異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第1章:異世界と吸血姫編

第43話:覚醒

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 術式などと言うワクワクワードを聞いてしまったからには黙ってはいられない。
 篤を見ると、篤も俺と同じ考えなのだろう頷いた。

「な、なあ、術式ってのはあれか?魔法じ――」

「うっさいわ!黙っとれ!」

 ひ、酷い・・・

 アリシエーゼは俺に一喝するとパトリックと話を進めた。

「こんな術式は初めて見たのじゃ」

「僕もです・・・これ舌なんて面積の小さい所に書く情報量じゃないです・・・」

「そうじゃの・・・おい、これはなんじゃ?」

 一喝されて不貞腐れていた俺にアリシエーゼが聞いてくる。

「これのお陰でゴブリン共を従わせる事が出来るらしいぞ」

「なんじゃと・・・」

 アリシエーゼ達に抜き出した情報を伝える。
 この舌の術式がある事によって、ゴブリン限定ではあるが魔物を従わせる事が出来ること。
 これで繁殖の強制、テツヤ付近の鉱山跡に潜伏させていたこと。
 聖女の遠征のこの期間を好機と見て行動を起こしている途中であったこと。

「ちなみにゴブリン共は武装しているらしいぞ」

「なんじゃと!?」

「此奴らが色々な街で使い物にならない屑剣とか大量に仕入れてゴブリンに渡して鍛造し直させてるみたいだな」

 俺は倒れている男を顎で指し言った。

「そんな事まで可能なのか・・・」

「最悪ですね・・・」

「うむ、万を超えるやもしれん軍勢が武装までしとるとは・・・」

 ちなみにこの転がっている男とバラバラになった者達は、俺達が予期せずこの集落に立ち寄ってしまった為、生きては帰すまいとゴブリン討伐に集中している最中にどさくさに紛れて殺そうと急拵えで計画を立てて、傭兵と思われる俺達に依頼を受けさせようとするがアリシエーゼが断ったためその場で殺害することに変更した様だ。
 依頼が引き受けられない場合はその場で殺害する手筈であった様だが、アリシエーゼが外に出なかったら、パトリックとソニは危なかったかも知れない。

「あと、洞窟には此奴らのお仲間がまだ十数人居るみたいだぞ」

「そうか・・・そやつらの事も含めて一度その洞窟には確認に行かねばならぬな」

「じゃあ早速行こうぜ」

「まあ早いに越した事は無いかの」

「あ、その前に明莉とか呼びに行かないと――って、アリシエーゼ、この死体どうにかなんないか?」

 俺は周りに転がっている死体に目をやり言った。

「どうにかと言われてものう・・・その辺の森の中に捨てるで良いか?」

「まあそうだな。明莉がこの状況見たらまた体調悪くなりそうだし、闇堕ちされても困る」

「そうじゃのう―――あ、そう言えば試したい事があったんじゃ」

「うん?」

「篤が言っておったじゃろ。妾の影移動は影では無いと」

「そう言えば言ってたな」

「言ったな」

「その影っぽい影の中に放り込んだらどうなるかの?」

「死体をか?」

「うむ」

 確かにどうなるのか気になるな・・・
 篤は空間では無いかもと言っていたが

「試してみるかの」

 そう言うや否や、アリシエーゼは死体が落ちている箇所にどんどん影っぽい何かを出現させて素早く死体を飲み込んでいった。

「何も起きないな」

「そうじゃの」

 その後暫く様子を見て居たが、特に何か変化が起きる訳では無かった。

「これは想定内か?」

 俺は一緒に様子を見ていた篤に言った。

「そうだな。ただあの中で何が起きたのかはまったく分からないが」

「アリシエーゼ。ちょっと影移動してみろよ。何か変化あるか?」

 俺がそう言うとアリシエーゼは何も答えずに自身の影に倒れ込んでそのまま飲まれて行った。

「別にこれと言って変化は無いのう」

 飲まれた瞬間に俺の後ろへ移動したアリシエーゼがそう答える。

「そうか、なら便利な技能が一つ増えたと思えばいいか」

 俺はそれを予想していたのでまったく慌てる事無く言う。篤は身体をビクリと震わせ反応していたが。

「ちょっと明莉達を呼んで来る」

 そう言って俺は屋敷に移動して明莉達に声を掛けて外へと連れ出した。
 明莉は死体が無くなっている事に驚いて居たが、俺達はそれに敢えて反応はせずこれまでの話をアルアレ達へとした。

「なるほど、では一旦その洞窟へ行き実態を調査すると言う事ですね」

「うむ、そうじゃ」

 アルアレの確認にアリシエーゼが答える。

「ですが、もし万を超えるゴブリンがテツヤ付近に居る場合はどうするんですか?」

「それなんじゃがのう。やはり早急にダリスに伝えて対応を促すしかあるまい」

「そうですね。テツヤ付近なら、北の関所に伝えれば良いのでは無いでしょうか」

「そうじゃのう。それが一番か」

 アリシエーゼとアルアレが話を進めるが俺は黙って成り行きを見守る。
 因みにダリスとはダリス公爵領の首都らしいが、ここからはかなり離れている。
 今居る場所は、ダリス公爵領の北の果てだ。

「此処からテツヤまではどれくらい掛かるかの」

「休みを極力無くせば四日程かと」

 一体何を悩んでるんだか

 俺に言わせればそんなくだらない事を考えるよりも行動した方がいいと思ってしまう。

「洞窟使えば一日でそのテツヤ付近の鉱山跡まで着くみたいだぞ」

「それでは敵のど真ん中に突っ込む事になってしまうではないかッ」

 え、いやいや、行くだろ?
 え?行くよな?

「いや、だから―――」

「やはりここは洞窟の調査と北の関所への通達で分けるべきかのう」

「あ、だからだな、それ―――」

「そうですね、それが一番効率が良いかと。ですがその場合、洞窟の残りの残党はどうしますか」

 またシカトされた・・・

 ショボくれていると、明莉が頭をポンポンしてくれる。

 明莉ぃ~

「それは妾とこ奴でどうとでもなる――って、何しとるんじゃ?」

 アリシエーゼがそう言って、明莉に頭をポンポンなでなでして貰っている俺を訝しげに見た。

「・・・お前ら」

 ここで一呼吸置き、アリシエーゼとアルアレを見た。

「「??」」

「バッカじゃねぇの!?」

「な、なに!?」

「・・・」

 アリシエーゼとアルアレは突然の言われ様に驚いているが、俺から言わせて貰えば本当に馬鹿だ。
 何をグダグダくだらない事を議論してるんだと言いたい。

「お前ら本当に阿呆だな。本当に今の状況、俺達が置かれている状態を把握してんのか?」

「何をッ、じゃから妾達だけでは対処し切れない程のゴブリン共がおるから――」

「そんな事言ってんじゃねぇよ。ハイスタード帝国の間者の男が、この舌に描かれた術式を使ってゴブリンを操ってたんだろうが」

「じゃからッ!その術式で武装までさせて今にも侵攻するのかもしれんから――」

「その男はここでこうして生きているが?」

「・・・・・・」

「?」

 アリシエーゼは俺が言わんとする事に直ぐに気付いたが、アルアレは何を言っているのかはまったく理解していないが、特に説明する必要は無いと思っているので問題無い。

「それで、もう出発していいか?」

「う、うむ」

 アリシエーゼは俺の能力に思い至らなかった事を恥じている様であったが、俺はこの能力を頼りにされるよりは余程良かった。

「ちょ、ちょっと待って下さい。まさかゴブリン数万を相手取ろうと言うんですか!?」

 アルアレが慌てて制止する。

「いや、そう言う訳では無い。この男自身に止めさせるんじゃ」

 アリシエーゼは倒れている男を見て言った。
 男はいつの間にか意識が覚醒しており、こちらの話を注意深く聞いていた。

「い、いや、出来るんですか!?と言うより素直にこちらの言う事に従うとは到底思えません。万の軍勢を前に私達を襲う様命令するのでは!?」

 アルアレの懸念は最もだが、それは万に一つも起こらないと断言出来る。

「大丈夫じゃ、それは問題無い」

「で、ですが・・・」

 いくら姫様が言う事と言えど。とアルアレは食い下がる。
 他の面々を見ると、ソニは特に表情を変えずに話の行く末を見守っている感じで、パトリックはニコニコとしている。何を考えているかはまったく読めない。
 ナッズは・・・まぁ特に何も考えては無さそうで、両腕を頭の後ろで組んで口笛なんて吹いている始末だ。

「お前らは文句無いのか?」

 俺はこの三人に聞いてみた。

「姫様のご命令とあらば特に私から申し上げる事は無いかと」

「そうだよね。大丈夫なんでしょ?」

「何万ものゴブリンか・・・腕が鳴るぜ」

 三者三様の反応だが、特に反対意見は無い様だ。
 それを聞いていたアルアレも諦めたのか大きな溜息を一つ吐いた。

「はぁぁ、分かりました。まずは洞窟まで行きましょう」

 こうしてとりあえず洞窟までは行く事が決定したが、この倒れている男はどうするかと言う話になった。

「とりあえずナッズが引き摺って行けばいいんじゃないか?」

「脚はどーすんだ?この状態で引き摺ってたら、痛みで発狂しちまうんじゃないか?」

「それはあるな」

 まぁ、洞窟に行く前にこの男にはこちらに協力する様に全ての情報を予定だから、その時に痛みを感じる事の無い様にすればいいか

 そんな事を考えていると突然明莉が取り乱す。

「こ、この状態の人を連れて行くんですか!?何を考えているんですかッ」

 地球での価値観に照らし合わせればだが、明莉が言わんとしている事は理解出来る
 だが理解は出来るが、共感は出来ない
 此奴らは俺達を殺そうとした
 敵だ

 明莉の言葉に皆何と答えればいいのか答あぐねていた。

「こんなに脚を怪我しているのにッ!引き摺って行くって正気ですか!?もう動けないんですよ?だったら此処に放置しておいてもいいじゃないですか!」

 な、なんかヒートアップしとるな・・・
 だ、誰か止めろよ

 そう思い俺は周りを見渡すが、全員が俺を見ていた。

 おい・・・ズルいぞ・・・

「ま、前にも言ったけどさ、この世界は回復魔法なんて物があるんだ。だからこの程度の怪我だけで見過ごす事は出来ないよ。此奴らは俺達を殺そうとしたんだ」

 俺の反論に明莉はキッと音が付くかの如く睨み返して泣きながら言った。

「だったらッ!その魔法が使える人連れて来ればいいじゃないですかッ!!怪我治して何処か警察署とか交番みたいな所無いんですか!?そう言う所に連れて行って罪を償わせれば―――」

「明莉・・・この世界は、お主か思っている以上に人の命の価値は小さい」

「ッ!?」

 アリシエーゼの言葉に明莉は驚愕の表情を浮かべた。

「仮に法の裁きが下る様にこ奴を突き出したところで、拷問されてその後は死刑じゃ」

「そ、そんな・・・死刑だなんて・・・せ、せめてこの怪我を治してあげる事は出来ないんですか!?」

「出来ん。まずこの怪我を直せる魔法を使える者はここにはおらんし、そんな魔法を扱える者は余程デカい街へと行かんと見付からん」

「・・・・・・」

 明莉は黙り込んだ。それを見る面々はそれぞれ思う所はあるだろうが、概ね考えは同じだろう。

 此奴を生かしておく義理は無い

 その考え方はきっと明莉は理解出来ないだろう。
 だが―――

「それに怪我を治したところでどうなる。今言った様にどうせ死刑となるのじゃぞ」

「そ、それでもッ」

「受け入れよ!」

 アリシエーゼが明莉を一喝する。

「この男の事も、そう言う世界へとお主が来てしまってもう戻れないと言う事も!」

「ッッ!!」

 その瞬間、明莉は感情を無理矢理押し込めていた箱が壊れるかの様に、ダムが決壊するかの様に耐えられなくなり泣き崩れた。

「うぅぅッ、もう嫌ですぅぅ、ッゥ、もう無理ですぅ」

 俺やたぶん篤もだが、この世界の常識と言うか、ルールみたいな物は理解して受け入れている。
 それは地球で触れたアニメや漫画、小説の影響が大きいし、それにより所謂みたいなものがあると思っている。
 だが、明莉はそう言ったものは嗜んで来なかった様だし、耐性は皆無だ。
 この世界で生まれ育ったなら別だが、明莉の様に耐性が無く、いきなり地球とは価値観がまるで違う世界に連れてこられた場合、それを受け入れられないのは仕方が無いだろうと思うと同時に、やっぱりこのままじゃ明莉は本当に心が壊れてしまうと思った。

 やりたくは無かったけど、仕方無いか・・・

 俺は明莉にこの世界で心を壊さずに生きていけるを与える事にした。

 与えるとか何様だよホント

 自分の考えに自己嫌悪に陥りそうになるが、一旦それを無視して実行する事を決意した。
 明莉を見ると宿場町で俺が買ったあのマナストーンの握り締めながら蹲り泣きじゃくっていた。

 ・・・おい、神様よ
 テメェマジで何んなんだよ
 地球には本気で異世界転移したいとか考えてる阿呆どもがどれだけ居ると思ってんだよ
 そいつらじゃ無く、何の知識も耐性も無いこの子を連れて来た意味は何だよ
 何でこの子じゃなきゃならなかったんだよ
 マジで何なんだよ
 今、明莉はきっと必死に思って、祈ってんぞ

 お父さん、お母さん、助けて

 どうして私なの

 何で私なの

 私が何かしましたか

 助けて下さい




 神様

 ってさぁぁあああ!!!!
 巫山戯んじゃねぇぞ!テメェ!!
 さっさと来いや!
 スカした顔面ぶん殴って潰してやるからよッッ!!

 心の中で憤っていると、アリシエーゼが声を掛けて来た。

「お、落ち着けッ!お主がそんなに怒っても仕方無かろう!か、顔が怖いのじゃ」

「・・・そんなに顔に出てたか?」

 敢えて篤に問い掛けると、篤は頷いて肯定し言う。

「正しく鬼の様な形相とはこの事かと思ったぞ」

 そ、そこまでじゃないだろ!?

 アリシエーゼと篤の反応に少し溜飲が下がり落ち着いた。

「お願い出来るかの・・・」

 明莉を見て何とも言えない表情をしていたアリシエーゼが俺に振り返りそう言った。

「あぁ・・・」

 俺は短く返事をして明莉の元へ歩きそして膝を付く。

「・・・明莉」

「・・・・・・ぅぅ」

 時折思い出したかの様に鳴き声を発するが返事は無い。

「・・・辛いよな、そうだよな。大丈夫、今楽に――」

「・・・何で」

「うん?」

「何でここの人は、簡単に殺すとか、殺される、とか・・・ぅぅッ、私、血とかも、見たく、無いですし・・・おかしいですよ・・・」

 そうだな
 きっと狂ってる
 俺もこの世界の住人も
 そして、神も

「・・・あぁ、そうだな・・・」

 だから―――

「一緒に狂おう」

 俺は明莉をそっと抱き締め、そして明莉に接続アクセスした。

「・・・ぁ」

 明莉は小さく声を出し身体を震わす。
 そして―――



「何だこれ・・・」

 俺は思わず声に出し、辺りを見回した。
 明莉の脳にアクセスしたその瞬間、刹那、俺達を中心に淡い暖色の光が広がり、集落全体を包み込んだ。

「な、なんじゃこの光は!?」

 見るとアリシエーゼが周りに広がった光とはまた違った、もう少し力強く輝く光に包まれていた。
 翌々見るとその場にいる全員がその光に包まれていて、俺も例外では無かった。
 抱いていた明莉の身体から腕を離し、自分の身体を確認する。その光はとても暖かく心地好い。

「お、おぉぉ・・・」

 俺の後ろから聞こえた声に振り向くとそこには、倒れていた間者の男が驚愕の声を上げており、なんと捻じ曲げた右脚が元に戻っていた。

 そ、そんなバカな!?
 これってまさか・・・

 頭が混乱して来るがとりあえず間者の男の思考を停止させて無力化する。

 そうこうしている内に光は収束していき、数秒もすると完全に消えてしまった。
 光が消えた後も暫く全員が無言で立ち尽くしていたが、この沈黙を破ったのは明莉であった。

「・・・あ、あの、今のは一体なんだったのでしょう」

「・・・・・・パトリック、これは回復魔法か?」

「・・・わ、分からない」

「アルアレはどう思う」

「私にも分かりませんが、アカリさんが魔法を発動したのだろうとしか・・・」

 俺もそうとしか思えない

「わ、私がですか!?」

 明莉は自身が魔法を発動したとはまったく思っていない様だった。

「これはあれだな。ここまでの流れ全てが――」

 俺の言葉を篤が引継ぎ、ボソリと零す。

「明莉くんの覚醒イベント・・・」

 ですよねぇぇ!!
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