っている未来なんて想像もできなかった。
かつての私は体に引きずられるように、心にも重しをいっぱい背負っていた。自分に自信が持てなくて、深層にはキラキラとまぶしい森重さんをひがむ心もあったのだと思う。
その私が、こんなにも心軽く学校生活を過ごしている。声を出して友人らと笑い、将来の夢に向かって真剣に学び、一度しかないこの瞬間を謳歌している。
こんな今があるのは、全部、未来君のおかげ。
目標の体重を達成し、見た目にもスリムになった私は、あなたの目にどう映るだろう。案外、未来君は「変わらないよ」と言うかもしれない。そして「里桜ちゃんは昔から可愛いよ」と、真顔で続けそうな予感もする。
未来君との再会を想像すれば、自ずと頬がゆるんだ。
早く彼に今の私を見て欲しいと思った。伝えたいことも山ほどあった。
だけど一番は、彼の笑顔が見たい。彼が元気に『ただいま』と言って帰って来てくれたらそれだけでいい。
三カ月ぶりの再会が、すぐそこに迫っていた。
……未来君、もうじき会えるね。
目と目を合わせ、微笑みを交わし合うその瞬間は、もうすぐそこだ――。
やはり、未来君は異国の地で療養するお母さんに寄り添うことを選んだ。そうして現地の日本人学校に転入の形を取り、再び学校に戻ってくることはなかった。
「ふんふんふふ~ん」
「気持ち悪いわね」
気持ちよく鼻歌を歌っていたら、隣の席の森重さんがジトリとした目を向けてきた。
こういうのを腐れ縁と言うのだろうか。なんと一年生の時に色々悶着のあった森重さんとは、二年になった今も同じクラスで、なおかつ席が隣同士だったりする。
「だって、思わず歌わずにはいられないビッグニュースがあるの!」
「あんたが痩せたって話なら、もう耳にタコができたわ」
森重さんは大仰に肩をそびやかす真似をする。
たしかに、私が目標体重をクリアした一件は、達成した一週間前から昨日まで、連日うるさいくらいに言いまくっていた。それこそ耳にタコができるほどに。
そこは平に申し訳ないが、今回のビッグニュースはそれではない。
「今日のビッグニュースは、そうじゃなくて――」
「そもそも、最初から太ったりしなければいいのよ。私は母が肥満がもとで病気になってるから、断固肥満は反対。百害あって一利なしよ!」
被せるように言われ、思わず口をつぐむ。
……そうなのだ。森重さんがなにかにつけて、私の体形を持ち出してきたのには、彼女なりの理由があった。
「その後、お母さまの具合はどう?」
前に遊びに行った時、ちょうど森重さんのお母さまも自宅におられて、私もお会いしている。病気で入退院を繰り返し、かなり疲れた様子だった。
「今は状態も安定してる。最近は入院もしてないの」
「そっか、よかった。お大事にね」
「ありがと」
森重さんが私に取った態度は目に余るものがあり、全部が全部正当化できるものではない。だけど、体形にナーバスになっていたわけも今は理解ができたし、なにより彼女はお母さまの病状が落ち着いたタイミングで、私にきつく当たったことを謝ってくれた。
そうなれば、これ以上いがみ合う理由もない。
最近の私たちは、なにかというと一緒に行動していて、移動教室の先でもわざわざ隣に座ることが多い。意外なのだが、腹を割って話すようになったら、存外に気が合うことが分かったのだ。
「てゆーか、芸能プロダクションから声がかかってるって、うわさになってるけど、ほんとなの?」
「あー。ママと歩いてる時に、名刺を渡してきた人がいたけど……って、そんなのはどうでもいいの! ビッグニュースは私のダイエットの話じゃなくて、もっと別! これを聞いたら、森重さんも絶対に歌いたくなっちゃう。どう、聞きたい?」
「なによ、もったいぶって。話したいなら、さっさと話しなさいよ」
世の中的には、きっとこの関係を親友と呼ぶのだろう。
「なんと、夏休みに未来君が一時帰国するの!」
「……へー、そりゃよかった」
「え!? その程度!?」
「あのね! どうして私が、あんたの彼氏が帰ってくるからって大喜びしなきゃならないのよ。以前に大門寺君を狙ってたのは事実だけど、私、人の物には手を出さない主義だから」
キッパリと言い切った森重さんのこういうところは、嫌いじゃない。むしろ、好感が持てる。
「えー。つれないんだ」
「ま、元クラスメイトとしては、帰国歓迎会に参加してやってもいいわよ」
「ほんと!? それじゃ、正確に日にちが決まったら呼ぶね」
「……ねぇ細井さん。それ、僕も行ってもいいかな?」
私と森重さんの後ろから、田中君が尋ねてきた。
「もちろんよ!」
「……ちょっと田中、顔貸しな」
私が快諾すると、なぜか横から森重さんが田中君をズルズルと引っ張って、教室の奥へと向かう。
……いったい、なにごと?
二人は教室の隅で顔を寄せ合い、なにごとがボソボソと話し始める。
「あんた、私が前に里桜は大門寺君と付き合ってるって教えたじゃない。なのにまだ里桜のこと狙ってんの!? 恋人同士の久しぶりの再会に水をさそうなんてヤボなこと、やめときな」
「そんなつもりじゃない。僕が以前、細井さんに想いを寄せていたのは間違いないけれど、僕も森重さんと同じさ。人の物には手を出さない主義だ」
「え?」
「分からない? 僕が歓迎会に参加したいと思うのは、そこに君が行くからだよ」
残念ながら、私のところまで二人の声は聞こえてこない。だけど、真っ赤に頬を染める森重さんと、そんな彼女を熱い眼差しで見つめる田中君。二人の様子から、おおよそ察することができた。
……ふふふっ。これは、意外な新カップルの誕生かな?
微笑ましい思いで二人を眺めながら、ふいに脳裏を、以前未来君から聞かされた『痩せたら体だけじゃない、心が軽くなる。里桜ちゃんの人生が、きっと明るく拓けるよ』という台詞が脳裏をよぎった。
……うん、そうだね。未来君の言う通りだった。
未来君のこの言葉が全ての始まりだった。
一年前は、私が森重さんと肩を並べて笑っている未来なんて想像もできなかった。
かつての私は体に引きずられるように、心にも重しをいっぱい背負っていた。自分に自信が持てなくて、深層にはキラキラとまぶしい森重さんをひがむ心もあったのだと思う。
その私が、こんなにも心軽く学校生活を過ごしている。声を出して友人らと笑い、将来の夢に向かって真剣に学び、一度しかないこの瞬間を謳歌している。
こんな今があるのは、全部、未来君のおかげ。
目標の体重を達成し、見た目にもスリムになった私は、あなたの目にどう映るだろう。案外、未来君は「変わらないよ」と言うかもしれない。そして「里桜ちゃんは昔から可愛いよ」と、真顔で続けそうな予感もする。
未来君との再会を想像すれば、自ずと頬がゆるんだ。
早く彼に今の私を見て欲しいと思った。伝えたいことも山ほどあった。
だけど一番は、彼の笑顔が見たい。彼が元気に『ただいま』と言って帰って来てくれたらそれだけでいい。
三カ月ぶりの再会が、すぐそこに迫っていた。
……未来君、もうじき会えるね。
目と目を合わせ、微笑みを交わし合うその瞬間は、もうすぐそこだ――。
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